第30話 【 ダンジョン管理省】幼なじみ・笹良橋志帆の場合
日本最古のダンジョンが存在する秋葉原の万世橋付近――。
高層ビルの上層階に、ダンジョン管理省はあった。
「笹良橋探索官、夏目さんの調子はどうだい?」
ダンジョン管理省・産業課長の長島さんは缶コーヒー片手に問いかける。
「はい、12階層に入って早々、例の虫取りアミでクモを捕まえていました。おそらくそれと関連があるのだと思いますが、12階層では糸をつかったスキルを多用しています」
会議室内の大型モニターには、ちょうど夏目くんが糸でゴブリンジェネラルの足をしばり、思川さんが上半身を斬り裂いているところが映っていた。
「ふむ……。またスキルが増えたということなのかな?」
「はい。おそらくはそうですね」
「報告ありがとう。【空間転移】スキルは実に貴重だからね。引き続き、探索者協会と連携して救助を頼むよ。はい、差し入れだよ。好きだったろ」
長島課長はわたしに4パックが繋がったたまごボーロを差し出した。
「……ありがとうございます」
わたしは、身長が145cmしかない上に童顔だからか、よくお菓子をいただく。
少し思うところもあるが、素直に受け取っておく。
と、今度は、わたしが所属する探索者支援課の稲葉課長補佐が来た。
「私も聞いていいかな? ふたりのステータス情報あるかい?」
「はい。こちらが探索者ネットで取り寄せた、ダン適の結果と探索者免許情報です」
「ありがとう。笹良橋さんは実に優秀だね」
「わたしなど大したことないですよ」
「そんな謙遜しなくていいよ。どれどれ……。は!? なんだこれ!」
稲葉補佐は、夏目くんのダンジョン適性国民検査の結果を見て大声を出す。
「夏目くんは何一つ才能がなかったじゃないか! 基礎ステータスがオール1、スキルも【童心】とかいう文字列スキルしかない無能だ。これは……」
「補佐、夏目くんに失礼です。訂正してください」
わたしの幼なじみを侮辱され、つい言葉が強くなってしまう。
「あ、ああ、スマン。だが、それも過去の話なんだろう。どれ、探索者情報の方は……え!?」
今度は探索者免許情報を見て、また大きな声を出す。
「【緑】免許から1月足らずでCランク!? しかも、ステータスもスキルもこんなに増えている!? どういうことだ……? 成長が早すぎる……!」
「所管協会によると、違法探索ではないとのことです」
「なるほど……。しかし、それにしてもスキルの組み合わせが妙だな。【蝶の舞】といった私の知らないスキルもあれば、【水耐性(小)】、【斬撃強化(小)】といった小粒なスキルも多い。そして、肝心の【空間転移】は探索者試験申し込み時にはなかったのだな」
「はい。その後覚醒したスキルだと思われます」
「なるほど……。これはダン適では見えなかった夏目くんの才能が芽吹いたということなのかな? 笹良橋さんは、どう思う?」
わたしは、おぼろげな予感を口にした。
「これはわたしの推測ですが……。あの恐るべき成長は、おそらく【童心】スキルの効果なのではないかと考えています」
「【童心】の? 字面だけ見ると何の効果もなさそうだけどな」
「――“子どもは思うままに跳びはね、駆けまわり、大声をあげなければならない。”
――“かれらのあらゆる運動は強くなろうとする体の構造の必要から生まれているのだ。”」
「……それは?」
「ルソーの『エミール』の一節です」
「さすが笹良橋さん。いろいろ読んでるんだね」
「……思い出してみてください。子どもというのは、遊びの中で、自然や生き物などの様々なものに触れ、学び、成長していくものです。世界におどろき、精一杯楽しむことで強くなれる。それが【童心】スキルの真価ではないでしょうか?」
ダンジョン内で虫取りアミをふるう夏目くんは、きっとそれを楽しんでいた。
――そういえば。
あの頃も、夏目くんは輝いていた。
いま思い返せば、彼の運動神経も反射神経も、よくて人並み、おそらくは凡人以下だったろう。
しかし、夏目くんは何にでも夢中になり、失敗を繰り返しながら、できることを増やしていった。
木のぼりだって、セミを捕まえるのだって、川の飛び石を渡るのだってそうだ。
確かに、すり傷を負ったり、セミにおしっこをかけられたり、服がびちょびちょになったりはした。
