第52話 月虹のハーミット
そして、13回目の挑戦にして、まなみんはプリティアの変身シーンを《ドレスチェンジ》で再現することに成功した。
「プリティア……オープニング・セレモニー! フラワーバレッタ!」
「ぷいてぃあ、がんばえー」
しーちゃんも、感想が適当になっている。
最初は「わぁ、すごい!」とか「それ、夏目くんに下着見えないの!?」とかリアクションしていたのに。
今では、この調子である。
「夜空に煌めく大輪の花! ティアフェスティバル!」
まなみんは決めポーズのまま動かない。
「……これで完璧だったのか?」
一瞬の後、まなみんの目からはひとすじの涙が垂れた。
そして、元の服装に戻り。
「――満足だ……」
感慨深そうに言った。
「こーちん……」
「なんだ?」
「……悪いが、たまたまを呼んできてくれ。取り乱したことを謝りたい」
☆★☆
俺たち4人は、縁側で横一列に座っていた。
まなみんはポツリと言う。
「……実は、昨日、高い買い物をしたんだ」
「買い物?」
「ああ……これだ」
まなみんは持ち込んだカバンから、黒い布のようなものを取り出した。
「これって……SEEKERSの魔術ローブ?」
「探索者向けのブランド品か? おタマちゃん、詳しいな」
「ほら、あたし、イーヨンの探索者協会で働いているから。近くのアウトレットモールには探索者ショップもあるから、たまに見てるんだ」
佐野ミレニアムアウトレットか。
「へぇ……、今度一緒に行きたいな」
お金もできたし、俺もいい装備を整えたいと思っていたところだ。
恥ずかしながら、高めの店はひとりで行くのもなんか怖いし。
「え、え? あたしとこーちゃんが一緒に!?」
「ああ。嫌だったら、大丈夫だが……」
「イヤじゃない! イヤじゃないよ! 行く! 絶対行く!」
「そっか、ありがとう」
「えへへぇ……」
「……?」
なぜか俺よりおタマちゃんの方が嬉しそうだった。
「……おい、たまたま」
まなみんがうらめしそうな声で言う。
「あ、ゴ、ゴメン」
「悪い、まなみんの話を横取りしちゃったな。続けてくれ」
「まなみんのこれって……30万円くらいするやつだよね?」
おタマちゃんは、まなみんが持ってきた魔術ローブを指差す。
「……そうだ。こっちの金のサークレットと合わせて、35万円だ。おかげでしばらくはモヤシパスタ生活だよ」
「そりゃまた、高い買い物だな」
車を現金即決した俺には、言われたくないだろうけど。
「まなみん、魔法使えたっけ?」
おタマちゃんの問いかけに、まなみんは。
「……うまくいけば、な。そうだ。前にたまたまに内緒にしたことがあったな」
「そんなのあったっけ?」
「ああ、アタシのブログアカウント名だ」
そう言えば、まなみんの本業はブロガーだって前に言ってたな。
「この際だから教えてやる。アタシのブログアカウント名は『月虹のハーミット』。現役のAランク探索者だ」
「え? え? だって、まなみんは……」
「経歴詐称じゃねーか……」
なかなかアコギな商売をしている。
「まあ、そのとおりだな……。だが、それが本当にできたら?」
「あ……、【変身願望】スキルか」
まなみんが俺と再会する前から所持していた、謎のスキル。
「けけ、そうだ。いつもなりきって記事を書いてるからな。【変身願望】という意味では実績もあるぜ。探索者名・月虹のハーミット。スキルは攻撃重視の【光魔法】と補助重視の【闇魔法】。近接戦闘はしないが【合気術】と【回避能力】で敵をいなす。愛用品はSEEKERSで購入しており、当然アフィリンクもはってある」
「それ、まなみんが考えたの? むなしくならなかった?」
「ええー、月虹のハーミットさんって、まなみんなの……。国でも参考にしているひと、いるよ……」
「なりきりレベルは高そうだな……」
「ああ。だから、試させてくれ。そして祈っててくれ。アメも大当たりが引けなくて、35万円も無駄になったら立ち直れない」
「わかった! まなみん、頑張れー!」
おタマちゃんは無責任に応援する。
「よし、やってみるか……」
☆★☆
