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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
32/65

第32之幕 殺戮の幕開け⑭ 【六字大明咒】

第31之幕



挿絵(By みてみん)




「シュッ!」


 誰よりも超高速の立ち回りをしていたのは明らかにニアだった。

 ニアの戦闘スタイルは主に格闘術だ。

 基本、徒手空拳としゅくうけん。自身の指を保護するグローブをはめ、膝や肘、またスネなどの弱点部分には軽い防具を装備している。


 攻撃モードになったニアの表情には、例のあの、ギャル特有の朗らかな笑顔はなかった。

 まるで殺人者のような眼。残虐さを伴う冷たさ。無表情。


 そもそもニアは「暗殺者狩り」を裏稼業としていた。実はどんな武具も扱うことができるが今回、彼女が武具を持たずに戦闘するのはそれが最も手っ取り早いから。また、スピード勝負のこの乱戦。徒手空拳としゅくうけんが最も適していると判断した。


 そんなニアがゆっくりと路面へと身をかがめる。

 ちょうど陸上のクラウチングスタートのような体勢だ。

 その殺気がこめられた背中に、何体もの幼女の怪異が宙から襲いかかってきた。

 幼女たちの動きも速い。

 だが、落ちてくるスピード。これは、それが人であれ化け物であれ、同じだ。どうしようもない物理法則。ニアはそれを知っている。ゆえに身をかがめた。上から襲ってくるのを誘った。


 その隙を突く。


 一瞬その場からニアの姿が消えた。いや、それほどのスピードで、幼女の落下地点から離脱した。

 つむじ風が舞う。一瞬消えたかと思えるほどの早さだ。

 そしてそのまま、まるで地を這うように、スクランブル交差点で動き回る雛人形に突進した。

 もちろんこれを逃す雛人形の怪異ではない。

 ニアを眼の内に入れた瞬間、その眼から『穢れ』……すなわち呪われた殺人光線を放つ。

 だがこのすべてをニアは読んでいた。

 いくつもの殺人光線を、あたかも「そこに照射される」ことが分かっているかのように先を読みながらかいくぐり、次の瞬間には片足を高く振り上げ、回転しながら雛人形の頭上へ。派手なかかと落としを食らわせた。


 まるで巨大なハンマーの攻撃のようだった。

 頭蓋を潰された雛人形の顔が崩れ、目玉のようなものがボロボロとこぼれる。


 そのニアの背中向け、また別の雛人形の殺人光線が放たれる。

 ニアはこれを、天に舞うことで避けた。

 背中を向け両手を広げて上空へ飛んだかと思うと、まるで宙にロイター板でもあったかのように弾けるようにこちらへと回転しながら飛んだ。

 宙に足場を作る。

 これが数少ないニアが用いる魔術の一つだ。


 方向転換からほぼ同時のタイミングで雛人形に近づいたニアは即座に肘打ち。

 金槌で叩いてもこれほど派手に破壊できないだろう。

 これにより雛人形の顔面を砕いたかと思えば、そのまま右フック。

 その威力に雛人形の躰が左にかしいだ。

 次の瞬間、まるで竜巻のような回し蹴り。


 ガッ!


 ゴッ!


 まるで交通事故でも起こったかのような轟音が巻き起こった。

 ニアの蹴りをまともに食らってしまった雛人形はアスファルトを削る勢いで吹き飛ばされていき、ビルの壁に激突。まるでジャンボジェットと小型飛行機の正面衝突だ。

 壁にめり込んだ雛人形はそのまま動かなくなってしまった。

 ニアはまるで鬼のように怒りの気を吐き、肩を上下して仁王立ちしする。

 その上空には、「妙見菩薩」の化身である「北極星」と、その足であり乗り物でもある「北斗七星」が、まばゆいばかりに輝いていた。


 大嶋唯はそのニアの動きに思わず見惚れてしまっていた。


 憂太から、この異世界の人間は、怪異に対する攻撃手段を基本、持たないと聞いていた。

 だが憂太が与えた「妙見菩薩の術式」がニアの体内に完全に組み込まれているのだろう。つまり「北極星」の、そして「北斗七星」の力が、ニアの攻撃を怪異へと通る凶器へと変えている。


