第29話 環境に適応するためのスキル
『わかりました。夏目さん、思川さん、健闘を祈ります。すみませんが、この回線はつないでおいてください。私も気づいたことがあればお伝えしますので』
「わかりました」
すると、山田さんの後ろから、群馬県探索者協会のふたりも顔を出した。
『城沼だ。夏目くん、嬢ちゃんを頼むぞ』
『試験のときにいた多々良ですわ。夏目さん……環さんをよろしくお願いします。環さんはNKさんと仲良くしてくださいまし』
「NK……?」
「わー! もー、うるさいよ、楓ちゃんは! 帰ったら覚えといてね!」
『ふふ……お待ちしていますわ』
《NK?》
《夏目こーちゃん?》
《なんで言い換えたんだ?》
《なんかふくみあったな》
《あ、ヘルメットの!》
《タマちゃんが前につけてたヘルメットか》
《ヘルメットにNK♡って書いてあった》
《推しのアイドルじゃなかったんだ》
《両思いジンクス》
《タマちゃん、どうなの!?》
《叶った?》
コメントがすごい早さで流れている。
「俺、配信なんてしたことないんだけどさ、コメントには答えなくていいのか? よくわからないけど、なんかいろいろ言われてるぞ」
「う、うん!! コメントなんか気にしてたら危ないからね!! ヒマな時に見ればいいの!! むしろ見ちゃダメだよ!! ろくなこと書いてないんだから!!」
《ひどい言われようで草》
《ひどいw》
《まだ告白してないんだな》
《奥手タマちゃん》
《【¥10000】私、思川タマちゃんは、NKことこーちゃんのことを愛しています!!!》
《【¥1000】NKさんと両思いになれるといいね!!!》
「バカバカっ! スパチャで色つけないで!! いらないからやめて!」
おタマちゃんは画面を隠すように身体を移動させた。
「お、おい」
そのとき。
『思川さん! ふざけてないで真面目にやりなさい! それから、見てくださっている人に失礼なことは言わないでください! スーパーチャットにはお礼を言いなさい!!』
画面越しに、山田さんが一喝した。
「だ、だって……、う〜……。ス、スパチャありがとうございました。コメントもありがとうございます。もう、許してください……」
《怒られた》
《タマちゃん、ドンマイ!》
《かわいそうだからやめよ》
《ペースは人それぞれだもんな》
「はは……」
おタマちゃんもいつもの調子が戻ってきたらしい。
これなら大丈夫そうだな。
「さてと……」
さあ、どうするかな。
意気揚々と出てきたものの、俺だって無敵じゃない。
手持ちの解毒薬の数も限られている。
クワガタも召喚するたびに魔素値を消費するから、無尽蔵に使えるわけではない。
クワガタの《影移動》や《火炎攻撃》についても同様である。
「できるだけMPを節約しながら、毒をくらわないようにしなきゃいけないのか……」
なかなかの難題である。
とりあえず警戒を緩めてはいけないな……。
その瞬間。
「うわっ!」
俺の足元を、1匹のムカデが這っていった。
濃い紫色をしており、明らかに毒がありそうだった。
「びっくりした……」
「あ、こーちゃん。それは気にする必要ないよ。モンスターじゃないから」
「モンスターじゃない……?」
《マジで初心者なんだな》
《ダンジョン内のクモとかムカデは安全》
《さわれないし、さわられないから大丈夫》
《ただの背景定期》
《オレも最初のころビビってた》
《フレーバーテキストみたいなもの》
モンスターじゃないってことは、アイツらと一緒なのか……?
「こんな変な色のムカデは見たことないけどね。でも、ま、警戒する必要はないかな」
「……そうか」
――俺は魔生物捕獲ネットを呼び寄せた。
《虫取りアミ!?》
《は?何このスキル?》
《空間転移と炎魔法じゃないの?》
「こーちゃん?」
「ちょっと試してみる」
俺はしのび足でムカデに近づく。
そして。
「せいっ!」
ネットを振り下ろした。
ボワン!
