23
安心させるという約束から2週間後。
どうするつもりだろうとキトラがモヤモヤしていると、ついにコハクが動いた。
「明日は2人とも非番だな」
「そうだな。どこかにでかけるか?」
「いや、俺1人で出かけてくる。キトラは自由にしといてくれ」
一緒に過ごせると思っていたのでキトラは少しガッカリする。
だが、コハクはふふふと楽しそうに笑っていた。
そして翌日。朝早くからコハクは出かけて行った。
『一緒に過ごすと思ってたから、何も予定がねぇな』
ダラダラとテレビを観て過ごしていると、急に頭にイメージが届いた。
『なんだこれ。コハク?なんか苦しんでねぇか⁉︎』
コハクが息も絶え絶えに苦しんでいる。
慌ててキトラはイメージの場所に向かった。
たどり着いたのは中華料理屋だった。
『何だってこんなとこにいんだ?』
まだ苦しむイメージは続いている。
キトラは迷わず店内に飛び込んだ。
「コハク!」
「やあ。キトラ君。久しぶりだね」
「意外と早かったな」
息を切らしながら店内を見ると、なぜかキタカとアイヒがいた。向かいに座っているコハクは必死になって水を飲んでいる。
「ぷはぁ!この麻婆豆腐、本当に辛いですね!」
「はっはっは。うちの名物だからな。熱烈なファンもいるんだぞ」
厨房から陽気な中年男性が出てくる。
「父さん。張り切りすぎだよ」
「母さんも止めてよ」
「あら〜。いいじゃない。とびきり辛いのをって希望だったんだから」
更に厨房から楽しそうに笑う中年女性まで出てきて、キトラは全く話についていけない。
「しかし、本当にかけつけたね。恋人同士の愛の力だねぇ」
「羨ましいわぁ」
厨房から出てきた2人はキャッキャとはしゃいでいる。キタカとアイヒが「いい歳してイチャつかないでよ」と呆れている。
「キトラが来たので俺は次へ行きます!ありがとうございました!」
「またいつでもおいで!」
「今度は辛くない料理用意しておくわね〜」
コハクが夫婦に見送られている間に、キトラは兄弟に捕まっていた。
「キトラ君は俺達と世間話でもしようか」
「杏仁豆腐くらいは用意してやるよ」
「え?ちょ、俺はコハクに会いに来たんだけど」
まあまあと席に座らされ、兄弟にあれやこれやと質問攻めにされていった。
兄弟に両親も加わり、キトラはすっかり家族4人に馴染んでいた。
「へえ〜。この店ってオープンして8年なんですね」
「そう。キタカが腕を無くして塞いでたから、一緒に店をやれたらと独立したんだ。その矢先にキタカが失踪してしまって。続いてアイヒもいなくなるし。戻ってきたと思ったら銃の密造に関わってたって言うし。驚いたよ」
「でもこうして家族でテーブルを囲めるようになったんだから良かったじゃない」
かなりハードな過去のある家族のはずなのに、4人はそんなことは感じさせない。キトラはすっかり感心してしまった。
そんな時、また頭にイメージが飛び込んできた。
『コハク⁉︎何か悩んでる?頭が痛くなるくらい考え込んでる気がする』
「すみません!急用ができたので帰ります!杏仁豆腐ありがとうございました!」
急いで店を後にするキトラを4人は笑顔で見送る。
「さて。ランチの用意をしないとな。2人とも手伝ってくれよ」
「まかないは何がいい?」
「炒飯がいいな」
「俺は酢豚!」
ワイワイと楽しそうな声が店内に響いていた。
一方、キトラはイメージを辿って警察署に来ていた。
『勢いで来たけど、なんで署に?でも13班の部屋からコハクの気配がするし………』
訝しがりながら部屋の扉を開けると、コハクがリト、ゼン、シバに囲まれ机に向かって頭を抱えていた。
「ここの左右が違う!細かいとこほどよく確認しろと言ってるでしょ!」
「これじゃあ証拠不十分で犯人が無罪になっちゃうな。手続きはしっかりしないと」
「地理は苦手なのかなぁ。40点じゃ赤点以前の問題だよ」
コハクは3人から銃の設計や警察内の手続き、なぜか5教科まで幅広い分野のテストを受けていた。
「勉強は昔から苦手なんですよ〜」
「そんなことで捜査官になれるのかい?っと、キトラが来たね」
