第31話 【リスナー】幼なじみ・宮の原まなみの場合
アタシの名前は、宮の原まなみ。
探索者名・月虹のハーミット。
上位3%にあたるAランク免許を有した実力派探索者であり、【光魔法】と【闇魔法】の使い手である。
……というのは、まったくの嘘である。
正確に言うと、アタシはこの設定でダンジョン攻略ブログを書いて、生活費を稼いでいる。
本当のアタシは、レベル1の超低ステータスの上、【変身願望】とかいう謎のスキルしか持っていない。
ダンジョン探索経験は皆無。
そんなアタシでも、さっきの肩書を出した上で、国の公開情報をまとめて《有料級》と銘打った記事を出したりすれば、勝手に課金してくれる人がいる。
それに、今回の事故のようなニュースバリューの高いイベントをまとめれば、それなりにPVも稼げるので、広告収入もはいってくる。
親に家を追い出されてからの苦肉の策ではあったが、田舎の安物件で暮らせるだけのお金は稼げるようになった。
ダンジョン探索時代さまさまである。
そんなわけで、最初は記事作成のための取材として太田ダンジョンの配信動画を見ていたのだったが……。
――偶然にも、幼なじみふたりが画面に映っていたのである。
「フヒヒ、こーちんとたまたま、変わんねーな」
ふたりは太田ダンジョン13階層を攻略している。
フロアに出現するモンスターはレッドリザードマンだ。
かなり素早く、炎も吐くので、強敵である。
しかし、ふたりなら大丈夫そうだ。
たまたまの【水魔法】で攻撃を防ぎながら、こーちんの短剣で1体ずつ仕留めている。
「相変わらず息合ってんな……」
しーしーが東京に引っ越してから、アタシはあのふたりからあぶれ気味になった。
常に「2人と1人」に分かれてしまい、自分のコミュ障がだんだんイヤになってきて、秘密基地に行かなくなったことを思い出す。
「ま、今のアタシは気にしないけど」
オトナになった今では、動画配信チャンネルもあるし、ネットもスマホゲームもいつでもできる。
むしろひとりでも忙しすぎるくらいだ。
コミュ障上等。
『こーちゃん、次はあたしが倒すからね!』
『まだそんなこと言ってんのか……。また山田さんに怒られるぞ』
『だって、先輩としての威厳が……』
『いや、そういう意味じゃ助かってるよ。初心者の俺がここまで動けるのはおタマちゃんのおかげだからな』
『そ、そう? そ、そこまで言われちゃしょうがないかな……』
「《はいはい、結婚しろ》《おっぱいぐらい見せてやれ》……と」
カタカタとコメントを送りつける。
アタシは、たまたまが昔からこーちんのことを好きだったのを知っている。
小学校のとき、たまたまの消しゴムに、こーちんのイニシャルが書いてあるのを偶然見てしまったのだ。
たしかアレは「好きな人の名前を消しゴムに書いて、誰にも知られずに使い切ったら両思いになれる」とかいうジンクスだ。
アタシは、見て見ぬ振りをした。
ま、アタシは特段こーちんに恋愛感情があるわけでもないし、あらためて思うところもなかった。
だいたいアタシのような陰の者が、誰かに好かれるはずもないのだ。
一生結婚はできないとわかってはいる。
しかし。
結婚はしなくていいが、誰かには養ってもらいたい。
その気持ちは年々強くなっている。
《こーちゃん空間転移しないのかな》
《たぶん、いもむしにご飯をあげないとできない。メシ切れでは?》
《いもむし、かわいかったな》
今回、こーちんが【空間転移】スキルを使えることを知れたのは、ラッキーだった。
正直、ビビビッ!と来た。
【空間転移】を持っていれば、年収数千万円は固い。
実際に、配信中にもオファーらしき連絡が来ていた。
アタシがこーちんと結婚するのもアリではあるが、そのポジションはおそらくたまたまが狙っているのだろう。
勝てるとも思えないし、そもそも、こーちんに異性として好きになってもらえることはないだろう。
そこで、結論を出した。
アタシはふたりの養子になる。
こーちんパパと、たまたまママに養ってもらえばいい。
なに、アタシは2月生まれだ。
あのふたりよりも、年下である。
「フヒヒ……、アタシの人生始まったな」
だから。
あのふたりに、死んでもらうわけにはいかないのだ。
アタシが人間関係を構築できた、例外的なともだち。
アタシが人間関係を再構築しうる、最後に残された希望。
しかも、こーちんは、【空間転移】だけではなく、「虫取りアミでスキルを覚える」というワケのわからないスキルまで持っている。
見過ごすわけにはいかない逸材である。
『きゃーっ! 何これ!? 楽しすぎ!』
……と、画面の中では、またワケのわからないことが起きているようだった。
