第35話 帰宅、そして来訪者
「それでは、あたしたちはここで配信を切らせていただきます。いろいろとご支援いただき、ありがとうございました」
《おつ!》
《おつ》
《また配信してね!》
《ばいばい!》
《またね!》
《おつかれ〜》
《タマちゃんも次までには進展させろよ》
おタマちゃんはドローンの電源を落とし、折りたたんでポーチに入れた。
「さ、帰ろう。こーちゃん」
「ああ」
俺たちは太田ダンジョン入り口の階段をのぼり、地上へと向かっていく。
山田さんたちも出口に向かっているところであり、あと15分くらいで1階層まで戻れるとのことだ。
「配信切ったら、急に疲れが出たな……」
思いのほか、人に見られているという意識が働いていたのだろう。
気が抜けたのと、MP切れのせいか、頭がくらくらする。
「あたしも疲れたよ。ね、でもさ……」
おタマちゃんはうれしそうに微笑んで。
「遠足の帰りみたいな疲れじゃない?」
「のんきだな……」
「え〜、わかってくれるでしょ?」
「……まあな」
言いたいことはわかる。
今日1日を振り返ると、いろいろなことがあった。
つらいことや苦しいこともあったが、それ以上に思い出や経験といったものがたくさん手に入った。
きっとこの先、今日の出来事を忘れることはないのだろう。
「あたしは今日のことを一生忘れない。こーちゃんが助けに来てくれたことも、ふたりでドラゴンを倒したことも」
「……奇遇だな。俺も同じことを考えていた」
「ほんと?」
「――ああ」
……小さい頃の楽しかった思い出。
はじめてセミを捕まえた日や、川で水あそびをした日。
それと同じように、「おタマちゃんとドラゴンを倒した日」も俺の胸に刻まれた。
宝石のように輝く、美しい思い出のひとつとして。
そして、今ごろになって気づく。
「大人になっても、思い出は増やせるんだな……」
自分を否定していたころの灰色の毎日。
1日はイヤと言うほど長いのに、1年はあっという間に過ぎていく、矛盾した日々。
大人になったら、あんな毎日を過ごすのが当たり前だと思っていた。
だが、そうではなかったのだ。
俺たちには、まだ楽しいことが待っている。
おタマちゃんはニコリと笑い、
「また次も、一緒に思い出をつくろうね」
小指を立てて、左手を差し出した。
俺は……。
「――ああ、約束だ」
ふたりで指切りをして、太田ダンジョンを後にした。
☆★☆
群馬県探索者協会・太田ダンジョン支部の待合スペースで休んでいると、入り口の方から足音が聞こえてきた。
カツカツカツカツ……。
「あ、山田さん!」
それは、協会の山田さん、城沼さん、多々良さんの3人だった。
「お疲れさまでしたー!」
おタマちゃんは立ち上がり、のんきに大きく手を振っている。
「思川……さん……」
すると、山田さんはおタマちゃんに駆け寄り、
「思川さんっ……!!」
――ぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと山田さん……どうしたんですか……? は、恥ずかしいですよ……」
山田さんはおタマちゃんの肩に顔をうずめて、
「ごめんなさい……、私の不注意であなたをあんな目に合わせてしまって……」
「え、え? 山田さんは悪くないですよ。不注意だったのはあたしのほうじゃないですか?」
「いえ、私はあの罠に気づかなくちゃいけなかったんです……。それができるスキルがあるんですから……」
「てか、山田さん、泣いてるんですか?」
「そうですよ……。だって、あなたは私の大切なパートナーですから……」
「山田さん……」
「私がどれだけ心配して、どれだけ自分の不注意を悔いたことか……。グリーンドラゴン戦だって、私があの場にいられたら……」
「ふ、ふえ……。なんだかあたしも泣けてきちゃいました……。うう……、いつも山田さんに迷惑かけてごめんなさい……! うぇぇぇん……」
