第43話 さよならの時間
「ほら、こーちんの分だ」
まなみんは、俺にラムネの瓶を差し出した。
たしかに、よく冷えていて美味しそうだ。
飲み口の部分までガラスで作られており、そこにはビー玉が栓として詰められている。
だが、これを見て、しーちゃんは心配そうに言った。
「ね、まなみん……。わたし、ちょっと心配なんだけど、これ、本当にラムネなのかなぁ……」
「うん、あたしもちょっと気になるかも……。変なクスリだったりしない? ダンジョンの冷蔵庫に入ってたんでしょ……?」
すると、まなみんは言った。
「大丈夫だ。アタシに考えがある」
「考え?」
「そうだ。ま、一種の鑑定だな」
「そんなことができるのか?」
まなみんは物知りだな。
少し感心する。
すると、まなみんは言った。
「よし、こーちん。まずは飲んでみてくれ」
「は、はあ?」
おタマちゃんみたいな声が出てしまった。
「なんで俺が……」
「だって、こーちんは【毒吸収】スキルを持ってるんだろ? 仮に毒薬でも安全じゃねーか。ほら、これでビー玉を落としな。これも冷蔵庫に入ってたやつだぜ」
まなみんは俺に木製の玉押しを差し出す。
「ううむ……」
毒見役ってことか。
論理的なような、そうでないような……。
俺の反応を見て、まなみんは上目遣いで言う。
「ステキなパ・パ。おしごとお疲れさま。冷たいうちにどうぞ?」
「……ったく」
しょうがないやつだ。
ま、ここは俺たちのプライベートダンジョン、危険なものは生成されないだろう。
……それに、冷えたラムネ、うまそうだしな。
ポシュッ!!
ビー玉を押し込み、ラムネを開栓する。
「な、夏目くん……無理しなくていいんだよ?」
「ま、大丈夫だろ」
水色の瓶をかたむけ、炭酸の入った液体を口に含む。
「だ、大丈夫? こーちゃん?」
「……ああ、毒はない。てか……」
むしろ。
「すげーうまい。うますぎる」
「ほんと?」
「てか、なんだコレ、こんなうまいの飲んだことない」
再度、瓶をかたむける。
味は市販のラムネと似ているのだが、なんというか五臓六腑にしみわたるというか、疲れが吹き飛ぶというか……。
「けけ、じゃあ、アタシもいただこうかな?」
「あ、まなみん、ずるい!」
「じゃあ、わたしも……」
ポシュ!
ポシュ!
ポシュ!
「ぎゃー、少しこぼしちゃったーっ!!」
「たまちゃん、大丈夫? ハンカチつかう?」
「あ、ありがとう。しーちゃん」
……そうして俺たちは、縁側に座ってラムネを飲み始めた。
夏の空が、青く美しい。
今度は、風鈴でも持ってこようかな。
「何コレ、最高じゃん!!」
「うまいな……。初めて飲んだぜ」
おタマちゃんとまなみんは、縁側に足をブラブラさせている。
しーちゃんは、気泡が立ちのぼる液体をじっと見たあと、瓶を口に当てて、かたむけた。
「ごくごく……。って、けほけほ!!」
「って、おい。大丈夫か?」
「しーちゃん、一気に飲んじゃダメだよ?」
しーちゃんはむせてしまったようだ。
ハンカチを口に当てる。
「ご、ごめん。それより、夏目くん、たまちゃん、気がつかなかった?」
「気がつく、って?」
「ラムネに良くないものが入ってたのか?」
「ううん、その逆だよ」
「逆?」
しーちゃんは、ラムネの瓶を太陽に透かして言った。
「このラムネ……全回復薬だよ」
「エ、エリクサー!?」
あの1本何百万円とか言われる、アレか!?
「うん……。普通のやつは味も炭酸もないんだけど、これはエリクサーをラムネに加工したものみたい」
「贅沢だな……」
「え、あたし、ちょっとこぼしちゃったよ!?」
「アタシもだいたい飲んじまった……。転売すれば……」
「どうしよう、わたし、これ飲んじゃまずかったかも……。MP満タンだったのに……」
……みんな、それぞれ思うところがあるらしい。
まあ、たしかにその気持ちはわかる。
会社で働いていたころの俺なら、数百万円を一瞬で使い切ったと知ったら、しばらくは立ち直れなかっただろう。
でも、今の俺は……。
俺はラムネを一口飲む。
「ぷはぁ! やっぱりうまいぞ、これ」
「こーちゃん……?」
「……みんな、せっかくだから今を楽しもうぜ。もう栓も開けちゃったし、それに、縁側でエリクサーを飲むなんて、一生モノの思い出じゃないか?」
「こーちゃん、いいこと言うね!」
「打ち上げというにはささやかだけどさ、忙しいしーちゃんともこうして飲めるんだしさ」
「夏目くん……」
「さ、ぱーっといこうぜ」
「アタシは大金のほうがよかった……」
「もー、まなみんはうるさいよ! もともと自分で持ってきたんだからね!」
「それがわかってるからショックなんだろ……」
俺はまなみんを励ましてやる。
「ま、そのうち冷蔵庫に再出現するんじゃないか? そのときは、自分の分は好きにしたらいいさ」
ダンジョン内に自生する薬草は、採ってもそのうち生えてくると言うし、ラムネも同じじゃないかと思う。
「まぁ……そうか。そうだよな……。よし」
まなみんは瓶を最後までかたむけて、ラムネを飲みほした。
「くぅー! うまい!! 涙が出るぜ!!」
「ごくごく……。うん、おいしいね」
「おいしー!」
「最高だな」
みーん、みんみんみん……。
セミの声をBGMに、俺たちはゆっくりとした時間を過ごした。
☆★☆
その後、まなみんとしーちゃんに、プライベートダンジョン内をひととおり案内することになった。
念のため、神社奥の大木を確認したが、2階層への入り口と思われる穴に変化はなかった。
しかし。
ボワン!
