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小さな灯りが浮かぶ暗闇の中に金属の微かな音が響く。カチャカチャと細かく鳴る音は止んだかと思うとまた響き、ゴトっと何かを置く音が続く。
一つの影からふぅっと小さなため息が漏れた時、ドアを蹴り破る音と共にまばゆい光が室内を襲った。
「警察だ!全員動くな!」
武装した男達が一気に部屋になだれ込み、室内にいた人間は次々と光る糸に取り押さえられていく。
扉の近くにいた青年も拘束され、床に頭を押しつけられた。
「………」
捕えられた時に腕につけられた大きな傷がみるみる消えていく。青年は抵抗一つせず、感情のこもらない金色の瞳だけが鈍い光を放っていた。
物語の舞台は現代によく似た世界。
ただ人の姿だけは異なり、体から光る糸のような物を無数に出せるようになっている。それは伸縮自在で物を掴んだり移動手段となったり、人々の生活にとって欠かせない物となっていた。
「おはようございます!」
都市の中心部にある警察署。
朝の出勤でざわつく署内で、挨拶をしながら所属する班の部屋へ入って行く姿があった。さっぱりと短く切られた茶色い髪に緑の瞳を持った青年は、快活そのものの雰囲気で自分の席に向かう。
「ああ。おはよう。コハク君」
「うわ!班長、クマが酷いですよ。昨日の夜何かあったんですか?」
「ちょっと銃の密造の逮捕に駆り出されてね。朝まで事後処理に追われてたんだよ。アギ君が来たら説明するね」
「わかりました。とりあえずコーヒー淹れますね」
班長と呼ばれた人物はありがと〜と答え、そのまま机に突っ伏してしまった。緑の癖毛がマリモのように机に乗る光景を面白いなと思いながら、コハクは給湯室へ向かう。
「おはようございます。あら?班長、徹夜?」
コハクが給湯室から戻ると、青い髪を後ろで束ねた青年が出勤してきた。
「おはようございます、アギさん。なんか逮捕に駆り出されたらしいですよ」
「あら〜。うちに声がかかるなんて、よっぽど人が足らなかったのね」
「アギ君来た〜?じゃあちょうど始業時間だし、昨日の夜のこと説明しようか」
う〜んと伸びをして班長が頬を叩く。
コハクの淹れたコーヒーを一口飲むと、残りの2人に話し始めた。
「昨夜遅くに、ずっと2班が追ってた銃の密造組織の居場所がわかってね。突入するのにちょうど署内に残ってた僕が駆り出されたんだよ。ほら、一応銃関連だし」
「でも私達が行っても役には立たないでしょ?」
「と言うか、班長はなんでそんな時間まで残ってたんですか?」
「………今月の報告書、溜まってるの忘れてたんだよね」
他の2人に「またか」という目で見られ、班長が決まり悪そうに目を逸らす。
「と、とりあえず突入と犯人達の確保は2班がしてくれたから、僕は製造してた銃の確認してたんだけどさ。なかなか良くできてたよ。闇で出回る品にしては、暴発も無さそうなキチンとした銃だった」
「へえ。珍しいわね。職人の腕がいいのかしら?」
捕物には全く興味を示さなかったアギが、性能の良い銃と聞いて少し興味を持ちだした。
「みたいだね。職人は3人いたけど全員のレベルが高い。取り調べは2班がしてるから、僕らは押収した銃を調べてみようか」
「「了解」」
班長の話が終わり、3人は押収した銃を調べるために部屋を出る。閉められた扉には『13班』の文字が掲げられていた。
押収した銃を見に訪れたのは2班の部屋だった。厳つい雰囲気の人達が密造組織について話し合っている中に、班長はヒョヒョイっと入っていく。
「どうも。銃を見に来ましたよ」
「ああ。来たか。銃マニアども。あっちに置いてあるから好きに見な」
話し合いに参加していた1人が少し離れた所にある机を指差す。班長が「はいは〜い」と軽い感じで返事をしてそちらに向かい、残りの2人も従った。
「ほんとによく出来てるわね〜。やっぱり職人はみんな腕付きなのかしら?」
「はい。全員腕付きであることが確認できてますよ」
アギが感心して銃を見ていると、鮮やかな赤い髪の青年が話しかけてきた。
「あら。ゼン班長」
「おはよう。リト、昨夜はすまなかったね。突入にまで付き合わせて」
「本当だよ。腕付きを現場に連れてくなんて聞いたことないよ」
「はは。作業場も見て欲しかったからね。今回は他にも工房がありそうだし、13班のみんなにもしっかり働いてもらうよ」
「はいはい。銃マニアの僕らでよければいくらでも働きますよ。全てはゼン様の言う通りに」
ふてくされているリトにゼンがもう一度ははっと軽く笑う。
そのあと、ジッとコハクを見てきた。
「そうそう、コハク君に頼みたいことがあるんだ。………の前に、その腕はどうしたんだい?」
ゼンがコハクの腕を指差す。手首のところが少し赤くなっていた。
「ああ。コーヒーを淹れる時にお湯がかかってしまって」
「やだ。ほんと。赤くなってるじゃない。班長のマリモに気を取られて気づかなかったわ」
リトが「マリモ?」と不思議な顔をしたが、みんな無視して話をすすめる。
「あとで薬塗りましょ」
「気をつけてくれよ。腕付きは私達と違ってすぐに傷が治らないんだから」
この世界の人達は手脚だけは怪我をしてもすぐ治り、切れても新しい物が生えてくる。
ただ例外がいて、それが腕付きと呼ばれる人達だった。
「不便ですよね。糸の力も弱いし」
