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次の日。キタカのことはキトラに託し、コハクはいつも通り仕事をしていた。

用事を頼まれ外出した帰り、ある通りに来て足を止めた。


『ここ、あのナイフを振り回す事件のあったところだ』


女性を助けるために初めて糸の流れを読み取った場所だった。何か訓練のヒントがないかとしばらく立ち尽くしていると、声をかけられた。


「すみません。少しいいですか?」


プラチナブロンドの髪に紫の瞳の男が話しかけてくる。20台後半と思われるその人物は、名刺を渡して週刊誌の記者だと名乗った。


「ここで男がナイフを振り回した事件があったんですけど、ご存知ですか?」

「ナイフの……」


知っているどころか、関係者だ。

だが、一応記者と名乗っているとはいえ素性の知れない者に簡単に情報は渡せない。


「いえ。知りません」

「そうですか。もし何か情報があれば名刺の番号まで連絡ください」


そう言って男はあっさりと去っていく。

だが、コハクは何となく薄気味悪さを感じていた。




署に戻り、まだ消えない気味の悪さにコハクが顔を顰めて廊下を歩いていると、シエンに声をかけられた。


「コハクさん。どうしたんですか?険しい顔して」

「シエンくん。……ちょっと気になることがあって……」


男のことを話すとシエンも少し気になるようで、名刺を貸してくれとコハクに頼んできた。


「実在する記者か、出版社に問い合わせてみます。不審な情報が無いかも」

「ありがとう。頼むね」

「………キトラさんにも話しておきますね」

「?うん。ありがとう?」

「そのほうが安心するでしょう?」


誰がとか、何でかとかは言わないが、シエンなりにコハク達のことを考えてくれているようだ。


「はは。ありがとう。でも、もう署に帰ってくると思うから、自分から言うよ」

「?何で知ってるんですか?」

「なんとなく」


そう言って笑い、コハクは玄関に向けて来た道を戻っていく。

ちょうど扉を潜ったところでキトラと合流するのが見え、シエンは不思議な顔をした。




記者を名乗った男はやはり偽物だった。出版社に問い合わせても在籍の記録は無く、他にもメディア関係にそれらしい人物を探してみたが、該当する情報は出てこなかった。

かと言って、不審な情報も出てこない。

ゼン、キトラ、シエンで13班まで来て、男についてどうするか相談することになった。


「まあ外見はいくらでも変えられるからな。もっと調べるには情報が少なすぎる」

「コハク君はこの間の事件について聞かれたんだよね。他に何か言ってなかったかい?」

「いえ、事件について知らないかとだけ」


また妙なことに巻き込まれたと心配するアギにぴったり寄り添われながら、コハクはそれ以上答えようがなかった。


「なぜ今更あの事件を調べるんでしょうね。犯人の糸を無力化したので一時期はネットで騒がれましたが、とっくに下火になってますし。私は動画で顔が知られましたが、コハクさんは映ってませんでしたし」


大勢の人に糸の無力化を見られたことで、あの事件は何本か動画が拡散され話題になった。だがどれもシエンの立ち回りが映っているだけで、女性を守っていたコハクはその場にいた者でも記憶に残っていないと思われている。


「コハク君に話しかけたのはたまたまなのか。まあ用心するに越したことはない。しばらく仕事での外出は他の者で担当してくれ。出勤や帰宅の時はキトラかシエンをつけるし、プライベートの外出も誰かと行動してするようにしてくれ」

「わかりました」


はっきりとした危険があるわけでもなく、でもどこか寒気を感じる空気をコハクは重く感じていた。




その日の帰宅はキトラが付き添うことになった。警戒は怠れないが、久しぶりの2人での帰宅にコハクは少し心が躍った。


「キタカさんのことはどうなった?」

「しばらくは様子見だな。外出時は誰かつけるようにはしたし、シバさんや兄貴も時々様子を見に行くと言ってくれてる」

「そうか。なんだか色々なことが起きて驚くな」

「手脚のない遺体の事件は犯人の人相書きがあるから、糸の手のことを聞かれた人達に見せて回るってさ」


キタカの不安を考えると少しでも早く解決してほしい。そう考えながら、ふとコハクは気になることがあった。


「その犯人って、二十代後半の男性だって言ってたよな。髪や瞳の色は違うけど、俺に話しかけて来たヤツも同じくらいだ」


小さな引っ掛かりができる。考えすぎかとも思ったが、キトラが話に乗ってきた。


「……腕付きが手脚を切られた事件。腕付きの糸の手。腕付きの捜査官が解決した事件。………どれも腕付きに関する事だな」

「……その人相書き、俺も見れるかな」


薄気味悪さが膨れ上がっていく。

腕付きと言う存在に呪いをかけるかのように。


「もう寮に着くな。署に戻るより、誰かに持って来てもらうか」


すぐそこに見えた安心できる空間に逃げ込みたいという思いが湧いたのか。キトラは来た道を戻るという選択はしなかった。




しばらくして寮にやってきたのはセキトだった。


「やあ!コハク君!相変わらず変なことに巻き込まれているな!」


鬱屈とした空気を吹き飛ばすかのように、いつも通りの調子でセキトはリビングに入ってくる。


「セキトさん。わざわざありがとうごさいます」

「なんで兄貴がくんだよ」

「不確かな情報で忙しい捜査官達の手を止めるわけにいかんだろ。私も事件の捜査には加わっているんだし」


セキトはドカっとテーブルの前に座り、意気揚々と封筒から一枚の紙を出した。


「これが件の人相書きだ。どうだね?君の会った男に似てるかね?」


紙には真っ黒な髪から鋭い瞳がのぞく男が描かれていた。スッキリとした顔立ちで、好青年に見えなくはない。


「……少し印象が違いますが、似てると思います」


コハクが会った男は笑顔をはりつけて相手の警戒心を解こうとしながらも、目だけは笑っていない薄気味悪さがあった。


「そうか。なら一考の余地ありだな」

「コハクが会ったヤツと同一人物だったとしたら、どうするつもりだ?」

「犯人への唯一の繋がりだからね。なんとかコンタクトを取りたいものだが」

「じゃあ俺が名刺の番号に電話してみましょうか?」


コハクの発言は至極当然の反応なのだが、セキトは目を見開き、キトラは青ざめた。


「お前、何言って…」

「それが危険なことだとはわかっているね」


止めようとするキトラを遮って、セキトがコハクの覚悟を確かめる。


「もちろん。わかってます。でも名刺を渡してきたということは、あの男は俺とコンタクトを取りたがってるということです。それを利用しない手はありません」


怖くないわけではないが、コハクは自分が事件解決に貢献できるならと腹をくくっていた。


「……さすがは私の弟子だね。君1人に全ては背負わせない。捜査官全員で君を守る。犯人への囮の役、引き受けてくれるかい?」

「はい!」


やる気に満ちたコハクとは対照的に、キトラは青ざめたままだ。


「キトラ。お前の気持ちはわかるが、コハク君の邪魔にはならないと決めたのだろう」

「そりゃ……そうだけど……」


キトラの弱りきった姿を見ると、コハクも決心が揺らぎそうになる。

そんな2人を見て、セキトはあることを思いついた。


「ふむ。仕方ない。どうせ作戦には必要になってくるだろうし、今確かめておくか」


セキトはそのまま誰かに連絡を取り出す。

その姿を2人は不思議な顔で見ていた。

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