第50話 ふしぎなアメ玉①
「はぁー、もうMPがほとんどないよ……。でも、楽しかったなぁ……」
「それはよかった」
【童話魔法】《やまなし》の後、しーちゃんはひととおり覚えた魔法を使ってみた。
【童話魔法】は1回1回のMP消費量が40前後と重いため、レベルが高いしーちゃんでもバカスカ使えるわけではなさそうである。
簡単に効果をまとめると、次のとおりだった。
《注文の多い料理店》
フィールド:木造の建物内に変化
効果:フィールド内の敵全体が対象。「水攻撃を受ける」「攻撃低下効果を受ける」「防御低下効果を受ける」の3条件を満たした敵に対し、異空間から現れる巨大ヤマネコが攻撃を加える。
しーちゃんコメント:こわいけど、ネコちゃんを見てみたい!
《風の又三郎》
フィールド:草原に変化
効果:術者本人のみ対象。フィールド内では風魔法が使い放題になる。MP消費はフィールド展開時のみ。風魔法の種類・威力は術者の賢さに依存。
しーちゃんコメント:原作の言葉を言いながら使うと楽しい! 「どっどど どどうど どどうど どどう」!
《銀河鉄道の夜》
フィールド:天は星空、床や壁などは水晶や宝石でできた世界に変化
効果:フィールド内では、術者が仲間全員のダメージをすべて肩代わりする。術者の防御及び魔法防御が上昇。
しーちゃんコメント:発動するだけで物語を思い出して泣いちゃうから使えない……。
「なるほどな……。《注文の多い料理店》は使うのが面倒そうだな」
「そうだね。でも、けっこう原作に近いかも。『注文の多い』ってことなんだろうから」
「? 原作が想像できない……」
しーちゃんの話によると、それぞれの魔法は元となった童話にちなんだ効果があるらしい。
『注文の多い料理店』の元ネタはちょっと気になるな。
「それにしても、一気に魔法を覚えたな……。本を読めば、なんでもスキル化できるのか?」
そうだったら、すべての本が、市場価値数億円と言われるスキルブックと同等の価値となる。
すると、しーちゃんは。
「ううん。全部の本っていうわけじゃないみたい。たとえば、これ……」
ポーチから小さな絵本を取り出す。
「エリック・カールさんの『はらぺこあおむし』っていう素敵な絵本なんだけど……。こっちを読んでも、特にスキルは覚えなかったんだ」
「そうなのか……」
「ほら見て、絵本のページに穴が空いていて、あおむしが果物を食べているのが表現されているんだよ」
「面白いしかけだな」
「でしょう?」
しーちゃんはキラキラとした笑顔を見せる。
この本が好きなんだな。
てか、ページに穴をあけるあおむしか……。
なんか、《ワームホール》をあけるいもむしと似てるな。
もしかしたら、しーちゃんは《ワームホール》の習得を期待して、あの本を持ってきたのかもしれない。
「宮沢賢治の本も、ぜんぶのお話に対応して魔法を覚えたわけじゃないし……。なんだろ、わたしの好みとか没入感なのかな……? とりあえず後でもっと試してみようかな」
「ああ、それがいい」
理由がなんであれ、しーちゃんがゆっくりできる時間が増えるのはよいことだろう。
「【童心】スキル由来の魔法かぁ……。さっきので、みんなに経験値が入ったのかな?」
「ああ、そのはずだ」
「よかった。これでやっとみんなの仲間に入れた気がする。経験値、見てみるね。ステータスオープン」
「俺も見てみるか。ステータスオープン」
名前:夏目光一
レベル:35
経験値:7/3781
HP:326
MP:143
攻撃:155(うちボーナス+28)
防御:134( 〃 +14)
速さ:234( 〃 +27)
賢さ:96( 〃 +2)
スキル:【童心】、【ドロップアイテム強化】、【水耐性(小)】、【睡眠技無効】、【水上歩行】、【斬撃強化(小+)】、【蝶の舞】、【警戒】、【毒吸収】、【友愛の絆】、【空中剣技】、【神速】
