第28話 太田ダンジョン新階層攻略へ
「こ、こーちゃん!? 本物!? どうやってここに……?」
《は?空間転移?》
《空間転移スキルなの??》
《マジでどうやってここに?》
《俺も知りたい》
おタマちゃんの前のモニターには、山田さんが映っている。
配信で見ていたとおりだ。
いろいろ相談したいこともあるが……。
「とりあえず邪魔者を片付けるか」
「え……?」
約7メートル先に、ポイズンリザードとかいうモンスターが這ってきている。
警戒しているのか、今のところ動きは遅い。
「毒が怖いから、ふいうちで倒すかな……。虫相撲・クワガタ。《影移動》スキル使用」
黒いシミになったクワガタが床をすべっていく。
クワガタは捕まえた種類が多くなるほど、使えるスキルが増え、強くなっていく。
今のは「カゲクワガタ」の捕獲スキルで覚えたものだ。
ポイズンリザードは、クワガタに気づかないまま、のそのそと歩いてくる。
そして、黒いシミはモンスターの真下に移動した。
「……よし。いけ! 《火炎攻撃》!!」
ボワッ!!
「キシャアアアアアアア!?」
《今何した!?》
《炎魔法?》
《見えなかった》
《自然発火!?》
クワガタのスキル攻撃を受け、ポイズンリザードは火だるまになってのたうち回り、やがて動かなくなった。
クワガタは、影に隠れたまま俺の足元に戻ってきて、そして異空間に帰っていった。
「え!? こーちゃん、今なにして……!?」
「とりあえず、これ飲め」
俺は解毒薬をおタマちゃんに渡した。
イーヨンで買った「探索初心者セット」に入っていたものだ。
「で、でも、あたしが飲んだら……」
「いいから飲め。おタマちゃんのために持ってきたんだからな」
「う、うん……」
おタマちゃんは素直に解毒薬を飲んだ。
毒が消えたのか、顔色もよくなった。
「あ、ありがと……。こーちゃん……」
それどころか、少し顔が赤くなったようだ。
「……大丈夫か? ぼんやりしてないか?」
「だ、大丈夫だよ! ほら、元気になったから!!」
おタマちゃんは無駄に空中にパンチを打った。
「まったく、体力を無駄にするなよ」
「だって……」
「まあ、いい」
こんな小言を言いにきたんじゃない。
俺が来た目的はただひとつ。
「――さ、一緒に帰ろうぜ。みんなおタマちゃんの帰りを待ってるんだから」
「う、うんっ!」
おタマちゃんを迎えにきたのだ。
なんだか小学校の放課後みたいなセリフを言ったな、と思いつつ、改めてドローンのモニターを見る。
そこには山田さんが映っていた。
『夏目さんっ!? どうやってそこに……』
「詳しくは後で相談させてください。うまく行けば合流できます」
『え? どうやって……?』
《マジでどうやって?》
《山田さんもスキルは知らないんだな》
《やっぱり空間転移持ちなの??》
《炎魔法と空間転移のダブルスキル??》
《国家レベルの人材だろ》
《ヤバい。興奮してきた》
《こーちゃん! タマちゃんを助けてあげて!!》
……配信のコメントでいろいろ言われているようだけど、気にしている余裕がない。
俺は再び《ワームホール》を発動し、いもむしを呼び寄せた。
「きゅいー……」
うーむ、少し元気がない。
いもむしの目は横一文字に閉じられており、顔からはシャボン玉みたいな謎のエフェクトが出ている。
……これは眠いのかもしれない。
プライベートダンジョンから太田ダンジョンまで約25Km。
さすがにこの距離をつなげるのは疲れたのだろう。
「悪いな、もう少し頑張れるか?」
俺は、地面に置いておいた、大きめの巾着袋を開いた。
中身は食料品だったが、すでにプライベートダンジョン内で、ほとんどをいもむしに食べさせてしまっている。
中身はコーン缶がふたつ、シーチキン缶がひとつだ。
「これでいけるかな……?」
コーン缶のふたを開け、いもむしのそばに置く。
「きゅいー」
シャクシャク……。
やはり元気がないが、缶の中に入り、コーンを食べてくれている。
「きゅい、きゅい……」
「なにこれ、かわいい!」
おタマちゃんにも好評である。
ちなみに、この巾着ともう一つの袋で、実家のありとあらゆる食料品をプライベートダンジョンに持ち込み、いもむしに食べさせている。
冷蔵庫内も保存食も何も残っていないため、家に帰ったら親から文句を言われるのは間違いない。
「きゅいっ……」
いもむしは食料品をすべて食べ終えると、空間にかじりついた。
シャクシャク……。
