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翌朝。コハクは指示通り公園に行き、キタカに事の次第を説明して一緒にベンチでキトラを待っていた。


「しかし、俺をルームメイトの兄と勘違いするなんて君はおっちょこちょいなんだな」


成り行きでキトラとの喧嘩のことまで話してしまったため、コハクはキタカに微笑ましい笑みを向けられていた。


「だって……最近色々あったから頭が破裂しそうだったんですよ。笑わないでくださいよ」

「はは。すまない。でも弟のこともあって最近はずっと塞いでいたが、少し気持ちが和らいだよ」

「はぁ。嬉しいのか恥ずかしいのかわかりません」


顔を赤くするコハクに、キタカはまだ微笑んでいる。

その表情が一瞬でかたくなった。


「お前は……」

「ん?」


キタカの視線の先を辿ると、白髪の男が立っていた。ビルでキタカと話していた男だ。


「おはようございます。キタカ様。ボスにあなたが来たことを伝えましたよ。ついでにあなたが警察のお友達に色々相談していたことも」


キタカの顔が青ざめる。コハクも異常事態を察して、キタカを庇うように立ち上がった。


「やめときましょう。あなたは警察の人間と言っても専門職でしょう。ボスはキタカ様に自分の元に来るように言ってましたが、あなたも一緒で構わないとのことですよ。せっかく腕付きの友達ができたのなら大切にしてあげたいと。ですので、大人しくついてきてくれませんか?」


男は穏やかで全くこちらに敵意を向けてこない。だが、それが逆に恐ろしかった。


『なんとかキトラに連絡をとらないと』


コハクはポケットのスマホを取ろうとするが、腕に糸が巻きつき上に持ち上げられた。


『………この糸って』


「気づきましたか?私も腕付きです。だからって出し抜こうなんて考えないほうがいいですよ。妙なマネをした瞬間、脚を撃ち抜きます」


男の手には銃があった。ポケットのスマホも取り上げられ、なす術もなくコハクはキタカとともに男に着いていくしかなかった。




コハク達が連れて行かれた先は見知らぬ倉庫だった。車に乗せられ目隠しされたので、それがどこにあるのかはわからない。

やっと目隠しが外されたと思ったら、目の前には黒髪の青年が立っていた。


「兄さん!」

「………アイヒ………」


青年はコハクの隣にいたキタカに走り寄ってきて抱きついた。キタカが戸惑いながら弟の名前を口にしている。


『この人がキタカさんの弟さん?でもあまり似てないような』


アイヒと呼ばれた人物は黒髪こそ同じだが、瞳の色も顔立ちもまるでキタカに似ていない。


「なかなか会えなくてごめんよ〜。忙しくてさ。でも計画は順調に進んでるからね。これからは兄さんの力も必要だから、やっと一緒にいられるようになったんだ」


久しぶりに兄に再会して甘えるアイヒは、とても腕付きによるテロを起こそうとしているようには見えない。


「アイヒ……。俺はお前を止めに来たんだ。もうこんなことはやめてくれ。俺はこんなこと望んでない」


抱きつくアイヒの腕を解き、目を合わせながら必死にキタカは訴える。


「何?まだそんなこと言ってるの?自分がどんな目にあったか忘れたの?そもそもあの銃の設計図を書いたのは兄さんでしょ」

「それが間違いだったんだ。あんな物を作ってしまうだなんて。俺が間違ってた」

「兄さんは間違ってなんかないよ」


アイヒがまるで子供をあやすように、キタカの頭を撫でる。


「優しい兄さんがあんな物を作ってしまうくらいに追い込まれたんだ。俺はそのことを絶対許さないよ。こんな世界、壊れてしまえばいい」

「………アイヒ………」


キタカに絶望が降り注ぐ。アイヒは兄への愛に囚われるあまり、兄の言葉が届かなくなっているのだ。


「あ、そうだ。君への挨拶がまだだったね」


そう言ってコハクのほうへ向けられたアイヒの顔を見て、コハクの息が止まる。今まで見えていなかった右半分に、大きな火傷のあとがあったからだ。


「ああ。驚くよね。昔父親に焼かれたんだ。いわゆる虐待ってヤツだね」


そう言いながら、アイヒは火傷の痕を愛おしそうに撫でた。


「あ、父親と言っても兄さんの父親じゃないよ。兄さんとは親同士の再婚で兄弟になったんだ。だからあんなゲス野郎の血は兄さんには一滴も流れてない。義父さんは優しい人だからね」