図鑑No.54/251
名前:ルリバネクワガタ
レア度:★★
捕獲スキル:虫相撲(クワガタに氷結攻撃および広範囲化付与)、攻撃+5(初回ボーナス)
捕獲経験値:600
ドロップアイテム:魔石(中)
「……よし!」
神社の大木には、初めて見るクワガタがいた。
「ラッキーだね、こーちゃん」
「夏目くん、これで氷の技が使えるようになったってこと……?」
「ああ、実際にやってみるか。ちょっと川の方に行ってみようぜ」
神社の奥から北に向かうと、川が流れている。
俺は、異空間からクワガタを呼び出し、覚えたばかりの《氷結攻撃》と《広範囲化》を使用してみた。
クワガタがハサミを一振りすると……。
「わ……」
川の水は、5メートル程度にわたり一瞬で凍りついた。
「すごい……。【氷魔法】みたい……」
「これで氷と炎が使えるんだね……」
「《広域化》を手加減してこれだからな。クワガタもだいぶ器用になってきたな」
そろそろカブトムシも使ってみたいところである。
そうして、森の中の道をぐるりと周り、俺たちは日本家屋エリアへと戻ってきた。
おタマちゃんの持つ魔石式時計では、時間は4時近くを指し示している。
「もうこんな時間か……。あたし、協会に帰って山田さんに報告をしないと……」
「わたしも、そろそろ東京に帰らなくちゃ……」
「今日はあっと言う間に終わってしまったな……」
ダンジョン内は真昼だが、外に出ると日も暮れ始めているのだろう。
「なんだか、さみしいものだな……」
次にいつ4人で会えるかわからないとなると、急に切ない気持ちになる。
今日は久しぶりにみんなで会えて、楽しかった。
その反動が来ているのだろう。
「ね、ね」
おタマちゃんは手をちょいちょいと動かしながら言う。
「ダンジョン出たら、みんなでLINKグループ作ろうよ。せっかく今日会えたんだし、また次も会いたいから」
「たまたま、いい提案だな」
「うん、わたしもお願いしたいな」
「よし、じゃあ、外に出たら友だち登録しようぜ」
「おー!」
☆★☆
その夜、俺たちのグループLINKにメッセージが届いた。
なお、グループ名はおタマちゃん命名である。
ピコン!
【チーム:秘密基地のなかよし4人】
笹良橋志帆:笹良橋だよ。無事東京に着いたよ。みんな、今日はありがとう。
たまき:しーちゃん! 今日楽しかったね。また会おうね!
(クマがほくほくした顔で「満足」と言っているスタンプ)
まなみ:アタシも久しぶりに楽しかった。エリクサーだけが心残りだ
光一:まだ言ってるのか……
光一:みんなもそうだけど、気になるなら秘密基地に勝手に入ってもいいよ
光一:昔みたいにさ
たまき:まなみんを自由にすると危ないよ
たまき:あたしたちの分がなくなるかも
まなみ:ふぅん……。クマのぬいぐるみ。ミニチュアの家。ハート柄のふとんのダブルベッド。
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
光一:誤タップか?
たまき:うん、ごめんね!
たまき:まなみんはプリティアの服を着る時間なかったでしょ? 早く着てほしいな。きっとかわいいよ!
まなみ:ミニチュアのクマの赤ちゃん。ベビーベッド。
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
笹良橋志帆:もー、だめだよ。まなみん。
笹良橋志帆:あ、そう言えば。
光一:どうした?
笹良橋志帆:わたし、毎日、家のステータス計でステータス値を記録しているんだけど、なぜか今日レベルアップしていたの
笹良橋志帆:モンスターを倒していないから、経験値は入ってないはずなのに
笹良橋志帆:これって、あのラムネのおかげなのかな? それともダンジョン自体かな?
笹良橋志帆:あとは夏目くんのスキル効果っていう可能性もあるかも
笹良橋志帆:誰か、またダンジョンに入ったときに、気づいたことがあれば教えてほしいな
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【補足】
ラムネのビー玉は、瓶を割らないと取れないタイプでした!
補充してほしいという縁起担ぎの意味もあり、割らずに台所に置いてきました。