第42話 第2回プライベートダンジョン内調査③
「ここはまなみんの部屋だとして……あたしたちの部屋もあるのかな?」
「探してみるか」
ちょうど、まなみんの部屋と思われる空間には、隣の部屋につながる襖がある。
「次はあっちを見てみるね」
「ああ」
おタマちゃんは、ふすまに手をかけ、すっとスライドさせる。
すると……。
「わ……」
隣にも、まなみんの部屋と同じ大きさの和室が広がっていた。
しかし、置いてあるものが違う。
一輪挿しのバラが置かれた机。
天井近くまで伸びる本棚。
少し知的な雰囲気である。
「ここは……しーちゃんの部屋なのか?」
「でも、本棚には何も入ってないね……」
本棚はからっぽであり、どこも背中側の板が見える状態であった。
「うう……。やっぱりわたし、歓迎されてないのかなぁ……」
「そ、そんなことはないはずだぜ……」
「ああ、俺もそう思う」
ダンジョン入り口のドアを開けられる以上、しーちゃんの存在もここに影響を与えているはずだ。
何もない、なんてことは……。
「え、いー部屋じゃん!」
おタマちゃんは楽しそうに部屋をキョロキョロしている。
「てめー、たまたま、しーちゃんをいじめてんのか?」
「ち、違うよ!」
おタマちゃんは激しく首を振り、しーちゃんを見る。
「……あのね、これならさ、部屋の中に好きなだけ本を置けるかなって思ったんだよ」
「あ……」
「……確かにな」
ダンジョンは、本自体ではなく、本を読む環境をしーちゃんに与えたのかもしれない。
おタマちゃんは、しーちゃんに微笑みかける。
「ね、しーちゃん。また今度来てさ、ここに本を置いてさ、しーちゃんの部屋にしちゃえばいいんじゃない?」
「う、うん!」
しーちゃんは嬉しそうに言った。
「……たまたまにしてはいいこと言ったな。頭カラッポだからこその発想なのかもな」
「は、はあ!? まなみんの部屋こそ頭カラッポのお手本みたいな感じだったじゃん!」
「はいはい、そこまでにしろ」
俺はふたりの間に割り込む。
「むー、こーちゃん!」
「よしよし」
子どものころを思い出し、頭をなでて宥めてやる。
すると。
「は、はみゃっ!?」
おタマちゃんは、びくっとして後ろに下がった。
「あ、わ、悪い……」
つい昔のクセでやってしまったが、大人、それも異性にやることではなかったかもしれない。
反省である。
おタマちゃんの顔は赤く染まっている。
「ごめん、おタマちゃん。つい……」
「え、あ、ううん! ち、違うの! ただちょっとびっくりして……」
「ああ、悪かったよ……」
「う、う〜、あ、あの、イヤじゃなくて、むしろ、その……」
「……おい、たまたま。びっくりしちまったものはしかたねぇ。次は気をつけろよ」
「たまちゃん、ファイトだよ」
「う、うん……。ふたりともありがとう……」
「……?」
よくわからないが、丸く収まったようだ。
☆★☆
しーちゃんの部屋から廊下に出ると、すぐ反対側にも襖がある。
「こっちがあたしたちの部屋かな……?」
「開けてみるか」
「失礼しまーす……」
おタマちゃんは襖をすっと開けて、
――ピシャンッ!!
すぐに閉めた。
「あれ、なんで閉めたんだ?」
これでは調査にならない。
「たまちゃん、何かいたの?」
すると、おタマちゃんはあわてた様子で。
「あ、あははー! ここは大丈夫カナ!! 危険はなさそうだったよ!!」
「おい、それを調査しにきたんだろ。たまたま、
いいから開けろ」
「で、でも……。う〜……」
すると、しーちゃんは、
「じゃあ、わたしとふたりで入るのはどうかな? それでもダメ?」
「しーちゃんなら……」
「おい、たまたま、アタシを差別するのか?」
「う、ううん! そうじゃなくて、その……」
「……俺?」
俺に見られたくない、ってことか……?
「こ、こーちゃんのことは信頼してるよ! でも、今回は……」
「よくわからないが、わかった。外で待っていればいいんだな?」
「う、うん。ごめんね……」
「ま、いいさ」
女子の部屋ということなら、男がずけずけ入るのも変だろう。
後ろを向いて大人しく待っている。
しばらくして。
「ごめんね、こーちゃん」
3人が部屋から出てきた。
「早かったな、特に問題はなかったか?」
「うん、あぶないものはなかったよ。机と、あとはスニーカーがあったくらい」
「う、うん! そーだよ!!」
「スニーカーか……」
おタマちゃん用の装備なんだろうか?
