第20話 冷やしたスイカといもむし
「よいしょ、っと……」
探索者試験を翌日にひかえ、景気づけのために俺は巨大なスイカをプライベートダンジョンに持ち込んでいた。
外はまだ3月ではあるものの、ネットで調べてみたところ、熊本県産のスイカはすでに出荷が始まっているという。
さっそくお取り寄せをしたところ、昨日の夕方に届いたのだ。
「ダンジョンの中だと楽に運べるな……」
7〜8kgはあるだろうスイカは、俺の家からダンジョンゲートまで運ぶのに大変苦労した。
球体で持ちづらい上、やたらと大きいので、バランスが安定しないのだ。
だが、ダンジョン内に入ったとたん、まるで風船のように軽く感じた。
「これが講習でおタマちゃんが言っていたやつか……」
まだ仮説段階だが、ダンジョンゲートで人間の体は「半魔素体」に変換されているのだといわれている。
魔素とはダンジョン内に満ちているエネルギーで、これにより魔法やスキルの使用が可能になるとともに、身体能力が著しく向上する。
逆に言えば、ダンジョン外には魔素がないため、魔法を使ったり怪力を発揮することはできない。
だが、それにも例外がある。
結晶化した魔素――すなわち魔石を使用すれば、ダンジョン外に持ち出しても、エネルギーの活用が可能であることがわかっている。
ゆえに現在、世界各国では、魔石を利用した新産業の開発に余念がない状況となっている。
「……と、着いたな」
そんなことを考えているうちに目的地の川についた。
俺はポーチからネットを取り出し、中にスイカを入れた。
そして、それを川の水にひたす。
「……よし」
しばらくしたら、スイカがキンキンに冷えるはずだ。
さて、明日の試験に向けて、体でも動かすか。
探索者試験では、スキル使用制限下でゴブリンの攻撃をさばけるか見られるという。
もちろん、スキルなしでゴブリンを倒せれば一番よい。
レベルが上がっているとはいえ、この身ひとつでどこまでやれるのか。
「ま、やるしかないか……」
腰のベルトから、先ほどイーヨンで買ってきた探索者用の短剣を取り出す。
このプライベートダンジョンで運よく【剣術】や【槍術】などのスキルを得られないかと期待していたが、そううまくはいかなった。
そのため、とりあえず試験では、俺の速さを活かせる短剣をメインウェポンにすることにしたのだ。
俺はゴブリンの攻撃をイメージしながら、避けて一閃、避けて一閃……と、シャドーボクシングじみた訓練を繰り返した。
☆★☆
しばらくして、スイカのそばに戻ってくると。
「きゅーいっ!」
「うおっ!」
得体のしれない虫が、川べりの石の上にいた。
「びっくりした……鳴くのかよ……。てか、なんだこいつ」
それはメルヘンチックな見た目をした芋虫だった。
頭はパステルレッドのお団子のような形で、緑色のつくしのような触覚がついている。
胴体もやはりお団子状で、パステルオレンジからパステルブルーのグラデーションになっている。
長さは10センチメートルほどだ。
「捕まえられるのか……?」
ひょい、とつまみあげるが、魔石化はしなかった。
「きゅいー……」
しばらく眺めていたが、捕獲反応なし。
よくわからないが、つかまえられない虫なのかもしれないな。
外の世界にもこんな虫いないし。
ま、飾りみたいなものかね。
とっとと逃がすか。
「きゅーい、きゅーい!」
「……ん?」
よく見ると、スイカに向かって体を伸ばしている。
もしかしたら。
「お前も食べたいのか?」
「きゅーい!」
ぴこぴこと触覚を動かす。
たぶん、イエスの意味なんだろう。
てか、言葉がわかってるのだろうか。
「きゅーい……?」
「うーん……、ま、いいか」
スイカを川で冷やすという体験がしたかったから1玉持ってきたものの、どうせ一度には食べきれない量だ。
少しぐらいわけてやろう。
俺もこのダンジョンにはいろいろわけてもらっているんだからな。
「ちょっと待ってろよ」
俺はスイカを水から引き上げ、川べりのビニールシートの上に置く。
「そして、と……」
腰にさした短剣を引き抜いた。
「お前の初仕事だ。ちゃんと切ってくれよ」
ゴブリンも斬れるなら、スイカくらい切れるだろう。
そんな目論見から、包丁は持ってこなかった。
「一応消毒しておくか」
俺はポーチから除菌シートを取り出し、刃を念入りに拭く。
そして、スイカを真っ二つに切ってやろうと思ったところ。
「きゅーい!!」
――先ほどの芋虫が、スイカに空いた穴から顔を出していた。
「げ……!」
よく見ると、あちこちに穴が空いている。
すでにだいぶ食い荒らしてくれたらしい。
「きゅーい、きゅーい!!」
芋虫はうれしそうに頭をふると、またスイカの中に潜り、あっという間に反対側から顔を出した。
「きゅいーっ!」
「マジかよ……」
俺が8千円で買ったスイカが……。
一瞬目をはなした隙にこんなことになるとは……。
ただただショックである。
「きゅいー……?」
石に座りうなだれる俺に対し、芋虫はスイカを食べるのをやめて近づいてきた。
……本当に、ひとの気持ちがわかるのかもしれない。
あれほど夢中だったスイカに目もくれず、俺に向けて体を伸ばしてくる。
「きゅいぃ……?」
「なぐさめてくれるのか……? ま、もういいよ。気にせず好きなだけ食べてくれ」
どうせ俺はもう食べられないしな。
「きゅーいー!」
すると、芋虫は急に元気になり、シャクシャクと音を立てながらスイカを食べはじめた。
――そうして、スイカ1玉がなくなった。
「まじか……!?」
なんだこいつ、スイカをぜんぶ食べてしまった。
てか、体も最初に見つけたときのまま、まったく膨らんでいない。
あのスイカはどこに消えたんだ?