図鑑No.30/251
名前:オオムドクムカデ
レア度:★★
捕獲スキル:毒吸収
捕獲経験値:400
ドロップアイテム:魔石(中)
解説:ダンジョン内の毒素が多いフロアのみに生息するムカデ。毒を無効化するだけでなく、毒から魔素を吸収できる。【童心】スキル所持者が魔生物捕獲ネットを使用することで捕獲可能。
「いけた!」
《え?どういうこと??》
《わけわからん》
《ムカデ捕まえたってこと?》
《魔石も出てきたぞ!!》
《本も出てきた???》
《は?》
《テイマー?》
《誰か解説を!》
《わかるか》
「え……? それって……」
「ああ。ここでも俺のスキルは使えるみたいだな」
てか、おそらくは、これが【童心】スキルの本来のあり方なんだろうな。
こうして、一般ダンジョン内の片隅にごく少数生息する魔生物を捕獲し、レベルアップすることができる。
出会う魔生物は、クモやムカデなどがメイン。
チョウやクワガタなど、いかにも捕まえたくなる虫だらけのプライベートダンジョンの方が異常……ボーナスステージすぎるのだろう。
「あ、こーちゃん! 気をつけて!」
顔を上げると、通路からポイズンリザードが這ってきているところだった。
ふむ、ちょうどいいな。
「任せてくれ」
「え……? こーちゃん!?」
俺は短剣を引き抜き、ポイズンリザードに駆けていった。
『な、夏目さん! 短剣は危険です! ポイズンリザードの腹部には毒ぶくろが……!!』
ポイズンリザードの動きはそう早くない。
跳び上がり、俺に噛みつこうとしたところを避け、背中に思い切り短剣を突き立てる。
『夏目さんっ!』
ブシュウウウゥゥゥゥゥッ!!
ポイズンリザードの背中からは紫色の液体が激しく噴出した。
おそらく、これが毒霧のもとなんだろう。
「こーちゃん!!」
「来なくていい!」
おタマちゃんが近づこうとするのを制止する。
「えっ!? でも……!」
毒を浴びながら、俺は体中に魔素が満ちるのを感じた。
「大丈夫だ」
「え、え……?」
俺はポイズンリザードから短剣を引き抜き、立ち上がった。
やがてポイズンリザードと毒霧は、幻のように消えていき、小さな魔石だけが残される。
「こ、こーちゃん……? なんともないの……?」
「ああ」
俺は魔石をひろって、ポーチに入れた。
体調は悪くない。
それどころか……。
「――俺に毒は効かない。むしろ回復できる体質になった」
「え、ええ!?」
『な、夏目さん! どういうことですか!? 探索者試験の申し込み時には、そんなスキルはなかったはずです……!』
「詳しい説明は後でさせていただきますが、いま覚えました。【毒吸収】スキルです」
《いま覚えた!?》
《そんなことある!?》
《吸収?》
《無効化の上位スキルだ!》
《スキルってそんな簡単に増えるの?》
《都合良すぎて草》
《ムカデと関係あるんじゃ??》
《こーちゃん「毒……効かない体質なんだよねオレ」》
《毒モンスターの天敵誕生の瞬間》
『そんな都合のいいことが……あるんですね』
「……まあ、そうですね」
都合が良いと言えば、そうかもしれない。
しかし、まったく理由がないわけではない。
ダンジョン内は荒唐無稽に見えて、その裏には一定の理屈があるのではないか。
例えば、毒モンスターが出現する階層には、それに適応できる魔生物が棲んでいる。
勝手な想像だが、溶岩のある階層には【炎耐性】のある生き物がいたり、暗闇の階層では【暗視】の生き物がいたりするのだろう。
ダンジョン内にいる生き物は、その環境に適応できるだけの理由があるはずなのだ。
今回のスキルゲットで確信した。
【毒吸収】スキルを覚えられたのは、ただの偶然ではない。
むしろ必然である。
「これなら楽勝だろ。おタマちゃんは後方の警戒を頼む。俺が前に出る」
「う、うんっ!」
俺は短剣に手をかけながら、通路の奥へと進んでいく。
ステータスがすべて最低ランクだった俺が、今では幼なじみを守ることができる。
……その事実がうれしかった。
《こーちゃん、頑張れ!》
《守ってやれよ》
《こーちんとたまたま、見てるよ。無事帰ってきてアタシを養ってね(;´Д`)》
《【公式:ダンジョン管理省】ダンジョン管理省笹良橋だよ。夏目くん、たまちゃん。わたしの方で自衛隊の夜間ヘリ手配したよ。攻略が難しいときは無理しないでね》