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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
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第2之幕 異世界召喚

第2之幕


 東京都立・玉響たまゆら高等学校。


 式守憂太しきもりゆうたが進学した高校だ。


 夕方のホームルームが終わり、生徒たちは「終わった、終わった」とにこやかに席を立ち始めた。

 教室の窓から夕陽が差し込み、憂太の顔にも光と影を落とす。

 クラスメイトたちがそれぞれ笑顔でかばんを持って教室を出ようとする表情が、憂太には同じ張り付いた仮面のように見えた。


(今日も変わらず、みんな同じ顔だ……)


 いつもと同じ時刻、いつもと同じ学校生活。ベルに時間を切り分けられたいつもの一日。

 そんな中で暮らす彼らの表情はどうしても似てくる。

 同じ時間を過ごしているからだろうか。

 社会という一般常識に準ずる同じ価値観がそうさせるのだろうか。

 僕が見る光景は、なんだか彼らのシルエットが二重にぼやけて見える……。

 憂太はこの世界と微妙にずれた世界観との間に自分だけが挟まれているような気がしていた。


「今日、どうする? カラオケ寄ってく?」

「聞いた? 駅前に新しくカフェができたんだって。ねえ今から行ってみない?」

「あ~! 部活行きたくねえ。今日、基礎体力づくりだよ。マラソン苦手なんだよなぁ」


(そして今日も変わらず、同じセリフ……)


 クラスメイトたちの声が憂太の心を逆なでしていく。ざわざわ、ざわざわ……。

 それはまるで自分がいないかのように振る舞う彼らが、自分たちだけはここにいるんだという存在感を示してくることへの嫌悪に近かった。

 その嫌悪は、彼らにもあったようだ。しかも憂太に向けられたもの。憂太の”呪い”がさらに心と肉体を蝕んでいくもの。


「おい、式守しきもり


 名を呼ばれる。その声の主を見上げる。こいつ。誰だったろう。ああ。あいつだ。いつも僕に嫌なことばかりする久世祐一だ。

 記憶と意識が乖離し、ブレて憂太の心へと届く。

 久世から放たれる嫌悪は、憂太の恐怖心をも無意識下から引きずりだす”呪い”だった。


「今日、俺、掃除当番なんだよ。でも俺って忙しいからさぁ。式守、今日も頼まれてくんない?」


 とてもお願いをする態度には見えない。


「おい、聞いてんのか? 掃除だよ。頼まれてくれるんだよなあ、ああ? そうだろ?」

「…………」


 無駄だとわかっているから答えない。そしてこの後の展開だって読める。


 そう。


 暴力だ。


(僕は、この後、殴られる……)


 パンッ!


 いきなり横っ面をはたかれた。

 ”呪い”が囁いたとおりになった。

 だがそれほど痛くはない。

 でも屈辱的ではある。

 冷めた……とはまた違う感情が憂太の想いをかき乱す。ああ、まただ……。恐怖のおかげで一瞬、憂太の心はこの現実ときれいに重なった。

 そして教室内が一瞬で凍りつき、皮肉にも憂太は、この現実というものをブレずに味わうことができた。


「お前、ただでさえ気味悪いんだからさ。掃除ぐらいやってみんなに喜んでもらおうと思えねえのかよ。気に入られる努力しねえからいつもお前はそうなんだろ」


 静まり返った教室に久世の声だけが響く。


「そもそも陰気なんだよ、お前は。お前がいるだけでどこにいたって、どんよりしちまう。親が金持ちかなんか知らねえがさあ。鼻につくんだよ、お前。気味悪い人形、鞄にぶら下げてさあ。顔が女みたいだからって趣味も女かよ」


 人形。ああ、これか。これは母がくれたものだ。

悪業罰示あくぎょうばっし式神」。

 母はそう呼んでいた。

 つまり人形は人形でも、この場合、それは人形ひとがたと読む。


「式神」とは、人形ひとがたに模した紙やものなどに呪文を唱え息を吹きかけるなどの秘技により、命を宿したり、調伏ちょうぶくした鬼神などを召喚し、術者の意のままに使役する呪術的媒体だ。