「いらっしゃい、キトラ」
シバがおいでおいでするので、訳がわかないながらもキトラが4人の元へ向かう。
「じゃあ、俺は次に行きます!みなさん、あとはよろしくお願いします!」
「あ!おい!また!」
キトラが来たのを確認すると、コハクはまた逃げ出してしまった。あとを追いかけようとするキトラの肩をゼンが掴んだ。
「キトラ………最近仕事に身が入ってないようだね。報告書が不備だらけだったよ。すぐ直そうか」
ニッコリと笑う顔は、完全に怒った時のそれだった。恐怖で青ざめながらキトラは「はい……」と答えて、先ほどまでコハクがいた席に大人しく座った。
しばらくゼンに監視されながら書類の修正をしていたキトラだが、三度頭にイメージが湧くのを感じて焦った。
『なんだ?今までで一番イヤな感じがする………早くコハクんとこへ行かねぇと!』
「班長!すみません!残りは明日必ずします!」
大慌てで部屋を出ていくキトラを、ゼンは止めなかった。残り2人も穏やかな顔でそれを見守っていた。
次に辿り着いたのは署内の訓練場だった。
『次は訓練場?でも、イヤな感じがどんどん増してる』
ガラッと勢いよく扉を開くと、コハクと共にシエンがいた。
「シ、シエンくん。ここまではやり過ぎじゃないかな」
「でもリアリティがあったほうがいいでしょう?」
コハクはシエンに押し倒されていて、はたから見ると襲われているように見えた。なんなら服も少しはだけている。
「ちっ!思ったより早く来たな」
舌打ちして呟くシエン向けて、キトラの糸が飛んでいく。だがシエンはコハクを抱えてあっさりかわしてしまった。
「てめぇ!いい加減にしろよ!猥褻罪でしょっぴくぞ!」
「どうぞ。まあキトラさんが俺を捕まえられるとは思えませんが。あっ、コハクさんにならいくらでも捕まりますよ」
ニッコリ微笑んでコハクに指を絡める姿に、キトラの怒りが限界に達する。
「いい度胸だ。後輩の間違いを正すのは先輩の役目だもんな」
「そういうのパワハラって言うんですよ。キトラさんこそ傷害罪で捕まらないようにしてくださいね」
口で罵り合いをしながら、糸は空中で激しい攻防戦を繰り広げている。
それでもコハクには一切攻撃を当てないあたり、2人の優秀さが見てとれた。
『今のうちに……』
2人がお互いに気を取られている間に、コハクはこっそりと抜け出した。
2時間経っても激しい打ち合いは続いていた。
「シエン。やるようになったな」
「キトラさんは恋愛にうつつ抜かして、訓練が疎かになってるんじゃないですか」
相変わらずの減らず口にキトラが再び仕掛けようとした時。
『またか⁉︎今度は凄い痛がってる?』
もはや4度目の感覚に、慌ててキトラが訓練場を後にする。
「シエン!決着は今度だ!」
「いや、別にわざわざ決着つけなくてもいいんですけど」
律儀なキトラにシエンが呆れていると、思い出したようにキトラが付け足した。
「お前、糸を右下に振るときにブレるクセ直しとけよ!」
しっかり先輩面してくるキトラにシエンは面食らってしまう。
「……嫉妬くらい思いっきりさせてくださいよ」
そう呟く姿は少し楽しそうだった。
最後に到着したのはセキトの家だった。
『………イヤな予感しかしない』
1日走り回った終着点に、やはりという思いが浮かんでくるのに嫌気がさす。
開けたくないなぁと思いながら玄関の戸を開いた。
「痛い痛い痛い!アギさん!痛いです!」
「コハクちゃん、身体中バキバキよ。柔軟はちゃんとしなさいって言ってるでしょ」
リビングでは前屈するコハクをアギが思いっきり前へ押していた。横ではセキトが楽しそうに笑っている。
「おっ!キトラ!思ったより早かったじゃないか!」
「………やっぱりお前の仕業か」
満面の笑みで弟を迎える兄に、迎えられた方は怒りを抑えられずにズカズカと近寄っていく。
「どういうつもりだ!1日走りまわしやがって!コハクにも何させてんだよ!」
「待って!キトラ!俺が頼んだんだよ!」
一触即発のその空気に、コハクが慌てて割って入った。セキトを守るようにキトラの前に立つ?
