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一連の事件が解決し、捜査への協力の感謝を伝えるためにコハクはキタカ達と会っていた。
「無事ウタハ君を救い出せて良かったよ。その後の展開は驚きだけど」
「カグラがまさかあんなことを言い出すなんて思いませんでした」
「お前の影響じゃねぇの。困ってるヤツがいたらすぐ首突っ込んで無茶するんだから」
「そのおかげで俺達も救われたんだから、コハク君の長所だと思うけどね」
穏やかに笑うキタカにつられて、「まあな」と少し照れながらアイヒも同意した。
「毒についてウタハくんのことは全て伏せられるそうです。混乱を招くからって。だから表向きは暴力グループの摘発で済まされるそうです。エダは殺人と少年の誘拐監禁で罪に問われると言われました」
「シバさんが腕付きとしてのソイツの境遇については動くって言ってたな。減刑を求めることはしないけど、時間のある限り話を聞きに行くって言ってたぜ」
「何人もの命を奪って1人の子供の人生を狂わせたんだから、きちんと報いを受けるべきなのかもしれないけど………やるせないね」
社会の歪みが罪を生んだこの事件は、解決して良かったでは片付けきれない思いを関わった人間に抱かせた。
「でもその子がこれから笑って過ごせれば、それに越したことはないだろ。カグラって人との生活はどうなんだ?」
「犯罪者ではあるからね。大丈夫なのかな?」
2人の不安にコハクは何とも言えない顔で答えた。
「え〜っと。子供が2人って感じかな?」
その頃。キトラは科学捜査部へとやってきていた。
「おっ。いたいた。課長への昇進おめでとう」
ニヤリと笑って声をかけた先には、トリトが複雑な顔で立っていた。
「……ありがとうございます。筋道ってこれだったんですか?」
毒の事件を見事解決に導いたとして、トリトは異例の出世を遂げることになった。科学捜査部で5つある課のうちの一つの長になったのだ。
「まあ。それも一つだな。でも昇進は無理矢理ってわけでもないんだぜ。そんだけ大きな功績を残したからな」
「でもあの調査はヌイさんだって活躍したのに。全て俺の手柄になっちゃって……」
「それに関してはヌイも了承済みだ。お前に全ての希望を託すってよ」
「………ヌイさん………」
託されたものの重みを感じて、トリトの戸惑いがやる気に変わる。
「でもこれからが大変だぞ。周りは敵だらけだからな。気を抜けばすぐ引き摺り下ろされる」
「望むところです。逆にソイツらの鼻を明かしてやりますよ」
「ははっ。いいな。まあ、そんなに気張らなくも、エダのこともあったから部内に監視役が置かれるってよ。ソイツらとうまく連携とって仕事していきな」
「………エダという人のこと。とても他人事とは思えないんです」
トリトが悔しそうに顔を歪める。
「ずっと、腕付き達は利用されて使い捨てられてきた。その負の歴史は俺の代で終わらせてみせます。必ず」
「……ああ。期待してるよ」
トリトの頼もしい言葉に時代が少しずつ動いているのをキトラは感じる。そこにあるのは小さくても確かな希望だった。
キタカ達に会った後、コハクはカグラとの面会のために刑務所へ向かっていた。たまたまシエンが近くまで行くというので、車に乗せてもらって移動している。
「ええ!シエンくん、ロクイさんにプロポーズされたの⁉︎」
「はい。アギさんとセキトさんの話を聞いて感動したらしくて、大きな花束を渡されましたよ」
ハンドルを持つ左手の薬指には、小さな指輪が煌めいていた。
「というか、付き合ってたの?いつから?」
「ナトリを捕まえた後あたりでしたかね」
「そんな前から……」
自分の観察眼の無さにまたもや自信を失いかけたコハクだが、一つの疑問が浮かんできた。
「でも、その後もキトラと別れたらチャンスがとか言ってたよね。俺にもたくさん触ってきたし」
「ああ。それは絶対別れないとわかっていたので、冗談みたいなもんですよ。コハクさんに触るのは趣味です」
「趣味なの⁉︎ロクイさん、それでいいの⁉︎」
