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女性を守ったコハクの活躍を聞いて、さっそくセキトがコハクの休みに寮にやってきた。
「おめでとう!コハクくん!見事に糸を無力化したんだって?」
「ありがとうございます!でも糸の流れを読めたのはあの時だけで、それ以降は全然。糸で細かな動きをするのはだいぶできるようにはなってきたんですが」
「構わないよ。一度できたんだ。あとはその感覚を思い出して、体に染み込ませるだけだ」
ヨシヨシと犬にするように頭を撫でられる。
褒めかたも豪快な人だなとコハクは少しおかしくなった。
「訓練の種類も増やそうかな。色々な動きをしたほうが成長も早いだろう」
「本当ですか⁉︎がんばります!」
やる気満々のコハクにセキトも気をよくして、2人でエイエイオー!と腕を振り上げている。
その様子を同じく休みだったキトラが呆れた目で見ていた。
「ところでセキトさん。シエンくんのことはどうするつもりなんですか?」
「ああ。キトラのとこの新人だね。そうだね。どんな人物かもわからないし、ひとまず様子見かな」
「話をしに行ったりはしないんですね」
腕付きの捜査官を増やしたいと言っていたので、いの一番に会いたいと言うかと思っていたコハクには意外な答えだった。
「私は腕付きの捜査官を増やしたいだけで、仲間を作りたいわけではないからね。キトラ。その新人は捜査官としては優秀なんだろう?」
完全に聞く側に回っていたのに、急に話を振られてキトラは少し遅れて反応する。
「……ああ。腕付きであることを差し引いても、かなり優秀だぜ」
「なら、私から何かする必要もない。腕付きの捜査官同士で相談したいことがあるとでもならない限りはね。精一杯活躍してくれれば私は満足だ」
セキトはらしいと言えばらしい考えを披露して、話題をさっさと訓練へと戻してしまった。
まあそう言うならばと、他の2人もそれ以上シエンの話題には触れなかった。
キトラとシエンのペアは、お互いに複雑な思いはありつつも順調に仕事をこなしていた。
今日は2人で聞き込みに向かっている。
「腕付きの失踪事件か。班長は連続誘拐だって疑ってたけど、お前はどう思う?」
「確率は高いと思います。腕付きは利用したい人間が多いですから」
言葉の端々にトゲを感じるのは気のせいだろうかと、キトラはシエンと腕付きの事件を扱うことに少し気が重かった。
「心配しなくても、腕付きが被害者だからって捜査に個人的な感情は持ち込みませんよ」
「……それは心配してねぇよ」
それは少しの偽りもない本音だった。シエンは捜査官という役割は完璧にこなすだろうとキトラは考えている。
「キトラさんこそ、腕付きというだけで被害者をコハクさんと重ねて暴走しないでくださいね」
「うっせぇよ」
銃の密造事件でコハクが囚われた時にキトラが多いに動揺したことを、なぜかシエンは知っていた。
普段は物分かりのいい後輩として口答えすることのないシエンだが、コハクのことになると急に態度が鋭くなる。
「なんにせよ失踪でも誘拐でも、早期解決すればそれだけ被害者の生存率もあがる。全力で捜査にあたるぞ」
「はい」
腕付きの事件という不穏な空気に負けないように、キトラは気合いを入れ直して聞き込みに向かった。
数日後の夜。コハクが仕事が終わってリビングで訓練をしていると、シエンがやってきた。
「どうしたの?」
「キトラさんにペンを借りたまま持って帰ってしまって。返そうと思ったのですが、まだ帰ってないんですね」
「そうなんだよ。最近また帰るのが遅くてさ。ペン返すだけなら預かろうか?」
「いえ、聞きたいこともあったのでまた後で伺ってもいいですか?」
「それならうちの部屋で待てば?もう帰ってくるかもしれないし」
「しかし、お邪魔ではないですか?」
「いいよ。俺も休憩しようと思ってたから」
「では、遠慮なく」
そう言って部屋に上がるシエンだが、ここまでは彼の思惑通りである。キトラがまだ帰ってないことは仕事の内容から知っていたので、優しいコハクなら部屋で待つように提案するだろうと考えた末の行動だった。
「適当に座ってて。コーヒーでいい?」
「はい。ありがとうございます」
返事をしながらテーブルへ向かうと、なぜか針山だけがポンと置かれていた。穴の大きさの違う針が数本刺さっている。
「裁縫でもされるんですか?」
「あ、それ……」
コハクは言葉を続けようとして止まってしまう。セキトからの新しい訓練として糸を針の穴に通すということをやっていたのだが、どう説明したものかと考えてしまったのだ。
「針に糸を通して遊んでたんだよ。集中力あがるかなと思って」
