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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
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第9之幕 ラウラ・ティファ=アドリアナ姫

第9之幕


「……な、なに? こんないきなり夜に。な、な、なん用なの?」


 さっきまでの恐怖や混乱や震えが一気に吹き飛んでしまった。

 それほどまでに女の子と話をするのが苦手だ。情けなくなるぐらい女慣れしていない。

 自分の顔が真っ赤に上気しているのをまざまざと感じた。

 それまでの怯えとはまったく違う感情が憂太を上ずらせる。


 ニアとエリユリはそれがあまりにおかしいのか、「や、やめて! ひ~っ! おなか痛い!」とゲラゲラと笑った。


「あ、ごめんね~。そんなつもりはなかったんだ。そこまで驚くとは思わなくてさあ。ほんっとごめん。うちら、笑い上戸で」

 パンパンと憂太の肩を叩く。

「そうですよ、ニア。そんな笑っちゃって、すっごい憂太さまに失れ……ぷぷぷぷ」


 女の子に笑われるなんて慣れっこだ。学校でもそうだったし。


「あれが、あのオカルト少年でしょ」

「きゃあ、不っ気味ぃ。あいつのお母さん、拝み屋なんだって」

「やだ、宗教? 教祖様? なんか怖いんですけど」

「そう言えばさ。あいつか小学校の時、休み時間にこっくりさんやって。その日、なんと三人も気分悪くして保健室送りになったらしいよ」

「こわ~い。もうこの学校からいなくなったらいいのに」


 いなくなったらいいのに……。

 いなくなったらいいのに……。

 いなくなったらいいのに……。

 いなくなったらいいのに……。

 いなくなったらいいのに……。

 いなくなったらいいのに……。

 いなくなったらいいのに────。


 忘れたくても拭いきれない過去の記憶。その忌まわしき言葉が頭に響き渡ると同時に、不思議と憂太は冷静さを取り戻していった。

 そうだ。なんてことない。

 だって相手はただの女の子だ。

 猫耳で尻尾があって、あととんがった木の葉みたいな耳してるけど……。


 いつの間にか、『悪業罰示あくぎょうばっしの式神』のピンクのウサギも大人しくなっている。ぴくりとも動かない。いやむしろ、ぬいぐるみが動き回るほうが異常なのだが。

 憂太は改めて、でもまだおそるおそるといった感じで聞いた。


「ん……えっと。で? ど、どうしたの。ニア、エリユリ。こんな夜遅くに」

「いや、ごめんね」


 ニアが猫耳をぴくぴくさせながら切り出した。


「明日、一緒に武器屋へ言って装備を整えないかなと思って」

「武器屋?」

「そそ。そんなただの布でできたコスチューム? 制服っていうの? だけじゃ、モンスターの攻撃、防ぎきれないじゃん」


 そのニアの背後からエリユリがひょこりと顔をのぞかせた。


「私たちが立派な武器と防具をコーディネートしてあげます~☆ なんせ憂太さま、私たちの命の恩人だもん」


 命の恩人……? 

 ああ。あの『TOKYO』で這い寄ってくる女の悪霊を消し去った獣の腕のことか。

 でもあれは僕がやったことじゃ……と、憂太は枕の下に意識をやる。『悪業罰示あくぎょうばっしの式神』の中に封じられているはずの怨霊は何の反応も示さない。


「とにかく!」とニアは憂太の返事を待つこともなく畳み掛けた。


「翌朝8時。アドリアナ別邸の門の前で待ち合わせね。じゃあね!」

「えへへへ~。おやすみ~」


 そう言うとニアとエリユリはあっさり寝室を出て行ってしまった。嵐のように現れ嵐のように去っていく……。


(僕に、拒否権、なし……か)


 自嘲とともにうれしさもあり、そして恥ずかしくもあった。

 女の子とお出かけをする……。

 憂太にとってそれは一大イベントだ。


 それに確かに装備は整えておいたほうがいい。これからどんな危険に遭うかもわからないのだ。それに僕はいわばこの異世界の新人。郷に入っては郷に従え。ニューカマーとしては、先住民の言うことを聞いておいて損はないだろう。


              ◆  ◆  ◆


 翌朝。きっかり8時に別邸の門に到着した憂太は驚きの声を上げることになる。

 そこにいたのは黒猫族のニア、そしてエルフ族のエリユリ。さらにもう一人。


「あ、あの。ニア、エリユリ? この方は?」


 ピンク髪の左右をそれぞれ大きめの三つ編みにし、白装束の高貴な衣装をまとった背の低い少女が憂太を待っていた。

 でもどこかで見たことがある。彼女は……。


 記憶をたどればすぐに思い出せた。

 そうだ。貴賓室、アドリアナ大公の横の座に腰を掛けていたあの少女だ。

 ニアは、その少女と顔が並ぶぐらいまで腰を下ろしてにいっと笑った。


「この子が今日のスポンサー。ラウラちゃんです!」


 ラウラと紹介された少女は礼儀正しく腰を下げ、礼をすると、「はじめまして。勇者・式守憂太しきもりゆうたさま。わたくし、ラウラ・ティファ・アドリアナと申します」と自己紹介をした。


