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キトラとの一夜の翌朝。コハクはベッドから起き上がれずにいた。
『か……体が重い。こんなんなるの初めてだ』
うううと何とか這い出そうと手を伸ばしていると、ポコンと手に何かが当たる感覚があった。
『ペットボトル?』
ベッド脇のサイドテーブルに水のペットボトルが置いてある。冷蔵庫から出してしばらく経つのか、表面は細かな水滴で濡れていた。
「起きたのか」
マグカップが2つ乗ったお盆を持って、キトラが部屋に入ってきた。お盆をサイドテーブルに置いてコハクを起き上がらせる。
「体は大丈夫か?」
「う〜ん。ちょっと動けそうにないかな」
あははと笑いながら答えるとキトラはシュンとなった。
「ごめんなさい。調子に乗り過ぎました」
敬語で謝ってくる姿が可愛くてコハクはキュンとしてしまう。
「いいよ。俺もしたかったわけだし……」
そう言いながら昨夜のことを思い出し、コハクは恥ずかしさで真っ赤になる。
「その、あの、あっ、コーヒー淹れてきてくれたんだな。ありがとう」
恥ずかしさをごまかすためにサイドテーブルのマグカップに手を伸ばす。一口啜ると後ろから抱きしめられた。
「な、何?どうしたんだ?」
「ん〜?幸せだなぁと思って」
珍しく積極的に甘えてくるキトラにコハクは赤くなった顔が戻らない。
「そ……そう言えば、科学捜査部のことは結局どうなりそうなんだ?詳しいこと聞いてないけど」
「今は仕事の話は禁止」
口を尖らせて拗ねたような仕草をするキトラに、コハクはさらにキュンとなって苦しくなる。
『何これ何これ何これ。可愛すぎるんだけど』
うううと昨日までと180度違う態度にコハクの心臓は限界を迎えそうだった。
「……じゃあ、別の話しよう。ヌイくん、トリトくんのこと好きみたいなんだ。両想いだな」
「そうか。良かったな」
きちんと話は聞いているのだろうが、コハクを抱きしめてまったりとしてしまっているキトラになかなか会話が続かない。
そのまま何をするでもなく2人でピッタリとくっつき、時間が過ぎていった。
翌日。トリト達が話があるというので、コハクとキトラとテンカは科学捜査部を訪れていた。
「それで?話したいことってなんだ?」
会議室に移動し、キトラが早々に集められた理由を聞く。
『あああ〜。かっこいい』
隣ではコハクが手を頬に当ててうっとりしていた。
『昨日の甘えたな姿から打って変わって、このキリッとした態度。スーツってキトラのために生み出された服なんじゃないだろうか』
キトラ自体はいつも通りなのだが、コハクが昨日の余韻で完全に恋愛モードになってしまっている。周りは少々不思議に思いながらも特に気にしないことにした。
「うちの昔の記録に少し気になるものを見つけたんです。これを見てもらえますか」
トリトが出してきたのは古そうなファイルだった。見せられたページの日付は5年前になっている。
「不審死した夫婦の解剖所見?」
内容は自宅で死体で見つかった夫婦の解剖結果だった。
「はい。書類上はガス漏れによる中毒死となっているんですが、少し違和感があって」
「そんでその事件の捜査資料を見たら、夫婦には5歳の息子がいたんです。その子が『僕が泣いたらたくさん糸が出て、お父さんとお母さんが動かなくなっちゃった』って証言しとって」
「糸が出たら動かなくなった……」
「変な話でしょ。両親が倒れた時に一緒におったんやったら、その子も中毒で倒れてるはずです。でもその子は家を飛び出して通行人に助けを求めとるんです。保護された時も何も異常はなかったってなっとるし」
「その子に会うことはできるのか?」
「事件のすぐあと、行方不明になっとるんです。それも気になって」
「毒を作れる人間を手に入れた……」
毒の製造元と思われる組織に関する噂を思い出したコハクの一言に、全員が考え込んだ。
「タイタンの毒に関する噂が出回ったんが4年前なんで少しタイムラグはありますけど、ちょっと気になるでしょ」
「それともう一つ。この解剖の担当者が解剖直後に退職してるんです」
ヌイが恐る恐るといった感じで情報を追加する。
「その人も調べたけど消息不明になっとるんですよね」
「………違和感のある解剖結果。1人助かった子供と担当医が消息不明。これだけあれば捜査する価値はあるだろう」
キトラが納得したように頷く。
「4班に報告に行くぞ。必要なら2班からも人員を借りる。トリトは俺と一緒に来てくれ。ヌイはコハクと一緒に必要なだけ資料を取ってきてくれ」
「ほな、自分は事件の資料を取ってきますね」
「頼んだ。やっと見えた手がかりだ。何としても毒に辿り着いて、この件を解決するぞ」
おう!と全員やる気満々で会議室を後にした。
資料室でヌイが集めていく資料をコハクが積み上げていく。
「ヌイくんお手柄だね。あの資料、トリトくんと2人で見つけたの?」
「はい。過去の資料で何かヒントになるものがないか探してみるって言ったら、トリトくんも一緒に探しくれて」
「そう。ありがとう」
「………自分にできることをしてみようと思ったので……」
少し恥ずかしそうに、でもいつもの自信のない姿とは違う前向きな瞳でヌイはコハクを見た。
「……うん!みんなで頑張ろうね」
コハクが笑顔を向けると、ヌイもフワリと微笑んだ。
キトラはトリトと共に4班の部屋へ向かっていた。
「しかし、よくあんな報告書見つけたな」
「ヌイさんが毒のヒントになる物がないか探してみるって言ってくれたんですよ」
「そうか。アイツもアイツなりに頑張ってくれたんだな」
「はい。……だから、俺………」
トリトがグッと拳に力をいれる。
「絶対今回の件で手柄を立てて昇進します。もう誰にもヌイさんを傷つけさせない」
「……いい顔になったな。安心しろ。そのための筋道は立てておいたから」
「?それってどういう?」
「詳しくは事件を解決してからな」
ニヤッとキトラが笑う。トリトは頭にハテナを浮かべてその後についていった。




