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「やっぱり変だよなぁ」
コハクが机に置いた銃を見ながら唸っている。すると隣のデスクに座るアギが覗き込んできた。
「なあに?コハクちゃん。そんな難しい顔して」
「アギさん。これ、こないだ押収した銃なんですけど、やっぱり引き金のところが変じゃないですか?」
そうねぇ。とアギが銃を糸で持ち上げる。
「確かに。普通の銃より引き金が大きいわよねぇ。これじゃ安定しないわ」
この世界では銃は糸で持って使うので、引き金の部分が小さくなっている。だが、先日密造されていた銃は引き金がひとまわり大きく設計されているのだ。
「他の銃も同じでしたし。何か意味があるのかな?」
そう言いながら、アギに返された銃をコハクが手に持ってみる。そこであることに気づいた。
「………アギさん。これ」
「……あらまあ」
コハクが銃の引き金に指をかけると、ピッタリとハマったのだ。まるで手で持って使うために作られたかのように。
「……班長に報告に行きましょうか」
そう言って席を立つアギにコハクが続く。その胸の中は嫌な予感が渦巻いていた。
資料室にいるリトに話をしにいくと、2班のゼン班長と一緒にいた。
「おや?2人とも、どうしたんだい?」
資料の山に埋もれているリトが2人に気づいて呼び寄せた。
「班長。報告したいことがあるのですが……」
自分の発見に勢い込んで報告にきたはいいが、何と説明すればいいのかわからずコハクは言い淀む。
「班長。こないだ押収した銃、ちょっと変だったでしょ。さっきコハクちゃんが手に持ってみたら、ほら、ピッタリだったのよ」
アギが助け舟をだして、銃を手に持った状態でリトに説明してくれた。
「ああ。やっぱりそうか」
リトはそれを見て納得したように頷く。
「実は、私達もそのことについて話していたんだよ」
ゼンが眉間に皺を寄せてる横で、リトがある本を開いてコハク達に見せてきた。
「これを見てくれるかい?」
「………この銃の設計図?」
リトが指差す先には銃の設計図と思われるものが載っている。その形は今話題に上がっている銃に似て、引き金部分が大きくなっていた。
「これはね。今から100年近く前の銃の設計図なんだよ」
「100年?」
確かに本はかなり古い物だ。設計図の銃も所々今の物とは違っている。
「昔はね。人は糸が出せなかったし手脚も再生しなかったんだよ。それが少しずつ糸が出せる人が増えていって、糸を出せる人の方が多くなっていった。でも糸を出せない人との間に争いが起きて、その時に使われたのがこの銃なんだよ」
その話を聞いて、コハクとアギは「あっ」と声を漏らした。
「銃はもともと糸の出せない人が作った物なんだ。劣る戦力をカバーするためにね。だから本来、銃の引き金は手をかけるための形をしていた。それを糸で使えるようにしたのが今の形だね」
「なるほど。と言うことは、この銃は腕付きが使うために作られたってことですか?」
腕付きも糸は出せるが、力が弱いので発砲の反動に耐えられない。その代わり手先が器用なので、手で持つ銃ならば普通の人より遥かに上手く扱えるはずだ。
「そこはこれから捜査しないといけないが、その可能性は高いだろうね。まあリトが昔の銃との接点を見つけてくれたおかげで捜査範囲が絞れるから助かったよ」
「班長、さすがですね!」
「事務関係はダメダメだけど、銃に関しては本当に優秀よね〜」
「アギくん、一言多くない?」
渋い顔をする班長をみんなで笑いながら、コハクは一つ気になることがあった。
「昔そんな戦争があったなんて知りませんでした」
「ああ。隠してるわけでもないんだろうが、学校で習ったりもしないからね」
「どっちが勝ったんですか?」
「最後は和解で終わったよ。糸が出せない人達は減り続けていくだろうから、きちんと協定を結んでね」
コハクの問いにゼンが優しく答えてくれる。
「ちなみに戦争の後、なぜか糸は出せるけど手脚が再生しない人達が産まれるようになったんだよね。君達、腕付きのことだね。糸が出せない人が急激に減った代わりに、腕付きがどんどん増えていった。今も少しずつだけど増えていってるんだよ」
「え?そうなんですか?」
学校でも孤児院でも、コハクは自分と同じ腕付きにあったことはほとんどない。だから数が増えていると言われても実感が湧かなかった。
「まだまだ腕付きは数が少ないから信じられないよね。でも出生数で見ると増えてるんだよ」