「お前が?」
「そう。キトラを安心させるために、どうしたらいいか考えて」
真剣にキトラを見るコハクの肩に、セキトの手が置かれる。
「なかなかいい案が思いつかないと、私に相談してきたのだ。それはそうだろう。そもそも危険に身を置く恋人を持って、安心なんてできるわけない」
「でもセキトさんが言ってくれたんだ。信じることならできるんじゃないかって」
コハクが胸の前でグッと手を握る。それは少し、祈る姿に似ていた。
「今回、キトラは俺が痛がったり苦しんだりしたらすぐ来てくれた。だから、俺に何があってもキトラが必ず助けてくれる。俺はそう信じることにした」
握っていた手をほどき、今度はキトラの手を包む。温かくて優しい手がキトラの心まで包んでいく。
「だから、キトラも信じてよ!俺に何があっても絶対自分が助けに行けるって!俺のこと守れるって!」
「ようは望みを叶える恋人を守れないヤツなんかお呼びでないってことだ」
セキトが横から冷やかすが、キトラはコハクしか目に入っていない。
「………お前は信じられるのかよ……俺のこと」
「ああ!キトラは絶対来てくれるって信じてる!」
「………あー!」
急にキトラが大声で叫び、頭をかきむしる。
「わかったよ!合格!合格だ!とっとと捜査官でも何でもなっちまえ!」
「いいのか!」
キラキラと輝く笑顔でコハクが喜んでいる。
セキトやアギとハイタッチまでしている。
「しっかし、そんな他力本願で捜査官なんて務まるのかよ。いざとなれば助けてもらうなんて」
「何言ってるんだ。捜査官なんてそんなもんだろう」
脱力したキトラの呟きに答えたのはセキトだった。
「警察なんて組織で動くものだ。お互い助け合うのが当たり前で、1人で暴走するなんて捜査官失格だ」
「お前はいつも1人で暴走してるだろう」
「何言ってるんだ。私にもちゃんと上司と同僚がいて、連携をとって仕事をしているぞ」
「上司と同僚の心の広さに脱帽するな」
遠回しに揶揄してもセキトは何も気にしない。むしろいつも以上にご機嫌だ。
「………なぁ」
「なんだ?」
「………ありがとう」
顔を逸らしたまま告げられた感謝に、セキトが更に上機嫌になった。
セキトの推薦もあり、正式にコハクが捜査官になることが決まった。
捜査官の訓練を受けるため半年間警察学校に入ることも決まり、一時的に学校の寮に移ることになった。
「俺がいない間、シエンくんと同室になれば?」
「絶対お断りだ」
寮を出る2日前。荷物の用意をしながらコハクが軽口を叩く。
「必要なもんは揃ってるか?明日買いに行くもんあるか?」
「大丈夫。一通りの物は揃ってるよ」
荷物を詰め終えキトラの近くに座ると、後ろから抱きしめられた。
「……俺がいなくなるの、寂しい?」
「当たり前だろ」
糸が出てきてコハクの指に絡められる。
恋人が珍しく甘えてくる姿に、コハクは嬉しくなった。
「絶対2班配属になって戻ってくるよ」
「ああ。信じてる」
「だからさ………あの………」
急にコハクが恥ずかしそうに言い淀んだ。
「どうした?」
「お………お守りが欲しいなぁって」
直接的な言葉でないコハクの願いは、キトラになかなか伝わらない。
「………そろそろ俺たちもしたいな………と思うのですが」
なぜか敬語になってしまった誘いに、やっとキトラが気づいた。
「………いいのか?」
驚きと喜びと、少しの欲を含んで聞き返される。コハクは真っ赤な顔で静かに頷いた。
「………辛かったり怖かったらすぐ言えよ」
優しい言葉とともに、コハクの大好きな冷たい手が体に触れてきた。




