第38話 ヒアリング調査と、今後の目標
「到着が直前となって申し訳ありません。ダンジョン管理省・探索者支援課の笹良橋と申します」
「栃木県探索者協会の山田です。わざわざ東京からご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらからお願いしたことですので。むしろ、突然の同席ご迷惑をおかけします」
「おお……」
しーちゃんがちゃんと社会人している。
俺も2月まではあんな感じで話していたなぁ……。
だんだんあの話し方を忘れつつあるけれど。
「しーちゃんの席、ここね。お茶もどぞー」
「思川さん! なんですか、その話し方は!」
「ふふ……、ありがとう、たまちゃん」
しょうがないな、おタマちゃんは。
名刺交換を終えた山田さんは、出入り口近くの席に移動した。
「それでは、全員揃いましたので、ヒアリング調査を始めさせていただきますね」
――場所は、栃木県探索者協会の講習室。
部屋の中には、テーブルが「ロ」の字型に並べられ、関係者が集まっていた。
上座から、俺、しーちゃん、群馬県探索者協会の城沼さんと多々良さん、そして、栃木県探索者協会の山田さんとおタマちゃんとなっている。
なお、イーヨンの探索者協会カウンターの方には、パートの事務員さんが座っているようだ。
山田さんはA4の資料を示しながら、しーちゃんに問いかける。
「笹良橋探索官もあらかじめ第1報を読んでいただいているということですので、概要のご説明は省略して、夏目さんのヒアリングから始めてよろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません」
「ありがとうございます。それでは、夏目さん。すみませんが、太田ダンジョンでの出来事についてお聞きします。話したくないことについては、そうおっしゃってください」
「わかりました」
こうして、探索者協会によるヒアリング調査が始まった。
話したくないことは話さなくていいとはいっても、太田ダンジョンでの出来事は、だいたい配信してしまっている。
今、ここにいるメンバーに隠してもしょうがないと思い、素直に聞かれたことを話していく。
「あらためて聞くと、すごいスキルですわね……」
「ああ、ダンジョン外からのワープとはな……」
スキルの正体にうすうす勘づいていた群馬県探索者協会のふたりも、驚いている。
「それにしても、そのスキルの覚え方が独特ですね……。【毒吸収】スキルの取得といい、夏目さんはまだまだ成長の余地がありますね」
「あたしも、今度いもむしちゃんにご飯あげてみたい!」
「ああ、いいよ」
「…………」
しーちゃんは黙って俺の話を聞いていた。
その様子を見て、山田さんは、
「それでは、次の質問に移る前にひとつだけ……」
改まった様子で、しーちゃんに問いかけた。
「笹良橋探索官……申し訳ありませんが、先にお聞きかせください。国として、夏目さんをどうしたいとお考えなんですか? 何かご意向があるからこそ、本日いらっしゃったわけですよね?」
「……そうですね。お見込みのとおりです」
「え? そーなの、しーちゃん?」
「……うん」
「国も夏目さんを管理下に置きたい……そんなところなのでしょうか?」
しーちゃんは、ちらりと俺を見て。
「いえ……正直に申し上げると、省内でも意見は割れています。ダンジョン産業の発展を重視する方々は、夏目くんを国で雇いあげることを考えています」
「国が?」
「はい。その場合の身分は、東京迷宮大学――東迷大の特別研究員という立場で、探索チームの後方支援を行っていただく想定です。戦闘行為はなしで、年収は内閣総理大臣と同程度……、すなわち4千万円を提示してもよいとされています」
「こ、こーちゃん……!」
「戦闘なしでその金額は破格ですね……」
「……一方、《ワームホール》スキル自体より、夏目くんのスキル獲得能力を重視する方々は、夏目くんの成長に期待しています。この国のトップ探索者は、レベル85の王路さんですが、いずれは彼に匹敵する探索者になってほしいと……」
「その意見もわかりますわ……」
「夏目くんは初探索でレベル30だもんな……」
「……なるほど」
山田さんは深くうなずいた。
「それで、笹良橋探索官はいかがお考えなんですか?」
「私は……」
しーちゃんは、再び俺を見る。
「……私の所属する組織としては、場合によっては公費を使ってでも夏目くんの成長を支援すべきと考えています。そうなると、夏目くんの行動にも制限がかかります」
「制限?」
「……そうだな、税金から金をもらって強くしてもらう以上、気楽な探索者稼業とはいかない。公益的な依頼に応える探索がメインになるだろうな」
