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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
41/65

第41之幕 転移算術式

第41之幕


 多くの命が奪われた『TOKYO』渋谷の悲劇からは失われたことだけではなく、得られたこともいくつかあった。

 悲劇の女性『カナコ』の成れの果て……「八尺さま」を撃退した際、そこに青白い人魂のような宙に浮かぶ炎が残った。

 そしてこの人魂に触れることでそこにいた全員、アドリアナ公国市壁外、丘の上にある遺跡の入口『カーラ』まで戻ることができたのだ。


「どうして分かったんだい、勇者さま」

 公国随一の強さを誇る『最終旋律デスワルツ』のギルドマスター・トレシアも、これには驚きを超え感銘を受けたらしい。

 基本、『TOKYO』ダンジョンへと潜る際にはこの『カーラ』から入る。『TOKYO』での出現場所は完全にランダムであり、帰る際も自身の出現場所から入るのが常識だった。


 だが今回の事例は異なる。


 憂太の中にあった「しゅ」の暴発により、トレシア・レストランにいた数名が『TOKYO』へと転移された。憂太がいたからこそ起こった完全なイレギュラーだ。『カーラ』を通さないゆえに帰る方法も未知。それをやすやすとクリアした憂太に、『TOKYO』の怖さを知っている『最終旋律デスワルツ』だからこそ驚嘆した。


「……いえ。僕も一か八かだったんです。ただあの人魂からじゃ特定の『しゅ』……こちらの言葉でいうとエネルギーかな……。そのエネルギーが感じられた。そこに僕らが手を触れるとエネルギー交換が発生して、別の大きなエネルギーになるんじゃないかと思ったんです。詳細を省いて言うと、あの人魂に近づくと丘の上の遺跡が見えた。きっとこの『カーラ』という入口は、ダンジョン外の転移用特定座標に指定されている。つまり『TOKYO』から転移できるエネルギーが触った瞬間に起こると考え、皆さんに提案してみたんです」


 憂太にしては饒舌に、しかも簡略に答えられたと思う。だが皆の反応からすれば余計に混乱を招いたようだ。思わず憂太は慌てて言わなくてもいい詳細を語り始める。


「あの人魂が特定のエネルギー量 Esを持っていると仮定します。このエネルギーは転移を引き起こすための触媒として機能します。そこで僕らが人魂に触れると、エネルギー交換が発生。このとき、僕らの体内エネルギーEa。人魂のエネルギー Esが合わさり、転移エネルギーEtが生成されると考えてください。つまり“Et=Ea+Es”です。転移が発動するためには、生成された転移エネルギー Etが、一定の閾値しきいちのEthresholdを超える必要があります。つまり“Et≥Ethreshold”。転移先の座標 (x′,y′,z′)は、ダンジョン内の特定の座標 (x,y,z)と人魂のエネルギー Esに基づいて計算されます。x′=x+f(Es)、y′=y+g(Es)、z′=z+h(Es)といった具合です。ここで、f、g、hはエネルギーに基づく関数です」

「お、おう……」


 誰もついてこれない。だが熱く語り始めた憂太がそれに気づくことはなかった。


「例えば、ダンジョン内の座標が (10,20,30)で、人魂のエネルギー Esが 50 とします。転移エネルギーの閾値しきいちのEthresholdが 100 で、冒険者の体内エネルギー Eaが 60 である場合、転移エネルギー Etは 110 となり、転移が発動します。転移先の座標は次のように計算できます。x′=10+f(50)、y′=20+g(50)、z′=30+h(50)……。このようにして、ダンジョンの外の特定の座標に転移されるわけです」


 皆がポカンとしている。そんな中でピンクのウサギの中の蘆屋道満だけは『ウムウム』と頷いていた。『零咒』の算術式だが、道満にも理解はできたらしい。

 誰も知らないことだろうことを懸命に伝えようとするあまり必死になり、早口でまくし立てる憂太に対して、吉岡鮎は呆れたように失笑した。

 言っていることはよく分からない。だが今夜はそんな憂太の知識と力のおかげで助けられたことは確かだ。


 ◆   ◆   ◆


 こちらへは念の為、『TOKYO』に突如現れた、黒尽くめの少年も背負ってきた。

「きっと過去の勇者さまの生き残りだよ。……それにしても年を取っていない。時間の概念はどうなっているんだろうね」

 このトレシアの純粋な疑問はほぼ確信めいていて、実は『TOKYO』には時間の概念というものが存在しないのではないかという仮説をそこにいる誰もが共有していた。


「要はあの人魂に触れることができたらこの『カーラ』まで戻れるってことっしょ?」

 ニアが満面の笑みで憂太の顔を覗き込みながら言った。

「これは新情報だよ。さすが憂太。お手柄だね!」

「さっそくラウラ様にも報告しましょう。あとは神官や専門家、魔法術式の学者に議論してもらえばいいですよ」

 エリユリもすっかり安心しきったゆるんだ笑顔で、いまだ鋭い眼つきが戻らない今回の臨時パーティーメンバーを和ませていた。


「いずれにせよ、謎だらけだ。『TOKYO』ダンジョンも、この遺跡も。そしてこういった現象を起こす『空亡くうぼう』も……」


 手練れでベテランのトレシアをして唸らせるこの世界の謎。

 別の世界から来た憂太にはなおさら疑問の連続だ。


 それから一週間、憂太はどうすればこの異世界から脱出できるか考えていた。

『TOKYO』にはどんな願いも叶えることができる宝珠があるらしい。その宝珠を使えば帰ることができるかもしれない。だがそのためには『TOKYO』で多くの怪異を倒さなければならないだろう。

 まだ誰も攻略したことがないという難攻不落のあの地獄で。どう生き残り、どう宝珠を手に入れるか。

『TOKYO』で遭ったあの黒尽くめの過去の勇者とやらにも話を聞かなければならないだろう。彼はきっとさまざまな情報を持っているはずだ。あとは……。


 ――クラスメイトたちにもどう『气』について理解してもらうか……だ。


 ◆    ◆    ◆


 そんなある日だった。

 ニアとエリユリが憂太の宿へと飛び込んできたのは。


「憂太、憂太、大変だよ」


 こんな朝っぱらから何だと言うんだろう。

 こっちはこの後、また市壁外でのモンスター退治訓練があるというのに。

 だが次の言葉で一気に目が覚めた。


「あの『ダンジョン』で拾った過去の勇者さま! 目を覚ましたっていうんですけど」

「とんでもない勢いで飛び出して、また『TOKYO』に潜っちゃった!」

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