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ある日の午後。コハクは大通りのカフェに来ていた。

オープルテラスでのんびりとコーヒーを飲んでいる。


なぜかキトラと一緒に。




遡ること4時間前。コハクはデスクで報告書の作成に追われていた。


「はぁ〜。これでひと段落かな。今週はなんか忙しかったですね」

「そうねぇ。こないだの密造銃のこともまだ解決してないし、細かい事件もあったものねぇ。あんまり忙しいとお肌が荒れちゃうわぁ」


頬に手を当てため息をつきながらアギが不満を漏らす。


「2人ともご苦労さま。もう急ぎのものはないから、残りはゆっくりこなしてくれたらいいよ」

「あ、ならコハク君に1つ頼めないかな」


リトの言葉を受けて、ゼンがコハクに提案をしてきた。


「はい。何ですか?」

「午後からキトラが張り込みに行くんだけど、1人じゃ目立つから一緒に行ってくれないか?夕方までには帰すから」

「え?でも俺じゃ邪魔になるんじゃ」

「カフェで客のふりをしながらビルの人の出入りを見るだけだから。コハク君はキトラとお喋りしてケーキでも食べててくれたらいいよ。もちろん代金は経費から出すよ」


キトラと2人で過ごせるのは嬉しいが、内勤の自分に張り込みなんてとコハクは気後れする。だがリトがあっさりと了解の返事をしてしまった。


「最近ずっと忙しかったし、それくらいの役得はしといでよ」

「そうよ。せっかくの機会なんだからいってらっしゃいな」


2人に背中を押され、コハクは「じゃあお言葉に甘えて」とゼンの申し出を受けることにした。




そして今に至るのである。


『本当にお茶してるだけなんだけど、いいのかなぁ』


テーブルには目にも美味しいケーキとコーヒーの入ったカップが並んでいる。向かいに座るキトラも同じだ。

張り込みなんて初めてで戸惑うコハクだが、キトラは当たり障りのない会話をしながらケーキを口に運ぶ。


そして、あっという間に山のようにクリームを重ねたケーキが皿の上から消えた。


『いや!早っ!』


あまりの早さにコハクがプフッと笑いを漏らすと、キトラに不思議な顔をされた。


「なんだ?どうした?」

「いや、キトラ、本当に甘い物が好きだよなぁと思って」

「………うっせぇなぁ。どうせ似合わないとか思ってんだろ」


拗ねるキトラが更に面白くて、コハクは笑いが止まらない。


「いや。いいと思うよ。バリバリ仕事ができて見た目もカッコいいのに甘い物が好きって。そのギャップ、モテるだろう?」


ニコニコ上機嫌なコハクに、戸惑っているのかキトラは微妙な顔をしている。


「別に……」

「またまたぁ。俺が女だったら絶対好きになるけどなぁ」

「………今は仕事が忙しいからそーゆーのは関係ねぇよ!」


口撃に耐えきれなくなったキトラが無理やり会話を終了させる。「え〜色々聞きたかったのに〜」とコハクはまだ上機嫌だ。



その後はただただお喋りをしてケーキを楽しんだ。


「お前は映画好きなんだな」

「そうそう。アクションとかスパイものとか好きなんだよ。昔の映画であったよなぁ。『このメッセージは自動的に爆発する』とかいうやつ。デジタル全盛の今じゃ考えられないんだろうなぁ」

