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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
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第6之幕 『空亡(くうぼう)』

第6之幕


「さて。まずは大公さまのとこ、行くか~!」

「結局、『TOKYO』の下見できなかったけど、勇者さま拾ったからオッケーなのですよ」


 ニアとエリユリはにこやかに遺跡の丘を下っていく。憂太は自らの中に芽生えた奇妙な破壊願望に戸惑いながらもその背中に声をかけた。


「地下鉄が消えた……。分からない、何が起こってるか分からない。これは何? 僕は今、どこにいるの?」

「ん?」「どした?」


 二人が振り返る。


「さっきまで僕たち地下鉄に乗ってたよね。どうしてホームじゃないんだろう。どうしてこんな遺跡の前に僕たちはいるんだろう」

「あ~」


 ニアとエリユリはクスッと笑う。


「ま~この世界から来たばかりだし仕方ないよね~」

「歩きながら話しましょ、勇者さま」


 そう憂太は手を引かれる。つんのめりそうになりながらもその足はやわらかな土を踏む。足の裏で感じる新雪を潰したようなキュッと鳴る音が憂太の中の破壊衝動を抑えてくれているように思った。エリユリはマシュマロのような笑顔で憂太に語りかける。


「今、私たちが出てきた門は『カーラ』と呼ばれます。あの鬼の口の形をした門ですね。あの魔法の門は『TOKYO』ダンジョンとつながる出入り口です」

 続くのはニアだ。

「でも厄介なのは、必ず『TOKYO』の同じ場所に出られるわけじゃないってこと。うちらは、さっき勇者さまが言ってた『チカテツ』? とやらの乗り物のドアに繋がってたけど、『TOKYO』に無数に存在する扉、どこに繋がってもおかしくないんだって」

「つまり、場所ガチャですね~」


 エリユリに手を引かれつつ憂太は世にも奇妙な不可思議な説明を聞く。


「あの遺跡は一辺が120メートルにも及ぶ五芒星の形をしていて、高さは50メートル。ちょうど盛り土のようなお団子の半球体の形をしています。発見されたのは1000年以上前。土に埋もれていたのを発掘隊が見つけたのだそうです」

「何百年に一度ぐらいの周期で、この世界のものじゃないモンスターがこの世界を襲っていたのが謎だったんだけど、実はこの古い遺跡が原因だったとわかって、うちらのご先祖さまもキレイにして保存していて」

「半年前から、またその災厄日……『空亡くうぼう』が始まったんだ~」

「え……!?」


 憂太は耳を疑った。


 ──『空亡くうぼう』……!?


 憂太が知らぬわけがない。それは拝み屋である母から教わった『凶運期』のことだ。

 今でも四柱推命にその言葉が使われているが、古くから六十干支ろくじゅっかんしの法則で、組み合うかん(天の気)のいない十二の干支を表す(地の気)から「むなしくほろぶ」日があるとされている。


 簡単に言えば「最悪の年回り」が『空亡くうぼう』だ。


「ちょっと待って」と憂太は話を遮った。


「『空亡くうぼう』というのは僕のいた世界の言葉だよ。それに動転してて気づかなかったけど、どうして君たちは僕と同じ言葉を話せるの?」

「え?」

「ちょ、勇者さま、どしたん?」


 かまわず憂太は続ける。


「ここが異世界だってことは、夢じゃないってことは、なんとなくもう分かってる。異世界なら文化も歴史も言葉も違うはず。なのにエリユリはさっき、遺跡の大きさをメートル法で説明した。それだけじゃない。ニアが使ってた『オケ~』とかの言葉も、日本語が英語を取り込んだ際に生まれたスラングだ。そもそも、僕らがこうして現代の日本語で意思疎通ができること自体、おかしな話なんだよ。それなのに、ここまで文化も似通ってるとなると……」


 頭が混乱する。何を話しているのか分からなくなる。 

 その憂太の肩にエリユリが真顔でぽんと手を置いた。

 憂太はエリユリの青い瞳を見上げる。

 エリユリは聖母のような優しい笑みをしていた。


 風が吹いた。エリユリの金髪のツインテールがなびいて、その風は天高く舞い上っていった。

 その風が舞い上がった先。そこには数匹の小さなドラゴンが飛ぶ。

 ベビードラゴン。決してこれ以上は大きくならない小さなドラゴン。

 人に危害を加えることなく、虫や小さな魔物を食料とする大人しい種族。

 のちに憂太はそう聞かされる。


「勇者さま……」


 エリユリはひどく落ち着いた声で言った。


「は、はい……」

「私はこれでも120年生きております」

「え?」と憂太は驚く。

「120歳!?」

「ええ。正確には119歳」

「まさか……」

「いえ。エルフ族は長命なのです。そしてこれが勇者さまの知りたい答えになるか……。我がエルフ族にはこんな言い伝えがあります。私たちがいる世界はその昔、『きょ』だったと。ですがある時、その『きょ』に大きなひび割れが走ったのだそうです」