「いいんですよ、思川さん……。少しずつ強くなっていけば……」
何も声をかけられないまま、俺はソファーの近くに立ち尽くしていた。
すると、群馬県探索者協会の2人が俺のそばにやってきた。
「夏目くん、今回は世話になったね」
「環さんを助けていただき、感謝申し上げますわ」
「いえ、自分がやりたいことをしただけですから」
「立派なことだな。……夏目くんは移動スキルだけでもすごいが、戦闘力も高い。ぜひ群馬県協会に来て欲しいが……」
「ふふ、環さんの殴り込みを受けてしまいますわ。あたしのこーちゃんをとらないで、って」
「だよなァ……」
城沼さんはぽりぽりと頭の後ろをかき。
「ま、機会があったら、うちの仕事も手伝ってくれや。いつでも歓迎するぜ」
「環さんとも仲良くしてくださいまし」
「……わかりました」
「さ、今日は思川の嬢ちゃんと一緒に家に帰りな。夏目くんはここまで何で来たんだ? あ、そう言えば、ダンジョン敷地の門は閉めてたんじゃなかったっけか?」
「……ええ。ダンジョン入り口の方も、夏目さんのライセンス区分では開かないように設定していましたわ……」
「ってことは……ダンジョン外から飛んできた? って、ダンジョン内はひとつの異世界だぞ……。そんなことができたら【空間転移】どころじゃない。【次元転移】だ……! 世界初のスキルだぞ……!!」
「両ゲートの入場記録を見れば、答えはわかりますわね……」
「あ、あの……」
こんな簡単にバレてしまうとは。
ベテラン探索者のカンの良さ、恐るべし……。
これから始まると思った俺の人生だが、また色々なものに追い立てられる日々が始まるのかもしれない……。
そんなことを考えていると。
「夏目さん、そんな顔をしないでくださいまし」
「ああ。これからここにはマスコミも集まってくるだろう。マスコミ向けにはオレたちの方から適当に話しておく」
「あ、ありがとうございます」
「……ただな、オレたちにもダンジョン管理者という役割がある。県庁や国には正確に報告しなければならない。それは許してほしい。もちろん、情報の取り扱いには注意するよう念は押しておく」
「……わかりました」
そのくらいは仕方ないのだろう。
逆に群馬県探索者協会の責任問題が発生してしまう。
「さ、事情はわかったから、マスコミが来る前に帰りな。駅近だから、タクシーもすぐ来る。世話になったからな、金はオレが出してやるよ」
「ありがとうございます」
そう言えば、サイフすら持ってきていない。
俺は城沼さんの厚意を素直に受け取り、おタマちゃんと一緒に帰宅することとした。
☆★☆
「ただいまー」
家に帰ると、母親が固定電話で誰かに電話をかけていた。
「疲れた……」
部屋で横になろうと母親の後ろを通ると、話の内容が聞こえてくる。
「はい……、はい。泥棒です。ええ、通帳は無事なんですが、冷蔵庫のなかと食べ物がすべて……。あの、細かいことはいいから早くパトカー出してください!」
「わ、わーっ!! いらないから!!」
……こうして、今日の1日は最後まで騒がしく終わったのであった。
☆★☆
――翌日。
ぴんぽーん。
「はーい」
チャイムが鳴り、俺は玄関に向かう。
おタマちゃんだろう。
本日、探索者協会に太田ダンジョンでの顛末をあらためて報告することとなっている。
時間になったら、おタマちゃんが車で迎えに来てくれるとのことだった。
「今開けるぞー」
ガチャ……。
ドアを開けると、そこには。
「お、おはようございますっ!! 光一さんっ!!」
「……え?」
――黒いドレスのような服を着た、俺の知らない美人が立っていた。
サラサラとした長い黒髪と、パッチリとした二重のひとみが特徴的だ。
戸惑う俺を気にせず、上目遣いで問いかけてくる。
「あのっ……かわいい子ども、欲しくありませんかっ?」
ここで第1章終了です!
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