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無数の糸が暴れ回っている。ベンチを壊し、木を傷つけ、コンクリートを砕く。

その凄まじい破壊に、コハクとシエンはキトラに近づくことすらできない。


「キトラ………なんで………」


糸の中心にいるキトラは、何も聞こえないかのように体を抱えて震えている。

やがて制御を失った糸がキトラの右腕を吹き飛ばした。


「キトラ!」


慌ててコハクが駆け寄ろうとするがシエンに止められる。

吹き飛ばされた腕は灰になって消え、新しいものが生えてきた。


「この暴走。街で暴れた人達と同じか。でも、自分を傷つけることなんて……」


考えながらもシエンは気が気でない。傷つけるのが腕なら問題ないが、もし頭や胴体に当たれば致命傷になるかもしれない。


「………キトラ⁉︎」


コハクの叫びでシエンは思考を中断する。見ると、キトラの鼻から血が出ていた。


「糸の力が強すぎるんだ………体が耐えられない………」


セキトに聞いた話を思い出す。キトラは今、限界を超えて糸を出してしまっているのだ。


「とにかく応援を呼びましょう。キトラさんを止めないと」


スマホで署に連絡するシエンの腕をすり抜け、コハクがキトラに近づいていく。

連絡を終えたシエンが慌ててコハクの肩を掴んだ。


「何してるんですか⁉︎」

「応援を待ってたら間に合わない。俺がキトラを止める」

「止めるって、どうやって⁉︎」


振り向いたコハクの瞳を見て、シエンは言葉が止まる。深い悲しみと、それ以上の強い覚悟がそこにはあった。


「引っ叩いてでもキトラを正気に戻す!だからお願いだ!俺がキトラの所に行くのを手伝ってくれ!」


溢れそうな涙を堪えて、コハクが懇願する。今この場で一番苦しんでいるのは誰か。シエンは思い出した。


「わかりました。俺ができるだけ糸を無力化します。コハクさんは躊躇わずにキトラさんの所まで走ってください」

「………ありがとう。ごめんね」


次の瞬間、コハクはキトラめがけて走り出した。シエンがコハクに向かってくる糸を次々と無力化していく。


「キトラ!」


辿り着いたキトラは、コハクが抱きしめても何も反応しない。ただブツブツと何かを呟いていた。


「コハク……置いてかないでくれ……お前がいなくなるのが何よりこわい……」

「キトラ?」


ふと、コハクはキトラの中に何かを感じた。キトラが非番の日に、部屋で寝ていたキトラに感じたあの違和感だ。


「キトラ?何をそんなに怖がってるんだ?お前を苦しめてるのは何なんだ?」


2人の周りにキラキラと光が舞う。しばらくすると、キトラから出ていた糸が全て消えていった。


「………コハク?」


我に帰ったキトラが、衰弱しきった声でコハクを呼んだ。


「キトラ………良かった………」


強くキトラを抱きしめて、コハクが堪えていた涙を流す。

シエンも力を使い切ってその場で座り込んでしまった。




しばらくして来た応援に連れられて、3人は警察病院に来ていた。

キトラの状態を一通り確認し、病室でゼンに話を聞かれているところである。


「しかし、捜査官の中からも暴れる者がでるとは。キトラ、本当に何も覚えていないんだな?」

「はい。部屋でニュースを見てて、そのあとはただ怖いという気持ちだけしか覚えてません。気づくとコハクと一緒に公園にいました」

「俺がいなくなるのが怖い。一番怖いって言ってたよな」

「怖い……か。他の犯人達も同じことを言っていたな」


思案に耽るゼンの横で、シエンが気になっていたことを聞いた。


「コハクさんは、どうやってキトラさんを止めたんですか?」

「どうって言われても、よくわからないんだ。キトラの中にキトラじゃない何かがいる気がして。それを追い出したらキトラが元に戻った」

「………全くわからないですね」


わからないことだらけで、4人で一斉に首を傾げる。


「わからないなら聞きに行けばいいだろう!」


