第45之幕 惨劇の夜、その始まり
第45之幕
いよいよ『死幻探索クエスト』出発の夜が訪れた。
「もちろん、うちらは憂太と一緒に行くよ。うちだって『TOKYO』の秘密を少しでも解き明かしときたいしさ」
「ニアさん、抜け駆けはさせませんよ! 私はいつだって憂太さんと一緒♪ それにきっと憂太さんには私の治癒魔法は必要となるはずです!」
待ち合わせ場所の公国市壁の大聖門にはニアとエリユリの顔もあった。
まあ想像通りだ。
ニアはどこか『TOKYO』に関する秘密に強い執着を持っているように見える。
エリユリの考えていることはよく分からないが、この二人が別行動を取るということの方が考えられない。
準備が無駄にならなくて良かったなと思いながら憂太はニアとエリユリにそれぞれ呪符を二枚ずつ渡した。
「何これ?」
「なんかちょっと怖い感じの文字が書かれてますけど……」
「御守りだよ」と憂太は呪符の説明を始めた。
「一つは妙見菩薩の力を宿した呪符。簡単に言えば、これで『TOKYO』の怪異にダメージが与えられる」
「あ。前に私たちにかけてくれた術ですよね。こんな御札でも同じ効果があるんだ」
エリユリはしげしげとその呪符を見た。「それと」と憂太はもう一枚をそれぞれ指した。
「もう一つは、軍荼利明王の呪符。これは丹田……ちょうどおヘソの下あたりに貼っておいてほしいんだ」
「おヘソ? これは何の役に立つの?」
「うーん。うまく言えないけど、これは君たちの躰の中にある『气』を刺激する呪符なんだ。クンダリーニといって、君たちの躰にある『チャクラ』を回してくれる。魔法で言えばバフかな? 妙見菩薩の力だけだと怪異に対してどうしても本来のダメージが出せない。でもクンダリーニを回すことでそれが強化され……。つまり怪異相手でも実際に近い実力を出すことができる」
「ほへー」
エリユリは眼を丸くした。
「なんかここ数日、憂太さん、宿に閉じこもっていたけどこんなの準備していたんですねぇ」
「そうだね……」
本当はこの呪符を書いた墨には憂太の血が混じっている。だがそれは言わないでもいいだろう。気味悪がられても困るし……。なんか僕の体液が入ったものを女の子に貼れってちょっと変態っぽいし。
「ところで」と再びエリユリ。
「他の勇者さまはまだですかね。吉岡鮎さんは少なくともいらっしゃると思うんですけど」
「あ。それなんだけどね、憂太ぁ」
次にニアが眉をひそめて耳元に口を寄せてくる。
「なんだか冒険者ギルドが先走っちゃって、死幻さま探索クエストを独自で発注しちゃったみたいなんだよね」
「え……」
「いや、うち、すっごい抗議したんだよ、危険だって。でも冒険者や冒険者ギルドも一枚岩じゃなくってさぁ。勇者さまのことをあまり信用してない連中、実はまだ多いんだよね……」
憂太はすぐに察した。死幻からして500年前の勇者だ。それから何十回となく勇者が呼び出され、『空亡』が二度と起こらないよう『TOKYO』へと挑んだ。
だが『空亡』はまだ起こり続けている。
──つまり勇者で成功した者はまだ誰もいない……。
「そっか……。まあ……仕方ないよ。まだ誰も『TOKYO』を攻略できてないんだから……」
「でも、憂太さんならきっと出来ますよね! 二度と『空亡』が起こらないよう、『TOKYO』の悪の元凶を倒してくれますよね!」
エリユリはやる気にあふれすぎだ。だがここは頷くしかない。
エリユリは「ですよね! よ~し! やるぞぉ~!」と両拳を握りしめて気合を入れている。
「まぁまぁ」とニアはそんなニアの肩をぽんぽんと叩いた。
「憂太にいいところを見せたいのは分かるけどさぁ」
ニアのその言葉に途端にエリユリの顔が赤くなった。
「なんです! それはニアさんも一緒でしょぉ! 私、ニアさんには負けませんから。エルフの名において、今回の死幻さま探索クエスト、完遂しますから!」
そう言うとエリユリはニアの妙見菩薩の呪符を奪い取って、猫耳にぺたっと貼り付けた。
「あっ!」
「へっへ~♪」
「あー! やったね!」
すかさずニアもエリユリの呪符を奪う。そしてエリユリの頬にペタリ。
ああ、そんなところに貼っちゃったか……。
ワイキャイと口喧嘩しているニアとエリユリに憂太はおずおずと言った。
「あ、あのさ……」
「「なにっ……!?」」
二人の声がかぶる。
「その呪符、一回貼っ付けると剥がれないから……。クエスト終わるまでそのまま……」
「「ええええええええええええええええええええっ……!!」」
ニアとエリユリは「ムムムム……」と顔を見合わせる。
「ニアさんがからかうからダメなんでしょ!」
「最初に貼ったのはエリユリっしょ! 人のせいにするな~!」
騒々しいのは好きじゃない。でも、この二人と一緒にいるのは心地よい。憂太は距離の近い人づきあい苦手だった。あれだけどこに行っても気味悪がられるので苦手にならざるを得ない。
だけどこの異世界でならやり直せるかもしれない……。僕の力が本当に通用するこの世界だったら、僕は自分を変えられるかもしれない……!
ニアとエリユリはまったく疑うことなく憂太の話を受け入れてくれる。元いた世界ではあり得ないこと。大体、オカルトオタクと蔑まれてきた。それと……。
大島唯。あの子もこちらへ来て僕を理解してくれる存在になりかけていた。
――もう、遅いけれど……。
少し気分が沈んだところで憂太の胸ポケットから声がした。
『まったく……。お前はすぐに厄介事に顔を突っ込むな。あんなガキのことなんか放っておけばよいのに』
道満だ。道満は今回の死幻探索に反対だった。死幻は術師殺し。つまり陰陽師の敵であるとともに、そのあまりに身勝手な行動から、情報など聞き出せる輩などない、捨て置け、それが道満の主張だった。
『そんなことより、さっさと儂にお前の躰を明け渡したほうが早いわい。『TOKYO』に潜む怪異なんぞ、儂が肉体を得たらすべて葬り去れるわ』
「悪いけど、僕は道満の思い通りにはならないよ」
少しでも“氣”を抜いたら、こいつは一気に憂太の躰と魂を乗っ取りに来る。自身の“气”に“氣”を注ぎ込み続けておかなければ、不意をつかれる。魂に刻まれる清明紋を常に意識しておかなければならない。こいつが味方になってくれると考えるのはあまりにも危険だ。
――敵はここにもいるか……。
憂太はうんざりしながら街を振り返った。
その時だった。
人影だ。
来てくれたのだ。
吉岡鮎が!
「式守くん、遅くなってごめん!」
吉岡鮎は星と彗星に照らされた薄暗い通りを手を振りながら駆けてくる。
これまでまったく接触がなかった美少女。
だが今、彼女は自らの“气”を開いて覚醒した。さらには憂太にも心を開いてくれているように思える。
「ちょっと準備に戸惑っちゃった。それより砂川くんも説得してくれたの。人数は少ないけどいないよりはマシでしょ。ほら! じゃ~ん!」
吉岡鮎の背後には男子生徒が2人に女子生徒が1人。思ってもみなかった。まさか僕なんかに協力しようなんてクラスメイトが他にいるなんて。
「『TOKYO』での戦闘については式守くんが一番詳しいわ。みんな。式守くんの言うことはよく聞くこと。分かったわね♪」