「心の広い人なので」
いくらなんでも広すぎないかと呆れてしまうが、シエンの次の言葉で更に複雑な関係を垣間見てしまった。
「でもコハクさん以外は許せないみたいですね。広報なんてやってると訳の分からない輩が言い寄ってくるんで、捕物と銃を使う時以外は指輪をつけてくれとお願いされました。まあ、いい虫除けになるんでいいですけどね」
独占欲が強いのかなんなのかよくわからない行動に、爽やかだったロクイのイメージがどんどんと迷子になっていく。
「まあ、シエンくんが幸せならそれでいいか」
そう結論が出たところで車が刑務所についた。
「送ってくれてありがとう」
「ついでだったので気にしないでください」
笑顔でコハクを見送ろうとして、シエンがふとこの間のエダの逮捕を思い出す。気づくと
、カグラが記憶を消そうとした話をコハクに聞かせていた。
「逮捕した時のイメージとあまりに違いすぎて。随分と人が変わったんですね」
「そうだね。彼も色々と学んで変わろうとしてるのかもしれない」
「………今度、面会について行ってもいいですか?」
まさかの提案にコハクはどうしていいかわからない。
「なんで?」
「なんとなく。俺もコハクさんに会って孤独から抜け出せたので。変わろうとしてる人がいるなら、話をしたいなと思って」
その言葉はコハクにとってとても嬉しいものだった。
『カグラは世界と距離をとることを決めたけど、世界が彼に近づいてやればいいのかもしれない』
「うん。今度カグラに聞いてみるよ。ウタハくんもたくさん人が来れば喜ぶだろうしね」
「よろしくお願いします。では、もう行きますね」
走り出した車を見送りながら、コハクは意気揚々とカグラの部屋を目指した。
一方、同じ時刻。キトラは13班を訪れていた。
「ええ⁉︎ロクイさん、シエンにプロポーズしたんですか⁉︎」
「そうなのよ〜。ちゃっかり指輪も渡したらしくって。やるわね。このこの」
アギに腕でつつかれながらロクイが少し照れて笑っている。
「いったい、いつから付き合ってたんですか……」
「初めて銃を捜査でお披露目したあとくらいかな」
「そんな前から……」
キトラはコハクと同じ反応をしながら、コハクと同じ疑問を口に出す。
「コハクにベタベタしたりしてるの、あれはいいんですか?」
「う〜ん。なんというか、親に甘えてるみたいなものだからなぁ。取り上げたら可哀想だろう」
2人の独特な感覚にやはり恐怖を感じるキトラを尻目に、アギはリトに話を振った。
「班長は?ゼン班長に指輪贈られたりってないのかしら?」
「そんな邪魔になるものいらないよ。それに僕はシャンプーから靴下まで全てゼンの用意したもの使ってるんだよ。それで充分でしょ」
なるほどと妙に納得してしまうリトの理論に、全員が頷いてしまう。
そんな話をしていると、キトラが時間に気づいて部屋を後にしようとする。
「そろそろ待ち合わせの時間なんで。お邪魔しました」
「そういえば。非番の日に署に来るなんて、何の用なんだい?」
「ちょっと大切な話し合いがありますので」
それだけ言うと、キトラはさらりと部屋から出て行ってしまった。
カグラの部屋についたコハクは、目の前に広がる光景に苦笑いを浮かべていた。
「あ!カグラ!おかし一つ多くとった!」
「早い者勝ちだよ」
「お前達、喧嘩はやめなさい」
お菓子の取り合いをしているウタハとカグラを、セキトが首根っこを掴んで止めている。
「あ!コハクきた!待ってたんだよ!」
コハクを見つけたウタハが走り寄ってきて抱きつく。その頭を撫でながら、コハクは少し肉づきのよくなった姿に喜びを感じていた。
「遅くなってごめんね。勉強は順調かな?」
「うん!2桁の計算できるようになったよ。カタカナもばっちり!」
「バッチリじゃない。ツとシが逆になってた」
ウタハがコハクに行ってる隙に最後の1個のお菓子を平らげたカグラが、勉強のできについて指摘してくる。
「カグラ細か〜い」
「細かいじゃない。基本ができないと後々困ることになるよ」
