第49話 童話の魔法
「こんにちは、夏目くん」
次の日、しーちゃんがプライベートダンジョンにやってきた。
「よ、しーちゃん。いろいろ大変だったみたいだな」
「うん、昨日は泣いちゃってごめんね。恥ずかしいところ見せちゃったね」
「いや、そんなことはない」
俺は素直な気持ちを伝える。
「それだけ俺たちのことを真剣に考えてくれたってことだろ? 今度は俺たちが応える番だな」
「あ…………」
すると、しーちゃんは。
「……夏目くん、変わらないね」
「そうか? まなみんには逆のことを言われたが……」
かなり痛いところも突かれたし……。
でも、しーちゃんはにこりと笑い。
「ううん、わたしにとって、夏目くんは変わらないよ。やさしくて、前向きな、みんなのリーダーだよ? ちょっとたまちゃんの気持ちもわかるかも……」
「おタマちゃんの?」
「う、ううん、なんでもない!」
「……?」
唐突に名前が出てきたな。
「さーて、今日はたのしみだなー」
しーちゃんは若干棒読み気味で言った。
ま、よくわからないが、わざわざ追求するものでもないか。
「で、今日はどうするんだ?」
おタマちゃんもまなみんも、自分の好きなことをした結果、スキルが発現している。
しーちゃんも自分がしたいことをした方がいい。
すると、しーちゃんはポーチから文庫本を取り出した。
「せっかくだから、ゆっくり本を読みたいなって……。夏目くんと一緒にいるのに、ひとりの時間を過ごして悪いんだけど……」
「別に悪くはないさ。俺はいもむしにミスドあげたりしてるよ」
しーちゃんはいつも忙しいんだからな。
今日くらいはゆっくり過ごしてもらいたい。
「ありがとう、夏目くん」
「子どもの頃に読んでた本を持ってきたのか?」
「うん。宮澤賢治の本を持ってきたんだ」
「へぇ……」
教科書にのっていた『やまなし』しか読んだことがないな。
あと名前だけ知ってるのが『銀河鉄道の夜』だ。
「あとはミニ版の絵本とか……」
「いいね、楽しそうだ」
受験勉強ばっかりじゃ、こういう本を読み返す時間もなかったのだろう。
「Aランクパーティを目指すきっかけを作ったのは、わたしだからね。わたしもみんなに貢献しないと!」
しーちゃんは小さくガッツポーズをする。
「はは、あんまり無理するなよ。てか、気負わない方がスキルも習得できそうじゃないか?」
たぶん、その方がよい結果になる気がする。
「うん……そうかもね。わたし、今日は、自分の時間をもらっちゃうね」
「ああ、ゆっくりしようぜ」
そして、俺たちはダンジョン内の「家」へ向かった。
☆★☆
「きゅーいーっ!」
「よしよし、たくさん食べろよ」
俺は「家」の庭で、《ワームホール》を作ってくれるいもむしにミスドを食べさせた。
いろいろな種類を20個買ってきたのだが、あっという間になくなっていく。
「いい食べっぷりだな」
「きゅいっ! きゅいっ!」
そういえば、このいもむしに名前をつけていなかったな。
これだけ一緒にいれば情もわく。
「名前をつけてやるか……」
少し考える。
「うーん、いもちゃん、ワムちゃん、にょろちゃん……」
どれもいまいちだな。
「からだの特徴から考えるか……。カラフルで、からだがくねっとしてて……、あ」
思いついた。
「カールちゃん……」
曲がっているという意味のカール、音の響きもカラフルと似ている。
「よし、お前は今日からカールちゃんだ。お祝いだ。どんどん食べな!」
「きゅーいーっ!」
カールちゃんはこっちを向いて頭をふりふりと動かした。
やっぱりこっちの言葉がわかってるようにも思えるな。
「よしよし」
かわいいものだ。
「さて……」
ミスドの箱もからっぽになった。
たぶん、しーちゃんが本を読むのもまだまだ時間がかかるだろう。
「ダンジョン内を一周してくるかな……」
「きゅいっ!」
いもむしのカールちゃんは、触覚をピコピコさせてから異空間に帰っていく。
「かわいいものだ。さて……」
森林エリアに向かって歩きだそうとしたとき。
「なづめぐぅんー!!」
「わ……!」
家の玄関から、しーちゃんが泣きながら飛び出してきた。
「どうした、しーちゃん!? 何かあったのか!?」
「スキル覚えられたー! うわーんっ!」
しーちゃんは俺の手をにぎり、ブンブンと振る。
「ありがどうー、なづめぐぅんー!」
「な、なんで泣いてるんだ!?」
「それはカンパネルラが……!」
「ちょ、ちょっと落ち着け! な!」
……ゆっくりと話を聞いてみると、こういうことだった。
・文庫本1冊を読み終えた瞬間、《ダンジョン内で本を読み終える》を達成したということで、新しくスキルを覚えた。
