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ヌイから得た情報やキタカから貰った資料など、毒や自身の能力についてある程度情報が集まってきた。そこでコハクは明日の非番を使って、カグラのところでセキトと会う約束をした。

だが、それとは別に非番の前日ということである決意もかためていた。


『今日こそはキトラをベッドに誘う!』


すっかりすれ違い生活が板についてしまい、毒の調査が始まってから一回も夜の営みがないことにコハクは悩んでいた。


『アギさんに相談して色っぽく誘う用意はオッケーだし』


悩みすぎてアギに泣きついた結果、お誘いの仕方のアドバイスを受けてきたコハク。


『えっと……目を潤ませて上目遣いで、香水はこれくらいでいいかな』


オススメの香水まで聞いてきて、香りがキツ過ぎないかクンクンと自分の匂いを嗅いでいる。そうやってハタから見ると少し情け無い姿ながらも、準備万端でコハクはキトラの帰宅を待っていた。


カチャリ


扉の開く音がして、駆け足で玄関へと向かう。


「キトラ!おかえり!」


息を切らして出迎えるコハクに、キトラは驚いてただいまを言った。


「ご飯は?食べてきた?お風呂用意できてるよ!」


新婚か?と思うような怒涛の口撃に、キトラはやや引きながらも返事をする。


「飯は食ってきたから、風呂入ってすぐ寝る」

「わかった!ゆっくり入ってきてね!」


妙なテンションのコハクを訝しみながらも、キトラは荷物を片付けるとすぐに風呂場へ向かった。


『えっと……体を軽くタッチして甘えるように誘う……ううう。できるかな』


アギの教えを反芻しながらキトラを待つ。

しばらくすると風呂からあがったキトラが飲み物を持ってリビングにやってきた。すかさず横にピタリと座る。


「なんだ?どうした?先に寝てていいんだぞ?」


挙動不審なコハクにキトラがのけぞる。だが、その腕をガッチリ掴んでコハクが迫ってきた。


「なあ……キトラ……」


目薬で目を潤ませて、必死に上目遣いでキトラを見る。


「明日は休みだしさ……その……俺……そろそろ……」


少し恥じらいを含ませて誘いの言葉を言おうとした瞬間。キトラの手がアゴにかかった。


『え?え?キトラ大胆!まさか作戦成功⁉︎』


喜びで心がいっぱいになりそうになった時、降ってきたのは信じられない一言だった。


「お前、顔赤いぞ。熱でもあんじゃねぇのか?」

「………は?」


完全に思考がフリーズしたコハクを立ち上がらせて、キトラは寝室へと向かわせる。


「明日はカグラと兄貴に会うんだろ。捜査と自分のこと相談しないといけねぇんだから、風邪でもひいたら大変だろうが。とっとと寝ろ」


そのまま寝室に押し込まれ、ピシャリと扉を閉められた。


『………はあああ〜っ⁉︎』


声にならない怒りの叫びを心の中であげながら、コハクは扉の前で立ち尽くした。




翌日。コハクは怒りでなかなか眠れなかったせいで、起きるとすでにキトラは出かけていた。

クマだらけの顔に嘲笑を浮かべながら、もうどうでもいいやとカグラのもとへ向かう。

だが、その途中で信じられない光景を見た。


『キトラ?……と、テンカくん?』


キトラがテンカと一緒に歩いている。その姿は楽しそうで、キトラは最近自分といる時には見せない笑みを浮かべていた。


『なんで?非番の日に?しかも、あんな楽しそうに………』


なぜかコハクは声をかけられず、2人はそのまま街に消えていった。




ズルズルと重たい体と心を引きずってカグラの元へ行くと、開口一番驚いた声をあげられた。


「うっわ。何そのクマ。ぶっさいくな顔になってるよ」

「ははは。素直過ぎて逆に気持ちいいや。ていうか、美醜に言及する感覚がカグラにあったんですね」

「だから僕をなんだと思ってるのさ。っていうか、何?僕に会いにくるのに睡眠不足って。……あ。そうか。今日は非番にあたるから、もしかして昨日はキトラとヤッてた?」


今一番触れられたくない話題にコハクがピクッと反応する。


「ねえ〜。そろそろ何回ヤッたのか教えてよ」

「………ゼロです………」

「へ?」


いつもとは違うコハクの反応に、カグラが珍しく呆気に取られた声をあげる。だがそんなのは気にしてられないほど、怒りと悲しみの形相でコハクは言葉を続けた。


「ゼロ!無し!全く!全然!1回もヤッてないの!捜査でコンビ組んでから一切触れてこないの!ふざけんな、あの甲斐性なし!」

「うわ〜。すごく怒ってるね〜」


なりふり構わず怒りを撒き散らす姿に、カグラが面白いものを見たと喜んでいる。


「なのに!なんだ、あれ!なんでテンカくんと歩いてんだよ!浮気か、このヤロウ!俺もどっかの誰かと適当に寝てやろうか!」

「何?何をそんなに叫んでるんだい?」


叫びの途中で部屋に入ってきたセキトが何事かと驚く。


「セキトさ〜ん。俺、もう嫌です。あんな冷血漢とは別れます」


わ〜と泣きながらしがみついてくるコハクと、それを見てワクワクしているカグラ。その光景に、あの傍若無人なセキトがめんどくさそうな顔をした。