ちょっと苦しいかなと思いつつも咄嗟に出た言い訳に、「そうですか」とシエンはあっさり納得した。
コハクは針山を片付けマグカップを2人分置き、シエンとテーブルで向かい合って座る。
「キトラとはどう?仲良くやれてる?」
「はい。色々と教えてもらってます」
「そっか。ルームメイトはまだ入ってこないんだよね。寂しくない?」
「1人の方が気楽ですから」
「大人だなぁ。俺はキトラが来るまで寂しかったから、ルームメイトが来たって大喜びだったのに」
「キトラさんと最初から同室ではなかったんですか?」
「あいつは配属してすぐ潜入捜査に入ったから、寮に入るのが遅かったんだよ」
「そうなんですか」
シエンが何か考えるような顔になる。
「……コハクさんは、キトラさんのことをどう思ってるんですか?」
「どうって?いい奴だよ。仕事は真面目だし、あれでいて優しいし」
「好きなんですか?」
「?好きだよ?」
質問の意図を全く理解していないコハクに、シエンが薄く笑みを浮かべる。
立ち上がってコハクの隣に移動してきた。
「シエンくん?」
「知ってますか?」
シエンがコハクの手をとり、指と指を絡ませてくる。その繊細な動きにコハクは背筋がゾクっとした。
「腕付きの手は普通の人より温かいんです」
「そ……そうなのか」
少しずつ距離を詰めてくるシエンに、コハクは戸惑う。
「綺麗な手ですね。きちんと血と神経の通った手だ。代えのきく偽物なんかと全然違う」
絡ませた手とは反対の手で、今度はコハクの太ももを撫でる。初めての感覚にコハクの体がビクッと震えた。
「気持ちいいですか?腕付きは手も脚も繊細にできてますからね。細かな感覚も拾ってしまう」
耳元で囁くシエンの声が甘くて。コハクは真っ赤になりながらどうしていいかわからない。
「この気持ちよさを分かり合えるのは腕付き同士だけです。俺もあなたの熱を指から感じとれてとても心地いい」
シエンは体を触っていた手を頬へ移動させ、両手でコハクの顔を包み込む。そのまま自分のほうへ向けさせた。
宝石のようなピンクの双眸に覗き込まれ、コハクは息ができない。
「俺ならあなたをわかってあげられます。大切にしてあげられる。たまたまルームメイトになっただけの男なんかより」
「………」
独占欲。敵対心。羨望。強い感情の中に少し混じる寂しさ。
目の前にある瞳が言葉以上に心を伝えてくる。
「俺のものになってください。………あなたが好きです」
好きの意味にやっと気づいたコハクは、声を失ったかのように口をパクパクとさせるだけだ。
それでも必死に頭を働かせて言葉を搾り出す。
「ご……めん。ちょっと……待って。……考えが追いつかなくて………」
「……すみません。急ぎすぎましたね」
顔を包んでいた手を離し、シエンはコハクの前に座り直す。
「イヤではないのですか?俺に触られるのは」
「イ……ヤ?……わからない。こんな風に触られたのは初めてだから」
「そうですか」
再びシエンがコハクの指に触れる。優しく指を絡められる感覚にコハクから声が漏れた。
「ん………」
「可愛い声ですね。俺はあなたの全てが見たい。あなたの全てが欲しいです。………もう一度言います。俺のものになってください。普通の人のように感覚の違いであなたを苦しめたり、泣かせたりしないと誓います」
心の底からの、自分を求める声。
普通ならそこまで愛されれば幸せを感じるだろうが、コハクが感じたのは小さな違和感だった。
「感覚が違うのはそんなに悪いことなのかな?」
「……なんですって?」
そんな言葉が返ってくるとは思わなかったシエンの空気が険しくなる。
「俺は、感じるものが違っても、見えるものが違っても、きちんと話し合えればそれでいい。自分と同じだから。自分と違うから。そんな理由で人を選びたくない。違うなら一緒に乗り越えたいと思うんだ」
「………そんなにキトラさんのことが好きなんですか?」
絡めていた手を離し、瞳を暗い色に染めてシエンが問いかけてくる。
「好き………なのかな。でも、俺を変えてくれたのはキトラだから。一緒にいると幸せなんだ」
コハクは美しく微笑む。ここにいない大切な人を思い浮かべて。
『なんでその顔を向けるのが俺じゃないんだ』
求めてる人に拒絶されて。でもその笑顔が自分が好きになった心の美しさを表していて。
シエンはやり切れない気持ちになる。
「わかりました。今日は諦めて帰ります。でも、普通の人との恋愛なんて絶対上手くいきませんよ。キトラさんとの関係に疲れたら私のところに来たらいい。それくらい待てますから」
言いたいことだけ言ってシエンが部屋を後にする。
残されたコハクは最後の言葉が引っかかって、キトラが帰ってくるまで動けずにいた。




