第37話 4人の秘密基地②
「しーちゃん、ひっさしぶりー! 今ね、ちょうどまなみんも来てるんだよ!」
おタマちゃんは、しーちゃんのSUVに駆けよる。
「久しぶり、たまちゃん。あ、夏目くん……、ちょっと車置かせてもらってもいいかな?」
「もちろんだ」
両親とも外に出ているし、田舎の家は車数台程度なら楽に置けるのだ。
しーちゃんは車から降りて、ニコリと微笑む。
「みんな、久しぶり。変わらないね」
「しーちゃん、元気だったー!? あたしはね、この前死にかけたんだよー!」
「……おい、ネタにするな。反応に困るだろ」
しーちゃんは、あはは、と苦笑いをして。
「もちろん知ってるよ。わたしも配信見てたから」
「え!? そーなの?」
「もしかして、ダンジョン管理省の公式アカウントでコメントくれてたのは……」
「うん、わたしだよ。ごめんね、あまり役に立たなくて」
しーちゃんはさみしそうに言う。
「そんなことはない。いろいろと裏で動いてくれたんだろ。ありがとな」
「……うん」
しーちゃんはこくり、とうなずいた。
この仕草は昔から変わらないな。
身長が低いせいかもしれないけれど、しーちゃんが一番昔の面影が残っている気がする。
懐かしい気持ちがよみがえる。
「……まなみんも久しぶりだね」
「お、おう……」
「あれ? まなみん、ちょっと泣いてない? しーちゃんに会えてそんなうれしいの?」
「は? うるせーぞ。たまたまこそ太田ダンジョンで毒くらってベソベソ泣いてただろうが。配信映ってたぞ」
「そ、それは茶化しちゃダメなやつでしょ!」
「ふふ……」
しーちゃんは楽しそうに笑い。
「みんな仲いいね。ずっとこうして会ってたの?」
「いや、大人になってからまなみんと会ったのは今日が初めてだ。おタマちゃんと偶然再会したのもひと月前くらいだな」
「そうなんだ……。そうは見えないね」
「俺もそう思うよ」
おタマちゃんも、まなみんも、ずっと一緒に過ごしてきたような気持ちにさせる。
それは小さい頃の思い出を共有しているからなのだろうか。
「で、しーちゃんは、ここに何しに来たの? 10時半から探索者協会でヒアリング調査でしょ?」
「うん。まだ少し時間があるから、調書に記載があったプライベートダンジョンの外観だけでも見てみようと思って、こっちに来てみたの」
「なるほど……」
秘密基地を見に来たのか。
太田ダンジョン事故の第一報は、探索者協会から国に報告済みだと聞いている。
おそらくそこに、あのプライベートダンジョンに関する記述もあったのだろう。
てか、それなら。
「これからみんなで秘密基地に行ってみないか? 中は面白いぞ。あ、ふたりは探索者免許持ってたっけか?」
「わたしは探索官だから持ってるけど……」
「アタシも一応あるぜ。【緑】だけどな」
「しーちゃんはいいとして、まなみんも探索者だったのか?」
【緑】免許だと、危険がないダンジョンしか入れないが。
「ブロガー駆け出しのころな。参考までに探索者講習だけ受けてみたんだよ」
「まなみん、ブロガーなの?」
「まあな。たまたまは口が軽そうだから、アカウント言いたくないけど」
「な、なんでー!?」
……まあ、4人とも免許があるならちょうどいい。
「さっそく行こうぜ。ヒアリングの時間もあるからな」
☆★☆
ガチャ……。
みーんみんみんみんみん……。
まなみんがプライベートダンジョンのドアを開けると、中からセミの声が響いてきた。
「うおっ……」
「わぁっ……」
まなみんとしーちゃんは、ドアの中に広がる夏の風景を前にして、それぞれ驚きの声を上げた。
そして。
「え……!?」
「な、なんで……!?」
驚きの声を上げたのは、俺とおタマちゃんも同じだった。
「プライベートダンジョンが……広くなってる……!?」
これまでプライベートダンジョン内は、田んぼ、森、川の3地形しかなかった。
さらに細かく言えば、神社を加えて4地形である。
だが、俺たちの視界の先には。
「日本家屋……!」
黒い瓦屋根を持つ、和風の家が新しくできていた。
木の柱、長い縁側、障子戸……。
ダンジョンゲートの左奥、木造の大きな平屋が田んぼの向こう側に堂々と建っている。
「どういうこと……?」
おタマちゃんが俺に問いかける。
俺にだって答えがあるわけではないが……。
「そういえば、おタマちゃんが初めてこのダンジョンに入ったときも、ダンジョン内に変化があった。ひまわりが咲いたり、川の水が増えたりしてた」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。ひまわりについては話したろうが」