 その中でも「悪業罰示式神」は、持ち歩くだけでその人を災いや霊障から護ってくれるというもの。もともとは悪行を行った次元が高い霊を術でねじ伏せ、封じたものと言われている。

 小さなピンクのウサギの姿をしたそれは、一見ただのぬいぐるみのように見える。


 だがそれ自体が呪物であり、憂太が呪術を行使することで思うがままに操ることができるのだと母は言った。そしてパワーバランスが崩れてしまったら……。

 ”呪い”に飲み込まれてしまう……。

 その危険性も母から聞かされている。


 母からもらった大切な御守り。


 久世はそれを突如、鷲掴みにした。


(あっ……)


 憂太の眼の前でそれは鞄から引きちぎられてしまう。


(そんなことしたら、”呪い”が……)


 久世はそれを手をあげて掲げた。背の低い憂太では背伸びをしても取れないよう高い位置でぶらぶらと揺らす。


「ほ~ら、返して欲しいか?」

「…………」

「返してほしけりゃ土下座しな。お掃除させてください、僕はお掃除ロボットですってな」

「久世くん……だめだよ」

「ほら。何やってんだよ。土下座すんだよ。ぼうっと見てんじゃねえよ」


(ああ、怒ってるな)


 憂太はその頭上の「悪業罰示式神」のウサギを見ながら感じた。

 こいつらの目には見えないだろう。小さなそのウサギの呪力がぶるぶると震えている。


(だめだ、乱暴な扱いをしたら、あれはここにいるすべてを呪ってしまう……)


 まるでなにかに取り憑かれたかのように、思わず憂太はそれに手を伸ばした。


「あ? なんだ? 返してほしいのか? こんなものを?」


 久世が下卑たニヤケ面をした。


(違う……。だめなんだ。そんな扱いをしちゃ、だめなんだ)


「なら、ちゃんと言え。掃除させろって。久世さまの言うことに僕は従います、ってな!」


 これが直接、今後起こる超常現象につながったかどうかは分からない。

 だがその時、憂太は確かに聞いた。

 遠くから。

 この世界ではないどこかから。

 聞いたこともない不可思議な言葉を。


(……聞こえる)


『……………………………………………………』


(……これって……)


『……………………………………………………』


 僕の知らない、呪術……?


 こんなこと初めてだった。

「零咒」の修行を日々続ける憂太にとって霊や怪異の姿が見えることは日常的だった。

 だが今日はいつもと違う。

 これは怪異とは違う。

 なにか別のもの……。

 もっと不可思議なもの……。


 憂太のそれが確信に変わった時。


 教室がいきなり強力な光に包まれた。

 何も見えない。

 そしてそれは憂太だけじゃなかったようで、生徒たちの悲鳴が光の中で響き渡っている。


「な。なん、……これ!?」


 珍しく久世が慌てた声を上げた。怯えている。驚いている。

 そんな中、憂太は聞いた。


『我、異世界の勇者の召喚に成功せり!』


 何者かの野太い声を。


『我、異世界の勇者の召喚に成功せり!』


(誰だ……?)


 明らかにこの世の者ではない声ではあった。

 そしてこれまで憂太が出会ったことがない現象だった。

 ゆえに、対抗する手段はなく。


 憂太は意識を失う──。


                  ◆

                  ◆

                  ◆


 憂太の両頬にやわらかであたたかなものが触れた。


                  ◆

                  ◆

                  ◆


『失敗した……。わしは失敗した……』


                  ◆

                  ◆

                  ◆


 また違う声……?


 先程の野太い声とはまた違う声がする。

 だが、どこか懐かしい。

 憂太はこの声をいつもどこかで聞いていたような気がする。


                  ◆

                  ◆

                  ◆


『失敗だ……。失敗だ……。口惜しや。晴明紋せいめいもんを体内に宿しているとは……。ならば蠱毒こどくだ。この式神に宿る怨霊を喰ろうてやる!』


 蠱毒。虫や呪霊を共食いさせ勝ち残ったものが神霊となる古代中国の秘術だ。


 ゾクッ。

 身震いが襲う。

 なんなんだ、一体。

 この声の主は?