小言を言うカグラのデスクには、小学生向けのテキストが山のように積まれている。
それ以外にも部屋にはおもちゃが増えたり服が脱ぎ散らかされていたりと、随分と生活感が出てきた。
「全く。ウタハの勉強に付き合ってたら研究が進まないじゃないか」
『その割には嬉しそうだけどなぁ』
すっかり人間らしくなったカグラになごみつつも、研究の進み具合はコハクも気になった。
「ウタハくんの糸。どうですか?解析できそうですか?」
「まだまだこれからだね。苦痛とか恐怖とか悲しみとか。負の感情に左右されることはわかってるんだけど。まあ今は精神も安定してるし、悪夢やフラッシュバックを起こした時は僕が糸で気持ちを落ち着かせてるからウタハの心身の負担は減ってるしね。気長にやるよ。コハク君が恋人君にしたことがここで役に立つとはね」
「……お役に立てて光栄です」
自分のストーキングの研究が思わぬ形で役に立ったことに、コハクは複雑な心境だった。
「さて。君は糸の状態も落ち着いてるようだし。今日の観察はこれでおしまいかな」
「じゃあトランプしよう!」
「うん。いいよ。やろう」
「なら私も参加させてくれるかな」
そのあとは3人でワイワイとトランプに興じた。時々カグラが「うるさいなぁ」と文句を言っていたが、決して帰れとは言わなかったのでコハクはニヤニヤと研究結果をまとめる後ろ姿を見ていた。
刑務所からの帰りはセキトが車で送ってくれた。
「ウタハくん、随分と明るくなりましたね」
「ああ。カグラも楽しそうだ」
ハンドルを握って前を見ながら、セキトは嬉しそうに微笑んでいる。
「カグラにね。相談されたんだ。両親の死や、エダに監禁されていた間の記憶をウタハ君から消したほうがいいか」
「記憶を?」
シエンに聞いた話を思い出す。エダに拒絶されたことも。
「悪夢やフラッシュバックで苦しむウタハ君を見て、記憶を消したほうがいいか悩んだんだろうね」
「それで……セキトさんは何て言ったんですか?」
「カグラはどうしたい?って聞いてみた」
「………」
「そしたら、ウタハ君と相談したいって言われたよ」
「相談したい?」
「ああ。彼がきちんと成長して自分で考えられるようになったら、カグラに何ができるのかを話して2人で決めたいって。その上でウタハ君が望んだら記憶を消してもいいのかもしれないって」
「そうですか……」
「それまではウタハ君が苦しんだ時に助けてあげられるように、側にいるとも言ってたよ」
カグラはウタハが苦しんだら糸で気持ちを落ち着かせていると言っていた。その声には贖罪のために捜査に協力している時とは違う、ただ目の前の1人のために何かをしてあげたいという気持ちが込められていた。
カグラにそんな人間ができたことが、コハクには純粋に嬉しかった。
「実はアギを一度連れて行こうかと思ってるんだ。2人のところに」
「アギさんをですか?」
「ああ。いつも持って行くお菓子を選んでもらっていたんだがね。ウタハが直接お礼を言いたいと言い出して。カグラも来てもいいと言うし」
「そうですか。アギさんは?」
「……ダーリンの大事な人は私にとっても大事な人よ。絶対行くわ。と言われた」
口調まで頭で再現できそうなその台詞に、コハクは笑いが抑えられない。
「アギさんらしいですね」
「全く。私は絶対あいつに勝てないな」
そう言いながらもセキトは嬉しそうだ。
「いいじゃないですか。お二人が幸せで俺も嬉しいですよ」
幸せな話に心が満たされる。そうしていると、見慣れた建物が見えてきた。
コハクが帰ると、すでにキトラが帰宅していた。
「ただいま」
「おかえり。カグラとウタハはどうだった?」
「いつも通り。セキトさん、今度アギさんを連れて行くんだって。シエンくんも行きたがってたから、行ってもいいか聞いてみないとな」
「それはまた随分と賑やかになるな。俺もまた行かないと」
最初はコハクが面会に行く度に不安な顔をしていたのに。カグラを取り巻く状況は随分と変わってきていた。
「そっちは?トリトくんはどうだった?」
「やる気満々だったよ。まあ、アイツなら上手くやってくだろう。あ、あとテンカが寮に入ることが決まったってよ」
