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大きな事件を解決し、しばらくは平穏な日々が続いていたコハク達。だが、捜査官という職業はそう甘いものではない。
ある日、キトラはゼンに呼ばれて新しい仕事を命じられた。
「潜入捜査ですか?」
「そう。最近腕付きへの風当たりが強くなってるのは知ってるよね。今までは器用さを活かす仕事にしかつけなかった腕付きが、色々な職業で活躍しだした。それを面白く思わない人達があらゆる方法で腕付きを攻撃しているんだ」
それはキトラも感じていることだった。自分達の権利を奪われたと逆恨みした者たちが、腕付きをあらゆる所から排除しようとしている。
腕付きの恋人がいるキトラにとっては不安になる状況だった。
「それで、ある腕付きの支援団体に潜入してもらいたいんだよね」
「支援団体……ですか?過激派の集団とかじゃなくて?」
「そう。支援団体。表向きは腕付きの就労支援とかをしてる団体なんだけど、裏がありそうなんだよね」
「裏……」
「詳しくはセキトさんとシバさんから説明があるから、この後2人のもとへ向かってくれ。この件は2人からの依頼だからね」
「まさか、俺が選ばれたのは2人からの指名ですか?」
「はっはっは。違うよ。キチンと能力を見て私が決めた。身内びいきで選ばれたんじゃないから、自信を持って捜査にあたってくれたらいい」
快活に笑うゼンに、キトラは認められたことを少し嬉しく感じる。
だが潜入捜査という点で一つだけ憂鬱になることがあった。
捜査の詳しい内容をセキト達から聞き、事前準備のために明後日から寮に戻れないことを知ったキトラ。その夜、コハクにしばらく寮を不在にすることを告げた。
「そっか。仕事だもんな。しょうがないよな」
見るからにシュンと落ち込んでいるコハク。キトラの憂鬱の原因はこれだった。
「なるべく早く戻るようにするからさ。っても、潜入捜査だからな。簡単にはいかねぇか。無責任なことは言っちゃいけねぇよな」
「離れるのも寂しいけど、キトラが心配だな。危険な仕事なのか?」
「どうかなぁ。裏を探ってくるだけだから。そこまで危険だとも思えねぇが」
「とにかく、無事に戻って来いよ。それだけでいいからさ」
ギューっと子供のように抱きついてくるコハク。その様子が可愛すぎて、キトラは背中をポンポンと撫でた。
「大丈夫だ。必ず帰ってくるから。そんなに不安になんな」
冷たい手が背中を撫で続ける。コハクは自分の一部が溶けて、その手にずっとくっついていけたらいいのにと思った。
行くと決まればあっさりしたもので、2日後にキトラは旅立ってしまった。
1人寮に残されたコハクは、キトラの体温も音も何もなくなった空間に寂しさだけが募っていく。
『この部屋、こんなに広かったっけ……』
リビングにコロンと横になってもまだまだ余るスペースは、埋められない気持ちを表しているようだった。
『ダメだな。キトラが頑張ってるんだから、俺も頑張らないと』
えい!と気合を入れて起き上がり久々に糸の訓練でもしようかと立ち上がる。すると、スマホが鳴った。
「なんだろう?キタカさんから?」
それは相談したいことがあるという、キタカからのメッセージだった。
次の非番の日。コハクはキタカとアイヒに会っていた。
「すまないね。急に相談だなんて」
「構わないですよ。それで、何があったんですか?」
「それは俺から話すよ」
どうやら相談事があるのはアイヒだったらしい。渋い顔をしてその内容を話しだした。
「工房で働いてた奴らがさ、相談にきたんだよ。なんかやたらと待遇のいい仕事を紹介されたんだけど、どうにもそれが怪しいって」
密造銃の工房で働いていた腕付き達は、シバの支援を受けてまともな職に就き普通の生活を送っている。アイヒはいまだに慕われているらしく、本人も面倒見がいいのでたまに会って色々な話をしているのだ。
「自分にその仕事をさせたい理由がわからない。人手が足りてない様子もないし、なにか裏があるんじゃないかって」