《どゆこと?》
《タマちゃんが糸つかってる!?》
《こーちゃんのスキルじゃないの!?》
《同じの覚えた!?》
《そんなことある?》
『お、おい。俺の方はマジで使えなくなったぞ。どういうことだ?』
『なんかね、《ダンジョン内で「かして」「いいよ」のやりとりをする》を達成したとかで、【レンタル】のスキルを覚えられたの!! 前のときと一緒!』
『【水使い】のとき以来だな……。てか、《糸》のスキル貸してと言われたから、欲しけりゃもってけって言ったけどさ……。冗談だったろ。スキルなんか貸せるわけないし』
『冗談がホントになっちゃった!!』
《レンタルってなに??》
《スキルがおもちゃ感覚》
《軽すぎて草》
《冗談だったろ》
《タマちゃんレアスキルゲット!》
『てか、達成うんぬんは、プライベートダンジョン外でも有効なのか。なんなんだろうな?』
『まあ、いいじゃん! うわっ! たのしっ! これならひとりでレッドリザードマン倒せそう!』
『てか、マジで《糸》返ってくんだよな……。俺のだから返してほしい』
『あ、あれ!? 急に使えなくなっちゃった!? なんでー!!』
『お! 俺の方は出るようになった。【レンタル】終了ってわけか』
《てか、こんな理由でスキル覚えられるの??》
《オレも試してみる! ソロだけど!》
《スキルを借りる相手を借りなくちゃ》
《貸せるスキルが協調性しかない。誰かほしい人?》
《かなしいせかい》
「おいおい……!」
誰も気づいてねーのか?
アホすぎるだろ。
いや、アタシしか気づけねーのか。
おかしいとは思った、脳筋よりのたまたまが【水魔法】なんて知性的なスキルを使っているなんて。
そして、今回の突発的なスキル取得……。
間違いない。
あれは、こーちんから、授けられたスキルだ。
たまたまが偶然おぼえたわけじゃない。
こーちんは、スキルを覚えるスキルだけでなく、スキルを覚えさせるスキルを持っている。
そうとしか、考えられない。
じゃなければ、あんなくだらない理由でスキルが発現することはない。
おそらく、たまたまの話しぶりからすると、こーちんと一緒に遊んだ者……平たく言うと「友だちを強くする能力」があるのではないか。
――虫取りアミで遊び、自分が強くなる。
――友だちと遊び、友だちも強くなる。
たぶん、こーちんは【遊び】みたいな名前のスキルを持ってるんだろう。
探索者デビューが遅かったことからするに、間違いなく、一見、文字列スキルに見える名称なんだろう。
しかし、使い方さえわかれば最強レベル……。
「やべぇ……、バレたら、こーちんにアバズレ女とカス男がむらがってくるぞ……」
これは、アタシだけの秘密にしなければならない。
こーちんは、アタシのパパだ。
アバズレどもには触れさせない。
とっととふたりを助けて、一刻も早く養子になる必要がある。
「さてと、一肌どころか、すっぽんぽんになるまで脱がなくちゃな……。アカウント切り替え、っと……」
無責任なコメントをするために作成したアカウントから、本アカ《|月虹のハーミット《Luna_arc_hermit》》に切り替える。
本アカは、探索者業界では、それなりに名が知られているので、発言力がある。
「こーちんたちの助けになるような情報を出してやるか……」
アタシはダンジョン探索はしたことがないが、ウソ経験談をブログに大量に書いているうちに、ダンジョンの知識だけはやたらと豊富になっている。
ま、一種の耳年増ってやつなんだろう。
『ねぇ。また《糸》貸ーしーてー』
『しょうがないな。まあ、いいよ』
『やた! うわーい! また使えるようになった!』
「……ノンキなやつらだよな」
ダンジョンの傾向について気づいたことがある。
ゴブリンに対して、ゴブリンジェネラル。
リザードマンに対して、レッドリザードマン。
太田ダンジョンは、同系統のモンスターが強化され、再出現する傾向がある。
似たような特徴を持つダンジョンは多い。
これは、ブログで適当な記事を大量に書いているうちに気づいたものだ。
そして、10階層のフロアボスは、でかい蛇。
このフロアのリザードマンもそうだし、ポイズンリザードもそうだが、太田は爬虫類系が多い。
次のボスも、同じ系統になるだろう。
「けけ、わかってきたぜ……」
過去のデータと、繰り返しの流れからすれば、おそらく……。
アタシは本アカでコメントを入れる。
《【Luna_arc_hermit】15階層のボスは、たぶんグリーンドラゴンだ。協会のひと、倒し方を教えてやんな》
強敵ではあるが、今のあのふたりなら何とかなるのではないか。
――ふたりで協力してトカゲを捕まえていた、あの頃のように。