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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
44/65

第44之幕 吉岡鮎に芽生えた想い

第44之幕


 ――ああ……。疲れた……。…………。


 吉岡鮎がベッドに入ったのは深夜遅くであった。鮎に割り当てられた宿屋はアドリアナ大公の屋敷からそう遠くない第3区。繁華街からは離れており治安もよく、閑静な住宅街といった風情だ。女子生徒のほとんどがこの地区に宿泊しており、殺された田中幸子や大嶋唯も同様だった。


 いまだに級友たちが殺されたことに現実感を覚えない。眼の前で行われたあの惨劇。まるで映画や漫画の世界にでも取り込まれたような恐ろしい怪異の数々――。

 すべてが非現実的で思考の足元がふわふわしている中、一つだけハッキリしていることがあった。


 ――今、置かれている状況を受け入れなければ私も死ぬ……。


 “死”は現実的であり、同時に非現実的だ。

 生まれてきた以上、いずれ必ず自分にも降りかかる。なのに、誰もが見て見ぬふりをしている。

 不思議なことに鮎はすでに“死”を隣人かのごとく受け入れてしまっていた。

 なにしろ、あんな光景を目の当たりにしたのだ。当然といえば当然だろう。

 ゆえに、鮎が“死”について今、考えていることは……。


 ――きっと幸子も大嶋さんも、そして私も。死んだ後も生き続けていくんだわ……。


 それは不思議な感覚だった。

 死後の世界を信じているわけではない。

 だがなぜか“死”がすべての終わりではないように感じていた。


 そうだ。

 まるで剣道の試合のようだ。


 剣を交えるというのは例えそれが竹刀であれど、それは明らかに“殺し合い”である。

 負けは即、“死”を意味する。

 ゆえに、小学生ながら鮎は、試合の最初の一礼をしたその時、その瞬間から自身が“死地”に入ったと感じていた。

 そして剣を戦わせ、勝っても負けても……つまり、殺されても生き残っても……再び礼をして試合場を去る。


 鮎にとって、剣道の試合の場はこの世とあの世の境、“彼岸”と同義であった。


 “彼岸”はどこにでも存在する。

 鮎は試合前の一礼で一度“死”に、そして試合後の礼で再び“生”を受ける。


 あの渋谷での惨劇中にふと、それを思い出したのだ。


 読者モデルをしてクラスでもちやほやされていたことで本当の自分を見失っていた。そんな今だからこそ、式守憂太という少年のことが今は理解ができる。


 式守くんはそうやって生きてきたのだろう。“生”と“死”が混在する世界で、目に見えない多くの恐れや畏れ、諦めや覚悟、彼岸と此岸しがんを肌で感じながら生活してきたはずだ。


 それを思うと根暗だと思っていたあの表情が“憂い”だったと気づく。女々しいと思っていた顔立ちも穢れに傷ついた少女のようだったと思える。まだ変声期を迎えかけの高めの声。潤んだ大きな瞳、長いまつ毛、小さくも整った鼻、ひかえめな口元……そのすべてが愛おしく思える。


 鮎はハッと頬を赤らめた。


 なに、私……。なんであんなヤツのこと考えてんの……!


 必死に別のことを考えようとした。

 そうだ、あの後、私は何人からのクラスメイトの部屋をまわったんだった。

『TOKYO』の情報を多く持っているだろう過去の勇者・死幻を探索するクエスト。

 誰に声をかけても「ちょっとまだ今は……」「私、死にたくないし……」「少し考えさせて……」など断られ続けた。

 それはそうだ。

 実際に死者が出た。

 行きたくないのは当然だろう。


 だがクラス委員長の砂川は前向きに考えてくれた。

 砂川は少しの時間、考え込んだが、「確かに。僕たちが生き残るためには情報が必要だね」と言ってくれた。


「分かった。ちょっと僕も声をかけてみるよ」

「ほんと!?」

「うん。吉岡さんが言うように式守くんが本当にそんなに強い力を持っているなら、それに怪異に詳しいのなら、僕らも死ぬことはないかもしれない」

「でも……私たちはいいとして、みんなは式守くんを信じてくれるかな……」

「そこが問題だね……」と砂川も唸った。

「式守くんのことをよく思っているクラスメイトは少ない。寧ろ、気味悪がったり頼りなく思ったり、こんなことは言いたくないけど、嫌っていたりする人たちの方が多い。でも吉岡さんの頼みだって言うなら、男子も何人かは動いてくれるかもしれない」

「そう……かな……」

「ダメで元々さ」と砂川はどんと自分の胸を叩いた。

「僕だって、吉岡さんにお願いされたから、やろうという決心がついた。きっと同じような男子はいるはずさ。ここだけの話、吉岡さんを好きなヤツ、多いから……」

「…………ふざけないでよ」


 心の中では「うん、知ってる」と思いながらも鮎は照れた振りをした。

 そんな自分は好きじゃない。だが、でも背に腹は代えられない。

 死と引き換えかもしれないのだ。カマトトぶりもしよう。

 それに、そんな嫌な自分にもこれまでの日常ですっかり慣れてもしまっていた。

 これまでも自身の美貌で得をしてきたし、利用もしてきた。

 今更、いい子になろうというのも虫がいい。


 とにかく男子の説得は砂川に任せることにして鮎は自分の宿に戻った。

 果たして一体どれだけの人数が集まるか……。


(私がたくさん助っ人を連れてきたら、式守くん、喜ぶかな……)


 再び憂太の顔を思い浮かべた。それから鮎は、胎児のように体を丸めてゆっくりと眠気に身を任せた──。

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