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翌日。捜査官就任を祝いたいと、コハクはセキトの家に呼ばれていた。


「本当によく頑張った。私も師匠として鼻が高い」

「全てセキトさんのおかげです。ありがとうございます」

「全ては言い過ぎだよ」


はっはっはと笑うセキトはとにかく上機嫌だ。そこへアギがケーキとコーヒーを持ってやってきた。


「本当によく頑張ったわよねぇ。でも私はコハクちゃんが13班からいなくなって寂しいわぁ。班長も寂しがってる」

「ありがとうございます。時々13班にも顔を出しますね。ロクイさんは困ってませんか?」


ロクイとは、コハクがいなくなった穴埋めで移動してきた腕付きだ。別の署で銃担当の班にいたところを、1ヶ月前に13班に

やってきた。


「すっかり慣れてくれたみたいで仲良くしてるわよ。仕事はもともと問題ないしね。ただ家が遠いから寮に入ろうかなって言ってたわねぇ」

「じゃあ、シエンくんと同室になるかもしれませんね。仲良くできるといいんだけど」

「明るくって誰とでも仲良くできる子だから大丈夫よ。コハクちゃんがお隣にいるなら安心するでしょうし」

「そうですね。寮に入ってきたら声かけますね」


話しながらゆっくりケーキを食べるコハクを見ていたセキトが、会話の切れ目で聞きたかった話題をだしてきた。


「コハクくん。食べ過ぎるのはおさまったみたいだな。糸のコントロールがうまくいっているのだろう」

「そうですね。必要な時に出して、それ以外は閉じてというのが意識できるようになってきました。キトラは相変わらず食べまくってますが」

「あれは体質もあるからな。体が勝手にエネルギーを変換してしまうんだ。小さい頃はそれで熱を出したり、糸がコントロールできなくて怪我をしたり、本当に大変だった」


糸が強くて困ることなく生きてきたと思っていたキトラの過去に、コハクは驚きを隠せない。


「そう……なんですね。知らなかった」


今も本当は苦しんでることがあるのだろうか。自分はきちんとキトラのことが見えているのだろうか。そんな考えがよぎり、コハクの声が暗くなる。


「やっとまともに糸を扱えるようになったかと思えばグレて。本当にアイツには心配かけられてばかりだ。唯一の兄孝行は良いパートナーを見つけたことくらいだな」


その言葉にコハクがハッとしたようにセキトを見る。その目は優しくコハクを見つめていた。


「あれはバカで繊細で面倒くさい弟だが、悪いヤツじゃないんでな。これからもよろしく頼むよ。………まあ、コハク君を悲しませたら一発殴りに行くから言いなさい」

「………はい!」


自分達への包み込むような優しさが嬉しい。

自身は家族に恵まれなかったけれど、全てを受け入れてくれる温かさをコハクはセキトから感じていた。



その後、セキトは仕事があるということで出かけてしまった。アギは久しぶりに一緒に過ごせるのだからもっとお喋りをしようと、2杯目は紅茶を淹れて持ってきてくれた。


「セキトさんは優しいですね。俺とキトラのことを本当に思ってくれてる」

「2人が同室になったとき、すっごく心配してたのよ。うまくやれるかなって。私にコハクちゃんのことをあれこれ聞いてきたり。でもコハクちゃんはいい子だから大丈夫って太鼓判を押しておいたわ」

