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半年後。
無事に訓練を終えて2班配属にとなったコハクを、ゼンが班員達に紹介している。
「って、なんで………」
みんなの前に立つコハクの横には、シエンが立っていた。
「なんでお前が教育係なんだよ!」
紹介される側に入れられてしまったキトラが喚く。
「当たり前じゃないですか。腕付きの捜査官の先輩。これほど教育係に最適な人材もいないでしょう。手取り足取り教えてあげますからね、コハクさん」
「よろしくお願いします!シエン先輩!」
コハクはすっかり後輩の立場に馴染んでしまっている。キトラはただヤキモキするだけだ。
「じゃあ、さっそく聞き込みに行きましょうか」
「はい!先輩!」
嬉しそうに部屋を出ていく2人を追おうとするキトラだが、「君の仕事は別」とゼンに首根っこを掴まれて阻止された。
警察学校にいる間も、カグラとの面会は続いていた。
そして、今日は捜査官になって初めての面会の日だ。
「捜査官就任おめでとう」
「………ありがとうございます」
カグラは笑顔でお祝いの言葉を伝えてきた。
前回会った時に捜査官になることは言っていたが、まさか祝われるとは思っていなかったのでコハクは面食らう。
「腕付きの捜査官を研究できるなんて、これはますます楽しみだ」
「そうですか」
「恋人のいる部屋にも戻れたのだろう。どうだい?嬉しいかい?」
「え?あ、それは、もちろん」
最近のカグラはコハクのプライベートまであれやこれや知りたがる。糸の進化に生活が関係してるのか研究するためだと本人は言っている。
「警察学校に行く前くらいから声に艶が出てきたもんね。恋人との糸のやり取りも精度を増したし。やはり心境の変化も糸に影響するんだな」
ふむふむと、興味深そうにパソコンに打ち込んでいくカグラの手が止まった。
「つまり幸せとか満たされるということが良い影響を与えるということなのか。それとも大切な人間がいるということが重要なのか」
「………どっちもかもしれません。大切な人がいるから幸せになれる。その人のために何かしたいと思う。そして、満たされる」
「ふ〜ん。僕は研究さえできていれば幸せだけど、そういう幸せもあるのかもしれないね」
そう言ってカグラはパソコンへの入力を再開する。
だが、その言葉にコハクは少し引っかかった。
『理解……できないわけじゃないのかな?大切な人とか、そういうことを』
対話は大事なのかもしれない。自分のしていることは無駄ではないのかもしれない。
そんな思いを抱えて刑務所を出ると、キトラが待っていた。
「お疲れ。今日はそのまま帰っていいってさ」
「そうなの?シエンくんは?」
「お前がいない間ヒマだろって、先輩達に訓練場に連れてかれた。アイツは俺達とは違う戦い方するだろ?勉強になるからって、ことあるごとに訓練に付き合わされるんだよ」
「じゃあ、俺もそのうち声がかかるかな。役に立てるといいけど」
「シエンは手加減なしで先輩をのしまくってるらしいぜ。お前もやっつけてやれ」
はははと楽しそうにキトラが笑う。
何度会っても緊張するカグラとの面会で疲れたコハクは、やっと肩の力を抜けた。
「面会はどうだったんだ?」
コハクの緊張が解けるのを待っていたかのように、キトラは質問をする。
「ああ。捜査官就任おめでとうって言われたよ。お前とのことも聞かれた。一緒の部屋に戻れて嬉しいのかって。………幸せや大切な人が糸に影響するのか興味があるみたいだ」
「相変わらずだな」
事件のことを思い出すとキトラは今すぐにでも面会をやめさせたい。だが真剣に面会に挑みどうすべきかを模索しているコハクを見てきた中で、応援したいという気持ちも芽生えていた。
「何かあったのか?」
刑務所をでてから、コハクがいつも以上に何かを考え込んでいることにキトラは気づいていた。
「うん。大切な人がいるから幸せという話をした時にカグラが言ったんだ。そういう幸せもあるかもって。今までの彼からしたら考えられない発言だなって」
「人をモルモットとしか見てないヤツにしたら、たしかに違和感のある発言だな。でもお前と話をしてるうちに、そういう考えの人間もいるって学習しただけかもしれねぇぞ」
「……そうだな。カグラにも人の心がわかるかもしれないと思ったけど、そんな都合のいいことは起こらないよな」
「お前はどうなったらいいと思うんだ?」
キトラがずっと思っていることだ。カグラを刑務所に閉じ込められればそれでいいのか。傷つけられた人の心を理解してほしいのか。
