第27話 【協会視点】これから生まれる階層
「思川さんっ!!」
私は、思川さんが下に落ちた場所に駆け寄った。
うかつだった。
異常事態が起きた以上、最後の最後まで気を抜いてはいけなかったのだ。
ダンジョンの床に手を這わせる。
すでに落とし穴の罠は消滅しており、影も形もない。
落とし穴の罠は一度作動すると消えてしまう。
おそらく、装置というより魔法に近い性質を持っているのだろう。
このように、パーティから分断され、窮地に陥った同業者がどれほどいることか。
「思川さんっ!! 思川さんっ!!」
返事はない。
「ダメ元で……!」
私はポーチから通信魔石を取り出し、魔力を込めた。
探索者試験時に各試験官が持っていたものと同じ、黒い板状の機器だ。
「栃木県探索者協会、山田です! 思川さん、聞こえますか!? 返事をしてください!!」
……返事はない。
この道具は、混線を防ぐため、同一フロア間でないと通信ができないつくりになっている。
階層を越えて通信することはできない。
それはわかっている。
わかっているが、私にはほかにできることがないのだ。
……このフロア内に、下に降りられる階段はない。
さらに言えば、落とし穴の罠特有の地面のくぼみも、もうない。
現状、下の階層にアクセスできる手段が何もない状況だ。
(いったい、どうしたら……)
「山田さん、少し試させてくれ」
すると、ハンマーを持った城沼さんが近くに立っていた。
「……どうするおつもりですか?」
「床が抜けないか、試してみる」
「……わかりました」
……無駄です、という言葉を呑みこんで、場所をうつる。
過去、迷宮の壁が壊れたことはあっても、床が抜けたことはない。
「多々良、支援をたのむ」
「了解ですわ。思川さん……こんなところで死んではいけませんのよ。オフェンスアップ!!」
「ぬぅぅぅぅ、オラァッ!!!」
ガコォォォォォン……!!
「――っ!」
あ……。
この音で私は気づいた。
おそらく……。
「……駄目か。傷ひとつ付きやしねぇ」
「本部に救助要請を出すしかありませんわ……」
「しかし、状況がわからんことには……」
「――城沼さん」
私は先ほどの気づきを確かめるべく、城沼さんに提案をする。
「こちらの壁を叩いていただけませんか?」
「壁を……? ……いや、いい。山田さんが言うんじゃ、とりあえずやってみるぞ」
「恐れ入ります」
「ぬぅぅぅぅ、ドラァァァッ!!」
ガコンッ……!!
「…………」
私は耳をすませて、反響する音をひろう。
そして、【空間把握】スキルを全力で活用し、おおよその検討をつけた。
「……悪い。俺の力量じゃ割れそうにない」
「いえ……。なんとなく状況がわかりました」
「本当か!? いったい……」
私は自分の推測を伝える。
「おそらく、この太田ダンジョンは成長途中にあります。この下は11階層、最大15階層程度になっているかと思われます」
「なんだと……! なんでわかったんだ?」
「城沼さんのハンマーによる反響音です。この下は空洞。上下の空間比率は、上層2に対して下層1……、すなわち、ここ10階層から下に5階層が伸びていると見込まれます」
「新宿ダンジョンみたいにデカくなってやがるのか……」
「ええ。このフロアに帰還ゲートが今も出現していないことから考えると、第2のボス部屋が現れたと考えるのが自然です」
「じゃあ、待っていれば、このフロアに階段が生まれるってことだよな?」
「ええ、そう考えます。ですが……階段が生まれるのが1時間後なのか、1週間後なのか、または1年後なのか……誰にもわからないところです」
「クソッ!! これじゃ思川の嬢ちゃんが……!! ……いや、すまん、熱くなりすぎた。多々良、救助要請をかけるぞ!! 準備を!!」
「やっていますわ!! 協会本部! 配信を見ていらっしゃるのでしょう? 応答を!」
多々良さんは配信確認用のドローンモニターを見つめ、流れるコメントを追う。
《タマちゃん……》
《ヤバイよ》
《都内から太田まで車で2時間だぞ。羽田経由なら1日近くかかるだろ》
《もう見てられない》
その瞬間。
モニターの画面が2分割され、右側が黒一色になる。
「あ……」
そして、すぐに画面が表示される。
《タマちゃん!》
《無事なの!?》
そこには、思川さんが映っていた。
「予備ドローン……!」
今回の調査にあたり、群馬県側のメインドローンにトラブルが起きる可能性を踏まえ、折りたたみの予備機を持ってきたのだ。
思川さんが起動してくれたので、相互のやりとりができるようになった。
「思川さん、山田です! 状況を教えてください!」
画面越しに思川さんが答える。
『……現在、あたしは太田ダンジョンの11階層にいるようです。あたりの様子は上層階と大きく変わりません。落下時にモンスター2体と会敵。この階層はポイズンリザードが出現するようです……』
「ポイズンリザード……!」
《Cランクモンスターだ》
《渋谷の8階層に出るやつか》
《毒霧がやっかい》
「思川さん……顔色が優れないようですが、まさか……」
『あはは、やっぱり山田さんには気づかれちゃいましたか……。あたし、毒を受けてしまいました……。落下後2体に挟まれていたせいで、避けられなくて……』
「解毒薬、ありますよね?」
嫌な予感を打ち消すように、確認する。
すると、思川さんは。
『……持ってたんですけどね。ポイズンリザードの体当たりを受けて容器が割れてしまったんです……。逆側のドローンは守ったんですけど……。残りの手持ちは、回復薬2本です……』