まなみんは、【マジカルクローゼット】に黒衣をしまったのち、普段の服装で俺たちの前に出た。
まなみんいわく、ただ服を着るだけでは【変身願望】スキルは発現せず、心の奥底から対象者になりきる必要があるらしい。
プリティアをそこまで好きだったと思うと、少しドン引きではあるが……。
「其は慈愛なり、かつ狂気なり。無慈悲なる夜の支配者にて、光と闇を司るものなり……」
「なんで、まなみんブツブツ言ってるの?」
「自己暗示なのかな……」
「なんだか恥ずかしくなってきたな……」
「闇夜を貫く七色の軌跡……、是すなわち我の権能……」
「お……」
まなみんの衣服が白く光っている。
《ドレスチェンジ》の予兆だ。
わけのわからない詠唱も終わりか。
「刮目せよ! 我こそが月虹のハーミット! 世界を背後から統べる影の支配者なり!」
「お!」
その瞬間、まなみんの衣服が30万円の黒いやつに切り替わった。
頭には、5万円の金の輪っかがつけてある。
「いけたのか……?」
「こーちゃん……。まなみん、けっこう雰囲気あるね」
「まなみん、大丈夫だったのかな……?」
すると、まなみんは俺に向かって言った。
「――夏目。刮目せよ」
「あ、はい」
こういうキャラなんだ。
さっきも刮目したんだけどな。
「これが我の力……開闢の混沌である!」
「え……!?」
その瞬間、まなみんの右手には光の玉が、左手には闇の玉がまとわれた。
「マジか……!」
すごい……!
2属性をバランスよく使える探索者は、ほとんどいないと聞いたことがある。
それができるのは、本当のトップ層だけだ。
「まなみん、ステータスを見せてくれ!」
「まなみん……? 誰だ、それは? 我は月虹のハーミットなるぞ……」
……うわ、まためんどくさい。
すると、おタマちゃんが後ろから出てきて。
「こーちゃん、ここはあたしに任せて。……ね、ね、ハーみん様。あたし、ハーみん様の強さを知りたいなぁ。ステータス、見せてください!」
ハーみん様という謎の愛称が誕生していた。
あんなので大丈夫なのか?
すると、ハーみん様は。
「いい心がけよ。刮目せよ。ステータスオープン!」
「それでいいんだ……」
俺たち3人は、ハーみん様のステータスを覗き込む。
月虹のハーミット(宮の原まなみ)
レベル:32(補正前:10)
経験値:103/331
HP:206
MP:265/270
攻撃:51
防御:130
速さ:70
賢さ:201
スキル:【変身願望】、【マジカルクローゼット】、【光魔法】、【闇魔法】、【合気術】、【回避能力】
特技:ドレスチェンジ、レイ、ホーリーランス、スーパーノヴァ、プリズムブレード、ブラックヴェール、シャドウハンズ、コラプション、カーススワンプ、ナイトホーク、固有:ルシフェル・ムーンボウ
「強い……!」
ステータスは偏っているが、後衛としては優秀なのではないか。
「えー!? あたしよりレベルが高くなってる!」
「すごいよ……、まなみん!」
すると、ハーみん様は。
「感謝する、夏目……」
「お、俺?」
「ぬしから授かった《ドレスチェンジ》がなければ、我も我になることは難しかっただろう……。あとは我がセルフイメージを高めていくだけよ」
「しーちゃん、どういうこと?」
「うーん……、ただのお着替えじゃ、ここまで役に入り込めなかったということなのかな。ほら、ボタンをとめるときとか、現実に帰っちゃうというか……」
「さすがだ、しー。慧眼よ」
「わたし、しーなんだ……」
「夏目よ、礼をやろう。しかし、金子もないため差し出せるのはこの身一つ……舌接吻でよいか?」
「舌接吻……? べ、ベロチューってこと!? だ、だめだよ、こーちゃん!」
「受け取れ、夏目」
「こ、こーちゃんダメ! あ、何これ!? 地面から黒い手が伸びてきた! やだ、動けない! こーちゃん、気にしないで逃げて!」
「お、おい」
「ダメ! こーちゃんはあたしとアウトレット行くんだから! こーちゃん、隠れてー!」
「夏目くん、いったん離れてて。落ち着かせるから」
「お、おお……」
こうして、俺はよくわからないまま、その場から離れることになった。