第47話 オニヤンマ捕獲作戦
「検証もだいだいできたし、アタシは一度家に帰るぞ」
「ああ、いろいろありがとう」
「けけ、いいってことよ。さぁて、まだまだ試したいことがたくさんあるな……」
「……? まだ何かあるのか?」
「まあな。《ドレスチェンジ》を極めてプリティアの変身シーンも再現したいし、【変身願望】スキルの可能性も試したい」
「……また新しいプリティアになるのか?」
正直、お腹いっぱいである。
「いや、違う。少しは真面目にやろうかと思ってな」
「……そういう気持ちもあったのか」
「まあな。うまく行けば、アタシがAランクレベル一番乗りかもな。じゃあな、こーちん」
「あ、ああ……」
「ぶつぶつ……、【光魔法】と【闇魔法】をあやつる最強の探索者……、フヒヒ……」
まなみんはブツブツ言いながらダンジョンの外に出ていった。
……最後はちょっと怖かったな。
「……さてと」
青い空、白い雲、緑の木々。
ダンジョン内はいつもどおりの様相である。
「てか、まなみんのおかげでスッキリしたな」
【友愛の絆】スキルさえあれば、難しいことを考える必要はない。
過去の成長ペースから考えて、特別なことをしなくても大丈夫じゃないか?
ただ、遊べばいい。
せいいっぱい遊べばいい。
それが俺たちの学びになる。
「そうと決まれば……」
やりたいことをしよう。
そう考えて最初に思いついたのが、日本家屋エリア調査時に見つけた、大きなトンボである。
オニヤンマのような雰囲気であったが、色合いは異なっており、赤と黒。
きっとあれは、このダンジョン内にいるトンボの最上位種にちがいない。
「捕まえてみるか……」
さっそくエリアを移動する。
☆★☆
日本家屋エリア――、いや、もはや俺たちの「家」と言ったほうがいいのかもしれない。
俺は一度「家」に帰り、冷蔵庫の中を覗いた。
エリクサーラムネは補充されていなかった。
さすがに、昨日の今日じゃ再出現はしないのだろう。
まなみんが根こそぎ持っていったということもない……と思う。
ただ昨日、台所に残したラムネの瓶は消えていた。
魔素として分解され、ダンジョン内に吸収されたのだろう。
俺はエリクサーラムネの爽やかな味に思いを馳せながら、「家」の外に出た。
「さて、と……」
トンボが飛び交う空を見上げる。
オニヤンマみたいなトンボは見つからない。
俺はとりあえず、庭木にとまっていた、黄色いトンボを捕まえた。
ボワン!
図鑑No.8/251
名前:キイロ魔トンボ
レア度:0
捕獲スキル:なし
捕獲経験値:2
ドロップアイテム:魔石(微小)、???
「……よし」
ここからが勝負だ。
俺は異空間から、魔生物捕獲ネットを呼び寄せた。
オニヤンマは、決まった飛行ルートをくるくると回っていることが多い。
この前の個体が残っているのなら、またこの家の周辺を飛ぶはず、……っと。
「いた……!」
早くも見つけた。
こっちに向かって飛んでくる。
黒と赤、2色の大きなトンボ。
てか、速い!
「待てっ!」
レベル32の脚力で追いかけようとしたが、あっという間に引き離されてしまった。
「……人間のスピードじゃ、追いつけないな」
巨大なトンボは敷地の外で旋回し、「家」の屋根の上を飛んで遠くへ消えていった。
速すぎる。
さて、どうするか……。
「……まずは待ち伏せか」
俺は魔生物捕獲ネットを構えたまま、庭木の後ろに身を隠した。
トンボが先ほどと同じルートを通るのであれば、ここで待ち伏せできるはずだ。
しばらくして。
「来た!」
トンボが正面から飛んでくる。
「せいっ!!」
俺は、魔生物捕獲ネットをトンボの軌道に合わせて振り抜いた。
……だが。
トンボは虫取り網を避けて、すいすいと飛んでいってしまった。
「……振るのが早すぎたか」
悔しい。
もう1回だ。
再度、網を構えて、トンボを待つ。
――今度はやってみせる。
そうして、トンボは再びやってきた。
「……速度は覚えた。ここだ!」
俺は、ジャストタイミングでトンボ目がけて網を振り抜いた。
「いけっ!」
すると、トンボは紫色のネットの中に飛び込み……。
バリッ!!
