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キトラとの口論のあと悲しみのまま布団に入ったコハクは、翌朝起きてもまだ暗い気持ちのままだった。


『今日が非番でよかった……』


することもなくリビングでボーっとしてるとまた泣きそうになるので、無理やりにでも外に出てみる。あてもなく歩いていると、いつのまにかキトラと張り込みで来たカフェの前にいた。


『なんでこんなトコ来ちゃったんだろ……』


そのまま通り過ぎようとして足が止まる。


『あれは………キタカさん?』


張り込みのターゲットだったビルからキタカが出てきた。白髪の男と一緒だ。


『何であのビルから……』


「まあ………伝えと………りな………」


白髪の男が何かを行ってキタカを帰らせる。慌ててその後を追いかけるコハクの姿を、男の赤い眼が捉えていた。




キタカはどこかに向かって歩いている。

するとだんだんと周囲が見慣れた景色に変わっていった。


『あれ?この道は……』


コハクが予想した通り、キタカはいつも会う公園に来てベンチに座った。そのまま何か考え込んでいる。


『思わずついてきちゃったけど、どうしよう………でも、ほっとけないし』


意を決してコハクはキタカのいるベンチへ向かった。


「あの………」

「君は………」


突然のコハクの登場にキタカは驚いている。


「ぐ、偶然ですね。俺、今日は非番で散歩してて。そしたらあなたを見かけて。つい声かけちゃったんですけど」


やたらと早口に捲し立ててしまい、コハクは白白しかったかと焦る。

だが、キタカはあまり気にしていないようだ。


「そうか………」


それだけ言って、また視線をそらし何かを考え込んでしまう。

しばらく沈黙が続いたが、堪らなくなってコハクが口を開いた。


「嘘です」

「ん?」


コハクの言葉にキタカは首を傾げる。


「本当はあなたがあるビルから出てくるのを見て、後をつけたんです」


キタカの目が驚きで見開かれる。


「あのビル。ある事件に関係してるんです。あなたは犯罪に巻き込まれてるんじゃないですか?」


キタカは答えない。手がかすかに震えていた。


「俺にはあなたが悪い人には見えない。何か事情があるんじゃないですか?話してくれませんか?俺は捜査官じゃないけど……助けにはなりませんか?」


キトラの拒絶を思い出す。怖かったのはキトラが離れて行くことだが、悲しかったのは頼ってもらえなかったことだ。それゆえに、コハクはキタカに深入りしてしまうのかもしれない。

膝をついてキタカに目線をあわせ話すと、キタカの瞳の奥が揺れた。そして小さな声で呟き出した。


「俺は悪人だ。俺のせいで弟は人を殺そうとしている………」

「人を………殺そうと………?」


キタカが右手の手袋を外す。するとそこに手はなく、糸が絡みあってできた手のような形をしたものがあった。


「それは……」

「昔、事故にあって大怪我をした。治療もできず生きるために肘から先を切断するしかなかった」


手脚に対する医療技術は、他の部位に比べて圧倒的に遅れている。対処できる病院すら限られていた。


「腕付きの特徴である器用さを無くした者など、どこにも必要とされない。俺は仕事に就くこともできず社会から取り残された気分になった」


糸の力が弱く手脚を失う可能性のある腕付きは、その器用さを活かす仕事以外に就くことができない。キタカの境遇を想像すると、コハクは背筋が凍った。


「それでも弟はずっと俺のそばにいてくれた。自分が兄さんを養ってやるなんて言って。でも弟の重荷になりたくなくて、必死に自分で何かできないか考えたんだ。そして、糸で手を再現することができるようになった」


キタカが右手を動かす。糸でできたその手は、普通の手となんら遜色ない動きをしているように見えた。


「普通の腕付きの手と同じくらい器用に動かせるようになったんだ。なんなら普通の腕より力が強いし、糸を指先から伸ばして更に細かい作業だってできる。でも見たことも聞いたこともない糸の手では、誰も仕事をさせようとはならなかった。それどころか気味悪がられてバケモノ扱いされるようになった」


コハクが胸の辺りをグッと掴む。余りにも辛い話に心が張り裂けそうだった。


「だが、ある日。仕事を紹介したいという人が現れたんだ。喜んでついて行くと、そこは密造銃の工房だった。脅され監禁されて、銃を作り続ける日々が始まった」


キタカの目から光が消えていく。


「俺は才能があったらしい。次第に銃の設計まで任されるようになって。誰にも必要とされなかった俺が犯罪の現場では重宝されている。そんな皮肉な環境と使い捨てるように利用されていることに心が擦り切れて。憎しみをぶつけるように、腕で持つ銃の設計図を書き上げていた」


