15
シエンとの抱擁を見られてから数日。宣言通りキトラは寮に帰ってなかった。
時々着替えなどは取りに来ているようだが、見事にコハクのいない時間を狙っているようだった。
『そんなに会いたくないのかな………俺は話がしたいのに………』
じわっと目に涙を浮かぶのを、顔を振って止める。
そうして、今日も誰もいない部屋へ帰ろうと警察署を出たところで声をかけられた。
「やあ!コハク君!久しぶりだね!」
「セキトさん⁉︎」
大袈裟に両手を広げて近づいてくるのは、今想いを馳せていた人の兄だった。
「君が悩んでいると聞いてね!可愛い弟子の一大事を放っておけず駆けつけてしまった!」
はっはっはと豪快に笑う姿は周囲の注目を集める。
いたたまれなくなってコハクは「とりあえず移動しましょう!」といつもの公園までセキトを引きずっていった。
「なにやらすまないね。うちの愚弟が君を困らせているみたいで」
「いえ、そんな。俺のせいでもありますので」
ベンチに落ち着き開口一番、セキトにキトラのことで謝られる。
「君は悪くないさ。全く。あの弟ときたら。力ばっか強い脳筋のくせに、変に繊細でウジウジしているのだから始末におえない」
「いや、そこまで言わなくても……」
あまりの言われっぷりに、流石にコハクも可哀想になってきた。
「ふん!どうせ勝手に悩んで思い込んで突っ走ってるんだろう!そう思って、ちょっとお灸を据えてみた」
「?それってどういう………」
セキトの言葉の意味がわからず聞き返そうとした瞬間、コハクの体が宙に浮いた。
「へ?」
「クソ兄貴!コハクから離れろ!」
声がして振り向くと、糸で持ち上げられた体がキトラの腕の中におさめられる。
強い力で抱きしめられた。
「なんなんだよ!このメッセージは!」
糸で持ち上げたスマホの画面には、『コハク君を気に入ったので手を出そうと思います。止めたければ思い出のベンチに来い』という言葉が並んでいた。
「なんだも何も。言っただろう。モタモタしてると誰かに取られるって。まあ、私のは冗談だか、すでに誰かさんには手を出されたみたいだがね」
キトラがグッと言葉に詰まる。
「私相手にはクソ呼ばわりできても、後輩の腕付き相手じゃ尻尾巻いて逃げるしかできないんだろう?こんな軟弱者が弟だなんて、あ〜嫌だ嫌だ」
どんどんと暗い顔になっていくキトラ。
拳を振るわせてそれでも言い返せないでいる体を、今度はコハクが抱きしめ返した。
「キトラ!会いたかった!」
泣きながら抱きついてくるコハクにキトラも応えたい。だが、優しく肩に手を添えて体を離した。
「キトラ………」
「俺、寮を出ようと思う」
目を逸らしながら、肩に触れている手が震えている。
「俺はお前と一緒にいられない。俺じゃお前の道を邪魔しちまう。せっかく前を向いて歩き出したお前の足枷になりたくねぇ」
『何でだよ。声震えてるじゃん。苦しくて仕方がないって顔してるじゃん。なのになんで俺から離れていこうとするんだよ』
やっと会えたのに離れていこうとするキトラの気持ちが、コハクには理解できない。
「………シエンは優しいか?俺が寮を出たらアイツと相部屋になればいい。アイツならお前を泣かすこともないだろうし、捜査官になることも応援してくれる。………何があってもお前のことを守ってくれるさ」
それだけ言ってキトラはコハクの肩から手を離す。そのまま去っていこうとする手をコハクが掴んだ。
「何でそんなこと言うんだよ!俺が一緒にいたいのはお前なのに!」
シエンよりも冷たい手を強く握る。力が強すぎてこちらの手が痛くなるくらいに。
「俺を変えてくれたのはお前なんだ!前を向けたのも!捜査官になるために必死で努力できるのも!お前に会えたからだ!」
泣きながら訴える声にキトラの顔がやっとこっちを向いた。
「守ってくれるってなんだよ!誰が守って欲しいなんて言ったよ!俺は守りたいって思ったんだ!優しくて傷つきやすくて、それでも必死に仕事に向かうお前のこと!だって………」
ポロポロと涙を流しながら真っ直ぐにこっちを見てくるコハクから目が離せない。
「だって………お前が好きだから!」
思いの丈をぶつけた後、沈黙が降りる。
2人とも思考が停止してしまっているようだった。
「………え?」
先に反応したのはコハクだった。
自分の発言が信じられないというように、真っ赤になって手を振りまわし慌てふためいている。
「ちょ!ま!え⁉︎なに⁉︎待って!今の何!」