虫取りを好む俺と、水遊びや鬼ごっこなどを好むおタマちゃん。
ふたりについては、遊び場がもともと一致していたので、それほどダンジョンの変化が目立たなかったのかもしれない。
しかし。
読書を好むしーちゃんと、おままごとなどのなりきり遊びが好きだったまなみん。
インドアよりだったふたり。
秘密基地メンバー全員がダンジョンに入ったことで、プライベートダンジョンの1階層が真の広さを取り戻した――。
理屈はわからないが、そんな気がする。
2階層への成長といい、まだまだプライベートダンジョンには変化の余地がありそうだ。
「しく、しく……」
「……ん?」
後ろを振り向くと、しーちゃんが泣いていた。
「う、うお、しーちゃん……」
「どうしたんだ?」
「う、う……。ごめん、ごめんね……」
「泣かないで、しーちゃん……」
「ごめん、ごめんね、せっかくみんなで会えたのに……。よくわからないけど、悲しくなっちゃって……」
「…………」
そう言えば、しーちゃんは昔から泣き虫だったな……。
しーちゃんも東京に引っ越してからいろいろあったのだろう。
こういうときは。
「ほら、大丈夫だよ」
「あ……」
俺はしーちゃんの頭をなでてやった。
「しーちゃん、泣かないで!」
おタマちゃんはしーちゃんに抱きつく。
「し、しーちゃん……。たまたまが泣かせたのか?」
まなみんは犯人探しをしている。
「あ、あたし何もしてないよ!」
「昔、勝手にアメ食べて泣かせたろうが」
「1回間違えただけでしょ! てか、しーちゃんとあたしの扱い違くない?」
「アタシは、しーちゃんには弱いんだよ。お前は強いから大丈夫だろ」
「あたしを鈍感みたいに言わないでよ!」
「……ふふ」
しーちゃんはハンカチで涙をふいて、微笑んだ。
「みんな、ありがとう……。ごめんね、せっかく会えたのに、泣いちゃって……」
「今日、ヒアリング調査が終わったら、みんなでご飯でも食べに行かないか?」
俺の提案に、しーちゃんは静かに首を振った。
「……今日中に報告書をつくらないといけないの。太田ダンジョンの事故について、いろんなえらい人がけっこう気にしてるみたいで……」
「そうか、忙しいんだな……」
「たまたまがヘマしたせいで……」
「あ、あたしのせいなの!?」
「たまちゃんのせいじゃないよ。ねぇ、夏目くん。夏目くんはこのダンジョンでいろいろなスキルを覚えたの?」
「ああ、そうだ。こうして……」
俺は指を伸ばして、トンボを捕まえた。
ボワン!
「あ……」
「うおっ!」
トンボは小さな魔石になった。
「このトンボは魔石だけだが、虫によっては捕まえたときにスキルを覚えられるんだ」
「パパ……、いいスキル持ってるじゃねーか」
「パパじゃないっつの」
「すごい……。クモで《糸》を使えるようになったのと同じなんだね。あの【空間転移】スキルもこうやって覚えたの?」
「ああ。正確には《ワームホール》という名前だがな」
「あたしの【水使い】スキルもここで覚えたんだよー!」
「そうなの……?」
「ああ。探索者協会のひとは、俺たちだけが得られるメリットがあるのではないかと推測してたな」
「そう、なんだ……」
「……?」
しーちゃんはさみしそうに言う。
「あ、そろそろ協会行かなきゃ! また山田さんに怒られる! 悪いけど、まなみんは今日のところは帰ってね!」
「ママ……じゃあ、早めに結婚しとけよ」
「あたしの扱い!」
☆★☆
プライベートダンジョンを出ると、しーちゃんがぼそっと言った。
「わたしに、このダンジョンに入る資格があるのかな……。みんなを置いて、東京に行ったわたしに……」
「そんなことを気にしていたのか……」
俺はしーちゃんに提案する。
「じゃあ、そのドアを開けてみろよ」
「え……? なんで……?」
「いいから」
しーちゃんは、プライベートダンジョン入り口のドアに手を伸ばす。
そして。
ガチャ……。
「……開けたよ?」
「ああ。開いたな」
――なら、問題ない。
「……このドアを開けられるのは、俺たち秘密基地メンバーだけだ。県庁や市役所のひとが試したときは、鍵がかかっているみたいに開かなかった」
「そうなの……?」
「そうだよ! 調査のときは、あたしとこーちゃんしか開けられなかった」
「つまりな……」
俺はしーちゃんに優しく言う。
「このダンジョンはしーちゃんも受け入れてくれている。資格がどうとか気にすることはない。それに……俺たちだって同じ気持ちだ」
「ああ。しーちゃんに会えてうれしかったぜ」
「仕事じゃなくても、いつでもおいでよ! ね、しーちゃん!」
「あ……」
そうして、しーちゃんは再びポロポロと涙を流したのであった。