 一方の、エリユリの戦闘センスにも驚いた。


 その弓矢の腕は正確無比。

 複数の幼女の怪異が久世らに襲いかかった瞬間もそうだった。

 エリユリは複数の弓矢で、幼女の怪異のワンピースの一部をごくごく狙い貫いた。

 まるで燕のような速力を持っているにもかかわらず……である。


 これにより幼女の怪異は、矢とワンピースごと壁に叩きつけられたり、バランスを崩したり、路面に足止めされ、そのスピードが弱まったりした。

 これを狙って「最終旋律デスワルツ」のユマやアーシャがとどめを刺す。

 最高のコンビネーション。エリユリは後方支援の天才だ。


 エリユリも、自身の弓矢では怪異を倒すほどの威力がないことを予想している。

 ゆえに撹乱かくらんに専念する。

 座したまま高速で移動する雛人形に対しても、その眼の前に何十本の矢を打ち込む。この数本の矢という障害物に乗り上げて雛人形は転がってしまうのだ。その速さが仇となる。雛人形は派手に転ぶ。その分、戦闘態勢が乱れ、そこに隙ができる。


 エリユリの力はそれだけではない。

最終旋律デスワルツ」のギルドマスター・トレシアが運悪く、雛人形からの殺人光線を受けて腕が引きちぎれた時。

 エリユリはその強力な治癒魔法で、またたく間に腕をつなげてしまった。しかも無詠唱で。

「ありがとよ! エリユリ!」

 その言葉にエリユリはニコリともせず黙って頷く。

 弓による後方支援と、超強力な治癒魔法。

 エリユリのその頭上にも、「北極星」と「北斗七星」が輝いていた。


 唯は自分が不甲斐なく思った。

 そもそも私たちは「勇者」としてこの異世界に召喚されたはずだ。

 だがほとんど戦闘訓練をしないまま、いきなりこの死地に放り込まれてしまった。

 結果、自分ができたことといえば氷属性の魔法「氷の極光アイスオーロラバースト」での目眩まし。一瞬凍らせて足止めできただけ。

(もっと、もっと訓練した後に、戦っていたら……)

 悔しさとジレンマが唯を襲う。

 技は派手だが決定打にならない。攻撃としては使えていない。


 久世にしてもそうだった。

「勇者」とは名ばかり。

 まず、この怪異たちのスピードに眼がついていけない。

 吉岡鮎や田中幸子などはもっと酷い。

 足をガクガクさせながら、この状況を見守っているだけだ。


 それぞれ強大な力を授かっていた。

 本来ならば、主戦力になるはずだ。

 だが「使い方」を習ってなければ、どうにもならない。

 特にこのような乱戦では、戦闘の素人は足手まといにしかならない。

 憂太の精神暴走から起こってしまった事故とはいえ、訓練を一度行ったばかりの久世や鮎、幸子が何もしないのは正解だ。

 どれだけ立派な名剣を持っていても、使うものが素人ならば、それは無用の長物だ。


 だが唯にはそれが許せなかった。

 自分の役割はしっかり果たすべきだと思っていた。

 元々、長女だ。

 女手一つで育ててくれた母を手伝い、朝早くから仕事に出かける母に代わり、弟や妹の面倒をずっと見てきた。

 困っている人を放っておくことができない性格だった。

 自分が母としての役割を果たしていることに誇りを持っていた。

 その誇りが彼女を強くしてくれていた。

 彼女の存在意義でもあった。


 だからこそ、友達がいないであろう憂太に挨拶をして、孤立しないよう心がけた。

 戦闘訓練でも一人でいる憂太を見かねて声をかけた。


 ──私は、私の役割を果たさないといけない……!


 そんな強い意志が唯の中で燃え上がっていた。

 しかしこうも敵味方のスピードが速いと。

 これだけ乱戦になってしまうと。


 ──どこから手を付けていいのか分からない……。


「大地よ、氷の力を解き放て……」

 唯は「氷の極光アイスオーロラバースト」の呪文の詠唱を始めた。

 どこにターゲットを定めればいいか分からない。

 それほど広範囲に攻撃してしまう魔法だ。

 いや。これじゃない。

 もう一つ。

 もう一つ、私が覚えている魔法がある。


 ()()()()()()()()()()()()

 氷刃を弓矢のように何本も飛ばして相手を撃つ単体用の魔法術。

氷刃魔剣アイスデモンスウォード」──。

 訓練の時には的に当てることすらできなかった。

 でもそんなこと言ってられない。

 ダメ元だ!


「や、闇夜に舞う……」


 唯は魔法の杖をかざしながら詠唱を始める。


「闇夜に舞う氷刃の如き黒い翼を持つ者よ……」

 その魔法杖の周囲に自身の“気”のようなものが集まるのが分かる。

「翼を広げ、空を舞い、敵を氷の翼で引き裂け……」

 周囲の気温が一気に下がる。

 吐く息が白くなる。

 あとは「氷刃魔剣アイスデモンスウォード」と唱えるだけ……!