城沼さんが補足する。
「え……、じゃあ、あたしとパーティを組む約束は……?」
「国の支援を受けた場合、不可能とは言わずとも、制限がかかることは間違いありませんわ。税金を使って育成したのに、勝手に死なれては迷惑ですからね」
「…………」
多々良さんの皮肉を、しーちゃんは黙って聞いている。
否定はしない、というところだろう。
「しーちゃん、そうなの……?」
おタマちゃんは不安そうにたずねる。
「ええ。ですから……」
しーちゃんは、俺をまっすぐに見つめ、
「私《《個人》》としては、夏目くんの意思を尊重するべきと思っています」
「俺の……?」
「――はい」
しーちゃんは一呼吸おいて。
「――夏目くんがこれから何をしたいか。どんな風に生きていきたいのか。私は、それを聞くためにきました」
「……そういうことなんですね」
山田さんは俺を見て、ニコと微笑む。
「夏目さん……。笹良橋さんは、夏目さんの希望を通すために、わざわざ東京から来てくれたようですよ」
「そうなのか?」
「……私にできる範囲で、だけどね」
「ありがとな……」
俺は仲間に恵まれた。
「夏目くん、聞かせて。あなたがどうありたいのかを……」
「俺は……」
しーちゃんの問いかけに、俺は過去を思い返す。
『テメェみたいな無能はどこの会社でもやってけねェんだからな!! 社会人失格だよッ!!』
――暗黒の、会社員時代。
『やったぁぁぁ!!』
――成長するよろこびを知った、プライベートダンジョンの日々。
『じゃあさ、あたしとパーティ組まない? きっと楽しいよ?』
――おタマちゃんとパーティを組むと決めた日の、星空の美しさ。
『また次も、一緒に思い出をつくろうね』
おタマちゃんと太田ダンジョンを攻略した日の、最高の充実感。
プライベートダンジョンに入るようになってからの日々を思い返せば、答えはひとつだ。
「俺は……」
おタマちゃんをチラと見て、しーちゃんに答える。
「金や安定、名誉よりも、自分の時間を大切にしたい。あの秘密基地にいたころのように、探索者として毎日楽しい時間を過ごしたい。そして……」
太田ダンジョンでの、グリーンドラゴン亜種との戦いを思い出す。
あの場では勝利できたものの、けして楽勝というわけではなかった。
様々な幸運が重ならなければ、むしろ俺たちが負けていた可能性もある。
だから……。
「――俺は、プライベートダンジョンで成長を続けて、最強の探索者を目指したい。いざと言うときにおタマちゃんを守れる力がほしい。それに、自分がどこまで強くなれるか試してみたい」
「こーちゃん……」
「しーちゃんには面倒をかけるかもしれないが……」
「……ううん」
しーちゃんは静かに首を振り。
「夏目くんの答えは、うちの課の方針ともそれほど違わないから。わたし、夏目くんに余計な声がかからないように、省内調整するね」
「――ありがとな」
しばらくして、太田ダンジョンに関するヒアリング調査は終わった。
☆★☆
「じゃあね、夏目くん、たまちゃん」
イーヨンの駐車場の片隅で、しーちゃんはSUV車に乗り込んだ。
「忙しいところ、悪かったな」
「……ううん、これが仕事だから」
そう言うしーちゃんは、少しさみしそうだった。
「たまちゃんは、夏目くんとパーティ組んだんだね。うらやましいな。太田ダンジョンでの探索を見たときも、不謹慎だけど、なんだか楽しそうだって思っちゃった」
「えへへ、楽しいよ。いいでしょ。しーちゃんも今度一緒に探索しようね」
「……だめだよ。国の探索官はね、基本的に業務外の探索行為が許されていないの。さっきの話じゃないけど、公金で育成してもらった以上、私利私欲のためにダンジョンには入れないことになっているの」
「そうなんだな……」
またみんなで昔のように、とはいかないのか。
でも。
「でもさ、俺の調査とか言えば、一緒にダンジョンに潜ることは可能なんだろ? 俺もまた、頑張って成長するよ。そして、国が何が何でも調査したくなっちゃうようにするから」
「ふふ……。ありがとね、夏目くん。でもね、5号ダンジョンなら営利探索許可なしでも入れるから。なつかしくなったら、あの秘密基地に帰ってもいいかな?」
「――もちろんだ」
「……よかった」
そうして、しーちゃんは高速道路へと続く国道へと車を走らせていった。
「……しーちゃん、忙しそうだね」
「そうだな……」
俺とおタマちゃんは、探索者協会のカウンターへと戻っていった。
しーちゃんがあれじゃ、秘密基地メンバーの4人で探索者パーティを組むのは、なかなかハードルが高そうだな……。