「裏……か」
詳細を聞けば、たしかにわざわざ腕付きを雇う理由がわからない。
「腕付きの地位向上のためとかではないんですか?最近は一定数の腕付きの雇用を掲げる企業もありますし」
「それも考えたんだけどな。なんだか釈然としなくて。それに義務感で雇用を決められたんだとしたら、まわりからどんな目で見られるかわからないから断るって本人は言ってた」
「難しい問題ですよね。今は腕付きへの風当たりもキツイですし」
「イヤな世の中だぜ。やっとアイツらを自由にしてやれたってのに」
本気で憤るアイヒに、コハクはキタカ以外でこんなに感情を露わにするなんてと驚く。だがそれは腕付き達への優しさなのだと思うと、コハクは嬉しくなった。
「とりあえず、腕付きに関する詐欺なんかの情報があればすぐ連絡します。あまり役に立たなくてすみません」
「いや、十分だ。困ったことにならないように、アイツらとはもっかい話をしてくるよ」
「貴重な休日にわざわざありがとう」
「………いえ。休日に一緒に過ごす人もいないんで」
声のトーンが急に暗くなるコハクに、兄弟は顔を見合わせる。
「どうしたんだい?キトラ君と喧嘩でもしたのかい?」
「まさか別れたんじゃ…」
「違います!潜入捜査に行ってるだけです!」
思わず大声で反論してしまって、慌てて口を塞ぐ。
「しまった。捜査情報なのに」
「潜入捜査でしばらくいないから寂しいわけね。相変わらずお熱いことで」
「こら。アイヒ。そんな風に言うんじゃない。お前だって俺が1日家を空けるだけでずっと拗ねてるだろう」
「それは兄さんが!………また帰ってこなくなるんじゃって不安になるから………」
少し泣きそうになりながら話すアイヒに、キタカがごめんと謝る。
そうやって慈しみあう2人を見るだけで、コハクの寂しさは増していった。
「いいなぁ。俺もキトラに会いたいなぁ。ギューってしたいなぁ」
もはや外面も気にせずダダ漏れになる心の声に、兄弟が本気で同情する。
そうやって、どっちが相談に来たのかよくわからない状態で時間は過ぎていった。
次の日。出勤してもコハクの落ちきったテンションはなかなか上がらない。
「コハクさん。さすがに仕事中はシャキッとしましょうね」
気持ちはわかるが、教育係としてこの体たらくは見逃せない。シエンがなんとかコハクの気持ちを立て直そうとする。
「みんな、ちょっと集まってくれ」
ゼンが部屋に入ってきてみんなを集める。何か伝達事項があるらしく、まだふにゃふゃしているコハクを引っ張ってシエンも参加する。
「以前言っていた本部の視察が今日から始まる。管理官が1名、2ヶ月間滞在することになるのでみんな失礼のないように。ではミソラさん、どうぞ」
ゼンに呼ばれて、鮮やかな青い髪の男性が部屋に入ってきた。
『うわ……かっこいい……』
ミソラと呼ばれた男性は見るからに顔が整っていてスタイルも良く、所作も優雅で非の打ち所がなかった。イケメンに弱いコハクは完全にノックアウトされている。
「管理官のミソラだ。この班については非常に優秀だと聞いている。視察に気後れせず、いつも通りの働きをしてくれ。以上だ」
『うわぁ。声もいい』
恋人と離れて落ちに落ちていたはずなのに。イケメンの上官に急に浮かれるコハクを見て、シエンは呆れてしまう。
「キトラさんに浮気だと思われますよ」
「え⁉︎いや、そんなわけないじゃん!ちょっとカッコいいなって思っただけだよ!」
解散でみんながそれぞれの場所へ戻っていく中、ワタワタと慌てているコハクを見てミソラはクスッと笑いをこぼした。
視察と言っても何か口を挟んでくるでもなく、いつもと変わらない時間が過ぎていく。今は大きな事件も抱えていないので、コハクとシエンは定時にあがることになった。
「シエンくん。何か食べて帰らない?」
寮に帰っても1人寂しく食べるだけなので、コハクはシエンを誘ってみる。いつもなら大喜びでついてくるはずなのに、今日は歯切れの悪い返事が返ってきた。
「あ、えっと……」
「何か約束があった?」