アイヒがにっこりと微笑む様は、壮絶な過去も現在進行形の罪も感じさせない。ただ家族を愛する人に見えた。


「母さんが再婚した時、俺は口も聞けない状態だったんだ。顔の痕を何度も傷つけて、死のうとしてた。でもその度に兄さんが俺を抱きしめて、お前を愛してる人がここにいるって言ってくれたんだ。その痕はお前が頑張って生き抜いた証だって。生きててくれてありがとうって。兄さんは俺の命を救ってくれたんだよ。なのに………」


アイヒの瞳に憎しみが灯る。深い深い憎悪の炎だ。


「世界は兄さんを傷つけた。全て奪ってズタズタにした。………許せるはずないだろ」


アイヒが再び顔の痕に触れる。爪で傷つけてしまうんじゃないかと思うくらい強く。


「この痕は消そうと思えば消せる。でも兄さんが褒めてくれた物だから絶対消さない。だけど気に入らないのは、顔の痕を消せるだけの医療技術があるくせに兄さんの腕は治せないことだ。お前も腕付きならわかるだろ。自分達がいかに利用されるだけで使い捨てられているかに」


アイヒの言いたいことはコハクにはよくわかった。腕付きの立場は普通の人に比べて格段に弱い。


「わかるよ。お前が怒りを覚える理由も。その感情も。俺は理解できる」

「……さすが兄さんが友人に選んだ人だ。警察となんて仲良くしてるって聞いて心配したけど、話のわかる人で良かったよ」

「勘違いするな。理解はできるけど、共感はしない」


アイヒの顔がピクッと引きずった。


「お前は結局、兄のことを独占したいだけだろう。自分の世界に閉じ込めて、兄を守れるのは自分だけだと酔ってるだけだ」

「………言ってくれるね」


パチンッとアイヒが指をならす。するとコハクは誰かに後ろから腕を取られ、床に押し付けられた。あの白髪の男だった。


「兄さんの友人だから丁重にもてなそうと思ってたけど、気が変わった。君には糸の手の実験台第一号になってもらうよ。隣の部屋に手術台を用意してある。大丈夫。ちゃんと医師免許のあるヤツを待機させてるから、腕を切っても死にはしないよ」

