第43之幕 朱雀翔ぶ!
第43之幕
「トレシア・レストランから『TOKYO』への転移、そして渋谷から大遺跡の『カーラ』への転移。あの術式を応用すれば、僕たちは『カーラ』から死幻がいる場所の近くまで転移が可能なはずだ」
そう憂太が言っている間にも白紙上に北極星、北斗七星のおおぐま座から始まり、やまねこ座、こじし座、りょうけん座、かみのけ座、うしかい座などさまざまな星、星座が描かれていく。七色に光る蝶。それが鱗粉を巻きながらふうわりと飛びやがて紙の上に止まる。そして蝶が羽を閉じると同時に「点」へと変異する。
次々と印を結ぶ憂太。その指先に「ふっ」と息を吹きかけていく。
「転移に関しては、この国の魔法の論理が僕の『零咒』を合わせた計算式になるから少し複雑になるけど、死幻ってやつの持つ魂の形を読み取るだけなら『零咒』で事足りる。今、北辰=妙見菩薩の力で死幻の魂のあり様を探っているんだ」
「魂の形って……オドみたいなものですか?」とエリユリは憂太に顔を寄せた。いつもだったら恥ずかしがるはずの憂太だが今、その眼は真剣に天体図に注がれている。
「オド……魔素のことかな。それとはちょっと違う」
次々と蝶が羽を閉じるのを見ながら憂太は言った。
「僕らの術では魂には一人ひとり色のようなものがあるとされている。そのエネルギーで言うならそのオドと同じかもしれないが、その形は人それぞれ違うんだ」
「つまり、私はニアもその……魂の色や形が違うってこと?」
「そういうこと。そして今、僕が描いている天体図は、あの死幻という男が生まれた日の星の位置をなぞっている」
ニアもエリユリも眼を丸くした。
「そんなことができるんですか!?」
「500年以上前の星の位置……!? うわあ、規模がデカすぎてうち、頭が痛くなっちゃうよ」
ニアの表情がむにゅっと歪み、頭のけも耳がぺたんとお辞儀をする。
「それも妙見菩薩の力のおかげだよ」
憂太がそう答えた途端、宿屋のドアが開いた。吉岡鮎が憂太に頼まれていた買い物を終えて戻ってきたのだ。右手には巾着状になった袋が持たれている。
「で。私が使いっ走りをされたのもその妙見菩薩さまって仏さまのせい?」
「あ、鮎ちゃんお帰り~!」
「鮎さま、すごく早いお帰りでしたね。さすが勇者さま。勇者さまってすごいなぁ」
黒猫族の少女とエルフの少女に思いのほか歓迎されて吉岡鮎はやや戸惑う。なんというか……フレンドリーというか人見知りというものがまったくない。まあそれだけ勇者として尊敬されているということかもしれないけど……あまりに壁がなくてちょっと照れてしまう。「買い物行っただけでしょ。大げさなのよ。ニアちゃんもエリユリちゃんも……」。顔を赤くしながら鮎は言った。
「でも驚いたわ。本当に売ってるのね。まさか異世界で定規や分度器とかの文房具があるとは思わなかったわ。式守くんが言っていた双子宇宙って話、本当だったのね」
そうだ。この異世界は、『カスケード』と呼ばれる時空間の切れ目でつながった、いわば元の世界の人々が創り出した空想の世界。『カスケード』信仰の聖典にもしっかり描かれており、言葉が通じるのも見知った光景が広がっているのにも納得はいく。
「ところでその妙見菩薩ってそもそも何なの?」
憂太が前にしている机に買い物袋を置いて鮎は尋ねた。
「だいにちにょらい……? おしゃかさま……? とかなら私も分かるけど……」
「妙見菩薩はいわゆる北極星を神格化したものだよ」、すかさず憂太は答えた。
「妙見というのは優れた視力という意味。“物事の真理を見通す者”って感じかな」
「っていうか何これ! すごいんですけど! これって天体図!?」
憂太の前に開かれた紙に描かれた星図を見て鮎は驚いた。星座占いは嫌いじゃない。もちろん詳しくはないが、でもこれはあまりにも精密に描かれているように見える。
「そう。咒を使って描いてみた。道教では北極星は天帝と呼ばれている。その北極星を中心とした天体図だね」
「咒って……」
まさかそんなオカルトめいたワードがこの異世界ではきちんと役に立つなんて……。思わず口に出そうになったがなんとか堪えた。それは式守くんに失礼だ。そしてそのオカルトの知識こそが、私を、あの渋谷で、救ってくれた──。思い知らされたはずだ。まだ私は現実を受け止められないでいる……。
「そう……。咒ってすごいのね……」
そう取り繕う鮎を憂太は意外にも軽くあしらうようにこう言った。
「ありがとう。ちょっとそこどいてくれる?」
「あ、うん」
それほど集中しているということだろう。式守くんにこんな一面があったなんて……。
鮎が机から離れ、憂太は買い物袋から定規、分度器、コンパスなどを取り出した。そして角度や長さなどを測りながら、何やら数字をメモしていく。
「今度は何してるの?」
「言ってもあまり信じてもらえないだろうけど……。あの飛び出した過去の勇者の生年月日を計算してる」
「生年月日!?」
「そう」
「そんなこと……い、いえ。まあいいわ。で、それが分かってどうなるの?」
「彼の魂が何に属しているかを見極める」
「属性……?」
「そう。陰陽五行説ではこの世は5つの基礎要素で成り立っているとされている。木、火、土、金、水、の5つ。それは人間も同じなんだ」
そこにエリユリが割り込んだ。
「しかもこれ、500年以上前の天体図らしいですよ」
「ごっ500年!?」
「そうだよ、鮎ちゃん。だってあの勇者、500年以上前にこっちの世界に来たんだから」
「500年って……本当なの?」
「……うん……」
憂太は星と星の間を線で結んだり、その角度をはかって線を伸ばしたりとよく分からない作業をしている。
「これは死幻っていうあの過去の勇者が生まれた当時の天体図。これを紐解けばその日にちが分かるし、彼の属性が分かる。その属性を計算して、この異世界の転移魔法を組み込んだ計算をすれば、彼が『TOKYO』のどの辺りにいるか、その近くへの転移が可能になるはずなんだ」
「へ、へえ……。よく分からないけど、難しいことしてるのね」
「まあ、あくまでも占術。占い。低い確率で間違うこともあるかもしれないけど……」
鮎はニアやエリユリと顔を見合わせた。
みるみるうちに星図が星座とは違う幾何学模様を描いていく。そしてそれに合わせて憂太のペンが計算を重ねていく。そしてその作業は陽が落ちるまで続いた。
ニアもエリユリも退屈したのか憂太のベッドに抱き合って横になっている。
吉岡鮎も椅子に座ったままウトウトしていた。その時。
「分かった!」
憂太が珍しく大きな声を上げ、そこにいる全員が飛び起きた。
「な、何?」
「どうしたの憂太……?」
そんな三人を憂太は椅子に座ったままで振り返る。そして満面の笑顔でこう言った。
「死幻が生まれたのは1550年の8月15日! 属性は“火”! 守護星は火星、守護獣は朱雀だ!」
「1550年……。そ、それで何が分かるの、式守くん」
鮎が問う。その問いかけに憂太はうれしそうにこう答えた。
「死幻が持つ呪力が追える! 『TOKYO』にいる死幻のすぐ近くまで『カーラ』から転移ができるはずだよ!」
星図に描かれていた幾何学模様。
幾重にも重ねられた線は、朱雀……鳳凰のような姿を描き、この図から今にも飛び立たんとばかりに大きく羽根を広げていた。