ひとまずコハクを落ち着かせ事情を聞いたセキトは苦笑いを浮かべている。


「アギのアドバイスも役に立たなかったようだね」

「アギさんは悪くないです。あの朴念仁が悪いんです。………ミソラさん、まだ俺に興味あるかな。連絡とったら抱いてくれるかな」

「あのアホを巻き込むのはやめなさい。ロクなことにならないから」

「だって、ムカつくんですもん!」


プリプリと先ほどよりは可愛らしい怒りに変わってきたが、まだコハクの気持ちはおさまる様子を見せない。


「あ、じゃあ僕とヤッてみる?研究に活かせそう」

「カグラもやめなさい。そういう話を簡単にするんじゃないの。大切なことなんだから」

「え〜。面白そうなのに。まあセキトがそう言うならしないけど」


ブーとこちらも子供のようにむくれているが、それなりにセキトの言うことなら聞くようだ。


「とりあえず、コハク君。君の気持ちはわかるがいったんキトラを信じてあげてくれないかな。あれはあれで、今大変なことをしようとしててね。余裕がないんだよ」

「セキトさんは事情を知ってるんですか?」

「一応ね。でも、君には言わないように口止めされてるんだよ」


唇に指を当てて、セキトは困ったように笑う。その大人な姿にコハクは折れるしかなくなってしまった。


「わかりました。師匠の顔を立てます」

「ありがとう。でも君を泣かせたからね。約束通りキトラは一発殴っておくよ」


古い約束を持ち出されて、コハクはクスリと笑ってしまう。その姿を見てもう大丈夫だと、セキトは今日集まった本来の理由に話題を移した。


「さて、まずはコハク君が捜査してる毒についてだな。一通りの情報はもらったけど、カグラ、どう思う?」

「見たことない事例だけど、間違いなく糸絡みだよ」

「やっぱりそうか」


思った通りの結果を得られてセキトが納得したように頷く。だが、コハクには何のことやらさっぱりだ。


「あの〜。俺には糸と毒が全く結びつかないんですけど」


セキト達に置いていかれそうになりながらヌイと会話を思い出す。



「糸ってただのエネルギーの塊に思えるけど、実際は脳の仕組みを活かしたものなんです。だから単純に電気が流れてるんじゃなくてナトリウムイオンと電圧の変化が利用されてて。脳っていうのはその電気信号と化学信号が組み合わさって情報を伝えるから、糸が未知の化学物質を生み出すというのは考えられなくはないんです」


ヌイのスラスラと流れるような説明にコハクはぽかーんと口を開けている。


「コハクさん?」

「……はっ!ごめん!呪文か何かにしか聞こえなくて。えっと……脳がなんだっけ?」

「………毒の解析結果と僕の考察を書面にまとめますね」


困ったように笑うヌイに、「お願いします」と恥ずかしそうにコハクは頭を下げた。



何度思い出しても全く理解できなかった説明に、コハクは今回の話もついていけない自信しかない。


「科学捜査部の報告を読んだんじゃないのかい?脳内の電気信号と化学信号の関係が糸でも起きてて」

「その……イオンやら電気信号やらが全くわからないのですが」

「君は銃の専門職だったんじゃないの。火薬を扱ってたなら化学は専門分野だろ」

「目の前にある金属や粉を扱うのと、アルファベットの羅列を理解するのは違います」

「アルファベットの羅列じゃなくて化学式だよ。なんていうか……君は愛の力以外は本当にポンコツだね」

「う……勉強は昔から苦手なんですよ」


は〜あと呆れたようにため息をつくカグラを見かねて、セキトが助け舟をだしてきた。


「ようは糸によって未知の毒が作られる可能性があるという話だ。私は今回の毒はそれなんじゃないかと疑っている」

「なるほど。わかりやすい」

「科学捜査部の報告書はよくできてるね。作った人がとても優秀だったんだろうな」

「………伝えときます」


あのカグラにヌイが認められたことで、コハクは少し嬉しくなる。


「コハク君に解毒ができたのもそういった理由だろうな。通常の神経毒ならどんな方法でも解毒できないが、糸によるものなら糸で中和できるのかもしれない」

「あとは、どうやって糸からできてるかだね。毒を作れる人間がいるという話なんだろ。そんな能力聞いたことないけど、いないとも言い切れない」

「その辺に関しては捜査官のほうで調べているところです。情報が集まり次第、また報告します」

「なら、毒の捜査に関する話はここまでだな。ここからはコハク君の捜査官としての能力についての話だ」


いよいよ自分のことに話題が移り、コハクはグッと拳に力を入れる。


「単刀直入に言おう。私はコハク君の捜査官として活かすべき特性は、その適応力だと思っている!」


最近まわりの世話で鳴りを潜めていたセキトの圧力が、ここぞとばかりに復活する。ビシッとコハクを指差す横でカグラがわーっと拍手をしていた。


「適応力……ですか?」


全く自分と結びつかない言葉に、ただただコハクは唖然とするだけだった。

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