第34話 グリーンドラゴン亜種の討伐②
俺はグリーンドラゴン亜種に向けて、手のひらの照準を合わせた。
「おタマちゃんは念のため魔力薬を飲んでくれ」
「で、でも、最後の1本だよ? こーちゃんは……?」
「――大丈夫だ」
俺は左手の爪を右腕に立てる。
すると、若干の痛みとともに、俺の魔素値が回復する感覚がある。
――これは、毒攻撃付与の指輪と【毒吸収】スキルのコンボだ。
自らに毒攻撃を行うことで、指輪が放つ毒の魔力を自らのMPとして【吸収】することができる。
先ほど気づいた、思いもよらぬ指輪の使いみちだ。
……指輪から供給される、半永久的な魔力。
このすべてを《応援》スキルで《集団襲撃》のバッタに注ぎ込めば――。
「ギャアアアアオオオオオオオオッ!!」
「――っ!」
さっきのクワガタ攻撃を警戒してか、グリーンドラゴンは俺に向かって突撃してきた。
超大型トラックが迫るがごとき迫力。
……だが、引くわけにはいかない。
後ろには、体力が切れたおタマちゃんがいる。
たぶん、すぐには動けないだろう。
このまま迎え撃つしかない!
俺は右手に魔力を集め、攻撃準備をする。
「うおおおおおおおお!!」
ドラゴンの方が若干速いかもしれない。
間に合うか――。
「グ、ガアアッッッ……!!」
「え……!?」
そのとき、ドラゴンの首が下向きに押さえつけられた。
いや、違う。
押さえつけられたというより、何か紐に引っかかったような――。
「こーちゃん、今だよ!」
横を見ると、俺の隣にはおタマちゃんがいた。
「……《糸》、貸してくれてありがとう」
おタマちゃんの手からは複数の糸が放たれ、ドラゴンのあちこちに巻きつけられていた。
ドラゴンの顔と足は糸でつながれており、それで首が曲がってしまったようだ。
「でも、ごめん、たぶん一瞬しか持たないかも」
「いや――十分だ」
おタマちゃんが一緒に戦ってくれた。
俺はおタマちゃんを気遣い、おタマちゃんは俺を気遣ってくれた。
この関係性がうれしい。
ありがとう。
「――おタマちゃんは、俺のベストパートナーだよ」
「あ……」
俺は異空間のゲートを開き、大量のバッタを呼び寄せる。
「ギャアアアアアアアオッ!!」
ドラゴンは体を伸ばし、まとわりついた糸を千切った。
だが……もう遅い。
「《集団襲撃・全力》!!」
放たれた無数のバッタに、俺の全魔力を注ぎ込む。
100程度あった俺のMPは一瞬で0になるが、毒を魔力に変換し、再度魔力を上乗せする。
「うおおおおお、いけええぇっ!!」
「ガアッッッ!?」
グリーンドラゴンは慌てて口を閉じたようだが、もはやそんなことは関係ない。
強化前でさえ、バッタは木の皮や上位のゴブリン程度なら簡単に喰い荒らすことができた。
今回は《応援》スキルで、レベル31になった俺の全魔力を何度も流し込んでいる。
この強化さえあれば――。
ガリガリガリガリ……!!
「グガアアアアアアアッッ!!」
ドラゴンのウロコが、腹部から、または首からポロポロと剥がれ落ちていく。
カラン! カラン! カラン!
ドラゴンの守りがあっという間に失われていく。
バッタの攻撃で、ウロコを齧り落としているのだ。
『夏目さん、すごい……!』
「ギャアオオオオオオオオオオッッ!!」
ドラゴンは苦しみの声を上げる。
バッタはあちこちのウロコの隙間から体内に潜り込み、ドラゴンを内から外から喰い荒らしている。
『夏目くんはエグいな……』
「ギャオオオォォォ!!」
ボワッ……!
ドラゴンの口からは、かすかな炎が出た。
だが、たいして意味はない。
バッタは口から体内に入ったわけでもないし、そもそも先ほどブレスを吐ききっているから、俺たちに届くことはない。
「ガ、ア…………」
残った炎を吐ききると、ドラゴンはゆっくりと傾いていった。
「――悪いな。俺たちはもう家に帰る時間だからな」
ドシィィィィンッッ!!