『夏目さん! そのスキルは何ですか?』
「そちらとここをつなげます。人が通れる大きさになるかは、やってみないとわかりません」
《え?》
《やっぱり空間転移だ!!》
《日本にもいたの!?》
《うちのパーティにほしい!!!》
《無事終わったら連絡ください。年収4千万出します。metal_star@mail.lie.jp》
《うちもほしい!》
《マジで上の階が穴から見える!!》
《空間転移しゅごい》
《いもむしかわいい!》
シャクシャクシャクシャク……。
「きゅいー……」
ポト……。
「あ、大丈夫か!?」
「……きゅいっ」
いもむしは疲れきったのか、異空間に帰っていった。
そして残されたのは、頭がやっと入るくらいの穴だった。
「……ダメか」
あわよくばフロア間の移動くらいはできるかと思っていたが、やはりいもむしが持たなかったようだ。
――まあ、いい。あとは《《当初の想定》》どおりやればいいだけだ。
「夏目さんっ!!」
そのとき、ワームホールから布のふくろが差し出された。
「あ……」
受け取ってすぐに、穴は縮み、消えてしまった。
「これは……?」
『中身は回復薬と解毒薬、魔力薬がそれぞれ数本ずつ入っています。それと10階のフロアボスが落とした、毒攻撃付与の指輪です』
《空間転移できた!》
《マジだ!!》
《使用制限ある?》
《アイテム受け渡しだけでもしゅごい!!》
《オレがタマちゃんなら、解毒薬1億でも買った》
《ゲート画像のキャプとれた。うれしい》
《これで救助まで持つか!?》
『ところで夏目さん。お聞きしますが、今のレベルはいくつですか?』
「え……? 30ですけど」
《30!》
《ベテラン》
《マジでこの人どこのダンジョンがメインだったんだ??》
《かなり強いな》
『――また上がったのですね』
山田さんは安心したように微笑んだ。
そして。
『夏目さん、率直に言います。あなたはとても強くなりました。あなたと思川さん……ふたりならこのダンジョンのボスも倒せるのではないか。私はそう思っています』
「ちょ、ちょっと山田さん! こーちゃんはきちんとダンジョンに入ったのは初めてですよ!! いきなりボスなんて……」
《は!?》
《こーちゃん初ダンジョン!?》
《マジか》
《情報量ヤバ》
《誰かまとめてほしい》
《違法…じゃないよな。違法探索者なら逆にダンジョン経験豊富なはずだし》
……山田さんは言葉を続ける。
『……そちらへ救助に行けるのは、早くて12時間後。現実的には24時間後です。特に思川さん。あなたは10階の戦いで消耗しています。その状態で持久戦に耐えられるか……』
「救助って……7時間後だって言ってましたよね?」
『いえ、本部が言っていたのは、このダンジョン入り口までの移動時間の話です。【罠師】スキルも万能ではありませんし、ホルダーの説得もありますので、そう早くは来れないと思われます』
「そうだったんですか……」
《協会のうそつき》
《確かに現地入りの話しかしてない》
《山田さん「キレてないっすよ」》
《イレギュラーのダンジョンには誰も入りたくないからな》
《オレでもゴネるかも》
《罠師もダンジョン内の罠の移設利用しかできないしな。現在のダンジョン内に落とし穴がないと待つしかない》
『正直、私には、判断ができません。あなたたちがどう行動するのが最善なのか……。特に夏目さん……あなたは未知数です。探索者試験でゴブリンジェネラルを倒した人は、世界中どこにもいないでしょう』
《マジで!!?》
《また情報量ふえた》
《頭がパンクするぅ》
《こんな新人がいるか》
《海外からもスカウトくるだろ》
『ですので、あなたたちが決めてくださいませんか。未知のボス相手に短期決戦を挑むか、毒モンスター相手に持久戦を選ぶか……』
おタマちゃんは俺を見て、問いかける。
「こーちゃんはどう思う……?」
「そうだな……」
答えは決まっている。
山田さんが配信でこう言ってたよな。
誰かが助けに落ちて、最下層にいるボスを倒して帰還しなくちゃいけない、と。
山田さんがその役目をやると聞いて、安心するとともに、正直、少しだけ嫉妬したんだ。
――その役目は、俺の役目だって。
「――俺たちでボスを倒そうぜ。そもそも俺はそのつもりで来たんだからな」
おタマちゃんは嬉しそうに笑った。
「う、うんっ!」
《こーちゃんなら行ける!》
《頼む!タマちゃんを助けて!》
《あとで協会に焼きまんじゅう差し入れてあげる!》