「なんだか照れますね」

「キトラちゃんのことはセキトちゃんと付き合い始めた時から知ってるから、2人が同室なんて素敵って私は思ってたんだけどね」

「そういえばキトラが俺に紹介された時にアギさんもいたのに、なんのリアクションもなかったですね」

「恥ずかしくて兄の恋人なんて言いにくかったんでしょう。あまりセキトちゃんのこと話したがらない子だし」


そういえば最初は兄について聞いても話したがらなかったなと、出会った頃を思い出して懐かしくなる。


「それで、最近はどうなの?久しぶりに一緒に暮らせてラブラブなんじゃないの?」

「そう!昨日の夜なんて凄く嬉しいことがあって!」


昨夜のことをコハクは嬉しそうにアギに報告した。2回目の誘い方を悩んでいたことまで。


「焦らなくても、2人で気持ちを通じ合わせて過ごすだけでこんなに幸せなんですね。心が満たされるっていうか」


幸せそうに頬を緩めるコハクに対して、アギは頬を引き攣らせていた。


『それはまた。キトラちゃん、とんだお預けをくらったわね』


目の前の後輩を可愛く思いつつも、アギは心の中で不憫な義弟を憐れんでいた。




その頃。キトラは仕事場のデスクで頭を抱えていた。


『昨日のはなんだったんだ?体よく断られたのか?』


絶対にいい雰囲気だと思ったのに、あっという間に腕をすり抜けていったコハクの気持ちが全く理解できない。


『もしかしてコハクはヤリたくねぇのか?1回目が全然気持ちよくなかったとか?え?俺、ヘタなのか?』


あ〜と声にならない声をあげながらデスクに沈んでいく。

その背中に呆れた様子の声がかけられた。


「何この世の終わりみたいな顔してるんですか」


シエンが後ろに立っていた。


「シエン?あれ?お前非番じゃねぇの?」


シエンはコハクの教育係なので、基本2人は休みが一緒になる。キトラ的には面白くない話だが。


「コハクさんに無駄なく教えられるように色々用意しにきたんです」

「は〜。ご苦労なことだな。そんな肩肘張らなくてもいいのに」

「あなたも俺の教育係のとき、残って色々準備していたでしょう」

「………知ってたのか」


キトラも真面目な性格なので、シエンを先に帰らせて資料を用意したり手順を確認したりしていた。

だが、お互いの関係上それは絶対知られないようにとしていたはずなのだが。


「俺の目を誤魔化せると思わないでください。あなたに負けるのだけは嫌ですからね。必ずコハクさんを立派な捜査官にしてみせますよ」

「はいはい。お前がついてりゃ安心だよ。俺は仕事があるから、お前も用がすんだらさっさと帰れ」


そう言ってキトラは報告書の続きを書こうとデスクに向き直る。それをシエンが覗き込んできた。


「街中で糸を振り回して暴れた男の逮捕。……最近多いですね。道端で急に暴れ出す事件」

「みんなよっぽどストレスが溜まってんのかもな。コイツは糸が強くてなかなか取り押さえれなかったから、俺が呼ばれたんだよ。なんかずっと喚いてたぞ。蜂が来るとかなんとか」

「さすが。パワー馬鹿の先輩はそういう時便利ですね」

「………お前、最近ますます口が悪くなってねぇか?」

「あなたに言われたくありません」


はあ〜っと先輩を先輩とも思わない後輩に、これ以上は疲れるだけだとキトラは言い返すのを諦めた。


「で、さっき頭を抱えてたのはなんだったんですか?この事件のことじゃないでしょう?」


急に話を戻されてキトラは慌てる。


「べ、別に何でもねぇよ」

「コハクさんのことですか?」

「…………」

「今日は2班に来てから初めての休みですよね。昨夜は恋人同士には嬉しい夜のはずだ」

「…………」

「……あの寮、壁が薄いんですよね」


ガシャン!とコントのようにキトラが机の上の物をひっくり返す。だが、それを気にしている余裕はなかった。


「お前………まさか………」

「冗談ですよ。もし声が丸聞こえなら初めての時に邪魔しに行ってます」


それもどうなんだと思いながらも、ひとまず自分達のプライベートが筒抜けでないことにキトラは安堵する。


「しかし、なるほど。さしずめ2回目に辿り着くにはどうすればいいかお悩み中というところですか」

「なんで2回目だってわかるんだよ」

「見てればわかるでしょう。そうですね。コハクさんを気持ちよくさせる方法でも教えて差し上げましょうか?俺ならそれをできることは証明済みでしょう?」


フフンと、完全に優位にたった者の態度をしているシエンにキトラはキレそうになる。


「いらねぇよ!余計なことしてねぇで、さっさと帰れ!」


そう怒鳴るとキトラはその場を立ち去ってしまった。

残されたシエンはというと、子供のように楽しそうな顔をしていた。




それから数日後。

男性が街を歩いていると声をかけられた。


「あの……これ落としましたよ」


振り返ると、目が覚めるような鮮やかな金髪が目に入った。

20歳くらいの男が手にボールペンを持っている。


「いや、俺のじゃな」


言いかけて男性の言葉が止まる。まるで何も見えていないかのように目から光が消え、動かなくなった。


「ねえ。あんたの怖いものは何?教えてよ。とっておきの悪夢を見せてあげるからさ」


金髪の男が恐ろしい笑みを浮かべる。

2人の周りには気づかないほどの光の粒がキラキラと舞っていた。

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