「そうなのか!こっちも賑やかになるな。楽しみだな〜」
コハクが荷物を置いてリビングに落ち着く。
並んで座りながら今日の報告が続いた。
「それで?ミソラさんに会ってたんだろ?なんの用だったんだ?」
キトラは13班に顔を出したあと、ミソラに会いに行っていた。
「ああ。……あのさ、俺、本部に行こうかと思う」
思ってもいなかった展開にコハクが驚いてキトラに詰め寄る。
「えっ⁉︎どういうこと⁉︎」
「……前々からソラ兄には誘われてたんだよ。実力あるんだからうちに来いって。でも望んで警官になったわけでもないし、別に上を目指す気もなくて。断ってたんだけど………」
キトラが少し言いにくそうに言葉に詰まるが、覚悟を決めたように一気に言い切った。
「お前が一生懸命自分の能力を活かそうとするの見てたらさ。俺もこのままでいいのかって思ったんだよ。それに、上に行けばもっとお前を活躍させてやれるんじゃないかと思って」
コハクがキトラに仕事への情熱をもらったように、今度はコハクがキトラに道を進む勇気を与えた。その事実はコハクにとって何よりも嬉しいことだった。
「そっか。わかった。応援するよ」
「ありがとう。っても、昇進試験を受けなきゃいけねぇから、まだ先のことだけどな」
「試験があるのか。それも応援しないとな」
「ははっ。頑張るよ。それと……」
またもキトラが言葉に詰まる。今度は少し自信がなさそうに話を続けた。
「本部勤めになったらここからじゃ通うのは遠いからさ。……その……寮を出てどっかに家借りねぇかなと思って」
「あ。そうだな。2人とも通いやすいとこ探さないとな」
「そう。だから、そのためにさ……」
言いながらキトラが立ち上がる。自分の部屋に行ったかと思うと何かを持って出てきた。
「結婚するぞ!」
抱えきれないほどの花束を渡されて、どこかで聞いた台詞を言われる。
真っ赤になったキトラの顔を見て、コハクは大声を出して笑ってしまった。
「笑うなよ!こっちは真剣なのに!」
「ごめんごめん。まさかセキトさんと同じことするとは思わなくて」
涙まで流して笑うコハクに、キトラはむくれ面だ。
「アギさんが嬉しかったって言うしさ。プロポーズの仕方なんてわかんねぇし」
「ははは。うん。嬉しいよ。俺のこと、真剣に考えてくれたんだな。ありがとう」
美しく微笑むコハクにキトラが一瞬で心を奪われる。その微笑みが、少しいたずらなものへと変わった。
「なあ。どうせなら今から結婚式しよっか」
そう言って立ち上がると、コハクはアギのくれたペアリングを持ってきた。
「指輪交換。お互いの薬指にはめるやつ、やってみようよ」
コハクがキトラの指輪を箱から取り出し、反対の手でキトラの左手を掴む。
「結局、手であったかさを感じたのは1回だけだったな。そのあとは感覚の共有はしないようになっちゃったし」
「まあ、いいじゃねぇか。同じように熱を感じられなくても。お前はそれ以上のものをいっぱい俺にくれたぜ」
キトラが自分で手を動かして、さっさと指輪を薬指にはめてしまう。
「あ。俺がはめたかったのに」
「へへん。さっさとしないからだ。ほら、次、お前の番」
子供みたいに笑いながらキトラがもう一つの指輪を箱から出す。コハクの左手を掴んで持ち上げた。
「綺麗な手だな」
「………ありがとう。でも、キトラに会うまでは何も知らない手だったんだよ。仕事への熱意も。誰かを救いたいと思う情熱も。身を焦がすような愛の熱も。全部キトラが与えてくれたんだ」
「そんなことはない。全てお前がもともと持っていたものだよ」
薬指にするりと指輪が入っていく。それは冷たい金属のはずなのに、コハクには燃えるように熱く感じた。
「ずっと俺から離れるなよ。必ず幸せにするから」
「何言ってんだよ。2人で幸せになるんだろ」
「……そうだな」
指と指を絡めあい。祈るように手を重ねて。2人は静かに微笑みあった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




