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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
37/65

第37之幕 黒尽くめの少年

第37之幕


「私、憂太さんがすごいこと、知ってます。ニアだってそうです。この『TOKYO』に突然、転移させられてからも、憂太さんは私たちのこと、守ってくれたじゃないですか! あの女の子の怪物を一気に皆殺しにしてくれたじゃないですか!」

 そう。確かに憂太は『零咒』の力で、あの可愛そうな千尋の変わり果てた姿を……あの幼女の怪異たちや、千尋の積もり積もった「厄」によって怪異と化した雛人形の群れを一気に血の塊にした。


(千尋ちゃん……)

 と憂太は自身の幻想を思い返す。

(あの子も本当に気の毒すぎる子だった……)

 この異世界の『TOKYO』では、あんな悲惨なことが、悲惨な怪異が襲いかかってくるのだろうか?


 吉岡鮎が発した「天使歌砲ホーリーソング」によって、渋谷の道玄坂あたりは崩落と大火災でほとんど焼け野原寸前となっていた。まるで大きな爆弾でも落とされたかのようにそこは破壊され尽くされようとしていた。


「憂太さんには私たちにはできないことができます! 私、憂太さんのこと、最初に倒れているのを見てからずっと信じてた。この人は私たちの世界を救ってくれる人だって。直感したんです。この人が救世主だって。今だってそうです」

 憂太は道玄坂の惨状から再びエリユリに視線を戻した。

「今も、信じてます。今だって、この状況を何とかしてくれるのは憂太さんだって思ってます。憂太さんしか出来ないんです。憂太さんの存在自体が私たちの心の支えなんです」


 エリユリの瞳からはいつの間にか、大粒の涙が溢れ出している。それが頬を伝い、あごからぽたり、ぽたりと垂れている。その涙のしずくが、座り込んでいた憂太の膝の先を濡らした。


「それに、あの化け物になってしまった女の勇者さまも、憂太さんならきっと助けてあげることができると思います。あの方も、憂太さんをすごく信頼しているみたいでした。憂太さんを信じて、信じて……。あの不幸が起こるまで、絶対、憂太さんを信じていたと思うんです」

 憂太はハッとする。

「大嶋……さん……」

「そうです! そのオオシマさんです! 憂太さんを信じて戦ってきたのに、憂太さんがこんな状態でどうするんですか。オオシマさんは憂太さんなら何とかしてくれると思っていた。だからあそこまで戦った。私たちだってそうです。憂太さんがいるから、勇気を出せたんです。この突然の『TOKYO』でも!」


 言われてみれば、この状況は憂太が起こしたことだ。

 トレシアレストランでの感情の爆発。

 未熟だった憂太はそこで『零咒』を発動させてしまった。

 それゆえ、トレシアレストランからこの『TOKYO』へ、皆は強制的に転移させられてしまい、今に至る。


(そうだ……僕のせいだった……)


「オオシマさんだって! 今だって! 憂太さんを信じてます。あの状態からでも助けてくれると信じてくれてるはずです。そして、それは私たち……いいえ、私だってそうです」

 自責の念。そうだ。この事態を招いたのはそもそも僕だ。僕が何とかしなければ……。


 でも、でも……。


「だから、お願い!」

 エリユリは躰全体を震わせるように渾身の声を渋谷の夜空へ向けて張り上げた。


「戦って! 憂太ァァァァァァァァァァァァ!!」


 そのエリユリの悲痛な叫びに反応したのか。「天使歌砲ホーリーソング」を食らって身動きが取れなくなっているかと思っていた『カナコ』の腕。それがが、突然、夜空へ向けて伸ばされた。

 ものすごい勢いで急下降してくるその指の先にあるのは。狙いは。


 ──エリユリ!


 憂太は瞬時に目を閉じた。

「オン バザラダト バン……」

 金剛界・大日如来の真言を唱える。

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうとは「いてそれを成せ」の意。

 そうだ。

 急げ。

 今じゃないか。

 僕が成すべきことをするのは。

 今じゃないか!!


 このままでは、エリユリという存在を失ってしまう。僕を信じてくれた人。大嶋唯に続いてこの少女までも。


(それは嫌だ!!)


 途端にヴァジュラの端にある三本のほこの中心から、ブン!と光り輝く剣が伸びた。

破魔はまつるぎ」だ。

 金剛界曼荼羅の中心、その最高位にいる大日如来の力で作られしその刀身。


 憂太としてもほぼ無意識だったと思う。

 だが、エリユリの言葉が、そしてエリユリのこの危機が。

 憂太の躰を動かしていた。


 その無意識が憂太の肉体のリミットを超えさせた。

『カナコ』の腕が、エリユリに届きそうになる寸前……。


 シャッ!!


 憂太は自分でも信じられないほどのスピードで飛び上がった。

 伸びてきた『カナコ』の腕を一刀両断。

 眼にも止まらぬ居合い切り。

 そして。


「道満ッ!」


 その憂太の無意識の叫びに。

 とてもこれまでの憂太のものとは思えない眼力に。

『咒』の力に。

 蘆屋道満も自然に動いてしまっていた。

 何を成すべきか。

 憂太の眼が物語っていた。

『くっ! 小童こわっぱが!』

 憂太の思い通りに動くのは癪に障った。だが、道満は憂太の式神。

 そして何より。

 抗えないほどの憂太の『咒』。

『えええええええええええい!』

 道満は覚悟を決めた。

 ピンクの小さなぬいぐるみが、まるで光のような速さで『カナコ』へと飛んでいく。そして。


『オン アビラウンケン ソワカ!!』


 そのかわいらしいぬいぐるみから、和服のような豪奢ごうしゃな厚い布がはためき。

 その布の裾から伸びた化け物のような腕が、爪が。


 一気に、『カナコ』の胴体を袈裟斬りに真っ二つにした!

『カナコ』がこの世のものではないかのような金切り声をあげる。


 実はこの時、『カナコ』に攻撃したのは蘆屋道満だけではなかったのだ。

 まるで光の筋が走るかのように。

『カナコ』の首が斬り落とされた。


『何っ!?』


 その突然の闖入者ちんにゅうしゃの登場は、あの道満をして驚嘆させた。


 その首を刈り取りし者は、まるで少年のような容姿をしていた。

 どこかの建物から一直線に飛んでの『カナコ』へ向かっての攻撃。

 その手には日本刀が握られていた。

 真っ黒のざんばら頭に、黒い衣装。

 明らかに、つい先ほどまではこの場にはいなかった黒尽くめの少年。

 それが『カナコ』の「首」を。

 落とした!


 ギョロリとした大きな吊り目の中に三白眼の小さな瞳が鈍く光った。

 その瞳が憂太に向けられ、その唇が開かれる。


「お前、何者だ……?」


 突如現れた黒尽くめの少年は憂太に問いかける。

 憂太は「破魔の剣」を持ったまま立ち上がる。

 少年と対峙する憂太。

 だが憂太の意識はまだ、夢と現実の間をふらふらと揺れ続けていた。

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