「ラウラ……? ティファ……、ア、アドリアナ!?」

「そ。この子、アドリアナ大公の娘。いわばお姫様。うちらの遊び仲間なの~」

「私たち、ラウラちゃんが小さい頃から面倒見てるもんね~☆ すっごい仲良しなの」

「そうです、どうも」


 どうやら感情の起伏があまりない子らしい。にっこにこのニア、にへら~っとしたエリユリと比べて圧倒的、無表情! 鉄面皮……というのは言い過ぎかもしれないが、静かに囁くように話すその声も、クールというか感情があまりこもっていないように憂太には感じられた。


 だが、わかる。

 この子から漂ってくる不思議な力が。

 それはどこか憂太の持つ『呪力』と何やら近しいものを感じる。

 どうも、この子はニアやエリユリとは種類が違うタイプらしい。

 思わず頭の先から足の先まで見てしまう。


「なんだ? そんなにわたくしを見つめて、勇者さまじゃなく、へんたいさんか? 閲兵に通報するぞ」

「わわ! 違います、違います!」


 慌てて憂太は目をそらしながら両手のひらをぶんぶん振る。


「いや。あの……ニアやエリユリとは違う力みたいなものを感じたもので」


 そう言うと、ラウラは「おお」とまったく驚いた様子もなく驚いた声を出した。


「わかるのか、この力が」

「すご~い☆ さすが勇者さま!」


 エリユリがラウラの両肩に手を置く。


「ラウラちゃんは召喚術士なんですよぉ。すごいんですよ~、何種類もの召喚獣で『TOKYO』ダンジョンに現れるモンスターに対抗できる数少ない戦士なんですから!」

「お姫様にして超優秀な召喚術士。おそらくこの公国でも五本指に入る使い手なんだから。ね、ね! すごいっしょ」

「よせやい。君らだって公国、屈指じゃないか」

「え? そうなの?」


 と、憂太は聞いた。


「なんだ、なにも聞いておらんのか。このわたくしのお友達はだな、ニアは凄腕の武闘家。徒手空拳での強さはもちろん、多少の武器なら使いこなせる。そのへんの殺し屋程度ならほんの数秒で返り討ちだ」

「ちょ、ちょっと、ラウラ。うち、そこまで物騒なもんじゃないから……」

「こっちのエリユリはな。強力なヒーラー。死ぬほどの怪我も一瞬でも治せる」

「さ、さすがにそれは褒め過ぎかなあ。ラウラちゃん」

「弓の精度も人並外れて暗殺者顔負けだ」

「どーしてうちらを、そんな物騒な表現で紹介するの!」


 ラウラは小さくクスクスと笑う。


「ダメだったか? すまない。ここは素直に謝っておこう」

「あ、あの……」


 驚いたついでだ。憂太はまず頭の中の疑問を払拭しようとした。


「どうして、ニアもエリユリも、お姫様と友達なの? そう言えば昨晩も普通に僕の寝室に入ってきたし」

「あーそれね……」


 ニアが気まずそうな顔をして頭をぽりぽりとかいた。猫耳のもふもふがぴくぴくと動いている。


「まあ。隠すほどのことじゃないですよ~。ニアさん」


 エリユリはにぱっと笑いながら答えた。


「ニアさんはアドリアナ大公の親友でもある大貴族の娘。私は、エルフ族の王族の血を引いてるんです。エルフ族と大公は同盟を結んでるから、小さい頃から大公にもよく遊んでもらって。ラウラちゃんも、小さい頃から私たちが遊び相手になっててあげたの。ねー☆」


 そんなエリユリの言葉にラウラは「うむ」と頷いた。

 憂太は絶句する。

 憂太のステータスはハッキリ言って、優秀なポイントは持つものの完全にポンコツ勇者のそれだ。

 だがこの人脈といったら……。


 チートすぎる……!


「さ。早く早く! 装備を買いに行こ!」


 魂が抜けたような顔のままニアに手を引っ張られる憂太。目指すは商店街。引きずられるように歩きながら、憂太は学生服の胸のポケットに入っている小さなピンクのウサギがまた、ピクリと動いたのを感じていた。

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