ドラゴンは倒れ、埃が宙に舞い上がった。
尻尾の先から紫色の煙と化し、宙に溶けていく。
「お……!」
《集団襲撃》を解除し、様子を見る。
対象は完全に沈黙――。
ドラゴンの亡骸の奥には、鉄でできたドアが地面から出現した。
おそらく、あれが帰還用のゲートなのだろう。
……間違いない。
これは。
「――俺たちの、勝利だ」
「こーちゃぁぁぁぁぁん!!」
「うわっ!!」
すると、おタマちゃんが俺に抱きついてきた。
「やったよ、あたしたち、やったよぉぉぉ!!」
「お、おい……」
「ありがとう、助けに来てくれてありがとう! こーちゃん、大好きっ!! う、うっ……」
配信に映っていると思うと恥ずかしかったが、おタマちゃんは泣いているようだった。
俺は何も言わず、頭をなでてやった。
しばらくして。
『――夏目さん、思川さん、よろしいですか?』
山田さんから声をかけられる。
「あ、すみません……」
おタマちゃんから離れて、あらためて配信画面を見る。
すると。
《Aランクモンスター討伐!》
《おめ!》
《8888888888》
《すごい!!》
《すごすぎ!!》
《ぜんぶ見てたよ!》
《ゆっくりやすんでね!》
《【¥1,000】こーちゃん、よくやった!!》
《うちのパーティ来て!》
《タマちゃんもナイス!》
《ネットニュース掲載確定!》
《【¥3,000】結婚式には呼んでね》
《最強の新人》
《エグかったよ!》
《グリーンドラゴン亜種はオレも倒したことない(7年目)》
《ハーミットさんの予測、ほぼ当たりだったな》
《ふたりとも無事でよかった!》
《帰るまでが探索だよ!》
《【公式:ダンジョン管理省】ふたりともおめでとう! すごかったよ》
《オラ、お前ら、みんなに熱いキッスを見せてやれwww》
《いいもの見せてくれてありがとう》
嵐のようなコメントが吹き荒れていた。
「すごい……」
『みなさん、おふたりを応援していたんですよ。協会の配信は、いつも500人前後の視聴者がご覧になるのですが、今日は6万人ほどが見ていますね』
「そんなに……」
《いえーい! こーちゃん、見てるー?》
《こーちゃん有名人だぞ》
《ステータス見たい》
《ドラゴン倒せてすごい》
《こーちゃん強かった!》
『さ、そのフロアもいつどうなるかわかりません。ふたりでドロップアイテムを集めて、早く帰還してください。私たちも入り口に戻りますので』
「わかりました」
ドラゴンが倒れた場所を見ると、いろいろなものが落ちていた。
大量のウロコ、ツノ、サッカーボールほどの大きさの魔石、鞘に入った剣、赤い宝石、金色の腕輪……。
「なんかすごい落ちてる……」
ボスを倒すと、いつもこんな感じなんだろうか。
「うわっ、なにコレ!? 多すぎない?」
おタマちゃんも驚いている。
念のため配信画面も見る。
《ドロップ大杉》
《なんで?》
《うらやま》
《ラッキーすぎない?》
《ドラゴン「結婚祝いです」》
《ウロコ1枚30万くらいするぞ》
《あの腕輪、経験値増加の腕輪じゃ??》
《剣が気になる》
……やはり、俺の【アイテムドロップ強化】の効果なんだろう。
これ以上、騒ぎになっても仕方ないから、黙っておこう。
俺はいもむしの食料を入れていた袋を広げ、ドラゴンのウロコを片っ端から突っ込んでいった。
「こーちゃん、この剣使いなよ」
おタマちゃんは、俺にドラゴンのドロップアイテムを差し出した。
「いいのか?」
「うん。剣折れちゃったんでしょ? ちょうどいいじゃん」
「高そうだけど……」
「気にすることないよ。グリーンドラゴンを倒したのは、こーちゃんだもん。それに……」
「それに?」
「あたしたちはさ、パーティだもん。パーティメンバーが使うってことは、自分が使うのと同じことなんだよ? だからさ、気兼ねなくいこーよ」
「……ありがとな」
俺は腰にドラゴンがドロップした剣を差した。
そして一度、刀身を引き抜いた。
刀身も鞘も緑がかった、ドラゴンの剣……。
《カッコいい!》
《ドラゴンキラーか?》
《ドラゴンキラーだ》
《つよそう》
《ほしい》
《いいな》
俺は、自分が一人前の探索者になれたような気がして、なんだかうれしかった。
「じゃ、こっちの腕輪はおタマちゃんが使いな。俺には何の道具だからわからないけど、きっと何かの効果があるんだろ?」
「ありがと。たぶん経験値増加の腕輪だと思う。大事に使うね」
そうして、俺たちは、すべてのドロップアイテムを拾い集め、新しく出現した帰還ゲートに近づいた。
鉄のドアを開けると、紫色のゆらめきの奥に、太田ダンジョン入り口の階段が見えた。
俺はおタマちゃんを振り返り、手を差し出す。
「さ、うちに帰ろうか」
「――うん」
俺とおタマちゃんは、手をつなぎながら、帰還ゲートへと入っていく。