『あの銃はキタカさんが設計したものだったのか……』


自分が事件と関わるキッカケとなった銃の設計者が目の前にいる。コハクは不思議な感じがした。


「設計図を作ったところで何ができるわけでもないのに。そのまま黒い泥のような心を抱えて日々が過ぎていくだけだったんだが、ある日、弟が工房にやってきた」


弟の登場はキタカの目を更に暗いものに変えた。


「弟は俺がいなくなってからずっと探していたらしい。俺が囚われていることを知ると、組織に入り込み内部から崩壊させた。俺を助けるために」


助けられたはずなのに、キタカの目には絶望が浮かんでいる。ここからより一層の地獄に堕ちていくような、そんな絶望が。


「俺を助けに来た時、弟は手で持つ銃の設計図を見た。そしてこう言ったんだ。『それが兄さんの望みなんだね』と」

「望み?」

「俺に住居を与えて組織から切り離すと、弟はトップになって組織を作り変えた。腕付き用の銃を作る組織に」


『それがあの密造銃を作ってた組織か』


知らぬ間に事件に深く関わっていたことに、コハクは驚く。


「弟は腕付きを集めてテロを起こそうとしてるんだ。そうなればたくさん人が死ぬ。止めたいのに、弟に会うことすらできなくて……」


強く握られた拳に額を当てて、キタカは深く後悔している。


「弟は腕付きじゃないし、真面目で優秀で、きっと多くの人のためになる立派な大人になると思ってたのに………俺が糸の手なんて作らなければ。密造銃になんて関わらなければ。設計図なんて書かなければ。……いや、そもそも俺のような人間が兄にならなければ」

「それは違います」


コハクの強い否定の言葉に、キタカが顔を上げる。


「弟さんはあなたを大切に思ってるから助けに来たんでしょう。たしかに方向は間違ってしまったかもしれないけど、兄でなければ良かったなんて弟さんの気持ちが可哀想です」


たくさんの人を傷つけようとする人物の、それでもその心を思いやるコハクに、キタカの心が溶けていく。


「………しばらく会ってないと言ったが、数日前に急に弟が尋ねてきたんだ。『銃は数が揃ったから、次は腕付き達の腕を切って糸の手を作る訓練をさせる』と言っていた」

「!」

「糸の手が誰でも作れるかもわからないのに、そんなことをしたら腕付き達がどんな目にあうか………頼む!弟を止めたいんだ!力を貸してくれ!」


悲痛な叫びだった。自分のような思いをする人を作りたくない。弟にそんなことをさせたくない。

差し迫った絶望に、キタカの心は押し潰されそうだった。


『そんな……何としても止めないと。でも、どうすれば……2班には情報を流してる人がいるかもしれない。キトラに相談するのだって………』


そこまで考えて、コハクはある違和感にたどり着いた。

キタカに聞いた弟のイメージが、どうしてもキトラに結びつかないのだ。


「あの、つかぬ事を伺いますが、弟さんの名前ってキトラですか?白髪に黒のメッシュが入ってて、金色の眼ですか?」

「いや?名前も違うし、髪は黒で瞳は青だが?」


『俺の思い込みだった!!!』


嬉しいような、愕然とするような。

急に頭を抱え込み出したコハクに、キタカは「どうした?」とオロオロする。


『そうだよな。眼の色や名前が似てるからって、兄弟なんて偶然そうそう無いよな。………俺、キトラを傷つけちゃったよな………もっとちゃんと話せば良かったのに………』


キトラへの申し訳なさに涙が出そうになるが、落ち込んでなどいられない。

顔をパンっと叩いてコハクは気合を入れ直した。


「キタカさん。俺のルームメイトが弟さんの事件の担当です。今警察に直接行くのは危険があるけど、ソイツなら信じられる。今夜話をしてくるので、明日の朝またここに来てくれませんか?」


紙のことも、2班の人の話も、気にならないわけではない。でもコハクはキトラを信じると決めた。


「………」

「ダメですか?」

「いや、君はルームメイトを信頼してるのだなと思って。羨ましい。俺と弟もきちんと話してもっとお互いの気持ちを理解しあえば良かったんだ……」


『いや、今まさに喧嘩中なんだけど………でも、そうだ。きちんとキトラと話そう。アイツの気持ちを知りたい』


「話しましょう。弟さんを止めて。あなたの気持ちを伝えにいきましょう」

「………わかった」


キタカも覚悟を決めたようで、その顔はどこか晴れやかだ。

そして明日の朝会う約束をして、2人は帰路についた。




夜になり、コハクはリビングでキトラを待っていた。


『まずはごめんって謝ろう。それで、話してほしいって伝えて。キタカさんのことはきちんと話し合ってからのほうがいいかな』


覚悟は決めたが、それでもキトラから拒絶されたらとコハクは落ち着かない。

そして、玄関の開く音が部屋に響いた。


「キトラ……」


まだ険しい雰囲気のキトラがリビングに入ってくる。


「あの……」


必死に言葉を繋ごうとするコハクを、キトラの声が遮った。


「悪かった!」

「………へ?」


急に謝ったかと思ったら、怒ってるのかと思うような顔でキトラが言葉を続けていく。


「署内に内通者がいるならお前にも危険が及ぶかもと思って不安になったんだ。紙のことも情報漏洩のことも、捜査に関わるから言えなくて。とにかくお前を関わらせたくなかったんだよ!」