「その分手先が器用じゃないか。さあ、その器用さを活かしてしっかりと銃について調べてくれよ。頼み事はまた後で言いにくるから」
そう言うとゼンは忙しそうに去っていった。
腕付きはなぜか他の人に比べて手先が器用という特徴がある。100人に1人という希少性もあり、細かな作業を必要とする仕事で重宝されていた。
警察でも手先を使う仕事のために腕付きが集められているが、その中で13班は銃関連の仕事を担当するために作られた班だった。
「孤児の俺が給料のいい仕事に就けたのも腕付きのおかげですもんね〜」
「他のみんなには悪いけど、危険な仕事を任されることもないしね」
「その分、任された仕事はきちんとするよ。さあ、手を動かして」
「「は〜い」」
銃を分解しながら3人で相談しあって報告書を作成していく。すると報告書ができたというように再びゼンがやってきた。
「ご苦労さま。コハク君、さっきの話がなんだけど」
そういえば頼み事があるって言ってたなとコハクが立ち上がると、ゼンの後ろから1人の青年が出てきた。
その青年は昨夜警官達に捕まえられた者の1人だった。
『なんだろう。なんか、昔絵本で見た白い虎みたいなヤツだな』
白い髪に黒いメッシュが入り、金色の瞳が鋭い光を放っている。その姿はコハクに昔見た神様を思い出させた。
「彼はキトラ。今回の作戦で潜入捜査をしていた私達の仲間だよ」
「2班所属のキトラです。よろしくお願いします」
昨夜と違い、きちんとスーツを着たキトラは綺麗な姿勢で敬礼をした。
「彼はうちに所属してすぐに潜入捜査に入ってるから、寮の部屋がまだないんだよね。たしかコハク君、今は相部屋を1人で使ってたよね」
そういうことかと、コハクはゼンの自分への用件を理解した。
「はい。ルームメイトがいつ来てもいいように掃除は欠かしてません。なんなら今すぐ来ても構わないよ」
寮の相部屋はマンションの1室のようになっていて、リビングやキッチンに加えて1人ずつ個室が与えられている。コハクはルームメイトの入寮をまだかまだかと待ち構えて、相手の個室の掃除まで欠かさずしていた。
そんな相手が目の前にいる喜びに思いっきり笑顔になるコハク。だが、キトラは表情を変えずに「よろしく」とだけ答えた。
退勤後。コハクはキトラを部屋に案内するために一緒に寮に向かっていた。
「え?20?じゃあ同い年じゃん。入ってすぐ潜入捜査って、優秀だね〜」
「たまたまだ。組織が募集してる護衛の条件に俺が当てはまっただけだ」
「いやいや。それでもバレずに逮捕までつなげたんだから立派だよ」
待ち侘びたルームメイトにコハクはテンション高めだ。対するキトラはややめんどくさそうにしている。
「お前だって腕付きだろ。貴重な人材だ」
「あ〜。でもそれは生まれつきそうだってだけで、俺が何か努力したわけでもないし」
なぜか歯切れが悪くなるコハク。
少し考えてキトラは詩を歌い出した。
「金色の王は泣いている。その姿に苦しむ者に。異なることに苦しむ者に。授けられたことに苦しむ者に。全ての苦しみを救うため、金色の王は白き魔女の手を取った」
「?」
「俺の村に伝わる詩だ。金色の王ってのは昔の長のことらしい。昔は糸が出せる人と出せない人の2種類の人がいて、異なる人同士を繋ごうと奮闘したのが金色の王なんだと」
急に始まった昔話に、キトラの意図が見えない。
「俺は糸の力が生まれつき強い。そのおかげで花形の班に配属されたし、潜入捜査にも抜擢された。持って生まれた物は変えられないけど、それをどう使うかは本人の努力だろ」
どうやらコハクを励ましてくれているようだ。
その周りくどいやり方に、コハクの中でキトラとの心の距離がグンと縮まった。
「はは。ありがとう。お前、いいヤツだな」
ガバッと腕を伸ばしてキトラと肩を組む。
「おい。離せ」と苦情が出るのも気にせず、コハクは上機嫌で寮へと向かった。
数日後の13班。
上機嫌で報告書を書くコハクにアギが嬉しそうに話しかける。
「コハクちゃん、なんだか機嫌がいいわねぇ」
「わかりますか!やっぱり家に誰かいるっていいですね。孤児院時代は大勢で暮らしてたから、1人で寮の部屋使うの寂しかったんですよ」
「わかるわぁ。私もダーリンが仕事でいない時は寂しいもの」
「それはちょっと違うんじゃないかなぁ」
リトがやんわりツッコミを入れるが、2人は気にせず話を続ける。
「待ちに待ったルームメイトとの生活はどうなの?」
「そうですね。キトラは朝は俺より早くて夜も遅くまで訓練してるみたいです。だから夜帰ってきたキトラにおかえりって言うくらいしか一緒の時間はないんですけど。それでも凄くきっちりしてて洗濯も掃除もかかさなくて、自分の部屋もまるで使ってないみたいに綺麗なんですよ。凄くないですか⁉︎」
キラキラと輝く目に騙されそうになるが、それはほぼ1人で生活していた時と変わらないのではなかろうか。喉まででかかった言葉をアギはグッと押し込める。
「そ、そう。やっぱり優秀なのね。最初から2班所属になるくらいだものね」
「はい!自慢のルームメイトです!」
主人を褒められた犬のような反応に、アギは「ふふ。可愛いわねぇ」と朗らかな気持ちになった。
その頃。キトラは誰もいない細い路地で、壁の切れ目に挟まれた封筒を手に取っていた。
中身を確認するとすぐにライターで火をつけて燃やす。
そのまま何事もなかったかのように人通りに紛れていった。