第25話 神社にお参り
試験の翌日、俺はプライベートダンジョンに来ていた。
もともとはおタマちゃんと遊ぶ約束をしていた日なので、ひとりで楽しく虫取りという気分にはなれなかった。
それに、探索者試験前の数日間でだいぶ虫を集めたし、なによりレア度星5のいもむしも捕まえたので、それなりにレベルも上がっている。
「今日は日陰でのんびりするかな……」
川べりに移動すると、イーヨンのアウトドアコーナーで購入したハンモックを広げ、近くの木に結びつけた。
川のせせらぎが心地よい。
「さてと……。ステータス、オープン」
ハンモックに揺られながら、俺は自分のステータスを表示した。
名前:夏目光一
レベル:29
経験値:701/2831
HP:281
MP:112
攻撃:119(うちボーナス+18)
防御:100( 〃 +13)
速さ:167( 〃 +17)
賢さ:78( 〃 +2)
スキル:【童心】、【アイテムドロップ強化】、【水耐性(小)】、【睡眠技無効】、【水上歩行】、【斬撃強化(小)】、【蝶の舞】、【警戒】
特技:魔生物図鑑、集団襲撃、魔生物捕獲ネット(Lv1)、虫相撲(クワガタ)、応援、ワームホール
……うむ。
「だいぶ強くなれたな」
レベルが上がったおかげでステータス値も上がっている。
加えて、探索者試験前には、こまごまとした新種の生物を10種類ほど捕まえていたので、捕獲ボーナスとして地味にステータスが加算されている。
スキルについては、空間転移スキルであるワームホールがやはり異彩を放っている。
今日おタマちゃんに会えたなら、この能力を実際に見せて意見をもらおうと思っていたのに。
なかなか予定が合いそうにない。
「探索者協会もいろいろと大変そうだよなぁ……」
……それにしても、ハンモックに包まれながら人の心配をするとは、俺も偉くなったものだ。
ついこの間まで、昼夜を問わず働いていたというのに。
仕事をやめてたかだか一月程度だが、遠い昔のことのように思える。
探索者試験についても無事合格できたし、何もかもが順調。
すべて、このプライベートダンジョンのおかげである。
「ダンジョンの神様というのがいたら、お供えものをあげてもいいな」
実に現金なものである。
中学生のころ、ダンジョン適正国民検査を受け、何ひとつとして目ぼしい才能がないと断定されたときは、神を呪ったり「神も仏もいない」とわめいてみたりしたというのに。
「運に恵まれたな……」
と、ここまで考えて、ふと思い出した。
「……ダンジョンの神様、いたな」
このダンジョン内には、神社があった。
俺にとっては、神社本体よりも、境内にある大木の方が重要だったため、それほど意識を向けてこなかったところだ。
「せっかくだから、行くか」
探索者試験の合格を報告し、これまでの感謝を伝えるために。
……ついでに、大木にカブトやクワガタがいないか見てくるか。
☆★☆
「お!」
鳥居をくぐり、まずは大木のところに行くと、白いカブトムシがいた。
「ラッキーだな!」
これも信心がなせる技である。
さっそく手を伸ばす。
ボワン!