特技:魔生物図鑑、集団襲撃+、魔生物捕獲ネット(Lv1)、虫相撲(クワガタ)、応援、ワームホール、糸(Lv1)
「おお……!」
「わあ……!」
俺としーちゃんは同時に声をあげた。
「夏目くんも経験値入ってたの?」
「ああ、レベルが上がってた」
たしか、昨日の段階では、レベルアップまであと1000くらいの経験値が必要だったはずた。
しーちゃんと一緒になって童話の世界を楽しんだためか、一気に経験値が入っていた。
「わたしもレベル38になれたよ。夏目くんやみんなの手助けもできて、うれしいな。夏目くんはレベル33だっけ?」
「いや、35だ」
「ええ!? 35なの!? だって、この前あったときは……」
「オニヤンマを捕まえたりしてたら、レベルが上がったんだ」
「ええ……」
しーちゃんは、早すぎだよ……、と呟いた。
ちょっと前に、おタマちゃんにも同じことを言われた気がする。
「このペースなら、ひと月もあればレベル40以上にはなれそうだね……」
「ああ、たぶんな。いまは【友愛の絆】の経験値もある。無理しないで、毎日楽しんでいるだけで、俺たちはきっと成長できるさ」
「あ……」
すると、しーちゃんは、一瞬ぼーっとしたあと、首を横にふった。
「なんかいま、安心しちゃった……」
「いいんじゃないか?」
まなみんの言うとおり、俺のスキルの本質が「遊びを経験に変えるもの」だとすれば、焦ったり慌てたりしても、何もいいことはない。
遊びは自由だし、楽しいものだからな。
「……夏目くん、ありがとう。友だちって、いいね」
「こっちこそ、しーちゃんには感謝している。俺たちの知らないところで色々戦ってくれているんだからな」
「……うん」
☆★☆
その後、俺たちは、いったんダンジョン内の「家」に戻った。
しーちゃんが魔素切れで疲れたということだったので、エリクサーラムネが補充されていないか確認しに行ったのだ。
「今日はどうだ……?」
冷蔵庫を開ける。
すると、中はからっぽだった。
「残念だったね、夏目くん」
「さすがに2日じゃ補充されないか」
エリクサーはレアアイテムだからな。
「ふふ、本当は勢いだけでエリクサーなんて飲んじゃダメなんだろうけどね。夏目くんといると、なんだか許される気がしちゃうな。まなみんに怒られちゃうね」
「疲れ切った状態で飲むエリクサーラムネ、きっとめちゃくちゃ美味しいぞ」
「夏目くん、わるいおさそい上手だね……」
「まあな。それにラムネがエリクサーなんて言っても、世間の人は信じないと思うしな。なかなか売るのは難しいだろ」
「そうかもね……。ただのエリクサーですら、中身を入れ替えて売るサギもあるみたいだしね……」
「ま、明日もまた見てみようぜ」
「そうだね」
しーちゃんは今日は市内のホテルに泊まって、また明日もプライベートダンジョンに来る予定となっている。
おタマちゃんもまなみんも明日はここに来ると言っていたので、チーム《秘密基地》全員集合の予定だ。
「明日も楽しみだなぁ……。わたし、こんな気持ち久しぶりだよ」
「俺もこの間まで長らく忘れていたよ」
ぜったいに、この関係性を守らなくちゃな。
俺たちは「台所」から襖を開け、「茶の間」に移る。
「あ、そうだ。しーちゃん疲れてるんだろ。少し縁側でゆっくりしてくか?」
「うんっ。気持ちよさそうだね」
「よし、決まりだ」
俺は玄関に向かう廊下側ではなく、縁側に抜けるため、「客間」方面の襖を開けた。
「客間」には大きな座卓と、座布団が2枚ある。
そして。
「あ、夏目くん、見て!」
「あ……」
座卓の上には、竹で編まれた平たい籠があった。
この前の調査のときにはなかったものだ。
その中には、透明なフィルムに包まれた丸い物体が4つ入っていた。
いずれも、透明な球体の中に、赤や青などの模様が入っている。
ビー玉に見えるが、あれは……。
「……アメ玉?」
「……みたいだね」
プライベートダンジョンに、謎のアメ玉が出現した。