突然病室のドアが開き、セキトがズカズカと入って来た。


「キトラちゃん!大丈夫⁉︎心配したのよ〜」


一緒に入って来たアギがキトラに抱きつく。力が強すぎてキトラが苦しんでいるので、セキトに引っ剥がされた。


「セキトさん。聞きに行くって、誰にですか?」


もはや騒々しい入場には慣れている面々は、普通に会話に戻っていく。


「今回の件はどう考えても糸に関係している。なら、この世界で一番糸に詳しい人間に聞けばいいだけのことだ」

「………カグラのことですね」


コハクが苦々しい顔になる。面会自体は嫌がってるわけではなさそうなので、シエンはその表情におや?と疑問を持った。


「明日はちょうど面会の日だろう。キトラも連れて行って、色々聞きだしてきたまえ」


まだコハクの顔は晴れない。キトラがベッドの上から手を伸ばしてその頬を摘んだ。


「こら。嫌がってる場合じゃないだろ。事件解決のためだ」

「う〜。でも、キトラを会わせたくない〜。モルモットにされたくない〜」

「自分は散々会いに行ってるくせに何言ってるんだか」


そのあまりものコハクの情けなさに、キトラを止めた時とのギャップがあり過ぎてシエンは笑ってしまった。


「シエンくん、笑わないでよ〜」

「すみません。ちょっと先ほどまでの緊張感とあまりにも違いすぎて」


ツボに入ったのか、シエンは笑いが止まらない。あのシエンがここまで笑っているということで、場の空気はだいぶ穏やかなものになった。


「とりあえずカグラのことは2人に任せるとして、今日は一旦解散しようか。コハク君は病室に泊まるかい?」


キトラは大事をとって病院に一晩泊まることになっている。個室が用意されているので、コハクも付き添うことは可能だ。


「はい。寮に必要なものを取りに行って戻ってきます」

「なら、寮まで一緒に帰りましょう」


すかさずシエンが同伴を提案する。

その姿に今度はみんなが笑ってしまった。




コハクが荷物を抱えて寮を出ると、セキトが待っていた。


「セキトさん?」

「もう夜も遅いし、今は何が起こってるかわからない状態だ。病院まで送ろう」


やや過保護な気もしたが、1人夜歩きするよりはいいだろうとコハクはセキトに連れられ歩き出した。


「………キトラを助けてくれてありがとう」


セキトにしては珍しく、自信のないような、不安な声でコハクに感謝を伝える。


「ゼン君から連絡があった時、正直心臓が止まるかと思った。昔のことを思い出して。あの子はまた自分の糸に苦しめられたのかと」


セキトが兄の顔をしている。優しくて、温かくて、弟の苦しみに本人以上に苦しみを感じる。セキトはそんな兄なのだ。


「良いパートナーを見つけたのが唯一の兄孝行だと言ったのは、間違いではなかったな」

「どうでしょう………俺にもなぜキトラを止められたのかわかりませんし………」


心の底からキトラを大切にしているセキトに、そこまで言われる自信はコハクにはない。


「それは意外と愛の力かもしれないぞ。君の想いは何度もキトラを救ってきた」


穏やかに笑い、歩きながらコハクの頭をポンポンと撫でる。その温かい愛に、コハクはセキトがキトラの兄で良かったと思った。




病院に戻るとキトラはもう寝ていた。


『良かった。顔色がマシになってきた』


病院に運ばれた時は真っ青だった顔色に血色が戻り、寝顔も穏やかなものだった。


『キトラの中の変なものも、もう感じない。あれは何だったんだろう?』


不安を紛らわすためにキトラの手を握る。いつもの冷たさが心を落ち着けてくれた。


『明日、カグラにキトラを会わすのは心配だけど、きちんと話を聞き出さないと。早くこの事件を解決したい』


しばらく手を握っていたが、明日のためにソファへ向かう。横になってキトラを見ると、規則正しい寝息が聞こえてきた。

その音に安心し、コハクもゆっくりと眠りについた。

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