ネットを突き破って飛行を続けた。
「……げ」
何ごともなかったかのように旋回し、屋根の上を悠々と飛んでいく。
「マジかよ……」
ネットには大きな穴が空いていたが、紫色に光る魔素がじわじわと修復を始めている。
しばらくしたら再使用は可能だろうが……。
「ネットLv1じゃ、あいつには通用しないということか……」
魔生物捕獲ネットは、たしか生き物を10種類集めたときに覚えたスキルだ。
次が何種類かわからないけれど、ネットのレベルが上がれば、あのトンボにも通用するかもしれない。
――しかし。
「悔しいな……」
なんとしても、今日捕まえたい。
何か方法は……、と考えたとき、ひとつだけ思い当たった。
「クモの巣だ……!」
太田ダンジョンで覚えた《糸》。
《糸》でクモの巣をつくって、そこにトンボを誘導できないだろうか。
こちらもLv1だが、捕獲ネットよりも強度はありそうだ。
「……試してみるか」
さっそく庭木と縁側に一本の《糸》を張ってみた。
《糸》は指で触れるとベタベタしており、指で弾くとプンッ!と勢いよく元の位置に戻る。
1本でもそこそこの強度はあるが、これが数本まとまれば、オニヤンマくらい受け止められそうだ。
そんなことを考えていると、少し離れたところをオニヤンマが高速で通り過ぎていった。
まるで俺を挑発するかのように。
「見てろよ……!」
俺は1本1本ずつ《糸》を張ってゆく。
まずは骨組みとなる《糸》を、「米」の字を描くように、庭木と「家」の間に結ぶ。
続いて、ネット部分だ。
本物のクモの巣の形を思い出しながら、骨組みの間に新しく《糸》を張っていく。
「ふぅ……」
なかなか細かい作業である。
魔素値も徐々に減っていくし、神経も使う。
――だが、これも楽しい。
「空中に絵を描いているみたいだ」
俺の指先に合わせて、《糸》が平面を構成していく。
1筆1筆のタッチが集まり、絵のモチーフが現れるように。
1本1本の《糸》が集まって、幾何学的な模様を描いていく。
「……よし、この《糸》は綺麗に張れたぞ」
本来の目的を忘れ、俺は青空が見える空間自体をキャンバスにして、絵を描くことに熱中した。
そうして。
「……できた」
巨大かつ美しい、クモの巣が完成した。
《糸》は夏の陽射しを浴びて、キラキラと輝いている。
謎の充実感がある。
「いや……本当の目的を果たさねばな」
改めて、オニヤンマ捕獲作戦である。
このクモの巣はオニヤンマの飛行ルートから少し外れている。
虫取り網などを使って、ヤツを追い込まねば。
そんなことを考えていると。
「……あ」
先ほど捕まえたのと同じ種類の、黄色いトンボがクモの巣にかかった。
ジジジ! ジジジジ……!
黄色いトンボは、粘着性の《糸》から抜け出せず、激しく羽ばたいてもがいている。
「やば……、オニヤンマに警戒されるかな」
せっかく作ったのに、オニヤンマに「何かある」とバレてしまって避けられたら最悪である。
「大丈夫かな……、とりあえず黄色いやつを除去するかな……。いや、もしかすると、このままの方が……」
そんなことを考えていると。
「……あ」
ものすごいスピードでオニヤンマが飛んできて、黄色いトンボへと突っ込んでいった。
ジジジジ!!! ジジジジジジ!!!
オニヤンマも黄色いトンボと一緒にクモの巣に絡まり、身動きが取れなくなる。
「よし!」
おそらく、テリトリー内にいたトンボを捕まえようとしたのだろう。
偶然が俺に味方した。
俺はクモの巣に駆け寄り、オニヤンマの4つの翅を掴んだ。
そして。
ボワン!!
図鑑No.12/251
名前:グレイトオーガヤンマ
レア度:★★★★
捕獲スキル:速さ+10(初回ボーナス)、空中剣技、神速(発動時速さ極大アップ)
捕獲経験値:1600
ドロップアイテム:魔石(大)
解説:ダンジョン内最速のトンボ。空中で狩りを行い、獲物を捕食する。【童心】スキル所持者が捕獲可能(要:魔生物捕獲ネットLv2)
「やったぁぁ!!!」
念願の攻撃スキルだ!!
これでクワガタとかバッタだけじゃなく、俺自身も戦える!
いや、嬉しいな。
試しに、魔生物捕獲ネットを手にして空中に飛び上がると、頭の中に動きのイメージが浮かんでくる。
「空中剣技……《捕食》!!」
ブンブン!!
スタッ!!
トンボが空中で獲物をとらえるがごとき剣技。
――早く実戦でも使ってみたいものである。
「よし、ステータスオープン」
名前:夏目光一
レベル:34
経験値:155/3353
HP:321
MP:140
攻撃:152(うちボーナス+28)
防御:129( 〃 +13)
速さ:231( 〃 +27)
賢さ:94( 〃 +2)
スキル:【童心】、【アイテムドロップ強化】、【水耐性(小)】、【睡眠技無効】、【水上歩行】、【斬撃強化(小)】、【蝶の舞】、【警戒】、【毒吸収】、【友愛の絆】、【空中剣技】、【神速】
特技:魔生物図鑑、集団襲撃、魔生物捕獲ネット(Lv1)、虫相撲(クワガタ)、応援、ワームホール、糸(Lv1)
「おお……」
気づくと、プライベートダンジョン内調査から2つもレベルが上がっていた。
虫の捕獲経験値よりも、経験値の上昇値が高い。
おそらくは《糸》の作業時にも経験値が入ったものと思われる。
あれは確かに、いい経験になった。
「あー、なんだか楽しくなってきたな」
あの巨大なトンボを捕まえたことで、脳が興奮している。
「よし、ほかの虫も探してみよう」
――俺は、森林エリアに向かって足を進めた。