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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
46/65

第46之幕 真夜中に海がやって来る① 【渋谷センター街】

第46之幕


 吉岡鮎が連れてきたのはクラス委員長の砂川修すなかわおさむ烏丸恭介からすまきょうすけ首藤二千華すとうにちかの3名だった。


 砂川修すなかわおさむは一見、眼鏡がよく似合う寡黙な秀才タイプ。だが始終おとなしいわけではなく、時に歯に衣着せずに物事をズバズバという。そう聞けば自分勝手で冷たい人間と見られがちだが、実は困っている人がいたら優しく寄り添い、手を差し伸べる一面も持ち合わせている。


 烏丸恭介からすまきょうすけと憂太はこれまでほぼ絡みがなく、よくその性格は分からない。高身長で陽キャ。憂太とはまったく真逆の性質を持っているが、察するに、彼は吉岡鮎に想いを寄せていて今回の『死幻探索クエスト』に参加したのだろう。


 もう一人は首藤二千華すとうにちかだ。恭介のグループでよく見た顔で、彼女についても憂太はよく知らない。だが「式守っちぃ、頼りにしてるよ~☆」とややうざ絡みしてくるところを見ると、それほど嫌なヤツではなさそうだ。


「なあ、式守……くん。あ、呼び捨てでもいい?」

 恭介とは初めてまともに会話を交わすが、かなりフレンドリーな性格のようだ。

「う、うん。いいけど……」

「やったー。じゃあ俺のことも下の名前で恭介って呼んでくれ」

「あ、う、うん……」


 人見知りで戸惑いを見せている憂太に、恭介は何やら勘違いしたようだ。


「あ。俺、ふざけてるわけじゃないからな、式守。『TOKYO』でのことは鮎ちゃんに色々聞いてる。俺も死ぬのはすっげー怖いし、あと、やっぱり皆が殺されたことはちょっと引きずってる……」

「分かる! あたしも行くかどうか悩んだんだよね~」と二千華にちか。「でも、宝珠ってやつを使えば、唯も幸子も蘇らせることができるかもしれないもんね。何でも願いを叶えてくれるんでしょ。それに式守っち、実はめっちゃ強いって聞いて」


 憂太は苦笑いした。彼らなりに今回のことは非常に重く受け止めている。だが、吉岡鮎と砂川はかなり上手くそんな二人を説得してくれたらしい。彼らも本当は怖い。だが使命感に燃えている。また憂太のことを気味悪がらないどころか、頼りにしてくれている感もある。


 吉岡鮎の人気、恐るべし、だ。


烏丸からすま首藤すとう、それより式守くんにしっかりそれぞれの得意分野を伝えておこう」と砂川。「僕は後方支援魔法。肉体強化や防御力、攻撃力などをそれぞれアップさせることが出来る。きっと役に立つと思う」


 次は恭介だ。


「俺はRPGのゲームで言えば『シーフ』かな。攻撃力や防御力は低いけど素早さと運が高い。あとは敵がどこにいるかの気配を探れたり、鍵を開けたり、宝の場所なんかも分かる。武器はナイフ2本。両手それぞれにナイフを持つ、いわば双剣士だな。魔法は炎系。でも倒すというより、敵を牽制したり、遠ざけたり、怯ませたり、まあその程度」


「あたしはシールダー」と二千華にちかがニカっと笑う。「あんまり攻撃には参加できないんだけど、強力な盾や防御壁を作り出すことができるよ。みんなを守るのはあたしに任せて。……あ、あたしも別にふざけてはないからね。こうやって明るく振る舞っておかないと、なんか怖くて……」

「だよな。俺だって怖い」と恭介。

「だよねだよね。でも……やらなきゃ……」


 理論的に考えればいいパーティーかもしれない。まずタンク=壁役として首藤二千華すとうにちかがいる。彼女の盾や防御壁で敵の攻撃を防ぎつつ、近距離戦闘の武闘家・ニア。遠距離弓攻撃とヒーラーのエリユリ。後方から能力アップ支援を行う砂川。そして強力な長距離砲を持つ吉岡鮎。バランスは取れている。


 だが不安は残る。『TOKYO』に現れる怪異に彼らのファンタジー系能力がどこまで通用するのか……。確かに元いた世界……つまり、日本人である彼らは生まれながらにして『气』という特殊なエネルギーは秘められている。それは日本人の精神性のようなもので、いわゆる感受性や独自の死生観、覚悟だ。今はほぼ失われたように見える日本人精神だからこそ、彼らにも『气』を意識してもらう時間がほしかった。


 だが実質そこまでの時間はない。理解してもらえる余裕もない。

 だからこそ憂太は用意した。それが式神の呪符だ。


 憂太の『零咒』がこの世界で発動するのなら、しゅを込めた呪符に描かれた文字や模様も力を持つはず。事前に憂太は、参加者は全員スマホを持ってくるように伝えていた。それはスマホの写真機能でこの呪符を撮影するため。つまりスマホを起動し、この呪符の写真を画面に出すと、その願いに応じて、スマホから式神を呼び出すことができる。……はずだ。