名前:シロカブト
レア度:★★
捕獲スキル:???(条件:カブトムシ種を3種捕獲)、攻撃+5(初回ボーナス)
捕獲経験値:400
ドロップアイテム:魔石(大)
「よし」
これでカブトムシは2種類捕獲した。
3種捕獲によるスキル獲得までもう少しである。
「さてと、改めてお礼を言うかな」
社の前に行き、姿勢を正す。
そして、二礼二拍手一礼。
「おかげさまで探索者試験に無事合格できました。これからもよろしくお願いします……っと」
これでよし。
気分もすっきりしたし、この足でカブト・クワガタ巡回ロードを一周しよう。
うまくいけば、今日中にカブトムシをもう1種捕まえられるかもしれないからな。
――そう思って、神社を立ち去ろうとした瞬間。
「え……?」
社の前の、小さな賽銭箱がかすかに光っていることに気がついた。
ぼんやりと、まるで月明かりのようだ。
「なんだ、これ……?」
さわってみても、特に熱くも冷たくもない。
何かが起きているのだろうが、特に周囲に変化はない。
ただ賽銭箱だけが淡く光っている。
「なんかくれ、ってことなのかな……。ん?」
ふと自分の探索者用ポーチを見ると、淡い光が同じように灯っている。
ポーチを開けて、中を確認すると。
「あ……」
探索者試験時に、ゴブリンジェネラルがドロップした槍の穂先が輝いていた。
「昨日のドロップアイテム、出し忘れていたな……」
試験後に検索したところ、この穂先は「ダンジョン鋼」という金属でできたもののようだった。
一般のダンジョンでは比較的入手しやすいドロップアイテムであり、探索者用の武具の原料として広く使われている。
売却したら、2〜3万円くらいになるのではないかと思われる。
「……入れてみるか」
ダンジョン鋼製の武具は、値は張るものの、そのあたりの探索者ショップでも購入可能だ。
仮に何も起こらなかったとしても、取り返しはつく。
俺は、槍の穂先を取り出すと、手を賽銭箱の上に移動させた。
そして。
「ダンジョンの神様、お納めください」
――カコン、カコン……。
指を離し、穂先を賽銭箱の中に入れた。
賽銭箱の光は、すうっと消えていった。
「…………」
ミーン、ミンミンミン……。
あたりには、蝉しぐれが降りそそいでいる。
いつもどおりの風景。
これといって、変化が起きる様子はない。
「……しくじったかな」
新しい虫か何かに変わってくれるかと期待したのに。
これじゃ納め損である。
まあ、それが正しい神社のあり方なんだろうが……。
俺は「ダンジョン鋼は磁石にくっつくのだろうか?」「とりもち作戦の方がよいか?」というバチ当たりなことを考えはじめていた。
そうして、しばらくすると。
「ん……?」
賽銭箱がふたたび輝き出した。
いや、賽銭箱自体ではない。
賽銭箱の中から、白い光の玉が浮かび上がってきた。
「なんだ……?」
まるで魂のように、光の球体はふらふらと揺れながら宙を飛んでいく。
それは社の裏の大木へと向かっていった。
「……よし」
俺も後ろをついていく。
何が起きるかわからないけれど、きっと悪いことではないだろう。
球体は、大木の幹に突き当たり、すっと中に吸い込まれていった。
「…………」
漠然とした期待を持って、様子を見守る。
すると。
「あ……」
木の根本、太い根と根の隙間が白く輝いた。
しばらく灯りがともったあと、白い光は静かに消えていく。
――その後には、うさぎの巣のような穴が空いていた。
「なんだこれ……?」
手を突っ込んだが、あっと言う間に底に当たってしまった。
もちろん中には何もない。
少し待ってみたが、これ以上の変化はなさそうである。
「無駄なことをしたのか……?」
そう言いながらも、うっすらとした予感があった。
太田ダンジョンの入り口を思い出す。
もしかしたら。
もしかしたら、このダンジョンは成長しようとしているのではないか。
ほかのダンジョンの魔素を取り込み、第2階層を生み出そうとしているのではないか。
俺の勘違いかもしれないが、そんな気がする。
「その辺の店で素材を買ってきて納めても、反応あるのかな?」
それとも、自ら苦労して手に入れた素材ではないと受け入れてくれないのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、俺はカブト・クワガタ巡回ロードへと歩いていった。
次におタマちゃんと太田ダンジョンに行くのが楽しみだ。
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【補足:探索者試験前に捕まえていた魔生物】
図鑑ナンバーと捕獲スキルのみ記載。
レア度はすべて0。
魔石は「小」か「微小」。
11 クロヤンマ 速さ+2(初回ボーナス)
12 ミドリてんとう なし
37 のんびりつむり 防御+1(初回ボーナス)
40 コサメガエル なし
64 赤紋ハンミョウ 防御+2(初回ボーナス)
83 ツクツク魔ホウシ 【警戒】
→敵モンスターのふいうちを防ぐ。
→ほかのセミより警戒心が強くて、少し捕獲に苦労したようだ。
85 ユキシロチョウ 賢さ+1(初回ボーナス)
86 モモイロチョウ 賢さ+1(初回ボーナス)
130 ぬめりドジョウ なし
131 せせらぎガニ 防御+1(初回ボーナス)