「きゅーいー!」
芋虫は頭をピコピコさせながら、俺に近づいてきた。
「きゅいっ、きゅいっ!」
「なんだお礼か? ま、気にするな……、って、違うな。まさかお前……まだ食べたいのか?」
「きゅいっ!!」
とんでもない虫である。
「残念だったな。もう俺は何も持ってないよ。その辺の葉っぱでも食ったらどうだ?」
「きゅーいー?」
芋虫は俺の手に触覚をつける。
「ほら、あきらめろって。あーあ、俺も一度家に帰ってなんか食ってくるかな……」
「きゅいっ!!」
芋虫はぴょんとジャンプし、俺の腕に乗った。
「すげー動きができるんだな……。だが、お前に外は無理だろ。魔素体のお前がダンジョンの外に行くと、魔石以外は溶けて消えてしまうらしいぞ」
まるで幽霊が成仏するかのように。
「きゅーい……」
すると、芋虫は、俺の手の先へと移動した。
もぞもぞとした感触がくすぐったい。
「さ、あきらめて帰りな。スイカを食べられたんだからいいだろ?」
そう言って、手ごろな枝に芋虫を移そうとする。
すると。
「きゅーいー!」
シャクシャクシャクシャク……。
――芋虫は、《《空中》》にかじりつき、俺の目の高さの空間に穴を開けてしまった。
「は……!?」
「きゅーいーっ!」
芋虫が食べた穴の先には、家のリビング――俺が先ほど買ったミスティドーナツ12個入りの箱が見えた。
「これって……ダンジョンゲートなのか……!?」
「きゅーいー!」
芋虫は俺の肩に跳び移り、ピコピコと触覚を動かす。
「マジなのか……!?」
試しに手を入れてみると、問題なくミスドの箱を取り出すことができた。
「きゅーいーっ!!」
ぴょんぴょんと俺の体を跳ねながら、芋虫は地面へとおりていく。
「え、え……?」
開いたゲートは、あっという間に小さくなり、影も形もなくなった。
「きゅいっ、きゅいっ!!」
「あ、ああ……」
頭がついていかないまま、ミスドの箱を地面に置くと、芋虫は箱ごと跡形もなく完食してしまった。
「きゅいー!」
そして、俺の手までぴょこぴょこと登ってくると。
「きゅい!」
ボワン!
緑色の魔石に変わった。
「え……!?」
頭がまったくついていかない。
ボワン!と魔生物図鑑が現れ、該当ページが開かれる。
図鑑No.144/251
名前:はらへりいもむし
レア度:★★★★★
捕獲スキル:ワームホール
捕獲経験値:4000
ドロップアイテム:魔石(極大)
解説:いつもお腹をすかせている芋虫。食べるものをもとめて空間そのものを食べることもできる。【童心】スキル保有者が食料5kg以上をダンジョンに持ち込むと出現することがある(2回目から確率極小)。捕獲条件:満腹になるまで食事をあげる。
そして、スキルの説明も確認する。
『ワームホール:芋虫により空間に穴を空けることができる。アイテム保管用の異空間に接続することができるほか、2点間の移動も可能。芋虫に一定量の食事を与えることで再使用が可能になる。芋虫の生存条件のためダンジョン内でのみ発動可能(行き先としてダンジョン外にゲートをつなぐことも可能)』
「これは……」
ほぼ素人の俺でもわかる。
俺は、とんでもないスキルを覚えてしまったのかもしれない。