☆★☆【Side:思川環】☆★☆
山田さんに状況を伝え、改めて絶望的な気分になる。
毒を受けたまま、あたしは後どれくらい生きられるのかな。
3時間くらいだろうか、じっとしていればもう少し長く持つだろうか。
しかも、それはこれ以上モンスターが来ない前提の見込みだ。
またポイズンリザードが来て、またダメージを受けてしまったら、残り時間はどんどん減ってしまう。
毒で身体もうまく動かない。
この状態でどこまで耐えられるだろうか。
『バカッ! ドローンなんかよりあなたの方が大切な……。いえ、ごめんなさい、思川さん。……近くに隠れられる場所はありますか?』
めずらしく山田さんが取り乱している。
そんな顔されたら、あたしだってわかるよ、山田さん。
……やっぱり、絶望的な状況なんだね。
絶望を確かめるように、あたしは質問に答える。
「近くに隠れられる場所はありません……。むしろダンジョン生成途中だからでしょうか、やたらと太い通路が多く、両隣の部屋も見える状態です。ドローンで共有します」
《なんだこれ》
《隣の部屋と3本も通路がある》
《反対側も3本》
《ぜんぶ直線だからまる見えじゃん》
《【¥3,000】山田さん、なんとかしてくれよおお!!》
『……っ』
山田さんも言葉につまった。
わかってる。
あたしのいるフロアは、誰も入ったことがない場所だ。
どうしたらいいかなんて、誰も知るわけがない。
《【公式:探索者協会】救助要請受理しています》
《キタ!》
《頼むぞ》
《お願い!なんとか助けてあげて!!》
『栃木県探索者協会、山田です。救助対応可能ですか?』
《【公式:探索者協会】フロア間の移動ができるスキルホルダーは要請先として該当なし。代替案として、静岡に【罠師】スキルホルダーがいます》
《罠師?》
《関係ある?》
《お前らコメント控えてくれ。流すな》
『落とし穴の罠を手動設置して、誰かが助けに落ちる……、ということですね。そして最下層にいるはずのボスを倒して帰還する……と。わかりました。それしかないのなら、私が行きます。それで……所要時間は?』
《【公式:探索者協会】現地まで最速7時間後の見込みです。ホルダーは現在浜松ダンジョン内にいて連絡がとれず。過去の行動履歴では17時頃まで探索しています。それからヘリを使ってもそれくらいに……》
『――っ!!』
山田さんの顔が一瞬怒りに染まり、何かを言おうとした。
けれど、山田さんは目を閉じて、言葉を呑みこんだ。
『……わかりました。救助をお願いします。動きがあったら連絡ください』
《【公式:探索者協会】承知しました。この回線はつないでおきますので、何かありましたらご連絡ください》
『思川さん、聞いていましたか? 救助を頼みました。もう少しだけ頑張ってください。下層への階段が出るかもしれませんので、私もここにいます』
「……わかりました」
でも、あたしは山田さんの様子でわかってしまった。
――あたしは、助からない。
山田さんはきっと、探索者協会に「それじゃ遅いんです!」と怒鳴りたかったんだ。
でも、あたしの手前呑みこんだ。
あたしを不安にさせないように。
あたしの気持ちを折らないために。
でもね、山田さん……。
「あたし、わかるよ。山田さんの考えていること……。だって、パートナーだもの……」
怖い。
怖いよ。
優秀な山田さん。
判断を間違えたことのない山田さん。
その山田さんが、あたしは助からないって思ってる。
パートナーだったからこそ、わかってしまった。
「あはは……」
力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「探索者はどんな手段をつかってでも生き残らなくちゃいけない」と山田さんに教えてもらったのに。
もう、あたしは、気持ちが折れてしまった。
探索者失格だ。
ぽたぽたと涙が落ちてくる。
「こーちゃん……」
せっかくこーちゃんと再開できて、パーティを組もうって約束したのに。
ヘルメットのジンクスも叶えられると思ったのに。
あたしは、ここでお終いだ。
「楽しかったな……」
目を閉じると、あの夏の風景が思い出される。
どこまでも青い空。
白く立ち昇る入道雲。
透き通った川の流れ。
木々の隙間から差し込む夏の光。
『思川さん!! 立ち上がって刀を持ちなさいっ!!』
山田さんの声がして目を開けると、部屋の入り口にポイズンリザードが入ってきていた。
のそのそと、ワニのようにあたしに近づいてくる。
「はは……」
どうせ頑張っても死ぬんだ。
そう思うと、力が入らない。
「こーちゃん……」
まだ、夢の中にいたい。
夏の風景に包まれたまま、死んでいきたい。
ほら、目を閉じれば、またセミの声が聞こえてくる。
ミーンミンミンミンミン……。
シャクシャク……。
ミーンミンミンミンミン……。
シャクシャクシャクシャク……。
「あれ……?」
変な音が聞こえたので目を開けた。
すると。
あたしの横、目の高さに不思議な穴が空いていた。
穴の中には田んぼが見え、セミの声が響いてくる。
そして。
「きゅーいーっ!!」
――絵本から出てきたようないもむしが、穴から顔を出した。
「え……、なに、これ……」
頭がついていかない。
「きゅいっ、きゅいっ!」
いもむしはシャクシャクと空間を食べていた。
そうして、穴はだんだん大きくなり。
そこには。
「……おい、おタマちゃん。パーティ組むって約束しただろ。勝手にやぶるなよな」
――あたしの大好きな幼なじみがいた。