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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
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第4之幕 這い寄る女【池袋】

第4之幕


挿絵(By みてみん)


 僕はこうした超常現象に関しては物わかりはいい方だ。だけれどこんな状況をすぐさま受け入れても良いものなのだろうか。


 池袋の街を猫耳のニア、エルフのエリユリについて歩いて憂太が驚いたのは人っ子一人いないことだ。

 普段の池袋東口といえば大抵が人でごった返している。

 もちろん車も走ってない。そこにはただひっそりシーンとした街並みが広がっているばかりだ。


 だが看板の電飾などはキラキラと光っている。

(電気は通っている……?)

 人はいないが目の前の池袋は普段の営みを続けている。

 意味が分からない。

 さっきまで学校にいたのに、どうして池袋にいるんだ。

 そっくりそのまま、この虹の欠片のような二人の美少女の言葉を、受け入れなければならないのか。


「いや~でも、まさか『TOKYO』の初の下見で勇者さまを拾うなんて、うちらサイッコ~についてるよね」

「それにしてもすごい不思議な街並み。なんだか角々してるし、あっ! あれ見て。なんか色々ごちゃごちゃピカピカしてます☆」


 ニアの猫耳と尻尾はどう見ても自前のものにしか見えない。自然に動くし、毛並みもなんというかついつい触りたくなるような魅惑のもふもふに溢れている。

 エリユリの木の葉のような耳も同様だった。事あるごとにピクつくし、コスプレのような地肌との境目もない。きっちり一枚の皮膚でつながっているように見える。


 ニアはいかにもギャルっぽい喋り方と表情だが、髪型は割りと落ち着いた印象がある。アクセを多くつけている面でもギャルだ。でも身長は、背が低い方である憂太よりもっと低く、そのスレンダーでしなやかな体つきと黒髪、紫色の瞳は、まさに優雅で気高い黒猫といった風体ふうていだ。


 エリユリは逆におっとりタイプ。にこにことずっと笑顔で、えへらえへらしてあまり緊張感を感じさせない。そのくせどこか気品もただよっている。いわば人懐っこい「犬系美少女」。子どものように物怖じもしなさそうだが、出るところは出て、へこむところはへこんでいるそのスタイルは、小柄ながらしっかり“オトナ”だ。


 どう考えてもコスプレ女子と駅へ向かって池袋を歩いているとしか思えない状況。広い道路。しっかり整備された歩道。路地裏の居酒屋。レストランのショーウインドウ。ふくろうの形をした交番……そのすべてがひっそりと静まり返っている。その街の中で、ニアとエリユリの声がこだまのように響く。


 誰もいない都心の街……。

 そのあまりも不自然な状況に、ゾクリ、と体が震えた。

 からだ中を悪寒が駆け巡る。


(いや……!?)

 

 憂太の足が止まった。


(これは……)


 思わず周囲を見渡す。


(この悪寒は……)


 ファストフードのある交差点の横断歩道を渡り、しばらく駅に向かって歩いたところである。

 この気配に気づかず歩いていくニアとエリユリの背中を見ながら憂太の躰はこわばった。


(いないんじゃない……!)


 つ、と汗が憂太の頬をすべった。冷や汗だ。

 からだのアンテナが、何かに反応している。

 胸の奥から何やら奇妙な力が湧き溢れてくる。


(いるんだ……!!)


 何かが……その気配がする!


 どこだと慌てて周囲を見渡す。

 これまで憂太が感じてきた中でも相当な悪意だった。

 こんなぞわりとするような感覚、人ではない。


 そこで電流が走ったように憂太の呪力が反応した。


 ──上だ!


 そして。


 前を歩いているニアとエリユリの眼の前に。


『女』が。


 降ってきた──!!


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ニアとエリユリが悲鳴を上げる。


 グシャリ。


 路面と肉体が激しく衝突する嫌な音がした。


「えっ、えっ、なになになになになに……!!」


 慌てるニア。


 ──飛び降り自殺……!?


 いや、違う。


 憂太はすぐにその考えを打ち消した。


 その落ちてきた女は。


 ゆっくりと顔を上げると。


 驚くほどのスピードでカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサと。


 ──こちらに向かって這ってきた。


 そのおざましさに、思わず腰を抜かすニアとエリユリ。


 逆に。


(え……?)


 憂太の足は力強く大地を蹴る。


(なんで僕、飛び出してるんだ……?)


 からだと心がちぐはぐだった。

 心はひどく怯えて逃げ出そうとしているのに。

 自然とからだは前に出る──!


(まさか、二人を助けようとしているのか……?)


 前に伸びた自身の腕を見ながら憂太は困惑する。

 自身の恐怖とは裏腹に。

 心の奥底で。

 眼の前の危険から人を助けなきゃ、と。

 自分の中の何かが叫ぶ!


 時が止まったような気がした。

 いや、驚くほどすべてがゆっくりと動いて見えるその視界の中で。

 激しく打つ自分の心臓の鼓動の中で。

 戸惑いの心の声が憂太の脳を支配する。


 僕は何をやってるんだ?

 そうだ。逃げ出せばいいじゃないか。

 なのに僕は。


 ──一体、何をしようとしているんだ……?

 

 無意識に。

 伸ばした憂太の腕の指の先よりも遠く。

 和服のような豪奢ごうしゃな厚い布がはためき。


『オン! アビラウンケン……』


 自分のものではない声が胸ポケットあたりで聞こえ。


『ソワカッ!!』


 の声とともに、その布の裾から伸びた化け物のような腕が、爪が、路面を『這い寄る女』へ向けて激しく撃ち下ろされた!


『這い寄る女』は、そのくまだらけの血走った目を見開くと。


 次の瞬間には巨大な何枚ものギロチンの刃にでも襲われたかのように引き裂かれた。


 一瞬でスライスされた肉片。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』


 彼女は聞いたこともないような不快な悲鳴を上げ、光る霧のようになって消え失せていく。


 憂太には何が起こったかわからなかった。

 だがこの手の主、声の主が。

 あの光に包まれた時に「蠱毒こどくを用いる」と物騒なことを言った何者かのものだということは分かった。


 そして、今。


 憂太はいつの間にかニアとエリユリを追い越して、その前に立っており。


 まるで自身の腕が『這い寄る女』を引き裂いたかのように。


 眼の前で振り下ろされた自分の腕を見ながら、ハァハァと肩で荒い息をしていた。


 何かに引きづられたのか。意識的だったのか。

 憂太は自分自身のさきほどの行為がなぜ起こったのか、まだ理解できない。

 虹の欠片が液体の中で、溶け出した角砂糖のようにゆらゆらしている幻を憂太は同時に見ていた。

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