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リビングで1人体育座りして項垂れるコハクから、糸が出てはぺシャリと落ち、またフワッと浮き上がっては気力を無くしたように落ちていく。
『ううう。キトラがどこにいるのか気になる。でも探っちゃダメって言ってたし。でも気になる』
そんな気持ちが糸を風で飛ばされた紙屑みたいに浮かせたり落としたりしていた。
しばらくその状態が続いたあと、スマホからメッセージの着信音が鳴り響いた。
「………キタカさんだ」
セキト以外にも相談できるところを探せと言われたのでキタカに糸の手のことを聞けないかと連絡したのだが、その返事がきたようだった。
『糸の手の資料、出来上がったんだ』
メッセージでは資料を見せていいという許可が出たとなっている。次の非番に会えないかと日にちを返信すれば、喜んで時間と場所の候補が送られてきた。
『捜査官としてスキルアップするのは必要だもんな。キトラの言う通り、俺も頑張らないと』
キタカへの返信を送って、コハクはよしっと気合を入れた。
そこから数日。コハクはキトラと捜査以外は全く別々に過ごす日々が続き、そのままキタカに会う日を迎えた。
待ち合わせに来たキタカの隣には当たり前のようにアイヒがいる。
『………羨ましい』
今朝もさっさと出かけて行ったキトラを思い出して、コハクはちょっと泣きそうになった。
「コハク君?大丈夫かい?そんな泣きそうな顔して」
「キトラと喧嘩でもしたか?」
こんな時ばかり勘のいいアイヒに言い当てられて、コハクは更に落ち込む。
「ケンカ……はしてないです。俺が相手にされてないだけで」
「なんだ?倦怠期か?」
「倦怠期……」
その言葉に嫌な予感がよぎる。
『え?そうなのか?飽きられたのか?確かに俺重いもんな……ストーカー気質だし……もしかして糸を禁止されたのも監視されてるみたいで嫌になったからなんじゃ………』
頭を抱えて動かなくなったコハクに、キタカが慌ててフォローを入れる。
「とりあえず何かあるなら話を聞くから店に入ろう。糸の手の資料も持ってきたし」
さすがにアイヒも言い過ぎたと思ったのか、コハクを元気付けながら店へと連れて行った。
席に落ち着き、ひとまず水を飲んだところでキタカがコハクの落ち込みの原因を聞いてきた。
「キトラ君と何があったんだい?相手にされてないなんて……」
「何があったと言うより、何もないんです。せっかく仕事でもコンビを組めたのに、行きも帰りも別。休みの日も別行動。もはや最近仕事の話しかしてない………」
ズルズルとコハクの頭がテーブルに落ちていく。あまりの落ち込みっぷりに兄弟はどうしていいかわからない。
「なんか理由があるんじゃないのか。アイツがお前をそんな風にほっとくとは思えないけど」
「そうだよ。どうしてもしないといけないことがあるとか。何か聞いてないのかい?」
「……色々あるとしか。あとは、俺に捜査官としてもっと頑張れとしか……」
あああああと地の底から響くような声をあげるコハクに、キタカは話題を変えるしかないとメモリーカードを出してきた。
「それなら、きちんとやることをやろう。これが糸の手の研究資料のコピーだよ」
かなり重要な資料であるはずなのに、自分のために用意してくれたのだと思うとコハクは少し気力が湧いてくる。
「……ありがとうございます。キタカさんも研究協力大変でしたよね」
「最初はなかなか進まなかったからね。でもコハク君が毎週会ってるっていうカグラさん?彼が協力してからグッと研究が捗ってね」
「カグラ?キタカさん、カグラに会ったんですか?」
「いや。彼は進捗を見てアドバイスをしてくるだけだったよ。その指示通りに研究を進めることで糸の手の仕組みが色々とわかってきたんだ。詳しくは資料を読んでくれたらわかるよ」
「そうですか」
カグラが意外な形で関わっていたことに驚く。だが、それよりもキタカに会って直接研究をしなかったことが1番の驚きだった。
「糸の手についてもひと段落したし、腕付き支援の活動にもうちょっと本腰入れようかって兄さんと話してたんだよ」
「まだ犯罪に利用される人達も多いからね」
それを聞いて、ふとコハクにある考えが浮かんだ。
「アイヒさん。密造銃の組織を乗っ取った時、他の犯罪組織との繋がりってありました?」
「ん?ああ。元の組織は色々繋がりはあったみたいだな。俺が乗っ取ってからは全部切ったけど」
「その中に毒物を扱う組織ってなかったですか?」
2班と4班でも犯罪組織のリストを使って捜査には当たっている。だが、実際に裏側にいた人間とではまた情報が違ってくるだろう。
「何個かあったな。一応裏社会のことで俺が持ってる情報は全部警察に話したけど、細かいとこは漏れてるかもしれないな。あの時の捜査資料を見せてもらいながら何かないか思い出してみるよ。また連絡する」