一気に言い切って、キトラの息が上がっている。


「………怒ってるか?」


バツが悪そうに聞いてくる姿がおかしくて、コハクは声をあげて笑ってしまった。


「なんだよ!人が真剣に謝ってるのに笑うなよ!」

「ごめんごめん。俺も悪かったよ。キトラを信じられなかった。お前が内通者なんじゃないかと疑ってしまった。傷ついたよな」


悲しそうに謝るコハクにキトラは胸が痛んだ。


「いや、お前を不安にさせてしまったのが悪かったんだ。もっときちんと話せば良かった」

「うん。だから話そう。俺も聞いてほしいことがたくさんあるんだ」


そう言って笑うコハクの姿に、キトラの心は温かく溶けていった。



全てを話すことはできなくても、キトラは誠実にコハクと向き合っていた。


「紙の破片については、捜査の関係でやり取りした残りなんだよ。ちょっと相手が変わったヤツで、読んだら燃やすっていう約束しててさ。お前を巻き込まないように痕跡を残さないようにしてたんだが………お前との生活が心地よくてつい気が緩んだ」


少し気恥ずかしそうに話すキトラにコハクは嬉しくなる。


「そっか。寮に帰っても気が抜けなくて大変だったよな。でも優秀なお前がヘマするくらい、俺に気を許してくれてたんなら嬉しいよ」

「………はぁ〜。お前ってやつは………」


キトラがため息をついて脱力する。


「2班の中で俺が疑われてることに関してはわざとだ。単独行動の多い俺に目を向けさせて、逆に内通者を炙り出そうとしてる。まあ、こっちはもう片付きそうだから心配すんな」

「さすがキトラだな!自慢のルームメイトだよ!」

「昨日まで内通者かもと疑ってたくせに態度が違い過ぎないか?」

「う!蒸し返すなよ………」

「ははっ。まあお前はそれでいいよ」


隠し事もなくなり屈託なく笑うキトラに、コハクは少しドキッとした。


「で?俺が言えることは全部言ったぞ。お前の話ってのはなんなんだ?」

「あ、そうだ。大変なことになってるんだよ」


コハクはキタカから聞いたことを全て話した。


「……それはまた、とんでもない関わり方をしてくれたな」

「まさか事件の中心人物のお兄さんだなんて思わないじゃないか。本当に普通の優しい人だし」

「と言うか、名前と瞳の色が似てるだけで勝手に兄弟と決めつけるなよ」

「………それについては反省してます」


兄弟の誤解がなければ昨日ももっと冷静に話せたかもしれないと、コハクは改めて思い込んで暴走したのが恥ずかしくなってきた。


「まあ、組織のボスについてはなかなか辿り着けなくて苦労してたからな。これが突破口になればお手柄だ。とりあえず班長に連絡………」


そう言いながら時計を見て、キトラは渋い顔をした。


「この時間はダメだな。仕方ない。明日の朝一で班長に報告してその足で駆けつけるから、お前は先に公園に行ってその兄貴とやらと待ってろ。本当はすぐにどこかに匿いたいけど、寮も署も今は危ないからな。どこか安全な場所がないか相談してくる。13班には俺から説明しておくから」

「わかった!」


キトラの役に立てそうでコハクに気合が入る。


「くれぐれも無茶するなよ。何かあればすぐ連絡しろ」

「わかってるよ。そんなに心配しなくてもいいのに」

「……心配するに決まってるだろ」


キトラの呟きは小さ過ぎて、コハクには届かなかった。


「さあ、明日は忙しくなるだろうからな。さっさと寝るぞ」

「ああ」


そう言って2人で寝る準備をしながら、ふとコハクは気になることを聞いてみた。


「そう言えば、キトラのお兄さんってどんな人なんだ?」

「なんだ、急に?」

「あ、いや、言いたくないならいいんだけど。結局何も知らないなぁって」

「………悪人じゃないけど、歩く災害みたいなヤツだよ。遠隔でも迷惑かけてくる。まあ会うことはないだろうけど、お前絶対近づくなよ」

「………そう。わかった」


わかりやすく不機嫌になるキトラに、よっぽど嫌なことでもされたのかなとコハクはこれ以上聞かないことにした。

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