「やめろ!」


キタカが止めに入ろうとするが、アイヒの糸に捕らわれ動けなくなる。


「アイヒ!やめてくれ!」

「兄さんは優しいね。ダメだよ。また騙されて酷い目に遭わないように、俺がずっとそばで守ってあげるからね。…………連れて行け」


白髪の男に無理やり立ち上がらされ、コハクが隣の部屋に連れて行かれようした時………


激しい爆発音がして天井から何かが降ってきた。


「………キトラ?」


体中から糸を出したキトラが、天井を破って倉庫に侵入してきた。なぜか激しく怒っている。


「キトラ!助けに来てくれたのか!」


喜ぶコハクに目もくれず、キトラはその隣にいる白髪の男に向かって怒号を飛ばした。


「クソ兄貴!何してくれとんじゃ、このボケがぁ!」


言うが早いかキトラは男に飛び掛かるが、あっさり避けられてしまう。だが、自由になったコハクをしっかり腕の中に確保した。


「キトラ、遅かったじゃないか〜。あやうく大切なお友達の腕が無くなるところだったよ。それでもエース捜査官かい?」


白髪の男はニヤニヤしながらキトラを揶揄う。


「黙れ!この災害人間!いきなりコハクのスマホ使って『誘拐したからGPS辿って助けにおいで』って、頭沸いてんのか!」

「心外だねぇ。お友達の危機を察して誘拐役を引き受けて、ついでに敵のアジトまで教えてあげたのに。感謝の一つもないのかい?」

「誘拐じゃなくて保護しろや!それでも公僕か!」

「それじゃアジトの場所がわからないじゃないか。無駄な税金を使わずにスマートに事件を解決したんだから、優秀な公僕だと思うけどなぁ」


兄弟の激しい口論に口も挟めずコハクが呆気に取られていると、入り口が開いて捜査官が大量に倉庫に流れ込んできた。


「組織の頭、確保しました!」

「奥に多数の腕付きがいる模様。突入します!」


捜査官達が次々に場を制圧していく。

床に押さえられ糸で拘束されてアイヒが暴れている。キタカが駆け寄ろうとするが捜査官に止められていた。


「あ、おい……!」


兄弟喧嘩に白熱してるキトラの隙をついて、コハクが腕から抜け出した。キタカに駆け寄る。


「あの!その人は組織の人じゃないです!離してあげてください!」

「ん?ああ。13班の腕付きか。コイツが協力者なのは知ってるが、弟の逃亡を手伝うかもしれんだろ。別々に連れて行く」

「キタカさんはそんなことしません!どうか弟さんと話す時間を作ってあげてください」

「そんなこと言ってもなぁ」

「彼の言うとおりにしてやってくれ」


懇願するコハクのところにゼンがやってきた。


「班長。しかし………」

「それで犯人の口が軽くなるなら我々としてもいいだろう」

「………わかりました」


捜査官がキタカを拘束していた糸を解いた。

ゼンにお礼を言い、コハクはキタカの目をまっすぐ見る。


「キタカさん。アイヒさんを救うにはこれが最後のチャンスです。あなたにしかそれはできない」

「………ありがとう」


強く頷くとキタカはアイヒのそばまで行き、膝をついた。


「兄さん……」


アイヒの動きが止まり、縋るようにキタカを見つめる。


「アイヒ………すまなかった。お前を追い詰めてしまって。一緒に罪を償おう。ずっとそばにいるか」

「嘘だ……」


青い瞳から涙が溢れた。


「腕が無くなろうと、糸の手になろうと、俺はそばにいてくれればそれで良かったのに……でも、兄さんは俺を置いてった……今度も置いてくに決まってるんだ………」


涙は次から次へと溢れ、頬をつたい床へ落ちてゆく。キタカはそれをそっと拭った。


「そうか。俺はただそばにいれば良かったんだな。なのに、お前に迷惑かけまいと勝手に自分を追い込んで………きちんとお前の気持ちを聞いてやれば良かった………今度は絶対お前を1人にしない。ずっとそばにいるよ」

「………ほんとに?」

「ああ。もう寂しい思いはさせない。たくさん話をしよう。今までの想いも。これからの事も」


子供のように泣くアイヒの背中をキタカが優しくさする。そして、大人しく捜査官に連れていかれるアイヒに静かに寄り添って去って行った。



コハクがキタカ達を見送るのを待って、キトラが兄と共にやってきた。


「あの、キトラ………」


ごめんと言えばいいのか、ありがとうと言えばいいのか悩んでいると、キトラに強く抱きしめられる。


「無事で良かった……」

「………うん」

「無事に決まってるだろ!私がついてたんだから!」


感動の再会に水をさすように、キトラの兄が大声で割って入る。


「黙れ、この公害」

「公害じゃなくて、公僕だろ。こ・う・ぼ・く」


再び喧嘩が始まりそうな険悪なムードに、コハクが必死で待ったをかける。


「あ、あの、お兄さん、なんですよね。キトラの。はじめまして!ルームメイトのコハクです!」

「ああ!いつも愚弟がお世話になってるね!セキトだ!いや〜、弟の大切なルームメイトに会えて嬉しいよ」


「大切な」をやたら強調してくるところになんとなく違和感を感じたが、それを口にする前に一通りの処理を終えたゼンがやってきた。


「セキトさん。協力ありがとうございます。この後のことは署に戻ってから話しましょう」

「ゼン君。相変わらず君の班は優秀だね。思ったより早く解決できてこちらも助かるよ」

「弟さんも頑張っていましたから」

「あまりコイツを甘やかさないでくれよ。力ばっかり強くてちっとも頭を使わないんだから」

「うっさい!姑息な手ばっか使うお前よりマシだ!」


結局始まってしまった喧嘩を、まあまあとゼンが宥める。その騒ぎを見ながら、コハクはずっと不思議に思っていたことを質問してみた。


「あの………セキトさんは何者なんですか?」


その質問に3人がピタッと止まり、顔を見合わせる。


「キトラ、言ってなかったのかい?」

「兄貴の話はしたくなかったんだ」

「しょうがない弟だな」

「コハクくん。セキトさんは公安の人間なんだよ。今回はテロに絡んだ事件だったからね。協力して捜査していたんだ」


『公安』の言葉にコハクが目を見開く。


「ええ!キトラ、なんで言ってくれなかったんだよ!」

「そりゃ〜、エリート試験に一発合格した優秀な兄貴のことなんて、グレてロクに勉強しなかった落ちこぼれの弟は話したくないよなぁ」

「うっせぇ!人格破綻者!」

「え?キトラってグレてたの?」


公安の兄よりも俄然キトラの過去に興味が湧くコハク。


「そうだよ〜。コイツは粗野なくせに変に繊細でねぇ。何をとち狂ったか悪い奴らとツルみだしてさ。いや〜あの時は大変だった!」

「………!班長!もう後処理はいいですよね!俺、コハクを署に送り届けてきます!」

「ん?ああ。そうだね。リトによろしく伝えといてくれ。コハク君、お疲れ様」


キラキラと目を輝かせるコハクの首根っこを掴んで、キトラがズルズルと引きずって行く。


「え〜。まだ話聞きたい〜」

「ダメだ!」

「束縛彼氏は嫌われるぞ〜」

「ふざけんな!お前もとっとと帰れ!」


弟の悪態に楽しそうに笑うセキトを見て、この兄弟は結構仲良いのかもしれないと笑みをこぼすコハクだった。

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