「ありがとうございます。俺からもアイヒさんに協力するよう連絡入れときます。それと………すみません。今更捜査に巻き込んで。キタカさんにも心配かけます」
鋭い雰囲気で情報がないか聞いてきたかと思ったら、素直に2人の身を案じてくる。そんなコハクに兄弟は優しい気持ちになった。
「いいよ。何かあれば頼れって言っただろ。今度はこっちが助ける番だ」
「そうだよ。俺達はいつでもコハク君の味方だ」
救い救われ。人同士の繋がりがこんなに嬉しいものだとは。コハクはこれまで頑張ってきたことが報われたと感じていた。
キタカ達と別れ、寮に帰ってきたコハク。ちょうど寮の入り口でシエンに会った。
「シエンくん。おかえり」
「コハクさん。おかえりなさい。出かけられてたんですね」
「キタカさん達に会ってたんだよ。シエンくんこそ、もう仕事終わったの?」
シエンは今日は通常の出勤のはずだが、まだ時間は15時である。
「はい。なかなか休みが取れてなかったので、今日は早く帰らせてもらいました」
「そうなんだ。あ、じゃあうちに来てお茶しない?美味しいお菓子もらったんだよ」
キタカにもらったお菓子の袋を見せながら笑顔で誘うコハクに、シエンも笑顔で「荷物を置いたらすぐ行きます」と答えた。
シエンを待つ間に用意したコーヒーとお菓子を並べて、2人はテーブルで向かい合っている。
「何気に久しぶりだよね。2人っきりって」
「必ずキトラさんかロクイさんがいましたからね。コハクさんは、どうですか?捜査官として何かできないか考えてるって言ってましたけど」
「あ〜。模索中……かな。今日もキタカさんに糸の手の資料をもらいに行ってたんだけど」
「そうですか」
久々に一緒に過ごせているのに、シエンはずっと沈んだ顔だ。パートナー変更の話の時も不服そうにしていたのを思い出し、コハクは心配になってきた。
「シエンくんはどう?腕付きの捜査官の広報活動はうまくいってる?」
「どうでしょうかね。人気取りのために利用されてるのが見え見えですし。本当に腕付きのためになってるんだか」
いかにも不満ですと隠しもしないシエンにコハクは苦笑してしまう。
「あんまりやる気になれないみたいだね」
「……上に利用されて届くかもわからない活動のために働くより、あなたのために働きたかった」
ポツリと溢す本音にコハクへの気持ちが滲む。
「教育係としてもっとそばにいたかった。自分なりの仕事の仕方を探すあなたを支えたかった。俺を孤独から救い出してくれたのはあなただから……今度は俺が助けたかったのに」
「シエンくん……」
そこまで自分のことを思ってくれていたのかと、コハクはシエンの気持ちに感動する。
「その気持ちだけで十分だよ。それに俺がシエンくんを助けた分、シエンくんが誰かの助けになってくれたら俺は嬉しいよ」
「……そうですか」
コハクはどこまでも優しい。その優しさは見返りなんて求めない。それを思い出してシエンはスッと肩の力が抜けるのを感じた。
「本当はあなたのためだけじゃない。俺がそばにいたかったんです」
「ん?」
急に置いていかれた子供のようになるシエンに、コハクは優しく続きを促す。
「2班にいればあなたがいる。キトラさんがいる。班長も班のみんなもいる。13班だってみんな優しい気心の知れた人達です。でも、そこから1人離れて信頼できない人達に囲まれている今の状態が、正直言って怖いんです」
「………そっか」
いい子いい子と温かい手がシエンの頭を撫でる。まるで親が子にするような扱いに、シエンは心地よさを感じてしまった。
「よく話してくれたね」
「……変ですよね。少し前まで1人でいるのなんて平気だったのに」
「それだけシエンくんに味方が増えたってことだよ。よし。ここはお兄さんが一肌脱いであげよう」
ふふふと笑うコハクに、シエンは何をするつもりなのか全く想像がつかない。
「?なにを?」
「それは内緒。でも安心して。シエンくんはもう1人じゃないって思い出させてあげるから」
そう言って浮かべる満面の笑みは、シエンが好きになったあの美しい笑顔だった。
その夜遅く。帰ってきたキトラに今日あったことを話すコハク。
「でね、シエンくんのためにちょっと考えがあるんだけど」
コハクがアイデアを話そうとしたところで、キトラのスマホが鳴った。「ごめん」と断ってキトラは自分の部屋に入っていく。
「ああ。そうか。わかった。すぐ行く」
漏れ聞こえる声を聞くともなしに聞いていると、キトラが通話を終えて部屋から出てきた。
「悪い。ちょっと出てくる。遅くなると思うから先に寝てろよ」
そう言うとコハクの返事も待たずにキトラは出かけてしまった。残されたコハクはポカンとあっけに取られた後、寂しさで顔を歪ませた。




