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密造銃事件から数週間後。

相変わらず後処理に追われる日々が続いているが、珍しくコハクとキトラの非番が重なる日ができた。

日頃の疲れを癒すために寮で休日を過ごす2人。その間には、なぜかセキトが座っていた。


「では、『目指せ捜査官!腕付きの糸力アップ特別講座』の第1回を開催いたします!」

「よろしくお願いします!」


わー!と拍手までしているコハクの前では、メガネに白衣を着て、自前の小さなホワイトボードを持ったセキトがノリノリで授業を進めていた。


「なんで休みに日にわざわざ……」

「仕方ないだろ。正式に捜査官を志望してない以上、勤務中に訓練するわけにはいかないし」

「誰かさんが心配性なせいでね」


ニヤニヤするセキトに悪態をつきながらも、貴重な訓練時間を潰さないようにキトラは大人しくすることにした。


「さて、ここで質問です。糸の力が強いとはどういうことでしょう?」

「え?どうって……引っ張ったり殴ったりするチカラが強い、とかですか?」

「う〜ん。半分正解かな」


予想通りの答えに気をよくしたのか、セキトはご機嫌で説明を続ける。


「物対物なら、互いが与える力の差で強弱を決められるかもしれない。だが、糸はエネルギーの塊だ。単純な物理的衝撃では計算できない」


糸に関する科学的な研究は進み、構成されるエネルギーの質や量、流れも測れるようになっている。


「普通の人で糸の力が強いと言われてる人は、糸を棒のように振り回す力が強いだけなんだ。でも、腕付きの糸はそうじゃない。キトラ。私を思いっきり糸で殴ってみろ」


急に話題を振られて一瞬戸惑うが、鬱陶しい兄を思いっきり殴れるまたとない機会に大喜びで糸を出す。


「自分でやれって言ったんだから、文句言うなよ!」


太く束ねられた糸がセキトめがけて振り下ろされる。そのまま打ちつけられるかと思いきや、体に当たる前に糸がバラバラに解け床に落ちていった。


「なっ!」

「すご〜い」

「まったく、相変わらず力任せな攻撃だな」


やれやれと言いながらセキトが2人の前に糸を一本ひらりと舞わせた。


「これ……糸ですか?凄く細い」


目の前を舞う糸は光の反射で辛うじて視認できるほど細かった。


「エネルギーの塊ということは、本来細くも太くも自由にできるはずだろう?普通の人にはそこまで細かいことはできないが、腕付きならできる」

「あ、もしかしてペンを曲げたのも」

「そう。この糸だ。ここまで細いとよっぽど注意しないと見えないからな。奇襲にも最適だろう?」

「でも細いと言うことはエネルギーの量が少ないんじゃ」

「いや、エネルギーの量は普通の糸と変わらない。圧縮してるんだ。まあ、ペンを曲げるにはそれだけじゃ足りなくて力の流れを掴まないと難しい。それも腕付きにしかできないことだ。キトラの糸が床に落ちたのも、流れを殺したからだ」

「なんだか難しそうなんですが」

「まあ、一度に全部できるようになろうとしなくていいさ」


ハッハッハと豪快に笑いながら、セキトはキトラを指差す。


「ちなみに糸を無力化するにはエネルギー同士で相殺することもできるが、それだとエネルギーの消耗が激しいからな。コイツはアホみたいに甘いもん食べてるだろう」


指差すなとキレるキトラの横で、コハクがポンと手を叩く。


「なるほど。なんであんなに食べて太らないのかと不思議だったんです」

「燃費の悪いことだ。捕物の最中でガス欠にならんように、お前もコハク君と一緒に訓練したらどうだ?」

「余計なお世話だ。言われなくてもちゃんと訓練してるっつーの」


まあまあとコハクが宥めるが、キトラは怒りが止まらず、セキトは完全に楽しんでいる。


「さて、コハク君にはまず糸の細かな動きを捉えられるようになってもらわないとな。腕付きの訓練用のプラモデルがあるだろう。あれを糸で作るのを最初の訓練としようか。そうだな。ひとまず10個作ってみようか」