「あら〜。それは嬉しいわね。手脚の怪我や病気に対応できる病院が少なかったり不便も多いから、このまま増えてくれると嬉しいわねぇ」
「そうですねぇ」
腕付き3人がうんうんと頷くのを見て、「君達も苦労してるんだね」とゼンがなぜか申し訳なさそうな顔をした。
色々なことを知ったその日の勤務が終わり、情報の多さに少し重く感じる頭を抱えながらコハクは帰路についていた。
途中で公園を通り抜けようとすると、男性が木の下で佇んでるのが見えた。
『どうしたんだろ?何か困ってるのかな?』
内勤限定の専門職とはいえ、腐っても警察官。困っていそうな人がいれば迷いなく声をかける。
「どうかしましたか?」
コハクの声に振り返ったのは若い男性だった。艶やかな黒髪から、金色の瞳が覗いてくる。
『おお。これはなかなか男前な人だな』
男性は芸能人が何かだと言われても信じてしまいそうなほど整った顔をしていた。
コハクの姿を認めると、手元に視線を落とした。
「小鳥が………巣から落ちてしまったみたいだ」
男性の手の中を覗き込んでみる。両手で優しく包まれた小鳥が息も絶え絶えになっていた。
「巣に戻してやればいいのだろうか?」
「あ、いや、多分一度巣から落ちてしまった子は戻しても親が追い出してしまうと思います。人の匂いがついてしまってるし」
「そうか………」
男が再び小鳥に視線を落とす。弱々しく震えていた体は、やがて動かなくなった。
「あ………」
「………死んだのか」
悲しんでいるのかわからない声で男は呟いた。
「かわいそうに………」
コハクが苦しそうな声を出すと、男は鳥を木の根元にそっと置いた。
「あ、埋めてあげるんですか?俺も手伝います」
「いや、このままにしておく」
「え?………でも、それじゃ猫とかに食べられるんじゃ………」
「それが自然だろう」
膝立ちになって鳥を見下ろしながら、男は迷いなく言いきった。
『自然………たしかに。少し関わっただけで埋めてやろうだなんて、俺の勝手な感傷だ』
巣に戻してやろうとしてた優しさと打って変わって、自然の摂理に従おうとする。その姿を少し不思議に感じたが、男の言うことは納得できた。
「所詮、枠から外れれば淘汰されるのか……」
「え?」
男がポツリと呟いた言葉に反応が遅れているお、男が立ち上がった。
「巻き込んでしまって悪かったな。声をかけてくれてありがとう。お前は腕付きだろう?遅くならないうちに帰ったほうがいい」
そう言うと男はその場を立ち去ってしまった。コハクもそのまま帰路に着いたが、なんとなく気持ちが晴れないままだった。
「おかえり」
コハクが寮に着くとキトラが先に帰っていた。ルームメイトになって初めてのことだった。
「え?あ、え?キトラ?」
「他の誰がこの部屋にいるってんだよ」
あたふたするコハクが面白くてキトラがふわっと笑う。
「いや、だって、お前がこんなに早く帰ってることなんて無かっただろ!」
「今日は仕事で近くにいたから、そのまま帰らされたんだよ。最近働きすぎだって言われてな。お前こそ遅かったじゃねぇか」
「ああ。ちょっと不思議な人に会って……」
キトラに聞かれたことをこれ幸いとばかりに、コハクは男とのことを話した。自分の中で噛み砕けないでいた思いと共に。
「変なやつだな。優しいのか冷たいのか。って言うかお前、そんな変なやつと関わんなよ。腕付きを狙うやつだっているんだから」
「あ、そう言えばなんで俺が腕付きだって分かったんだろ」
「そんな絆創膏貼った手ぶら下げてたら丸わかりだろ」
キトラの指差す先を見て、コハクは「あっ」と声を出した。
「でも悪い人に見えなかったけどなぁ。イケメンだったし」
「………見た目は関係ねぇだろ」
なぜかキトラが少しムッとする。
「あ、でも右手だけ手袋してたな。なんでだろ?」
男はなぜか右手にだけ手袋をしていた。長袖の季節になったとはいえ、まだ手袋をつける寒さではない。それも片手だけなのは違和感を感じた。
「まあ、見た目だけでは判断できねぇけど。とりあえず不用意な行動はすんなよ」
心配するキトラに、コハクはなぜか嬉しそうにしている。
「何だよ、その顔は」
「いや〜。心配してくれてるんだなぁと嬉しくて」
ニヤニヤするコハクにキトラが恥ずかしさから顔を逸らす。
「は!一緒に住んでるやつになんかあったら寝覚めが悪りぃだろうか!それだけだ!」
「口調も随分砕けてきたよなぁ。心を開いてくれてるんだなぁ。嬉しいなぁ」
照れるキトラを気にせずコハクは上機嫌で言葉を続ける。「調子に乗んな!」とキトラは真っ赤になって怒った。