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地下で毒を巡る攻防が繰り広げられている頃。地上ではキトラ達がタイタンのメンバーのほとんどを捕獲し終わっていた。
「クソッ!なんでこんなことに!エダが来てからムチャクチャだ!前は楽しく暴れてたのに!」
残り数名のメンバーを追い詰めた時、そのうちの1人が放った言葉にキトラの怒りが爆発した。
「何が楽しくだ!力任せに暴れて人を傷つけてただけだろ!」
「暴れて何が悪い!俺達は強い力を持って生まれたんだ!それで苦労だってしてるのに、なんで弱いヤツらに合わせて力を抑えなきゃいけねぇんだよ!俺達は虐げられてる状態から抜け出そうとしただけだ!」
「………力の強さが苦しみを生むのは知ってる」
自身の過去を思い出したのだろう。キトラの表情が暗い物に変わる。
「でも……」
だが、グッと拳に力を入れると真っ直ぐに敵を見た。
「苦しんでないヤツなんていない!誰だって生まれ持ったものと闘って生きてんだ!必死に乗り越えて大切なヤツの手を掴んでんだ!それを諦めて人と関わることをやめたお前らは自分に負けたんだよ!」
キトラから大量の糸が出る。その糸はあっという間に敵を全員捕えて動けなくしてしまった。
「キトラさん、お見事!さすが2班のエース。それだけの力があれば出世も思うがままなんやないですか!」
捕獲された男達を連行しながら、テンカがキトラに尊敬の眼差しを向ける。
「そうかもな。でも俺の力は、アイツが自分の道を歩むための矛になれたらそれでいいんだけどな」
呟くキトラの目は地下にいる恋人へと向けられていた。
地下ではセキトに捕獲されたエダがカグラと対峙していた。
「俺の言いたかったこと?何言ってんだ?」
「君の解剖医時代の勤務状況を調べてもらったんだ。休みのないシフトに1人で抱えられる量を超えた解剖数。およそまともに仕事ができる状態じゃなかっただろ。大変だったね」
カグラの口調はまるで大変じゃなさそうなのだが、自分の境遇を理解してもらえたと思ったのかエダの口が軽くなった。
「そうだよ!腕付きとして蔑まれる状態から抜け出したくて、器用さを活かして必死に勉強して医者の資格を取ったのに。腕付きだって理由で今度は就職ができない。やっと見つけた解剖医の仕事は使い捨ての道具みたいな扱いを受ける。資料には腕付きの記載はなかったんだろ?腕付きが雑用以外の仕事をするのを世の中は認めたくないんだよ!」
吐き出すように自身の過去を話すエダ。その凄惨さにシエンとセキトの顔が歪んでいく。
「それでもまだプライドはあった……仕事はきちんとやった……なのに、なのに雑に保管されたせいで手術用の手袋に穴が開いてて……手にあった小さな傷から解剖した死体の毒が入ってきた………」
「それがウタハ君の毒だったんだね」
慟哭が響く。どこまで行っても抜け出せない深い深い地獄の先にあったのは絶望だった。
「すぐに手先から痺れがきた。直感で俺は死ぬんだと悟った。その時に湧いてきたのは怒りだ。蔑まれ虐げられて、こんな最期で終わるのかと。ふざけるな!絶対に俺を苦しめたヤツらに復讐してやる。そう思ったら、体の毒がいつのまにか消えていた」
「それで夫婦の死を偽装しウタハ君を手に入れて、毒の生成を始めたんだね」
「ああ。この毒は俺が手に入れた唯一のチャンスだ。この毒があれば俺は奪う側になれる」
「そう。良かったね。でも残念だけど簒奪者の時間は終わりだよ。解毒に関する感覚も知識も全部君の中から消しちゃったからね」
「だから何言って……」
そこでエダが自分の中の奇妙な感覚に気づいた。
「なんだ、これは……思い出せない。毒の研究をしたことも解毒したことも覚えてるのに、その内容が思い出せない」
「これで君は2度とウタハ君に近づけなくなった。あとはコハク君が彼を解放してくれるのを待とうか」
相変わらず無表情のままだがウタハのためになんの打算もなく動いているカグラを見て、シエンは逮捕した時とは別人のように感じてしまった。
「はっ……結局俺は奪われる側で終わるのかよ……」
「いや。お前は奪う側だよ。1人の少年の人生を奪った。その罪を償ってもらう」
エダを捕らえているセキトが悲しそうにその罪について語る。
「お前の境遇は聞いただけでも苦痛を感じる。そこから救い出す者がいなかったことに悔しさすら感じる。だがお前は何人もの命を奪い、何の罪もない少年から全てを奪って絶望を与えた。それは紛れもない罪だ。……そして罪を犯した者を捕まえるのが私の仕事だ」
それだけ言うとセキトはエダを地上へ連行しようとする。その姿にカグラが呟くように声をかけた。
「ねえ。辛い記憶を消してあげようか?」
「……は?」
提案の意味がわからずエダは怪訝な顔をする。セキトは苦い顔をしていた。
「腕付きとして蔑まれた記憶とか。おかしくなるくらい解剖漬けにされた記憶とか。毒で死にかけた記憶とか。辛い記憶がなくなれば、もっと楽に生きられるんじゃない?」
横で聞いていたシエンが驚いて「それは……」と止めようとした時、エダが狂ったように笑い声を上げた。
「どこまで人をバカにすれば気が済むんだ!辛い記憶がなくなれば楽に生きられるだと!そんな都合よく扱われてたまるか!俺はこの恨みを一生忘れない!これ以上俺から何も奪わせない!必ず復讐してやるからな!」
「………そう………なら、頑張って………」
そのまま連れて行かれるエダを見送るカグラの無表情には、どこか悲しさが滲んでいた。
1人でウタハの元を目指すコハクは、飛び込んだ扉の向こうで苦しんでいた。
『この部屋の空気、うっすらとだけど毒が混じってる』
エダの生活空間と思われるスペースから更に進んだ先に、毒の生成室と思われる部屋があった。そこに入った途端、体に異変を感じたのだ。ピリピリと指先から感じる感覚に命の危機を感じとる。
『解毒……どうやってやればいいんだ……』
少し息苦しくなりながら部屋を見渡す。
ズラリと並べられた実験器具に薬品の棚。作業用のスペースの先に、外側から鍵のかけられる部屋を見つけた。
『この先に……』
その部屋を見つけた瞬間、息苦しさが消えた。微かに体に広がってきていた痺れも無くなり、コハクを守るようにキラキラとした光の粒が体の周りを舞う。
そして、部屋の横にある鍵を取り………扉を開いた。