「糸でですか⁉︎できるかな」

「少しずつで構わないよ。慣れてくれば簡単にできるようになるさ」


不安そうにしながらも、何をすればいいか見えてきたコハクはやる気に燃えていた。


「今日はありがとうございました!お茶の用意してきますので少し待っててください」


そう言ってコハクはコーヒーを淹れにキッチンへ行ってしまった。


「お前に勝てば捜査官になるの認めるって言ったんだって?」

「なんか文句あんのかよ」

「別に〜。でも勝った負けたってどうやって決めるんだい?」

「俺が犯人役やって捕まえてもいいし、手合わせしてもいいし。その時考えるよ」

「ふ〜ん……」

「なんだよ?」

「それって寝技あり?」


ブホッと吹き出すキトラに、セキトが大笑いする。


「お前、いい加減にしろよ!」

「え〜。可愛い弟の恋路が気になるのはしょうがないじゃないか。そんな奥手じゃ誰かに取られるよ〜」

「な、こ、恋、とか、そんなんじゃねぇよ!」

「いや、今更そこからかよ」


セキトがめんどくささを全面に出すと、コハクがお盆を持って戻ってきた。


「楽しそうですね。なんの話ですか?」

「ん〜?キトラがコハク君のこ」

「何でもない!あ!うまそうなケーキだな!さあコーヒーが冷める前に食べるぞ!」


さあさあと皿とコップをテーブルに載せるキトラに、セキトは少しだけ優しい眼差しを向けていた。




その夜。コハクは早速糸でプラモデルを組んでみていた。


「あ〜。難しい!ニッパーすらろくに持てない!」


テーブルに突っ伏してコハクが嘆いている。


「そんな簡単にはいかねぇだろ。すぐできるならもっと腕付きの環境は変わってるはずだろ」

「セキトさんは何でこんなことできるって気づいたんだろ?」

「さあなぁ。昔から規格外なヤツだったから」


兄の話になるとキトラは急にゲンナリする。


『よほど苦労してきたんだろうな』


なんだかコハクは気の毒になってきた。


「……なぁ」

「何?」

「そもそもなんで捜査官になりたかったんだ?」


本当は捜査官になりたかったという話はキトラにもしている。腕付きゆえに諦めたということも。


「う………それは………」

「なんだ?言いたくないことか?」

「いや、そうじゃないんだけど………」


ゴニョゴニョといつもの快活さのない口調でコハクが呟いた。


「映画とかドラマに出てくる刑事に憧れてたんだよ」

「………は?」


まさかの解答に間抜けな声がでる。


「え?まじか?そんな理由?は?…ぷっ!あははははは」


キトラは腹を抱えて笑い出した。


「笑うなよ!純粋な子供心じゃないか!」

「はぁっはぁっ。腹いてぇ。いや、いいんじゃないか。お前らしくて」


ついに涙まで流しだしたキトラにコハクはむくれる。


「ぜったいバカにしてるだろ。……はぁっ、でもそれだけじゃないんだよ。子供の頃の憧れだけならここまでやろうと思わなかった」

「へぇ」


まだ笑い話が出るのかとキトラはワクワクしている。


「……キトラのせいだからな。お前と出会って、真剣に仕事に取り組むお前を見てるうちに、俺もそうなりたいって思ったんだ。お前の隣に立ちたいって」

「………へ?」


少し顔を赤らめて言う姿に、完全にキトラはやられてしまった。


『ちょ………ちょっと待て。それは……そんなこと言われたら………』


頭の中にセキトの言葉が蘇る。


『誰かに取られるよ』


思い出すだけで腹の立つ声に、キトラの心が動いた。


「……なあ。お前って好きなヤツとかいんのか?」

「?何だよ、急に」


てっきりからかわれると思っていたコハクは、話が明後日の方を向いたので答えに詰まる。


「いや。なんとなく」

「なんとなくってなんだよ。そうだなぁ。あんま考えたことないなぁ。ほら、俺は腕付きだから。相手が大変だろ」

「腕付きとか関係ねぇよ!」


ほんの少しの自虐を浮かべたコハクの笑みに、キトラが猛反発する。


「お前は素直だし一生懸命だし、何より人を思いやれる優しさがあるじゃねぇか」

「う、うん。ありがとう」


なぜか急に褒められコハクは戸惑う。


「お前がキタカの心を開いたおかげでこないだの事件も解決したんだろ。すげぇじゃねぇか。腕付きだとか気にする必要ねぇよ」


一気に言い切ってキトラの息が切れている。

なんだか面白くなってコハクは笑ってしまった。


「なんで笑うんだよ!こっちは真剣なんだぞ!」

「うん。うん。ごめんごめん。そうだよな。キトラはそういうヤツだ」


まだアハハと笑いながら、コハクは真っ直ぐキトラを見る。


「……ありがとう。キトラのそういうとこ、好きだよ」


美しい。そう思える笑顔だった。


『……これって………いいのかな。今なら気持ちを伝えていいのかな』


「コハク……俺さ……」

「うん?何?」


開きかけた口は、でも途中で止まってしまう。


『邪魔に……ならねぇかな。俺の気持ちは。せっかく前に進み始めたコハクの心に……』


腕付きの捜査官になるのは生半可な覚悟じゃできないだろう。今のコハクは余計なことを考えている余裕はないはずだ。

そうキトラは考えてしまった。


「いや、捜査官になれるよう応援してる。お前みたいなヤツが捜査官になれば、きっと救われる人がたくさん出てくる」

「なんだよ。最初は反対してたくせに。でも嬉しいよ。お前にそう言ってもらえて」


ますます頑張らないとなと、コハクは再びプラモデルに向かう。

キトラは複雑な想いでそれを見ていた。

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