第33話 グリーンドラゴン亜種の討伐①
「弱点がない、って……」
背後の上り階段は、すでに結界のような魔力の壁によって封じられている。
ダンジョンのボス戦では、後に引けないのだ。
「こーちゃん、来るよっ!」
「――っ!」
グリーンドラゴン亜種は大きく息を吸い、炎のブレスを吐きだした。
真っ赤な火炎が俺たちに迫る。
「【水使い】スキル――水の盾!!」
ジュウウウウウウウウウウ!!
おタマちゃんは水で丸い盾を作り出し、炎を受け止めた。
水蒸気になった水が霧に変わり、フロア内を白く染めていく。
「もうっ!! しつこいよっ!!」
ジュウゥゥゥゥ……!
しばらくして、ドラゴンの炎は止まった。
「ガアアアアアアアッッッ!!」
グリーンドラゴンは、白いヴェールの向こうで、咆哮を上げ、体を震わせている。
「はぁっ、はぁっ……! もう、最初から強すぎ……」
膝に手をついたおタマちゃんに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「う、うん。結構MP使っちゃった……」
『お二人とも! ドラゴンは次の炎を吐くまでに時間を要します! 今のうちに攻撃を!』
「あいつに弱点はないんですか!?」
『ありません……! 強いて言えば、どこかのウロコを剥がして自分たちで弱点をつくるしか……!』
「……わかりました。おタマちゃんは回復しててくれ。俺が行く」
「こ、こーちゃん!?」
おタマちゃんに魔力薬が入った袋を渡すと、俺はドラゴンに駆け寄った。
「うおおおおおおおお!!」
俺はレベル31で、力の数値もかなり上がっている。
単純な攻撃力なら、おタマちゃんにも引けをとらないはずだ。
「ガアッッッ!!!」
「おっと……!」
ドガンッッ!!
ドラゴンの前足による叩き潰しを避け、短剣を引き抜く。
「ウロコ1枚くらい、これで!!」
俺はフルスピードで走り、ドラゴンの腹に短剣を突き刺した。
そして。
ボキンッ……。
「あ……」
「ガアアァァァァァッッッ!!」
俺は三角飛びの要領でドラゴンを蹴りつけ、その反動でおタマちゃんの近くまで跳んだ。
俺がいた場所では、ドラゴンの爪が空を切った。
「こーちゃん、その剣……」
「……ああ」
俺の短剣は、根本からキレイに折れていた。
「安かったからな。ドラゴンには耐えきれなかったんだろう……」
これで俺の攻撃手段は虫だけになった。
「あたしがウロコを剥がすしかないんだね……。できるかな……」
「それなんだが、俺に試したいことがある」
「試したいこと?」
「ああ。いくぞ――《虫相撲・クワガタ》」
すると、宙から俺の片腕くらいの体長を持つクワガタが現れた。
……ドラゴンの外皮は硬いが、口の中ならどうだろうか。
意外と柔らかく、ダメージが通るのではないか。
「俺は体内から攻撃できないか試してみる。悪いが、おタマちゃんも同時に仕掛けてくれないか」
「オッケー。わくわくどきどきの共同さぎょ……じゃなくて、戦線だね! がんばるよ!」
「? なぜ言い直したんだ?」
「な、なんでもないよ! ほら、いくよ! むささめブレードっ!!」
おタマちゃんは刀を抜き、ドラゴンに斬りかかっていく。
キン! キン!
『思川さん! 尻尾!』
「わわっ!」
ズザァァァァァァァ!!
おタマちゃんはドラゴンの尻尾による薙ぎはらいを避けた。
「あぶなっ! このっ!!」
キィィン!