すると、まなみんが付け加える。
「そうそう、騒ぐほどのものはなかったぜ。あとはペアで手を繋いでいるクマのぬいぐるみぐらいだな。片方はたまたまの服を着てて……」
「は、はあ!? バカなの!? まなみんにはそう見えたんだ、へぇー!!」
「……? それが見られたくなかったものなのか?」
少女趣味が恥ずかしい、というところだろうか。
よくわからないな。
「まあ、いい。次の部屋に行くか。俺の部屋だといいな」
「う、うん! じゃあ、早く行こ! 楽しみだねー!」
おタマちゃんはせかせかと隣にある襖の前に移動した。
「じゃ、さっそく開けてみるね!」
「あ、ああ……」
気持ちの準備をする間もなく、おタマちゃんは襖を開けた。
中はやはり和室になっていた。
「……広さはみんなの部屋と一緒だな」
和室には机があり、片隅にはスコップが置いてある。
「スコップ……?」
あれが俺の装備だろうか?
……あれで戦えと?
「夏目くん、机の上にも何かあるよ?」
「ん……?」
机の上には、丸まった紙が置いてある。
「なんだ……?」
開いてみる。
「手書きの地図……か?」
それは、下手なイラストを添えて描かれた、手書きの地図だった。
神社や、川、この家と思われる建物があることをふまえると、プライベートダンジョンを描いたもののようだ。
「知ってる情報だな……」
森の中など空白地帯が一部あるものの、基本的にはマッピングが済んでいる。
これはおそらく、俺が行ったことのある場所だろう。
「自動マッピングアイテム……? ほかのダンジョンでも使えるのか……?」
縮尺がめちゃくちゃだから、地図としては使い勝手が悪そうだ。
とりあえず判断は保留である。
しーちゃんが、俺の隣からひょこっと覗きこんでくる。
「夏目くん、これ……スコップと組み合わせじゃない?」
「組み合わせ……? あ」
……なるほど。
「宝の地図、か」
そう言えば、昔そんな遊びをしたな……。
そのときは、宝箱に見立てたクッキーの空き缶に、ビー玉などを入れていた。
「うん。まだ印はなさそうだけど、マッピングが済んだとか、宝物が出現するとか、なにかのきっかけで変化が起きるんだと思う。とりあえず、ここに置いておいたらどうかな?」
「そうだな」
東京のダンジョンでは、スキルを増やせる本や、魔法効果のついた武器などが宝箱から発見されている。
いずれも市場価格は数億円だ。
さらには、ダンジョン外の万病にも効く薬草など、物によっては10億円を超える値段で取引されるレアアイテムもあるという。
……うん、なんかワクワクしてきたぞ。
「こーちゃん、楽しそうだね」
おタマちゃんも楽しそうに言う。
「まあな。やりたいことがたくさんあって、時間が足りないよ」
「えへへ、幸せな悩みだね」
「そうだな……」
会社で働いていたころは、やりたくないことばかりやらされて、自分の時間はまったくなかった。
今は毎日楽しいし、それに友だちもいる。
本人たちには恥ずかしくて言えないけど、まぁ、最高と言っていい環境なんだろう。
「こーちゃん、いい顔してるね」
「そ、そうか?」
考えを見透かされたようで、恥ずかしい。
おタマちゃんは、張り切って手を挙げる。
「さ、この調子でいこー! 家の残りも探索だー!」
☆★☆
そうして、俺たちは建物内をひととおり確認した。
俺たち4人の部屋のほかは、基本的には襖で区切られた和室だった。
区切られた各部屋の役割は、おそらく「茶の間」「客間」「寝室」である。
茶の間の隣には、花柄のクッションフロアの「台所」があった。
そのほか、空っぽの押入れ、浴室があり、今俺たちがいる縁側の先にはトイレがあった。
「意外にも洋式なんだ……」
おタマちゃんが試しにレバーを引くと、じゃーっと水が流れた。
「不思議……。どこから水が来てるんだろ……?」
「魔法式なのかな……」
しーちゃんも原理がわからないようだ。
本当に普通の家みたいだな。
「でも、ここも危険はないみたいだね」
「これで、ひととおり調査は終わったよな?」
俺はおタマちゃんに確認する。
「……で、大丈夫だよね? しーちゃん」
おタマちゃんはしーちゃんに問いかける。
「うん。わたしも簡単に図面を描いてたんだけど、大丈夫だと思う」
「いつの間に……」
さすが優秀な官僚である。
「じゃあ、これで……」
「うん!」
おタマちゃんは俺たちを見て、宣言する。
「これで第2回プライベートダンジョン内調査を完了します! 危険はなかったので、認定は引き続き5号になります!!」
「よし!」
半ばわかっていたことだが、なんだか嬉しいな。
てか、みんなで同じミッションをこなしたことが楽しかったな。
「お疲れさま、たまちゃん」
しーちゃんはおタマちゃんに微笑みかける。
「しーちゃんこそありがとー!」
そんなやりとりをしていると。
「けけ……、じゃあ、打ち上げといこうぜ」
いつの間にか、まなみんが4本のラムネの瓶を持ってきた。
「あれ、まなみん。それ、どこから……?」
おタマちゃんが聞くと、まなみんは答える。
「台所の冷蔵庫に入ってたろ。さ、みんなで飲もうぜ。キンキンに冷えてるぞ」