「カグラが傷つけられた人の心を理解して反省したところで、遺族にはなんの救いにもならないかもしれない。でも、自分がしたことを理解できるならそのほうがいいと思うんだ」
「……そうか」
誰よりも人の心を大切にするコハクらしい考えだ。キトラは、だから応援したいと思ったのかもしれない。
「まあ焦ってもどうにもならないだろ。お前は毎回の面会を自分なりにやるしかない。なんなら俺も一緒に行こうか。糸のやり取りを受ける側の意見を聞けたら喜ぶんじゃねぇか?」
「え?……う〜ん。それはキトラのことが心配になるからイヤかな」
自分は人の心配を押し除けて犯罪者に会いに行ってるくせに、相手にはそれを許さないと言う。
そのわがままにキトラは笑ってしまった。
「わかったよ。お前も無理はするなよ」
寮に戻ると8時をまわっていた。
「キトラ、先に風呂行けよ。俺は明日非番だから」
「ああ。ありがとう」
食事は外で済ませてきたので、コハクの言葉に従って風呂に向かうキトラ。
湯船に浸かりながら、ここ数日ずっと悩んでいたことを考えていた。
『………2回目って、どうやって誘ったらいいんだ?』
コハクが寮に戻ってきて数日。初日は再び一緒に暮らせることを喜んだが、次の日が初出勤ということもあり早々に就寝した。そのあとも次の日のことを考えると夜の誘いをすることなんてできず、やっと明日休みという日を迎えたのだ。
『初めての時はしばらく離れるってのもあったからお互いすんなり気持ちを持っていけたけど、今回はなんて言ったらいいかわかんねぇ。コハクの体の負担を考えたら、今夜が一番いいタイミングなんだけどな………』
キトラだって健康な成人男性である。半年も離れていた恋人が欲しいと思うのは自然なことだった。
『あ〜。クソ!犯人捕まえんのだってこんなに悩まねぇのに!』
悩みすぎて比べるのはそこなのかと思うような思考に陥っていくキトラ。そのままブクブクと湯船に沈んでいった。
その頃。風呂の用意をしながらコハクもソワソワしていた。
『………2回目って、どうやって誘ったらいいんだろう?』
コハクはコハクで、ここ数日キトラと同じ悩みを抱えていた。
『キトラは明日仕事だし、イヤかな?でも俺は休みの前じゃないと絶対体がもたないし………。っていうか、ガッついてるって思われないかな?』
キトラと付き合うまで恋愛経験0だったコハクである。初めての時だって一生分の勇気を振り絞って誘ったのだ。2回目は心臓が破裂してしまう勢いだった。
『そもそも1回目はあれで良かったのか?もしかしてあんまり気持ちよくなかったから、キトラは俺の体に興味なくなったのかも………。え?どうしよう。俺、フラれたら………』
こちらも思考があらぬ方向へ向かってしまっている。あーわーと声にならない叫びが挙動不審な動きにあらわれていた。
「お先。風呂あいたぞ」
「あ、ああありがとう」
ギクシャクと不自然な動きで風呂場へと向かうコハク。だが考え事で手一杯のキトラは全く気づかなかった。
しばらくしてコハクが風呂から戻ると、キトラが壁にもたれて眠っているのが見えた。
「キトラ……?」
コハクが近づいてもキトラは全く起きない。
『相変わらず仕事忙しいもんな。疲れてるよな』
安心しきった寝顔が愛おしい。
そっと頬に触れると、深い金色がまつ毛の間から現れた。
「悪い。寝てたか?」
まだ覚醒しきらない金色が、ぼんやりとコハクを見つめる。その瞳を見ていると胸が締め付けられるように苦しくなって。
自然に。本当に自然にコハクは唇をキトラの唇に重ねていた。
「………ただいま」
唇はすぐに離れていったが、突然の行動にキトラは驚きで目を見開く。だがしばらくすると、穏やかな表情になってコハクの髪を撫でた。
「おかえり」
そのまま今度はキトラから唇を重ねた。
今度もすぐに離される軽いものだったが、コハクは幸せそうに微笑んでいる。
「がんばったな。見事に夢を叶えた」
「みんなのおかげだよ。お礼を言いに行かないと」
優しく抱き寄せてコハクを腕の中におさめる。
そのままもう一度口づけようと少し力を緩めると、コハクが目を潤ませて見つめてきた。
「キトラ………」
いつもより甘い声に背筋がゾクっとする。
もっとその声が聞きたくて。甘い音を出す唇から目が離せない。
「明日も早いだろ。そろそろ寝ようか」
そう言ってキトラの腕をするりと抜け出し、「おやすみ」と言ってコハクは自分の部屋へ向かってしまった。
「…………へ?」
残されたキトラは何が起こったのか理解できず、呆然としていた。