完全にパニックになってしまっているコハクに、キトラは脱力してしまった。ヘナヘナと地面に膝をつく。
「キトラ⁉︎大丈夫⁉︎」
慌ててしゃがんで顔を覗き込んでくるコハクを見て、キトラは思わず笑ってしまった。
「ははは。お前は凄いな。………俺はお前に一生勝てないんだろな」
穏やかに微笑んで、そっとコハクの頬に触れる。
『好きだって言わせてやるって願いが、こんな形で叶うなんてな』
赤くなった頬が愛おしい。真っ直ぐに見てくる緑の瞳が愛おしい。心を満たしてくれる言葉をくれる唇が愛おしい。
コハクを見るたびに頭をよぎっていた手脚のない遺体の幻影は、気づけば消えていた。
「俺も……コハクが好きだよ。………誰にも渡したくない」
そう言って唇に己のものを近づけようとすると………
雰囲気をぶち壊す笑い声が響いた。
「ははははは!素晴らしい!いや〜、久しぶりに良いものを見た!」
セキトが手を叩きながらこちらに近づいてくる。
「弟と弟子の恋路が見事実って嬉しい限りだ!だが、人前で口付けはやめておいたほうがいいぞ!」
『『しまった。いるの忘れてた』』
すっかり盛り上がり一番厄介な人物の前で大告白劇を演じてしまった2人。先ほどまでの空気はどこへやら、後悔に沈んでいる。
「………帰るか」
「そうだね。キトラ、仕事はいいの?」
「ずっと署に泊まり込んでたから、今日は帰れって班長に追い出されたんだよ。そしたら兄貴から連絡が来た」
「ゼン君に働きかけたのは私だ。感謝するんだな。待ち侘びた告白のあとにしぶしぶ仕事に戻らずに済むんだから」
全て自分の企みだったと楽しそうに話すセキトは、当たり前のように歩き出した2人について来る。
「なんで一緒にくるんだよ!」
「告白の勢いに乗って愚弟が恋人に手を出さないか見張りに行くんだろ。付き合った初日にセックスはまだ早い」
「セッ………!」
真っ赤になるコハクの横でキトラがブチギレる。
「いい加減にしろよ!お前にそこまで干渉されたくないわ!っていうか、さすがにそんなすぐガッツかんわ!」
「む!手を出さんのか!お前大丈夫か⁉︎ちゃんとモノはついてるのか!」
「どっちなんだよ!」
繰り返されるセキトからの下品な話題にコハクは完全にショートしてしまっている。
その手を引き、セキトに追いかけられながらキトラは寮への道をひた走った。
結局セキトから逃れることはできず、寮のリビングで3人でテーブルを囲んでいる。
「何がしたいんだよ、お前は……」
キトラがぐったりと疲れた顔でセキトに文句を言っている。
「まあまあ。セキトさんのおかげで俺たちうまくいったんだから」
「そうだぞ。もっと感謝しろ」
ごく自然にコハクの淹れたお茶を啜るセキト。その姿に全力で糸の攻撃を仕掛けたいキトラだったが、全て無力化されるのが分かりきっていたので諦めた。
「それに一応お前達のためにここにいるんだ。シエンとやらのことはどうするつもりなんだ?」
気持ちが通じ合ったことで忘れていたが、シエンからの告白へは何らかの答えを用意しなければいけない。
「どうするって。断って終わりだろ?」
「う……う〜ん」
キトラはあっさりしたものだが、コハクはシエンの寂しさに苦しむ姿を見ているために、ほっておけなくなっている。
「お前、まさかこの期に及んでアイツのことも好きとか言わないよな?」
「ち、違うよ!そうじゃないよ!」
「じゃあ、なんなんだよ」
わかりやすくキトラの機嫌が悪くなる。
「ほ〜ら。私がいたほうが良かっただろ。コハク君。素直に思っていることを言っていいぞ」
セキトがキトラの不機嫌を吹き飛ばすように、会話に割って入ってくる。
「えっと……あの、俺はキトラを好きだから、シエンくんの気持ちに応えることはできないんだけど………でも、シエンくんをこのまま1人にしておくのも心配だなって」
シエンの過去を2人に説明する。
その内容にさすがにキトラも考える表情になった。
「そうか。アイツ、そんな思いで生きてきたんだな。たしかに何とかしてやりたいが………」
「うん。どうしたからいいのかな」
「何を悩む必要があるんだ?」
セキトが何の問題もないと言わんばかりの態度で口を開いた。
「要は気持ちをわかりあえて一緒に前を向ける奴がいればいいのだろう?」
「いや、だからそれが難しいんだって」
「そんなこともないだろう。私の周りには面白い人間が山ほどいる」
ニヤッと笑うセキトに、残りの2人はハテナマークを浮かべていた。