「…………」


 憂太は黙って聞く。嘘をついている眼じゃない。

 熱いフライパンの上で卵が固まっていくようにゆっくりと彼女たちの言葉が憂太の中で確信へと変わっていった。


「『きょ』に現れた大きな裂け目……そこから、私たちの世界は生まれたといいます。私たちの聖書の創世記にそうあります。伝承によれば、その裂け目は別の世界とも繋がっている。その別の世界とこの世界は相互関係があり、私たちの世界の歴史、文化も、この関係が大きく影響を受けていると」

「もしかして」と憂太はゴクリと喉を鳴らす。「それは僕たちがいた世界とってこと……?」

「……そうだと思います」


 ここが本当に異世界だとしたら。

 この異世界と、憂太が過ごしてきた現実が繋がっている――。


 エリユリの説明はこうだった。

 その時空にできた裂け目が、この異世界の信仰の対象になっている。

 そして憂太の世界とこの異世界はパラレルワールドのような関係であると。だがまったく同じ時空ではないことから「歪み」が生じている。

 その「歪み」により、現実とこの異世界には相違がある。この世界にはニアのような獣人がいる。エリユリのようなエルフもいる。ファンタジー世界の怪物もいる。


「それは、勇者さまがいた世界の人々の空想の力より生まれたとされています」


 逆にこの異世界の存在が、憂太の世界にも影響を及ぼしているらしい。すなわち、この異世界の記憶が、憂太の世界の人々の空想に大きな影響を与えた。この異世界の情報が、憂太の世界に入り込み、フィクションや伝承、神話、物語として創造された。


 卵が先か鶏が先かの妙な相互関係。ここは現実世界の多くのクリエイターたちが描いてきた「空想」の世界。だから言葉や常識がどことなく通じるし、ファンタジーものを読んだり観たりしたことのある憂太の既視感につながっている。


 その逆も然り、である。憂太のいる世界はこの異世界にも影響を与えていた。文化や言葉をはじめとし、そして先刻『TOKYO』ダンジョンに現れた、この異世界にはいないはずのモンスター、すなわち『呪霊』などというものが現れ始めた。


 そのきっかけが『空亡くうぼう』である。


「『空亡くうぼう』によって現れる異世界のモンスターは、特別な力によってしか倒すことが困難とされています。つまり、勇者さまがいた世界での魔術……。ゆえに我が『アドリアナ公国』の神官は、異世界より勇者さまたちを召喚したのです」

「つまり、僕は、あんな『悪霊』と戦うために、この世界に呼び出された」

「そういうことですね」


 エリユリは静かに目を閉じた。


 僕は小さい頃から陰陽道や密教の秘術、修験道などの術を叩き込まれてきた。でも、それで気味悪がられてきた。「迷信だ」とバカにされてきた。いじめにも遭ってきた。

 そんな忌むべきものが……それが求められているのだとしたら……。


(でもそれは母さんと僕との繋がりでもある……)


「うちだって不思議に思うんだ。異世界の勇者さまとこんなにスムーズに会話できるの。でもそれも、エリユリが言ってた時空の裂け目が原因なんだよね」


 ニアの明るさが憂太の心を溶かしていく。根が基本的にポジティブなのだろう。


「時空の裂け目……『カスケード』。神官さまたちはその『カスケード』を崇めており、そこを守る偉大な女神『ミユーミノ』さまの力を使って勇者さまたちを召喚したんだよ」

「『ミユーミノ』……」


 憂太のいた世界の神話では聞かない名前だ。

 エリユリは再びいつものにへらーとした笑顔を見せた。


「さっ、勇者さま。ほかの勇者さまたちもきっと城壁の中でお待ちですよ。皆で力を合わせて、『TOKYO』ダンジョンの魔物退治にレッツゴー! なのです☆」


 元気よく腕を突き上げるエリユリとは裏腹に、憂太はさまざまなことを考えていた。

 ここが異世界であることはもう紛れもない事実だろう。

 そしてこの異世界転移で憂太の心にある変化が起こった。破壊への衝動だ。

 何かのきっかけでこれまで憂太が抱えていた苦しみ、哀しみ、寂しさ、これらが負のエネルギーを放ち始めた。思うにそれは『悪業罰示あくぎょうばっしの式神』に封じられた怨霊と相関があるはずだ。


 また話の流れからすると、勇者さま「たち」というのは、おそらく憂太のクラスメイトたちのはずだ。

 あの時、クラスの多くがあの光に包まれた。

 つまり、憂太が行く先には、憂太を毛嫌いしているあいつらがいる。

 思わず足が重くなる。会いたくない。顔を合わせたくない。形のハッキリしない心の負の念がぐるぐると激しく回転している。

 

 僕は……僕の心は……このまま正常に意識を繋いでいけるのだろうか……。


 ニアとエリユリが楽しそうにはしゃいでいる声が憂太には遠く彼方から聞こえるやまびこのように思える。

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