第41話 第2回プライベートダンジョン内調査②
田んぼの間を歩いていくと、あっという間に日本家屋エリアについた。
「うわ、近くで見るとけっこう大きいね!」
「わたしのおばあちゃんのうちに似てる……」
「暑ちーから、早く中に入ろうぜ」
3人は思い思いのことを言っている。
家には塀も垣根もないため、敷地の奥の方まで見渡せた。
ダンジョン内に方角があるのかはわからないが、太陽の位置から推定するに、俺たちのいる東側が玄関、建物の南側は庭となっている。
庭には、松の木が生えていたり、岩のような大きな石があったり、小さな池がある。
あれを縁側から眺められるようになっているわけか。
「特にモンスターはいなそうだな……」
目に見える範囲に、モンスターの姿はない。
池の中からピラニアみたいな魚が襲いかかってくる可能性もゼロではないが、この雰囲気じゃまずありえないだろう。
おタマちゃんも庭の様子を見て提案する。
「まずは外から一周してみようかな。どう? こーちゃん」
「いいんじゃないか?」
危険度調査という意味では、いきなり建物の中に入るのは違う気がした。
「わたしもいいと思う。万が一、まわりに火炎系のモンスターがいて、中に入った途端、建物を火事にされちゃったら大変だしね」
「そ、そう! あたしもそう思ってた!」
しーちゃんの話を受け、おタマちゃんは急に大きい声を出した。
「……たまたまは嘘くせーな。たぶん最初に池が見たかっただけだろ?」
「ち、ちがうよ!」
……うん。これは違くないときの反応だ。
ま、言うだけヤボというものだろう。
ふれないでやるのが情けだ。
「意見も一致したし、とりあえず行くか? 立場上、先頭はおタマちゃんでいいんだろ?」
「うん。あ、そうだ。せっかくだから、こーちゃんの【警戒】スキル貸してよ。モンスターのふいうちを防止できるんでしょ?」
「まあ、いいけど……」
「おい、こーちん、タダで貸していいのか? キッスぐらい要求してやれ」
「は、はあ!? まなみんはさっきからうるさいんだよね! 邪魔するなら帰って!」
「ふぅん……。かよわい一市民をダンジョン危険度調査の途中で放り出す、か……。探索者協会県本部は宇都宮だっけ……」
「や、やめてよ!」
☆★☆
池の中には、綺麗なニシキゴイが3匹いた。
予想どおり、俺たちを攻撃するような生き物はいなかった。
おタマちゃんとしーちゃんは、じっと池を眺めている。
「ダンジョン内に鯉がいるんだ……」
「すごいね! 飽きないね!」
「暑ちー……」
まなみんは木の陰に隠れている。
それにしても……。
「トンボ、増えたな……」
日本家屋エリアに近づいたときから思っていたが、赤や黄色の、これまで見たことのないトンボがたくさん飛んでいる。
もしかしたら、日本家屋エリアの出現とあわせて虫の種類も増えたのかもしれない。
「あ!!」
屋根の上をやたらと大きいトンボが飛んでいった。
恐ろしくスピードが速く、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
……オニヤンマの仲間だろうな。
「いつか捕まえてみたいな……」
調査が優先なのはわかっているが、つい気を取られてしまう。
「こーちゃん、どーしたの?」
呼ばれた方向を見ると、3人はすでに先に進む準備ができているようだった。
「……悪い。なんでもない」
俺は3人と一緒に調査を続ける。
☆★☆
建物を一周したが、特段脅威は発見されなかった。
障子戸や、すりガラスごしに中の様子を伺ったが、動くものは確認できなかった。
「じゃあ、中に行くか」
「うん、あたしが先頭で行くね」
4人で玄関前に移動し、おタマちゃんがガラス戸をスライドさせる。
「ごめんくださーいっ!」
…………。
……。
「……誰もいなそうだね」
「プライベートダンジョンだからな」
モンスターならまだしも、人間がいたら驚きである。
「入りまーすっ!」
ガラガラ……。
引き戸を開けると、不規則なタイルを敷きつめた土間がある。
正面には上がり框があり、木製の廊下が奥に伸びている。
「ザ・昭和の家、って感じだな……」
これでお線香の匂いなんかしたら、まさにおじいちゃんおばあちゃんの家という印象である。
「あー、中は涼しいなぁ。って、たまたま、靴脱ぐんだな?」
