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その後もセキトと両親による吊し上げは続いた。そして散々コハクとキトラの話で盛り上がったあと、昼食の用意をしようとユフとセキトがキッチンへ向かう。


「キトラも手伝ってくれるかい?」

「え?でもそしたらコハクが…」

「なら、コハクさんは私が村を案内するわ!」


シュバっとネモが手を上げたかと思うと、有無を言わさずコハクを引っ張って外へ出ていく。


「えっ?えっ?」

「おい!母さん!」

「はい。キトラはこっち〜」


キトラはコハクを連れ去るネモを止めようとするが、セキトにキッチンに押し込まれてしまう。

結果。2人は離れ離れにされてしまった。




村を案内するという宣言通り、ネモはコハクを連れてあちこち歩き回りながら色々な話をしていた。


「あそこの田んぼにキトラが自転車ごと落ちてね」

「村の端にある大きな木にセキトが登ってものすごく怒られたの」

「あの公園に昔ブランコがあったんだけど、よくセキトがキトラを乗せてあげてたわぁ」


家族の思い出を幸せそうに語るのを聞いて、なぜかコハクまで幸せな気持ちになる。


「ごめんなさい。昔の話ばかり。つい嬉しくて」

「いえ。キトラの子供の頃の話を聞けるのは俺も楽しいです」


ニコニコと本当に楽しそうに笑うコハクに、ネモは優しい母の顔になった。


「ふふ。みんなの言う通りね」

「みんな?」

「うちに持ってきたお土産。アギちゃんのおすすめでしょ」


ネモの指摘に、バレていたのかとコハクが慌てる。


「いや!あの!何を持って行ったらいいかわからなくて」

「そんなに慌てなくてもいいわよ。あのお菓子ね。アギちゃんが持ってきてくれて私達のお気に入りになったものばかりなの」

「え?そうなんですか?」

「うちに来るたびに色々持ってきてくれて、どんなのが好きか聞いてくれて。本当に素敵な人よね」

「そうですよね。大好きな先輩です」

「アギちゃんもコハクさんのこと大好きだって言ってたわ。とっても可愛い後輩だって。セキトと2人で『キトラはいいパートナーを見つけた』ってコハクさんのこといっぱい褒めてたわよ」


我が子が誉められたかのように喜ぶネモに、コハクはむず痒い気持ちになる。


「シバ君やミソラ君も、みんなしてコハクさんのこと褒めててね。セキトに『もうキトラは大丈夫だから。いい加減子離れしろ』って言われちゃった」

「……そうですか」


『ああ。この人はキトラとセキトさんのお母さんなんだな……』


誇らしげに語るネモに感慨に似た感情まで生まれてくる。親の偉大さを噛み締めていたコハクだが、次の言葉でそんな気持ちは一気に吹き飛んだ。


「でも、やっぱ子離れは無理だわ」


「……へ?」


ケロッと言い切るネモ。コハクは今しがた感じていた感動をどうしたらいいのかわからない。


「だって、こんなに可愛い子供がもう1人増えちゃったんだもの。可愛がるしかなくない?」


そう言ってコハクにウインクしてくるネモ。その愛嬌たっぷりな姿に、コハクは思わず笑ってしまった。


「あら。やだ〜。笑わないでよ」

「すみません。いや、すごくセキトさんのお母さんだなと思って」

「それよく言われるのよ。セキトは私似だって。私はあんなに無茶苦茶じゃないわよ」


実の母親にさえ無茶苦茶だと言われるセキトに更に笑いが止まらない。そんなコハクにネモは満足した様子だった。


「こんな田舎だけど、コハクさんさえ良ければいつでも遊びに来てね」

「はい。ネモさんもユフさんと一緒にこちらにも来てくださいね」


必ず行くわとその日1番の笑みを浮かべてネモが答える。そして家への帰り道を、2人は並んで歩いていった。




ネモとコハクが親交を深めている頃。キトラはソワソワしながら昼食の手伝いをしていた。


「コハク、大丈夫かな。母さん変なこと言ってなければいいけど」

「2人が心配かい?」


上の空すぎて危なっかしい手付きのキトラに、ユフが声をかけてきた。


「心配に決まってんだろ。コハクと母さん2人きりにするなんて」

「よっぽどコハクさんのことが大事なんだねぇ」


不満全開でぶっきらぼうに答えたのに、ユフは受け流して穏やかに話してくる。キトラは父親のこういうところに昔から一度も勝てずにいた。


「大事に決まってんだろ」

「そう。なら大丈夫だよ。母さんがお前の大切な人に酷い扱いをすると思うかい?」

「……思わないけど……」


こういう時は素直になる息子をユフは可愛く思っていた。


「コハクさんのことはね。みんなから色々聞いてたんだ。セキトもアギさんもシバ君もミソラ君も、揃って素敵な人だ可愛い人だと話してくれた。今日会ってみてその通りだと思ったよ。お前はいい人を見つけたね」