・スキル名は【童話魔法】。
・今は《やまなし》《注文の多い料理店》《風の又三郎》《銀河鉄道の夜》が使える。
・泣いていたのは『銀河鉄道の夜』を読んで感動したから。
「ご、ごめん、夏目くん……。また恥ずかしいところ見せちゃって……」
「いや、びっくりしただけだ。てか、本読むの早いな。まだ15分くらいしか経ってないぞ」
「え……? 3時間くらいは読んでいたはずだけど……。あ」
しーちゃんは「家」を振り返って。
「な、夏目くんっ。ちょっと来て! もしかしたら……」
「お、おい……」
俺はしーちゃんに手を引かれて、「家」の中のしーちゃんの部屋に入った。
「やっぱり……!」
「どうしたんだ?」
机の上に本が置いてあること以外、この前入ったときと変わらないように見える。
俺には違いがわからない。
すると、しーちゃんは。
「夏目くん、机の上の花を見て」
「花……?」
机の上には、一輪挿しのバラがある。
そのバラは、しおれて首を垂れていた。
「枯れそうだな……」
「ううん、違うの」
しーちゃんは、バラの花瓶を手に取ろうとしたが、机にくっついているようだった。
続いて、バラ自体を持ち上げようとしたが、こっちも不思議な力で固定されているらしい。
「そうなんだ……」
「何かわかったのか?」
「うん」
しーちゃんは、バラの花に指先で触れながら言った。
「――この花、マジックアイテムだよ」
「この花が?」
正直、ただのバラの花にしか見えない。
「……たぶん、この机に座っているときだけ発動するみたい。まわりの時間を遅くする効果……“時間の花”とでも言うべきなのかな」
「そんなすごい効果が……!?」
エリクサーが冷蔵庫にあったり、なんだこのダンジョンは……。
「持ち歩きはできないみたいだけどね……。ロンドンのダンジョンでは、自分以外の時間の流れを遅くできる懐中時計が見つかっているの。所有者は売りには出していないけれど、たしか百億円以上での買取オファーが出ていたかな」
「すごいな……」
もはや金額のケタ数に頭がついていかない。
「読書専用の時間遅延効果……。このお花は花瓶のお水を吸えば、また使えるようになるんじゃないかな?」
「そうだといいな……」
ゆっくりするためだけのマジックアイテム。
なんと贅沢な使いみちだろうか。
「夏目くん、夏目くん! なんだか楽しくなってきちゃった! 外で【童話魔法】も試してみたい!」
「わかった、わかった。時間はたっぷりあるから慌てないでいこう」
「うんっ!」
そうして、俺としーちゃんは田園エリアに移動した。
☆★☆
「じゃあ、試してみるね。いちばん平和そうなのでいこうかな」
「ああ、ここなら大丈夫だろ」
「うん、いくよ……【童話魔法】《やまなし》!」
「お……!」
一瞬、ダンジョン内が白く染まった。
そして、目を開けると。
「これは……」
――ダンジョン内が、水の底に沈んでいた。
空からは月明かりのような優しい光が降り注いでいる。
白い泡がぷくぷくと空にのぼっていく。
だが、息はできる。
視界もにじまないし、なんなら動きもいつもどおりだ。
「なんだ、これ……」
「あ、夏目くん、上!」
「上……?」
――とぷんっ!
見上げると、大玉転がしの玉ほどの大きさのある梨が、無数の泡を引き連れながら、水の底へと落ちてきた。
地面に落ちた梨のそばでは、カニの親子がハサミをふってよろこんでいた。
「……教科書に載っていたとおりだな」
しーちゃんの魔法は童話の世界を再現するものなのか?
すると、しーちゃんは。
「夏目くん……。使ってみたらわかったよ。【童話魔法】はいわゆるフィールド展開魔法。《やまなし》は味方全体に自動回復、敵全体に速度低下、フィールド全体に水属性ダメージ強化がかかるみたい」
「すごいな……!」
かなり大掛かりな効果だ。
俺たちは水の抵抗を受けることなく普段どおり動けるため、【水使い】のおタマちゃんと相性もよさそうだ。
「よし、ほかの魔法も試し……、ん?」
「綺麗……。ずっとここにいたいな……」
しーちゃんは、うっとりした顔で空を見上げている。
「……ま、いいか」
今日はゆっくりしてくれと言ったのは、俺だ。
俺もしーちゃんと一緒に、ぷかぷか空にのぼっていく泡を眺めていた。
ふと、教科書に書いてあった『やまなし』の一節を思い出す。
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
クラムボンって、誰だったんだろうな?
そんなことを考えながら、俺は【童話魔法】の世界を楽しんだ。