「硬っ!」
やはりおタマちゃんの攻撃もドラゴンには通らないようだ。
斬撃は入るものの、相手も意に介していない。
部位破壊を期待してひたすら同じ場所に攻撃し続けるか。
あるいは……。
「――《影移動》」
俺はドラゴンの死角にクワガタを滑り込ませた。
そして、機を待つ。
「行くよ、秘剣・むささめ飛ばし!」
おタマちゃんは、三日月状の水の刃をドラゴンの顔に向けて放った。
「ギャオオオォォォッッ!!」
ドラゴンは目に直撃を受け、大きく吠え立てる。
『思川さん、ナイスです!!』
「こーちゃん!!」
「ああ、行けっ!! 俺のクワガタ!!」
クワガタは影から実体化し、ドラゴンの口めがけて飛んでいく。
そして。
「ギャアアアオオォォォ!!」
――大きく開いた口内へと飛び込んでいった。
『夏目さん!! ダメージ入ってます!!』
「よし、このまま!!」
クワガタを《小型化》させ、じわじわとドラゴンの体内を前進させる。
『夏目くん、なかなかエグい攻撃するなァ……』
群馬県探索者協会の城沼さんのつぶやきが聞こえた。
「これで倒せるか……?」
そう思った瞬間。
「グガァァァァァァァオッッッ!!」
グリーンドラゴン亜種は、大きく息を吸い込み、炎のブレスを吐き出した。
「こーちゃんっ!!」
ジュウウウウウウウ……!
おタマちゃんが水の盾で俺を守ってくれる。
「ヤバ……」
俺とクワガタには、魔力の回路がつながっているらしい。
姿は見えないが、喉の中に喰いついていたクワガタが、炎でダメージをくらっていることがわかる。
クワガタは、《火炎攻撃》はできても炎耐性はないようだ。
「もう少し頑張ってくれよ……!」
「ギャアアアアアアアッ!!」
「……あ」
そのとき、魔力の回路を通して、俺の魔素をクワガタに送り込めたことがわかった。
クワガタの耐久力が上がり、炎に耐えている。
これは――。
「――《応援》スキルだ」
黒いカブトムシを捕まえたときに覚えた特技。
カブトムシにしか使えないと思い込んでいたが、そうではなかった。
このまま《応援》の力で押し切れれば……!
「グ、ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「――っ!!」
「こーちゃん! あたしのそばに来て!!」
ドラゴンブレスの勢いが増し、業火が襲いかかる。
ジュウウウウウウウ……!!
おタマちゃんの水の盾から激しく湯気が散る。
「あ……!」
そのとき、クワガタとの回路が切れた。
死んではいないようだが、異空間に帰ったらしい。
ドラゴンブレスに耐えきれなかったようだ。
「くそ……」
もう一歩だったのに。
クワガタも復活はするのだろうが、それがいつかはわからない。
少なくとも、この戦いでは無理だろう。
「残る手札は《集団襲撃》だけか……」
バッタによる喰い荒らし攻撃。
これで決めなくては……。
「もうっっ! そろそろやめてよっ!!」
おタマちゃんは激しい炎を水で受け止めている。
表情はゆがみ、苦しそうだ。
早くあのドラゴンを倒さなければ……!
もどかしさに俺は手を握りしめる。
爪が食い込むほどに――。
「あ…………」
――そのとき、俺は重要なことに気がついた。
ジュウウウウウ……!
「はぁっ、はぁっ……!」
ドラゴンの炎が止み、おタマちゃんはその場に膝をついた。
「大丈夫か!?」
「はぁっ、はぁっ……。ごめん、MP切れ……。あと一回は受けられないかも……」
「――そうか」
だが、問題ない。
俺は、あのドラゴンを倒す方法がわかった。
改めて、自分の手札を確かめる。
――《集団襲撃》。
――《応援》。
――毒攻撃付与の指輪。
最後に――【毒吸収】スキル。
「こ、こーちゃん……」
俺はおタマちゃんの前に立ち、右手をグリーンドラゴン亜種に向けて伸ばす。
そして、振り返っておタマちゃんに言う。
「――次で決める。体内からダメージを与えるとは言わない。外側からも食い尽くしてやる」
クワガタを使役した感触から、確信があった。
――あのドラゴンは、骨も残らず、倒せるだろう。