「約束、というか……ロクイさんが用意してくれるんです。晩ごはんを毎日。捜査官は体が資本だからって。」
少し恥ずかしそうに言うシエンが可愛らしい。コハクはついつい笑顔になってしまった。
「そっか〜。それは早く帰らなくちゃね。俺は何か食べるか買うかしないといけないから、先に帰りなよ。ほら、急いだ急いだ」
申し訳なさそうにするシエンの背中を押して、無理やり帰らせる。
しばらくしてからコハクも署を後にした。
『さて。どうしようかな。スーパーで惣菜でも買って帰るか』
「おや?君は」
1人だと作るのも億劫な夕飯をどうするか考えながら歩いていると声をかけられた。振り向くとミソラがコハクを見つけて駆け寄ってくる。
「管理官」
「君はコハク君だね。今、帰るところかい?」
「はい。管理官もですか?」
「ゼン君が歓迎の席を設けようとしてくれたんだけどね。堅苦しいのは苦手だから逃げてきてしまったよ。ゼン君も私なんかに構わずプライベートを優先してほしいしね」
みんなに挨拶をしていた時とは違い、気さくな態度にコハクの緊張も解ける。
「ねえ。どこか食事できる店を紹介してくれないかな。土地勘がないからどうもね。良かったら奢るから君も一緒にどうだい?」
「え?いいんですか?」
まさかのお誘いにコハクは喜ぶ。
「もちろん。2班のことを色々教えてくれると嬉しいよ」
爽やかに笑う顔はイケメン全開で。
コハクは『これは浮気じゃないからな。断じて浮気じゃないぞ、キトラ』となぜか心の中で言い訳していた。
奢ってもらえるとなるとあまり高い店に行くのも申し訳なく、ミソラの好みを聞いて無難な居酒屋に行くことで落ち着いた。
「先輩に教えてもらったお店なんですけど、お酒の種類が豊富なんです。管理官はお酒が好きだとおっしゃられてたので」
「職場じゃないんだ。ミソラでいいよ」
「え?でも……」
「今日は壁を感じずに話してほしいんだ。ダメかな?」
『いや、そんな甘えるように聞かないでください………断りきれない………』
「では……ミソラさんで」
「うん。それでいい。しかし本当にお酒の種類が豊富だね。コハク君は何にする?」
「あ、俺は呑めないのでジュースで」
「そうか。ジュースも色々ある店で良かったよ。今度行く時は無理に居酒屋にしなくていいからね」
優しい気遣いに、さりげなく次を誘う空気を出してくるスマートさ。
『この人、絶対モテるだろうな』
今まで会ったことのないタイプに、コハクはやや戸惑いを感じていた。
ミソラは会話の運びも非常にうまく、コハクはあれよあれよと自分のことを話してしまっていた。
「そうか。潜入捜査に行ってるのは君のルームメイトだったのか。それは寂しいだろうね」
グラス片手にほろ酔いの笑顔を向けてこられると、コハクはついつい胸の内を語ってしまう。
「そうなんです。寮の部屋がすごく広く感じてしまって。食事も1人だと味気ないし。だから今日は誘ってもらえてありがたいです」
へにゃっとゆるい笑みを浮かべるコハクに、ミソラはグッと身を乗り出してきて囁いた。
「それは夜もかな?」
「?夜?」
言われた意味のわからないコハクはキョトンとしている。
その姿がさらに興味を誘うのか、ミソラはニヤリと笑いながら言葉を続ける。
「1人で寝るのは寂しいんじゃないかい?体が」
「………!」
キトラと恋人であることは一切話していない。なんとなく雰囲気で嗅ぎつけたのか、単純に家に1人だから誘われたのか。どちらにしろコハクは誘いをなんとか断ろうとする。
「あの、俺は、キトラが、恋人がいるので。そういうのは……」
「ああ。私は相手がいても気にしないよ」
『この人、悪い人だ!』
モラルのかけらもない発言にコハクの中でミソラのイメージが一気に崩れる。そこからの行動は早かった。
「俺は!好きな人以外とそんなことしません!キトラを裏切るようなことしません!ごちそうさまでした!今日はもう帰ります!」
さっさと席を立ち、怒りながら店を出ていくコハク。ミソラはそれを楽しそうに見送っていた。