 吉岡鮎が皆に言ってくれていた通り、勇者組の全員が用意した呪符をスマホで撮影してくれた。もし、この方法が功を奏せば、戦いが起こっても随分と楽になる。


「じゃあ、準備はいい?」


 大遺跡の『カーラ』の前に到着し、憂太は言った。全員、躰をこわばらせがらもしっかりと頷く。それを確認し、憂太は真言を唱えた。

 死幻の属性は“火”。守護星は火星。


「ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン」


 火の象徴である不動明王の真言とともに、「オン・アギャラ・ロギャ・ソワカ」と火星=火曜星の仏身である「熒惑けいわく」への祈りを捧げる。右手の親指と人差し指を曲げ、残りの指を立てる。その手首を左手で握る。これが「熒惑けいわく」の「いん」だ。


「みんな、着いてきて」


 そう言って憂太は『カーラ』をくぐった。背後で皆が着いてくる気配がある。よし、これでいい。これで死幻がいるすぐ近くまで行けるはずだ。

 背後で誰かがつばを飲む音が聞こえた。皆、緊張している。

 なにせ、ニアとエリユリと吉岡鮎以外、『TOKYO』へ行くのは初めてなのだ。


 憂太は朱雀の仏身である孔雀明王の陀羅尼だらにを唱え続ける。「のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ・ごごごごごご・のうがれいれい・だばれいれい・ごやごや ・びじややびじやや・とそとそ・ろーろ・ひいらめら ・ちりめら・いりみたり・ちりみたり・いずちりみたり ・だめ・そだめ・とそてい・くらべいら・さばら ・びばら・いちり・びちりりちり・びちり・のうもそとはぼたなん ・そくりきし・くどきやうか・のうもらかたん・ごらだら ・ばらしやとにば・さんまんていのう・なしやそにしやそ ・のうまくはたなん・そわか……」


 これに呼応し、やがて『カーラ』の転移術が発動した。暗闇から光が放たれ、その光から巨大な孔雀が飛んでくる姿が憂太には見えた。


 ――よし、成功だ……!


 この光の向こうに死幻がいる。

 死幻をなんとか説得し、連れ帰り、なんとしても『TOKYO』の情報を引き出さなければならない。

 そのための仲間だ。

 そのためのクエストだ。


 膨張した光が徐々に薄れ、眼がそこにある光景を映し始める。

 果たして『TOKYO』のどこへ飛ばされたのか。

 死幻はどこにいるのか。

 そう思っていた憂太は、眼の前に広がる光景に思わず眼を丸くした。


 ここは……。









 ――渋谷。












 あの惨劇が起こった渋谷……。

 ランダムに飛ばされるはずなのに、死幻はまた渋谷に……!?

 何かの偶然なのか。それとも何かが起こっているのだろうか。


「あれ、ここ……」

「渋谷……、センター街……?」


 背後で恭介と二千華にちかが驚きの声を上げる。


 だが今の渋谷は先日とはある一点で異なっていた。


 それは。


 ――水。


 渋谷の街が冠水し、まるで海のようになっていたのだ。

 水の深さは大体、足元ぐらい。

 つんと潮の香りが憂太の鼻をつく。

 ワカメがあちこちで長く帯のように揺れている。


 ──なにかの超自然現象が起こってる……!?


 その時だった。


 ギイ……ギイ……。


 センター街の向こう側から何やら船を漕ぐような音が聞こえた。

 その音の先にはやや遠くに人影が……。


 ギイ……ギイ……。


 音は近づいてくる。

 人影も近づいてくる。


 やがてそれは小さな船に乗った男の姿だと分かった。

 その男は両手に琵琶を抱えていた。

 頭は剃り上げられており、僧のような服をまとっていた。


 ベン、ベベン!


 その僧が琵琶を鳴らした。


 ベベベン! ベン!


 琵琶法師。

 船に乗り、眼は閉じられ、琵琶をかき鳴らしながら近づいてくるその姿。


 これに憂太は見覚えがあった。


 鳥山石燕の『画図百鬼夜行』や、熊本県八代市の松井文庫所蔵品『百鬼夜行絵巻』などの江戸時代の絵巻にその姿が記されている妖怪。


 ――海座頭うみざとう


 その見えないはずの眼が見開かれた。

 そしてニヤリと口元が笑った。


 ベベベベン! ベン! ベベベベベン!


 同時に、足元ぐらいしかない深さの海水から。


 ひどく腐敗した水死体のような者どもが飛び出した。

 彼らは大きく跳ね、憂太たちへと襲いかかる──!

 渋谷の夜空に悲鳴が響き渡った!



挿絵(By みてみん)

「海座頭」

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