「え? 脱がないの?」
「いや、ダンジョンだから履いたままって選択肢もあるが……、ま、たしかに気分悪ぃわな」
「うん……。わたしも脱いでいくね」
「そうだな。このあと、みんなでくつろぐ場所になる可能性もあるからな」
俺たちは靴を脱いで、家の中に上がる。
「まずはこっちからか……?」
すぐ左手に、ふすまがある。
中からは、特に物音も聞こえない。
「うん、開けてみるね。こんにちはー……」
おタマちゃんは静かにふすまを開けた。
すると。
「わ……」
中は和室になっていた。
「こーちゃん……普通の部屋だよ」
「普通の部屋だな……」
化粧をするための鏡付きのドレッサー、観音開きのタンス、姿見がある。
もちろん、中には誰もいない。
「女性の部屋、って感じだね……」
しーちゃんとまなみんも部屋の中に入ってきた。
「よし、たまたま。タンスを調べてみろ」
「は!? なんで!?」
「ダンジョンのタンスは宝箱と一緒だからな。いいものが入ってたらもらおうぜ」
「え、なんかヤダよ! ドロボーみたいじゃん!」
「タンスがミミックだったら、いつかこーちんが襲われるかもな……。たまたまはこーちんが心配じゃないんだな……」
「あー、もう、まなみんは置いてくればよかったよ……」
おタマちゃんはブツブツ言いながら、タンスの取っ手に手をかけた。
「開けるよ」
「いいよ、たまちゃん」
しーちゃんは、小さな丸い盾をかまえて、おタマちゃんの横に移動する。
「えーいっ!」
ガチャ……!
おタマちゃんが観音開きのタンスを開ける。
すると、中には。
「え、浴衣……?」
「こっちもそうだね……」
やたらとカラフルな浴衣が、2着吊るされていた。
「派手だな……」
やたらと明るいピンクと、やたらと明るい水色の2色。
上半身は浴衣だが、下はスカートになっている。
大人用のサイズのようだが、こんなものを着る人はいないだろう。
「変なタンスだねー」
「お、おい、たまたま、それ……」
「え? このダサい浴衣?」
「おい! ダサい浴衣とは聞き捨てられねーな!」
「え? え?」
まなみんが急に凶暴になったが……。
「どうしたんだ?」
「こーちんがわからねーのはしょうがねー。だが、たまたま、お前はダメだ」
「な、なんでー!?」
「あ、もしかして……」
しーちゃんは何かに気づいたようだ。
「……プリティア?」
「え……?」
「あ……、そういえば……」
俺たちが子どものころ、日曜日の朝にちょうどやっていたアニメ。
たしか、名前は……。
「たまたま、思い出したか? これは名作『サマーメモリーズ!プリティア』の、ティアフェスティバルだろうが!」
「プリティアの服だったんだ……」
俺も子どもの頃に、まなみんから話を聞いていたから覚えている。
たしか、和風の衣装を着ためずらしいプリティアで、花火師をめざすなんとかっていう女の子が主人公だったはずだ。
「てか、まなみん。いまだにプリティアなんか好きなの? アレ、子どもが見るやつだよ?」
「は? たまたまだって、いまだにこーちんのことが大好……」
「わー、わー!! まなみん!! ごめんね!! プリティア最高!! プリティでティアティアだね!!」
「チ……、まあ、許してやるか」
「もう一着もそうなのか?」
俺は気になったことを聞く。
「水色の方はティアミュージックだな。祭音色ちゃんが変身する。ちなみにフェスティバルは夜空キラリちゃんだ」
「そこまでは聞いてないが……」
てか、まなみんが大好きなものが置いてあるということは。
「ここは、まなみんの部屋として生まれた空間なのか……?」
ダンジョン生成の仕組みはわからないが、おそらくあの服は、まなみん専用の装備品と考えられるのではないか。
「あ……、そういうことか……」
まなみんも腑に落ちたようだ。
浴衣をタンスに戻しながら、おタマちゃんをギロリと見る。
「たまたまは、人の部屋のタンスを勝手に開けたのか……。最低だな」
「は、はあ!? まなみんが言ったんでしょ!!」
おタマちゃんとまなみんは、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。
まったく、しょうがないな……。
てか。
この感じなら、この家には俺たちの部屋があるのかもしれないな。