 その眼の前に。


 いや、唯の頭上を飛び越して。


 一人の少年の背中が降ってきた。


 唯が思わず詠唱を止めた。


 その背中には。


 安倍晴明の紋章と言われる「五芒星」が青白く輝いていた。


「オンマニ パドメーフム……」


 その背中が語った。


 憂太だ。

 式守憂太!


 ──式守くん!


 式守憂太が、まるで空を飛ぶかのように軽やかに唯を飛び越えて降りてきたのだ。

 唯はその背中を見て一気に自分が安心してしまったことに驚いた。

 喜びを感じたことに驚いた。

 頬が染まったことに驚いた。


 唯とそれほど変わらない身長。

 女の子のようなふわふわの髪。

 華奢な背中。


 だが今はそのどれもが大きく強大に見える。

 たのもしく見える!


 憂太は唯には見えぬ胸の前で何やら印を結んでいた。


 ──式守くんが、来てくれた……!


 だがそんな唯の想いも今は憂太には届かない。

 とてつもない緊張感をまとわせながら、憂太はこちらも振り返らずに言った。

 そう。真言を唱える。


「オン ギャチギャチ ギャビチ カンジュカンジュ タチバチ ソワカ……」


 最初に唱えたのが「六字大明呪」。

 次に唱えたのが「六字明王」の真言だ。


 悪霊を退散させるには最強とも言われるこの『しゅ』を、憂太はひどく冷静に唱えた。

 その頭の真横。

 唯はそこに、なにか、ピンクのぬいぐるみのようなものが浮かんでいるのを見た。


(あれは……ウサギ……?)


『ふん。ここで六道りくどうを支配するその“咒”を使うか』

「ああ。この怪異たちはけがれの化身だ。これが一番いいと思う」

『かっ! 『しゅ』が使える世界に来たからといって調子に乗りおって。本当に貴様ごときに使いこなせると思っておるのか』

「そんなの、やってみなきゃ、分からない」

『せいぜい味方を巻き添えにしないことだな』

「そんなこと、言われなくても分かってる」


 そして憂太は大きく眼をかっ開いた。


「回れ、回れ。永遠とわに回れ。我が魂を繰り返す輪廻の内に取り込み、無限の運命を刻みつけよ。六道輪廻りくどうりんねの車輪の渦に、けがれよ霧消むしょうせよ……」


 唯には憂太が何を言っているのか分からなかった。

 だが何かが起こっているのは分かった。

 これは私が知っている式守くんじゃない。

 上澄みの式守くんじゃない。

 これがきっと……きっと……。


 ──()()()()()()()()姿()……!


零咒れいじゅ!」


 憂太は一際、声を張り上げた。


「オンマニ パドメーフム!!」


 唱え終わった直後。

 だった。

 その場の空気が一瞬ですべて入れ替わった。

 そしてそれを、そこにいる誰もが感じた。


「お、おい……これ……」


 この異変には久世ですら気づいていた。

 そう。

 渋谷スクランブル交差点。

 そこいっぱいに、埋め尽くすように巨大な陰陽の円が浮かび上がったのだ。



挿絵(By みてみん)




 同時に。

 無限に湧いてくるかと思った幼女の怪異も。

 超高速で路面を滑るように動く雛人形も。

 突如として。

 なんの前触れもなく。




 血

 の

 塊

 に

 な

 っ

 て

 弾

 け

 飛

 ん

 だ

 !




 一斉に、だ。

 そのすべてが。

 これまでそこにいる全員が苦戦していた怪異たちが。

 その「六字大明呪」だけで。

「零咒」の力で。

 一瞬で。


 撃退。

 全滅。

 壊滅。

 根絶。

 壊滅。

 殲滅。

 駆逐。

 根こそぎ。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 だがこれに一喜一憂する憂太ではない。

『……なるほど。あれが本体か……』

 芦屋道満が言った。

「多分。間違いないと思う」

 憂太が答えた。


「あれが、千尋ちゃんのけがれと厄をすべて吸い込んだ、今回の怪異の元凶だ……」


 渋谷スクランブル交差点を埋め尽くす陰陽の円。

 その中心に。

 真正面にこちらを向いて。

 たった一体残った「女雛」が、恐ろしいほど静かに、そしておごそかに、そこに佇んでいた。

 その口元が。

 筆で描かれただけの、動かないはずのその口元が。


 ニヤリ、と笑う。

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