 さっきの声とは違う。

 異なる2つの声。

 何を言ってるんだ?

 何が起こっているんだ?


 心の底から湧き上がってくる嫌悪。

 そして恐怖。


 ──まさか……。


 この世を彷徨っていた何かとんでもなく恐ろしい怨霊に。


 僕の式神が喰われる……!?


 魂の底から声が聞こえた。

 この声の主は。


 ――危険だ!


 憂太の無意識がそう告げる。


 呪霊たちの雄叫び。悲鳴。何かが何かをむしゃむしゃと。骨の髄まで喰らい尽くすような牙と舌が絡まった悪夢のような咀嚼音。


 冷や汗が背中を滑る。

 それはまるで背筋にナイフの刃を当てられたようだ。

 何かが変わる、憂太は確信した。

 何かが何かを強引に変えようとしている。


 日常が。

 規則正しく過去から未来へと流れていた時間が。

 そこで寸断される。

 これは、そんな、危険なものだ……!


 憂太の恐怖心が最大限に達した時、彼は別の次元へと放り出された気がした。


                  ◆

                  ◆

                  ◆


『今、我のことわりを読み解き、命ずる。この者に癒しの風を。精霊の加護を』


 打って変わってまた別の声。

 これで三人目……。

 今度は女の子の声だ。


 しかも一人じゃない。二人か……。何かの呪文。しかも同時詠唱。

 何が。何が起こってるんだろう。

 無意識に沈んでいた憂太の心が水面に向けて引き上げられているような気がした。

 わからない。

 どうなってしまったんだ。

 次から次へと聞こえてくるこの声たちは。

 僕に何を告げようとしているんだ。


                  ◆

                  ◆

                  ◆


 ──チュッ。


                  ◆

                  ◆

                  ◆


 え。



                  ◆

                  ◆

                  ◆


 ハッと目が覚めた。

 突然、視界に入ってくる光がまぶしい。


(僕は……僕は、一体……)


 鼻孔を甘い香りがくすぐる。ふわりと感じる細く長い髪の感触。

 次の瞬間、憂太は両頬で感じていたあたたかでやわらなかものの正体を知った。


 こ、こ、こ、こここここここれは……。


(お、女の子に両側からキスされてる~!?)


「うわあああああああああああ!」


 みっともなくわたわたと後退りする。


「ほら。目ぇ覚ました。これでうちの勝ち~」

「違いますぅ! 私の魔法の方が効いたんですぅ!」


 これは、さっきの同時詠唱と同じ声だ。

 憂太はまぶたを開ける。二人の少女に顔を覗き込まれていることに気づく。


(だ……誰?)


 言葉を飲み込み、グビリと喉が鳴る。

 

 ──憂太はいつも人を遠ざけて生きてきた。

 だから心を閉ざしていようがどうしていようが、なんだかんだで女子慣れしてない。

 ゆえに赤面はまぬがれない。

 恥ずかしさが心の門番をノックアウトする。

 無意識化にいた自分が無理やり、意識上へと引っ張り出される。


「あ、あの……!」


 自分でもみっともないと恥じるぐらい上ずった声を上げた。だが眼の前の二人の少女はにっこりと笑ってこちらを見る。

 憂太の瞳に映っていたのは。


 一人は猫耳をつけた黒髪で紫の瞳をした少女。にやっと笑うその表情。ギャルだ。なんだこれ。ギャルが猫耳!?


 そしてもう一人は金髪のツインテールで、両耳の先をとがらせた青い瞳をした少女。天真爛漫な笑顔を見せているが、なんとなくおっとりした雰囲気を醸し出している。


 明らかに現代日本の服装とは思えない扮装をした二人の美少女。

 猫耳ギャルと金髪ツインテールのエルフが憂太の前でキャッキャと騒いでいた。

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