「………」


恋人が褒められるのは嬉しい。だが、親相手だと素直に喜びを表せない。


「コハクさんさえ良ければいつでも帰っておいで。家族が増えて私もネモさんも喜んでるんだから」

「……気が向いたらな」


素直になれない弟と、それすら可愛く思ってしまう父親。そんな2人の姿にセキトはバレないように微かに笑った。




その後はコハクもすっかり打ち解け、楽しくも騒がしい時を過ごした。

ネモがキトラの子供の頃の話を次々と暴露したり。アギが挨拶に来た時の話を聞いたり。結婚して村にやってきたユフが、外との違いで驚いたことを教えてもらったり。


そして楽しい時はあっと言う間に過ぎ去り、帰る時間となった。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、来てくれて嬉しかったよ」

「またいつでも来てね。キトラの暴露話はまだまだあるから」

「いい加減にしろよ。もう連れてこねぇぞ」

「あら。じゃあコハクさんだけでいらっしゃいな」

「そうですね。そうします」


すっかり意気投合している母と恋人にキトラがガクリと肩を落としていると、シバとミソラがやってきた。


「おや。ちょうどいいタイミングだったね。運転手を連れてきたよ」

「お前はどれだけ私を労力扱いすれば気が済むんだよ」


ミソラはいつものハリがなく、服はボロボロに着崩れ心無しかクサイにおいまでする。


「ミソラさん。ボロボロじゃないですか。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも。姉貴達、子供達を俺に押し付けて遊びに行きやがって。おかげでこちらはずっと子守だよ!キャンバス皆無のお絵描き!終わらない鬼ごっこ!あちらこちらで起こる喧嘩!果てはオムツ替えまでさせられたさ!」


『あ。なんとなく臭うのはオムツ替えのせいか』


おそらくかなり値段のいい服を着ているのに、すっかりもみくちゃにされた姿にさすがにコハクも同情する。


「大変でしたね。小さい子のお世話は戦争ですもんね」

「大変さ!ああ、大変だったさ!でも可愛いんだよ!いつのまにか歩けるようになってるし!字が書けるようになってるし!お歌が上手になってるし!『ソラ兄、大好き〜』とか言ってくるんだよ!もっとこまめに帰ってくりゃ良かった!」


ああ〜!と叫ぶ姿に少しひきながらも、『この人、結構いい人だよな』とコハクは感心してしまった。


「そんなに疲れてるんなら、帰りも私が運転するぞ」

「いや。それはダメだ。行き帰り両方はお前の負担が大き過ぎる」


その真面目な姿にみんなニヤニヤしてしまうが、ミソラは何も気づいていなかった。


そうして無事にキトラの両親との対面を終え、コハクは村を後にした。




寮に帰るとすっかり夜も更けていた。


「遅くなっちまったな。…今日はありがとうな」

「なんの。楽しかったよ。ネモさんもユフさんも素敵な人だな」

「まあ…そう言ってくれるならありがたいけど……」


両親を褒められて恥ずかしそうにそっぽを向くキトラ。面白がってその頬をコハクがつついてくる。


「からかうなよ……なあ、お前の方は挨拶に行かなくていいのか?」

「俺?」

「そう。孤児院とかに」

「あ〜。でも日帰りでは行けない距離だしなぁ」

「お前は顔出したりしないのか?連絡とったり」

「連絡は毎月来るんだけどね。ちょっとだけ寄付してるから」

「そうなのか⁉︎」


知らなかった事実にキトラが驚く。


「そういえばコツコツ節約してるもんな。貯金してるんだとばかり思ってたが」

「貯金もしてるよ。でも少しでも寄付したくて。ここまで大きくしてもらって感謝してるし、下の子たちの助けになりたいしね」


急にコハクが大人びて見えてくる。感謝を知るその心を育ててくれた孤児院の人たちに、キトラも会ってみたくなった。


「そうか。いつか俺も会いに行ってみたいな。お前をこんなに優しいヤツに育ててくれたお礼を言いに行かないと」

「ははは。なんか照れるな。でも、そうだな。ホテルでもとって旅行がてら行くのもいいかもね」


まだまだお互いに知らないことも多い。でも一つずつ知って、育んでくれた人達を知って。そんな幸せもあるのだと、2人は2人でいることの意味をあらためて感じていた。

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