「いや、デジタルは意外と足がつくから、アナログのほうが良い場合もあるんじゃないか。メモを残して燃やすとか」

「はぁ〜。そんなもんかね」


メモを燃やすという言葉にコハクは一瞬何かを思い出しかけたが、「そろそろ帰るか」というキトラの言葉で思考が中断されてしまった。




署に帰るとすぐにゼンのところに報告に行く。キトラについてコハクも2班の部屋に来ていた。


「リストにあったメンバーのうち5人が出入りするのを見ました。時間は報告した通りです。あそこに拠点があるとみて間違いないと思います」

「そうか。ご苦労だったね。今日はもう終わっていいよ。コハク君もご苦労さま」

「いえ、俺は何もしてないので」


コハクは本当にただお茶してお喋りしていただけである。それに比べ、全くビルを気にしている素振りを見せなかったのにしっかり仕事をしていたキトラに感嘆してしまう。


『本当に仕事できるよなぁ。カッコいいなぁ』


横にいるキトラに尊敬の眼差しをむけるコハクを微笑ましく思いながら、ゼンは「2人ともお疲れさま」ともう一度労った。



せっかくだから一緒に帰ろうと誘うコハクに、キトラは「用があるから」と1人で帰ってしまった。そのよそよそしい態度にコハクは落ち込んで署を後にする。


『カフェで距離が縮まったと感じたのは俺の勘違いなのかなぁ』


トボトボと情けない足取りで歩いていると、公園に見覚えのある人影を見つけた。


『なんだろう。なんかデジャヴ……』


そう考えて、その姿が数日前に会った黒髪の男であることに気づいた。


「あ……あの時の……」

「……君は……」


男の方もコハクに気づいたらしく、ゆっくりと近づいてきた。


「こんばんは」

「……あの小鳥は結局何かに食べられたようだな」 


挨拶を返されることもなく小鳥の話題に入る。独特のテンポに置いていかれそうになるが、なんとかコハクは返事した。


「はい。次の日あの木の下を通りましたけど、もう姿は無かったですね。……あなたも気になって見にきたんですか?」

「ああ。近くに用事があったから」


気になって見に来たと言うわりには興味なさそうな態度に、コハクはどう言葉を続けていいかわからない。


「……あまり引き留めてはいけないな。暗くならないうちに帰りなさい」


小さな子に言い聞かせるような声に、案外悪い人じゃないのかもとコハクの警戒心がとける。ふと男の右手に視線をやってしまった。


「これか?昔、怪我をしてな。隠すために手袋をしている」

「え?ということは……」

「私も腕付きだ」


男がめったに会うことのない腕付きだったことに、コハクの心は弾む。


「そうなんですか!……嬉しいなぁ。自分と同じ腕付きに会えるなんて」


幸せそうに微笑むコハクに男は目を細める。


「お前は美しいな」

「………へ?」


思いもしない言葉にコハクが素っ頓狂な声を出した。


「小鳥の死を本気で悲しんでいた。今も自分と同じ腕付きというだけで幸せそうに微笑んでいる。心が綺麗なのだな」

「へ?え?いや!普通のことだし!」


思いもよらない褒め言葉にコハクは真っ赤になって慌てる。


「………そうでもない。人が傷つくことに対して何の関心も持たず、自分の利益しか考えていない人間は普通にいる」


男の顔が陰る。急に褒めてきたと思えば落ち込む姿に、コハクはどうしていいか分からない。


「あの……何か困ってることがあるんじゃないですか?」


一人ぼっちで置き去りにされた子供のような姿がなんだか放って置けなくて、コハクは自然と助けの手を伸ばしていた。


「いや………そんなことは………」

「あの……俺、警官なんです!」

「………君が?」


助けたくてつい出た言葉に、男は訝しげな顔をする。


「あの、いや、そうですよね。見えませんよね。実際内勤の専門職なんでたいしたことはできないんですけど……でもあなたのこと助けたいです!」


必死な姿に男の雰囲気が和らいでいく。


「………ありがとう。そこまで言ってくれて。君のような人がそばにいてくれたら俺も………」


そのまま何かを言いかけて男は止まってしまった。


「いや、何でもない。俺は大丈夫だ」

「でも……」


コハクは更に言い募ろうとしたが、男の困ったような寂しいような顔に次の言葉が出なかった。


「わかりました。でも何か相談したくなったらいつでも言ってくださいね。仕事の日はこの時間にここを通りますから」

「……あまりそういう情報を見ず知らずの人間に言わない方がいいと思うが」


男が苦笑する。


「あなたは悪い人に見えませんから」


男が更に苦笑する。「信じてもらえて嬉しいよ」と言いながら、この間と同じ方向に去っていった。




その夜遅く。玄関の扉がカチャリと開き、キトラが帰ってきた。


「遅い!」


なぜかコハクが仁王立ちで待っていた。


「うわ!コハク!何してんだよ!」


とっくに寝てると思っていたコハクの大声に、キトラは思いっきり驚いた。


「何してるじゃないよ!同じ時間に仕事を終わったはずなのに何でこんなに遅いんだ!心配するじゃないか!」

「いや、年頃の娘のいる父親かよ」


まだ仁王立ちしているコハクに呆れながら、キトラはさっさとリビングに入ってしまう。慌ててコハクが追いかけた。


「どこ行ってたんだよ。いくらなんでも遅すぎるだろ」

「だから俺の親か、お前は。知り合いに会ってただけだっつーの」

「知り合い?………デートか?」


急にコハクがニヤニヤしだす。キトラはうんざり顔だ。


「何でそうなんだよ。ただの知り合いだ。頼まれてたことがあるから会ってただけだ」

「いや〜。隠さなくてもいいんだよ。俺は応援するぜ〜。お前はいい男だもんなぁ。そりゃ言い寄ってくる人の1人や2人いるだろう」

「だから違うって」

「え?お前の方から好きになったのか?大丈夫だ。お前なら絶対オッケーもらえるって!」


やたらとテンションの高いコハクに、疲れも溜まっていたキトラがついにキレた。


「なら……」


コハクの腕を引っ張り壁に押し付ける。

いわゆる壁ドン状態だ。


「へ?」

「俺が付き合えって言えばお前付き合うか?このままキスすれば素直に受け入れるか?」


キトラの手がコハクの顎にかかる。少しだけ背の高いキトラの目に見下ろされて、金色が少しずつ近づいてくる。


「ちょ、ま、え……」


真っ赤になって言葉にならない声を発するコハクの唇が塞がれる………直前でキトラがプッと吹き出した。


「ははは。何だよ、その顔」


体を離し、コハクを指さして大笑いしている。


「はあ〜。あんまりしつこいんで腹立ったけど、その顔でパァにしてやるよ」


ヒラヒラと手を振りながら、キトラは荷物を片付けに自室へ行ってしまう。残されたコハクはヘナヘナとその場に座り込んだ。


『え?今の……何?』


その顔は真っ赤になったままだった。

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