だけど、そんなことはすぐに忘れ、ひとつずつ成長していった。
あの眩しさがそのままスキルになったのだとしたら――。
ダンジョンで遊びながら、あんなふうに成長していけるのならば――。
――いずれ夏目くんは、無敵となれる。
そんな予感がある。
「ふぅん……。ま、ロマンチックな説として受け取っておこう。じゃあ、夏目くんは将来的には【蘇生】や【時間操作】なんかも覚えちゃったりするかもな」
「はい。十分その可能性もあると思います」
「なるほどねぇ……。いずれにせよ、国としては早めに夏目くんには接触をかけたいな。笹良橋さん、彼が無事ダンジョンを出られたら、一度会ってきてほしいね」
「……わかりました」
夏目くんはかつての幼なじみだとは言わないで、わたしはただ頷いた。
「じゃあ、ありがとう。参考になったよ。はい、差し入れ」
稲葉補佐も、わたしに4連式のたまごボーロを差し出した。
「……みなさん、これをわたしにくれるのですよね。そんなに子どもっぽいでしょうか?」
「いやいや、違うよ。頑張ってるから、糖分がほしいかなって思ってさ!」
「それならば、つつしんでお受けします。ありがとうございます」
稲葉補佐は執務室に戻っていった。
……わたしも、大人のふりはうまくなったけれど、根っこのところはどうも変われない。
いまだに甘いものは大好きだし、魔石や万華鏡などのキラキラしたものは夢を見るように楽しめる。
それに……。
『こーちゃん! このフロアはあたしに任せてって言ったよね! なんで倒しちゃうの!?』
『一体ぐらいいいだろ。《糸》で天井にぶら下がれるってわかったからさ、試してみたかったんだよ』
『次はあたしが倒すからね。あたしだって、【水使い】スキルで空くらい飛べるんだから』
『こら、思川さん! 無駄に張り合わないでください!!』
――わたしも、あのダンジョンで一緒に探索したかった。
不謹慎だけど、楽しげなふたりの様子を見ると、うらやましく思ってしまう。
「夏目くん、たまちゃん……まなみん」
東京に引っ越してきてから、本当に楽しいことはなかったように思う。
毎日イヤと言うほど勉強をさせられ、家族や友だちとの話題も受験のことばかり。
一流と呼ばれる中学校には合格できたけど、あれだけ勉強したのだから当然としか思えず、喜びもおどろきもなかった。
夏目くんが川で転んだときのように、心から笑えることなんてなかった。
そうして、次から次に現れるタスクをひたすらこなし、最終的には、専門職としてダンジョン管理省に採用された。
『こーちゃん! また!』
『はは、悪い。投げた短剣を引き戻せるんだな。けっこう《糸》の使いみちあるわ』
「またみんなで遊びたいな……」
……以前、まなみんからの手紙で知った。
わたしが東京に引っ越してから、あの秘密基地に行く頻度が減り、残った3人もギクシャクし始めたのだ、と。
……わたしには、罪がある。
あの楽園を壊す引き金になったのは、わたしだ。
だから……。
「わたしにできることなら、なんでもするよ」
あのふたりを無事に帰して、罪ほろぼしをしなくちゃいけない。
夏目くんのように現実離れしたスキルのないわたしには、できることは限られている。
ひたすら地道な調整を繰り返すだけだ。
例えば、現地の病院のベッドを仮押さえし、ダンジョンクリア後にふたりが大怪我していたら移送してあげる、とか。
いまのわたしは、あまりにも無力だけど。
「また、会いたいな……」
ふたりに再会するためには、全力を尽くそうと思う。
そして、できれば、まなみんも含めた4人でまた遊びたいな……。
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【補足①出典】
岩波文庫 エミール (上)〔電子書籍版〕 著者:ルソー 訳者:今野一雄
【補足②捕獲情報】
図鑑No.25/251
名前:ダンジョンスパイダー
レア度:0
捕獲スキル:糸(Lv1)
捕獲経験値:10
ドロップアイテム:魔石(微小)
解説:ダンジョンに生息するクモ。魔素を食べ、魔素を使って糸をつむいでいる。糸はちぎれなければ回収可能。【童心】スキル所持者が魔生物捕獲ネットを使用することで捕獲可能。




